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The story of “R”―怠惰天使の日常―  作者: ちりめんじゃこ
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 アズの『エルはこっちだよレーダー(ただの勘)』の赴くままに連れられて来ると、この前見つけた廃神殿に着いた。アズには悪いけど十中八九いないだろうと高を括っていると、なんとエルとおまけにサファまで見つけた。


 倒れた柱の陰に隠れて二人に話し掛けるチャンスを窺う。声はよく聞き取れないが二人とも難しそうな顔をしていて、言い争っているようにも見えた。

 俺達がいないのに二人だけで会っていたんだろうか。まあこうやってそこにいるんだからそうなんだろうけど、だとしたらどういう目的で? さっぱり分からない。そうだ、分からないことといえばもう一つ。


「アズさ、どうして俺の手がこうなってること知ってたの」


「ああ……サファが教えてくれたんだ」


 まったく余計なことをしてくれる。そもそもこんな酷い見た目になったのは、もはやアズ触ったからってだけじゃないと思うんだけど。とにかく、これからはサファとアズを二人だけで接触させないように気をつけよう。色々危険すぎる。


 人知れずささやかな決意をして、サファ達に視線を戻す。エルがサファの顎を掴み、突き放し、サファはエルの頬を撫でて、背を向けるエルの肩を掴んでいた。俺達の気も知らないでというか知る由もないので触りまくっている。


「あ、エル帰っちゃう」


 アズはそんな二人の間にひょこっと割って入っていった。


「ねー何で触れるの?」


「……アズ」


「何で?」


「ラ……ラース……」


 エルはアズを見ても眉一つ動かさなかったが、サファは俺を見てあからさまに嫌な顔をした。余程この密会を見られたくなかったんだろう。


「俺だってラースに触りたいっ」


「……サファエルに聞け」


「サファっ」


「……エルブランカに聞いて下さい。私は知りません」


「エル!」


 焦れたアズが急かすと、エルは観念したのかため息を吐いた。


「要は――」


 べしっと鈍い音がして、エルの口が塞がれた。サファは鋭く睨んでいるがエルはそれを気にすることなく手を外して握り、サファの腰を強く抱いた。離せともがいているけど、サファを抱き締める腕はびくともしない。

 俺とアズはエルの言葉を今か今かと待った。


「……痛いの我慢して一度セックスすればいい」


 エル以外の三人の時が止まった。


「バ……ッ馬鹿なことを言うな! そんなわけないだろう!!」


 沈黙をぶち破ったのはサファだった。顔を真っ赤にしてエルの発言を掻き消すように叫んだ。あんな近距離で大声を出されてエルの耳は大丈夫なんだろうか。

 セ……交われば触れるようになるというのは多分ていうか絶対嘘だ。なんて分かりにくい冗談なんだろう。でもこの単純お馬鹿な悪魔はそれを信じたようで、


「い……痛くなかった……?」


 と、サファの腰あたりをまじまじと見つめた。


「そんなみ……淫らな事」


「したの?」


「誰がしますか!」


「淫らだったの?」


「違……エルブランカッ」


 真っ赤になって反応するサファが珍しくて面白くて、アズと俺とで交互に質問攻めにすると、堪えきれなくなったのかサファは忌々しげにエルを見た。

 その反応に満足したのかエルはフッと笑みを浮かべた。


「やめとけよ、焦げて終わりだからな」


「冗談かあ。なんだ」


 やっぱり本気にしていたらしい。


「じゃどーするの?」


「真名を交わせばいい」


「真名……」


 真名を。誰にも知られちゃいけない名前を。そっか、確かに触りたくなるくらい好きな相手となら明かし合っても大丈夫かもしれない。

 で、どうやって交わせばいいの。


「悪魔の契約と同じ要領だ、アズ?」


「えっ、と……自分の真名と相手の真名を言って契約の意志を明確に示す?」


「そうだ、ただこれは契約ではないから束縛や拘束、支配といった形になる。わかるな?」


「はい!」


 魔力を持たない人間相手になら真名を知られても特に問題はないだろう。ていうか悪魔の契約ってそんなことしてたのか。全然知らなかった。


 ……。


「束縛や拘束だって」


 エルに抱かれたままのサファに小言で囁く。サファは耳を塞いでそっぽを向いた。


「支配だって」


「何も聞こえませんが?」


 文末に「サファもそうなんだーへぇーふーん」というカッコ書きがあるのを悟ったのか素っ気なくされてしまった。

 悪魔二人は話を続ける。


「真名を相手に与えるということは自分の弱点を渡すのと同じだ。中にはよほど強いやつが真名を隠しもしないことがあるが……例え真名を交わしても他人のいるとこで呼ぶとまずい。分かるな?」


「悪用されるから?」


「そうだ、つまり常にリスクを伴う。覚悟はあるのか」


 エルがそこまで言ったところでアズが俺を見た。

 そんなリスクなんて、例えその十倍くらいでっかいリスクだったとしても背負い込んでやる。ここまで来て怖気づくような温い気持ちじゃないんだ。

 もちろんある、と言おうと口を開いたとき。


「ラース」


 耳から手を外して真剣な面持ちになったサファと目が合う。


「……そもそもこんなことをすること自体許されませんが……、いくら親しいと言えど相手は悪魔です。アズは別としても彼の周りにいる者は彼とは違うということを忘れないように」


 アズやエルみたいな悪魔は珍しい。悪魔の多くは天使を見ると、殺したり喰おうとしたりと条件反射的に襲ってくる。もちろんそんなことないのもいるけど、やはり少ない。

 アズを見るとにこっと笑った。


「ラースは俺が守るよ。エルがサファ守ってるみたいに」


 守られてません、と喉の奥で呟くような声が聞こえた。腰をしっかり抱かれたままで何言ってるんだか。体勢だけ見れば今も十分守られているのに。


「よろしく」


「……貴方も『俺が守る』くらい言ったらどうです?」


「それは分かりきったことじゃん」


 返答はなく、その代わりに遠慮の欠けらもないため息が返ってくる。アズとエルはとっくに悪魔契約講義を終えていて、黙って俺達を見ていた。

 三人分の視線に痒さを覚える。中でもアズは、俺からその言葉を聞きたいなと目を輝かせていた。……そんな風にされたらしないわけにはいかなくなるじゃないか。

 アズの頬に手を伸ばす。外側の革のごわついた感触と、内側の柔らかい毛皮が外界との接触を拒む。


「アズは俺が守るよ」


 目を逸らさずにそう言うと目の前の顔はほんのり紅くなり、俺もつられて少しだけ照れた。すぐに二人きりじゃないことを思い出して手を離してエルを見る。


「儀式ではないから言葉は何だっていい。相手の真名を呼んで縛ればいいだけだ。ただし強すぎる言霊は相手の方が魔力が高かった時に跳ね返ってくるから、言葉と相手は選べ」


 アズはエルの言葉にうんうんと頷いているが俺にはなんかよく分からない。


「ラースは勉強不足過ぎです」


「……学校の勉強なんて将来何の役にも立たないよ」


「こら」


 まったくもう、と呆れた表情を浮かべられる。

 アズは俺とサファの掛け合いを待ってから、もういい? と少し窺うようにして、


「ラース、行こっ」


 手をぎゅっと握ってきた。

 早くそれを実行したくてたまらないといった感じで。


「うん」


 負けじと握り返す。もちろん俺だって同じ気持ちだ。早く。早く直接触りたくてたまらない。ここでぐだついている時間ももったいない。

 どこか二人きりになれる静かな場所へ、後ろも振り返らずに飛び出した。



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