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The story of “R”―怠惰天使の日常―  作者: ちりめんじゃこ
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◆…◆…◆…◆…◆




 ぴったり横を飛ぶアズに目をやる。心なしか嬉しそうに見えるのは、俺の欲目も入っているからだろうか。一度止まり、声をかけて、


「なに?」


 とじっと見つめてくるアズの額に、唇でそっと触れた。

 触れるか触れないかというくらい微かなもの。ぱり、と微弱な痺れが唇に走った。俺は唇を軽く抑えて、状況を飲み込めずに茫然としているアズから離れた。


「えっ……え? ラース……何今……っ」


 額を押さえてあたふたと慌てるアズが可愛く見える。こんな可愛かったっけ? 今までにも何度かそう思うことはあったけど、そのとき感じていたのはペット的な可愛さだった気がするのに。


「何なに……っ」


「好きだよ」


 え、と小さく息を呑む音が聞こえた。アズはそのまま止まってしまって動かない。

 その視線は俺を捉えたままで。

 気持ちを自覚したばっかりなのにもうそれを伝えるのは、早急なことに思われるかもしれない。けれど、この気持ちを後生大事に胸の中にしまっておいたって何の意味もない。知っておいてほしくて、言いたかったから言った。ただそれだけだ。


「え……あの、えっ?」


「……じゃあね」


 気持ちを伝えることに照れや緊張は特になかったけど、こういう俺が注視されている状況が続くといたたまれなくなってくる。言った直後はやりきった感とか充実感があったけれど、今は変な汗も出てきたので、言い逃げを決めた。


「待って待ってっ」


「待たない」


「ラースっ」


 しかし先回りされて行く手を阻まれた。

 しばらくお互い無言の時が流れる。たまに風が吹いて雲が流れるか、髪や服を揺らすぐらいで他に動くものはない。

 居心地が悪くて、アズから目を逸らして頭を掻く。さっきからざくざく突き刺さるアズの視線が痛い。耐え切れなくなって沈黙を破ったのは俺だった。


「……何」


「ううんっ」


 それきり何かを考え込むようにして黙りこくり、また沈黙。

 どうすればいいのか迷っていると、アズが呟いた。


「ラースと契約したらどうなるのかな」


「え?」


「……堕天しちゃうか」


 何を言い出すのかと思ったら、ある意味斬新な発想だった。悪魔と契約を交わす天使だなんて聞いたことがない。もちろんどうなるかも分からないが、まあ堕天するのが妥当なところで、決して愉快な事態にはならないだろう。


「アズが天使になればいいじゃん」


「えっ……そんな簡単に言わないでよ……」


 目を伏せて口を尖らせる。髪を指でくるくると弄る様はすねた子供みたいで、到底悪魔には見えない。


「うん、アズの悪魔っぽくないとこ好きだよ」


「えっえっ? それって褒めてはないよね……むしろけなして……?」


「褒めてる」


 アズの頬に触る。直に触ったらもっとぷにぷにしていそうだ。


「でも俺悪魔だよ、分かってる?」


「うん」


 そのまま手を背にすべらせて羽を撫でる。一瞬びくっと身体が震えたが、構わず撫で続ける。


「ゃ……っ」


 アズは小刻みに身体を震わせている。

 何だか虐めてるような変な気分になってきそうだったので羽から手を離し、頬を撫でる。アズはほっとした様子で俺の手に頬をすり寄せた。


「ラースばっかりずるい……俺も手袋買お」


 非売品のうえに特注中の特注品だけどこれ。

 そういえば普通の手袋で触れたらどうなるんだろう。普通に焦げそうだ。


「じゃあこれ、片方」


 非売品を探し回るところを想像すると可哀想になったので、片方の手袋を外して手渡した。ぱあっと瞳を輝かせたアズは嬉しそうにいそいそと手袋をはめると、そっと俺の頬に触れてきた。そして容赦なくペタペタと触りまくってきた。


「……触れるっていいね」


「うん」


 一度手を掴んで外し、代わりにもう一度俺がアズの片頬を包む。その感触を確かめるように、アズはゆっくり目を閉じた。


「ぎゅーってしたいな」


「……俺も」


「でも灼けちゃうからだめだね……」


 できることなら今すぐにでも抱き締めたい。

 こんなに近くにいて、手だけなら触れているのに。

 俺はまあ、痛いのは嫌だけど死なない程度だったら焼けようと焦げようとどうでもいい。でもそんな勝手で抱き締めて怪我をしたら、悲しむのはアズだ。ただの俺のわがままでアズを泣かせたくない。

 『近いのに遠い』っていうのは、こういうときに使う言葉なんだろうな、とふと思った。


「……でも全く触る方法が無いわけじゃなさそうだし」


「……うん、探そう」


 頬に触れたままの俺の手に、アズはそっと手を添えて目を開いた。瞳には決意の色が宿っている。

 でもその前に確かめておかなければいけないことがある。


「まだアズの気持ち聞いてないんだけど」


 アズはまた俺を見たまま動きが止まった。

 きょとんという言葉が似合いすぎるような顔だな。


「え……あれ……」


「あれ?」


「言ってないっけ?」


「言われてない」


 これまでの反応を見ていると限りなくそうなんだろうとは思うが、念のため確認しておくべきだ。これで俺の一人相撲だったりした日には、当分立ち直れそうにない。

 アズはおかしいなぁ、とかえへへ、とか独りごちながら照れ笑う。そして一度大きく深呼吸をしてから、真っ直ぐに俺を見つめてきた。


「大好きだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜けた。そのまま蹲りそうになったが踏張って体勢を整える。


 よかった……、嬉しい。


 普段、冷めてるだの何だのよく言われるけど、これには俺だってさすがに口元が緩む。

 そしてそれを隠す必要はない。

 本当はこのままキスでもしたいところだけど、それは堪えて親指でアズの唇を拭った。

 アズは俺の指の動きを目で追ったあと、


「エルに聞いてみようかな。天使に触る方法」


「教えてくれるかな」


「……分かんないけど」


「サファは教えてくれないからなー……」


「ケチ」


「ね」


 そう言い合ってお互いに少し笑った。


 俺も帰ったらサファにもう一度聞いてみよう。それで教えてくれなかったら教えてくれるまで食い下がってみよう。


「とりあえず今日は帰ろうか」


 アズから手を離し、その胸元で握られたままの手袋に目をやる。


「……それ片方貸しておくから、方法見つかったら返して」


「うんっ」


 じゃあね、とまた頬を撫でる。そして飛ぼうとし


「大好きだよラース」


 て、え、


「大好き」


「え……、う、うん」


 堪らず目を逸らす。アズは俺の手を取って、手袋越しに手の甲にキスを落とした。

 それからすぐに離れて、


「じゃまたね」


 と言いながら笑って(たと思う、あんまりよく顔見らんなかった)羽ばたいた。一度振り向いてぶんぶん手を振ってきたので口元を押さえたまま俺も振り返すと、満足気に黒の方へと飛び去っていった。


 え、俺? 俺はしばらくその場から動けなかった。

 首の後ろがすごく熱くて、自然と唇が緩みそうになるのを抑えるのに必死だった。 



 あーもう、……俺だって大好きだよ。



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