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The story of “R”―怠惰天使の日常―  作者: ちりめんじゃこ
―7―
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 程よく緑に囲まれた学校。そこに通う男子生徒、瑞頓 清(みずとみ しん)は今日も平凡かつ穏やかな日常を過ごしていました。ある一点を除いては――


 ナレーションをつけるとしたらこんな感じになるだろう。

 清は窓の外に俺の姿を捉えると、また厄介ごとが起きたとでも言うかのように額を抑えた。

 期待に添って教室に入ってあげようかとも思ったが、それは止めてこの前と同じように「屋上へ」とサインを送った。




◆…◆…◆…◆…◆




 この屋上に来るのももう三度目か。抜けるような青空の下、見慣れたそこには所々小さな水溜まりができていた。どうやらさっきまで雨が降っていたらしいが、陽が出たおかげで濡れた床面はほとんど乾いてしまったらしい。

 そうそう、どうでもいいことかもしれないけど、俺の名誉のために一応言っておく。今日ここに来たのは経過観察のためであって、別に遊びに来たわけじゃない。あくまで清に会うのはそのついでだ。……本当だってば。


 着ていたパーカーの袖を捲っていると、少し遅れて入り口の扉が開き、清が入ってきた。


「よくここまで逃げずにやってきたな、褒めてやろう」


「また一人か。今日はどうしたんだ?」


「この間の報告と聞きたいことがあって」


 渾身の魔王っぷりにひとかけらも触れられなかったので、俺も葬り去ることにした。

 相変わらずツッコミの腕は磨いていないようだ。


「アズとは仲直りできたよ」


 今日もこれから会う約束してるんだ、と付け足して、その節はお世話になりましたと頭を下げる。


「そっか、よかったな」


 と、清は優しく微笑んでくれた。つられて俺も微笑を返す。

 清と話していると何だか落ち着く。安心して何でも話してしまいそうになる。歳の割に老成しているんだろうか。これ言うときっと微妙な顔するだろうから黙っておこう。

 そしてもう一つの用件を(むしろこれが今日のメインかもしれない)告げようとして、言葉に詰まった。

 ……ちょっと、いやかなり切り出しづらい。そう思っていたら、清のほうから切り出してくれた。


「それで聞きたいことって?」


「……友達にキスしたくなるのってどんなとき?」


「友達にはしないだろ普通」


 間髪入れずに言葉が返ってくる。


「それはそうだけど」


「……したの?」


 したの。

 無言のままだったのを肯定と捉えてくれたのか、清の顔は呆気にとられていて、物も言えないといった感じになっている。

 多分その相手が誰なのかも分かってるんだろうな。

 ……いたたまれない。

 清が何て言えばいいのか、といった表情になっていたので、質問を変えることにした。


「……じゃあさ、友達に触りたくなったりする?」


「どういうこと?」


 こう、と清の腕や肩に触れてみた。もちろん悪魔に触れたときのような痛みなんて感じない。


「それは分かるけどさ。つまりアズに触りたいってこと?」


「アズが俺に触りたいみたいで。でもアズに触ると怪我するし」


 聖布に巻かれた右手を見る。昨日“白”に帰ったあと、聖堂の裏庭にある聖なる泉にずーっと手を突っ込んでいたら少し良くなった。悪魔に触れた疵は治りが遅いらしいけど、いい加減治ってくれないと色々困る。

 清は少し考えてから言った。


「触れない人なんていなかったからその気持ちは分からないけど……仲良くなりたいってことだろ」


「仲はいいと思うんだけど」


「触れるのとないのじゃ結構違うよ?」


「どう違うの?」


「うーん……距離、かな? 向かい合って話すのと手繋いで話すのって結構違うと思うけど」


 清の手を握ってみる。ふと、手袋越しではあったけど俺の手に触ってとても嬉しそうだったアズの顔が浮かんできた。確かに、感じる距離は違うのかもしれない。

 ただ目を見て話すのと、手を握って目を見つめて話すのとでは後者の方が気持ちが伝わりやすいに決まってる。


「それで何でキスしちゃったんだ?」


「この前手袋はめて初めてまともに触ってみたんだ。それで顔とか触ってたらなんかキスした」


 握っていた清の手を離して空を見上げた。ゆっくり目を閉じると浮かんでくるのはアズのアホ面。それと、サファとエルが濃い口付けを交わしているところ。思わず目を開ける。


「ねえ、思い出したからついでに聞きたいんだけど、すっごい嫌いオーラ出してるけどキスは多分そんなに嫌がってないってどんな状況?」


「……え? もう一回」


「普段はものすごい嫌いオーラ出してるんだけどキスするのはそこまで嫌がってないのってどんな状況だと思う?」


 傍目から見たらサファはすごく嫌がっているように見えたけど、俺からしたらキスしてる最中は心の底からエルを嫌悪しているようには見えなかった。エルが去ったあとは指名手配犯みたいな形相になってたりするけど。


「えーと……それアズのことじゃないね?」


 もちろん、と肯きを返す。


「アズの保護者と俺の……うーん……執事みたいな。サファが天使でエルが悪魔なんだけど、サファはエル……ていうか悪魔のこと毛嫌いしてて」


 そういえば昨日はアズに対してそこまで敵意剥き出しでもなかったな。

 まあ、アズの緩い空気に触れたら毒気が抜けるのも分かる気がする。


「好きだけど言えないとか?」


「そうなのかな」


 もし万が一何かの間違いであの二人が好き合っているのだとしたら、俺は「好き」という感情に対して認識を改めないといけない。もっと甘さとか酸っぱさとかが入ってくるのかと思ってた。あれじゃあ激辛のスパイスしか入ってない。


「……ん? そのエルとサファ? は……触っても平気なのか?」


「うん。でも聞いても教えてくれないんだよ」


「全く触れないわけじゃないんだ」


 清が不思議そうな顔を俺に向けた。

 そう。何かしら悪魔に触れる方法はあるはずなんだ。サファとエルだけが特別なわけじゃないだろう。

 あの二人も、過去にこうやって悩んだりしたのだろうか。

 あの態度を思うとあんまり考えられないけれど。


「とりあえずそれは置いといて……ラースはどうしたいの?」


 真っ直ぐ俺の目を見ながら言う清。


 どうしたい?

 そっか。今までどうしようってことしか考えてなかったけど、俺はどうしたいんだろう。どうするのが正解なんだろうか。


「なかったことにはできないだろ」


 それが無理なことくらい分かってる。

 俺は。

 アズとどうなりたい?


「……これからも、一緒にいられれば、それで」


「そっか。でも友達はキスしないからね」


 いいかな、と最後まで言う前に清が遮った。

 分かってる。なあなあで済まそうとしていて、やっぱり甘い考えだ。でも一緒にいたい。アズは俺に触れたがってるけど、俺だってアズに直接触れてみたい。いつかアズが言ってたように、触れないと思ったら触りたくなる。触れないと言ったら俺はエルにだって触れないわけだけど、別にエルを触りたいとは思わない。そう思うのはアズに対してだけだ。


 ……何で?


 そこまで考えて、


「少なくともラースは……何と言うか……アズのことが好きなんじゃないかな?」


 頭の中が一瞬真っ白になって、その二文字が頭の中を占拠して、思考が停止した。



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