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The story of “R”―怠惰天使の日常―  作者: ちりめんじゃこ
―6―
15/23

―6-1


 朝から少し雲がある日だった。今日は一日隠れたままかと思われた太陽が昼過ぎに顔を出すと、日差しは緩やかにその温度を高めていった。

 俺はもっこもこな雲の上でうつ伏せに寝転び、ふかふかした天然のベッドに顔を埋めながらそれを全身に浴びていた。どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。忙しなく耳に入ってくる高い音が心地いい。姿は見えないが、近くの木にでもとまっているのだろう。


 今日は久々の休息日。普段の仕事の煩わしさから解放され、心から休める最高のホリデー……何だこの言い回し。とにかく、今日ばかりはひたすら惰眠を貪ろうがどこかに遊びに行こうが、誰にも怒られることはない。その遊び先さえ問題でなければ。


 今日は何をしようか。清に会いにいこうかな、でもこのままひたすら何もしないで過ごすのもいい。


 そんなことをぼんやり考えながら、重ねた両手の上に顎を乗せて目を瞑る。いつもならこのまま鳥の話し声をBGMに睡眠に突入するところだが、今日は違った。

 目を閉じたとたんに、昨日のことがぶわっとコマ送りになって目蓋の裏に浮かんできた。

 別のことを考えて振り払おうとしても、一度頭の隅から隅までを占拠したそれは簡単に消えるわけもなく、アズの顔やら声やら、――唇の感触やら痛みやらが、浮かんでは消えまた浮かびを繰り返す。


 たまらず目を開けてもそれは同じだった。


「……もう、何なの」


 体を捻り上半身を起こして二、三度頭を横に振る。

 昨日の夜、寝ようとしたときからからずっとこうだ。寝ても覚めてもアズのことばかり思い出す。


 これじゃあまるで、


「……ダメでしょそれは」


 ないない。ないから。

 そのありえない考えをかき消すようにもう一度首を横に振る。


 だってあいつ全然色気ないし、あほだし、子供だし、俺の言うことに一々反応して笑ったり凹んだりするし、あほだし、いつも俺を見つけるとぱって顔明るくなって近づいてくるし、えーとそれから、いや墓穴掘ってる気がするからここら辺で止めよう。


 ああもう、誰かと喋って気分転換したい。そうだ誰か探しに行こう。


 そう決めるとすぐに立ち上がって伸びをし、雲を蹴った。




◆…◆…◆…◆…◆




 小さめの雲が飛び飛びに浮かんでいる。雲はひたすら真っ白なだけではなく、クリーム色だったり、薄桃色だったり、薄い薄い水色だったりとごく微妙に色が違う。時折緩やかな風が吹き、ゆっくりとその形を変えていく。


 その上をふわふわと、俺はただ風に身を任せて飛んでいた。しかしこういうときに限って、知り合いどころか他の天使すら見当たらない。

 眼前に広がるのは雲と、紅い点が一つ。……ちょっと待って、前にもあったよこういうの。


「ラースー!」


 昨日から何度も何度も思い出していた声。雲の群れの向こうから、その持ち主が大きく手を振りながら近づいてきた。

 だから、何でこういうときに限って……。


 すっごい顔合わせづらいけど無視するわけにもいかず、俺は進むのを止めアズが近づいてくるのを待った。


 しかしアズは一定の距離を保ち、俺のすぐ側までは近づいてこない。あれ、また?

 するとアズは泣きべそかいたような顔になって、


「……どうして避けるんだよ」


「え? 避けてないよ」


「避けてるよ」


 避けてない、と言い返そうとしてふと気づいた。俺、さっきからアズが一歩近づくと一歩下がってる。ああ、これは……避けてるって言うのか。


「……ていうか平気なの? ここ結構“白”寄りだけど」


「でも昨日の話途中だし」


 やっぱりきたか。くるよな。

 何が「でも」なのかよく分からないが、アズの顔色はいつもより白い。多分無理してるんだろう。本当にやばくなったら“黒”の方まで送り届けてやろう。

 俺はため息混じりにふうと一息吐くと、アズの目の前まで近寄り髪をくしゃりと撫でた。もちろん手袋越しに。もうすっかり右手の疵も癒えた、はずだったのだが、昨日無理したせいで傷口が開いてしまったので、聖布ぐるぐる巻きに逆戻り。今日も手袋は片手装備だ。

 いきなり撫でられて驚いたらしいアズの双眸が俺を捉えたかと思うと、唇をきゅっと結んで、俺に抱きついてきた。


「う゛あ゛ッ!?」


 当然その途端に派手な音がして、アズが触れた部分が灼けつくような熱を持つ。

 耐え切れずに思わず声を上げると、アズは謝りながら即座に離れた。


「ごめんッ……どどしよ……サファ……っ」


 両腕を抱えて自分で自分を抱き締めるようにして、痛みが過ぎるのを待つ。

 視界の端に映ったアズは、一応は自らの天敵であるサファを捜しているようだった。


「いや、大、丈夫だから……」


 痛みのピークは過ぎた。アズが一瞬で離れてくれたから、皮膚が溶けたってことはない。まだかなり痛いけど、もう少しすればまだ残っている痛みも消えるだろう。


「どこが大丈夫なんですか」


「っ」


 突然出てきたサファに肩と腰を抱かれた。これはちょっと恥ずかしい。でもなんかすごい、一気に気が抜けて、俺は全体重をサファに預ける。なんでこう都合よく出てきてくれたのかは後で聞こう。


 サファは俺の顔を一瞥してからアズを見て、


「貴方も 昨日の私のようになっても助けられませんよ」


 努めて冷静に言った。俺を抱く手に、少しだけ力が入る。


「そりゃ気持ち悪いけどそれよりラースがっ」


 アズは取り乱したままだ。

 それをサファは一言落ち着きなさい、と制してから、


「すぐ離れたから大丈夫でしょう。もう平気ですね?」


 そう言いながら俺の背中を優しく撫でた。俺はそれに答えるように頷く。

 それを聞いたサファは軽く微笑んでから、俺とアズを交互に見た。


「さて。貴方達はそんなに叱られたいんですか?」


 そんなことあるわけない。このままだとアズはともかく俺は反省文500枚と罰掃除確定だ。この前のがやっと終わったところなのに。どうやってサファの腕の中(このピンチ)から抜け出そうか考えを巡らせていると、アズがおずおずと、でもはっきりと言った。


「あの……なんでエルに触っても平気なの?」



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