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The story of “R”―怠惰天使の日常―  作者: ちりめんじゃこ
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 分厚い雲の塊を抜けると、ボロボロの神殿があった。石の支柱の大きさから見て、大昔はきっと立派なものだったのだろう。しかし今は崩れ落ちて無造作に転がっている。

 澄んだ空気が、廃墟となった神殿全体を覆っていた。こんな清浄なところ、アズやエル(悪魔たち)にはきつくないのかと思ったが、二人とも大丈夫そうだ。アズは珍しそうに辺りをキョロキョロ見回している。エルにいたっては自分からここに来たのだ。別に何ともないんだろう。


 それにしても、こんなところがあったなんて知らなかった。あまり人も来なそうだし、陽の光が差し込んで暖かそうだし、昼寝にはちょうどよさそうだ。


 倒れた石柱の陰にアズと並んで隠れて、二人を見た。

 廃神殿に降り立ったエルはサファを降ろした。もう体調も回復したみたいだ。顔色もさっきより全然良い。

 サファは「すまない」と簡潔にお礼を言うと、複雑そうな顔でエルを見た。


 「おっきいねー……二人とも」


 アズが呟くように言った。何が? と言おうとしたが、すぐに何かわかったのでやめた。アズの視線はサファとエルの大きな六枚の羽に注がれていた。確かにあれはデカい。

 出しっぱなしのアズの羽を見る。あの二人に比べたら大分小さい。

 小さいなーと見たままの感想を言いながら羽を摘むと、「ラースよりはでかいよ!」と羽をばたつかせた。


 そんなアズはほっといてサファ達に視線を戻すと、エルがサファの頬を撫でていた。サファの表情は険しいまま見つめ合っている。

 さっきにも増して入りづらい空気だ。


「なんかあやしげ……」


 隣からアズの独り言のような声が聞こえた。まったくその通りだと思う。

 そしてエルはサファの顎を掴むと少し上に向かせて、そのまま唇を重ねた。



 ……え、マジで。



 サファの顔はかっと赤くなり、エルを突き放そうともがいていた。しかしエルに両手を片手でまとめて掴まれて、がっちりと腰を抱き寄せられているため逃れられない。


 うわすごいな、と思いながらガン見していると、アズに左手をペシペシ叩かれた。地味に痛い。

 アズを見るとこっちも頬を赤く染めていて、視線はもちろん二人に釘付けのまま体は小刻みに震えていた。気持ちは分からなくもないけどちょっと興奮しすぎ。


 サファたちとアズどっちを観察してようか少し迷うけど、ここはやはりサファたちを見ておくのが筋だろう。


 いつの間にかサファは抵抗するのを諦めていた。エルが唇を離すと力が抜けたのか、その場にへたりこみそうになる。それをエルが支えるように抱きとめると、サファはエルに力なくもたれかかった。


「すっすごいね……俺たちここにいるってばれてないかな?」


 アズは興奮冷めやらぬ様子で俺の服の裾を引っ張ってきた。


「どうかな。あんまり騒いでるとばれるかもよ。サファ地獄耳だから」


 アズはさっと両手で口を覆いサファを見た。二人が俺らのことなんかまるで気付かずに会話を続けているのを確かめると、ほっと息を吐いて両手を外した。


 それと同時に「からかうな!」とサファの叫び声が聞こえた。そのとき何でか分からないけど、さっきアズにキスしたことを急に思い出した。


 そうだ。

 なんか短時間に色々ありすぎてすっかり忘れてた。


 ――何やってんの俺……!


 ありえなくない?

 さっきまったくそんな雰囲気じゃなかったじゃん。

 てゆーかアズもすごいスルーしてるけど忘れてるのかな。忘れてるだろうな。いつも三歩歩いただけで何しようとしてたか忘れてるし。そのまま忘れててほしい。


 ぐるぐる頭の中で考えが飛び交う。とりあえずこっそりアズとの距離を開けた。


「ねえラー……あれっ? 何でそんな離れてるの?」


「いや別に何でもないよ全然」


 視線を泳がせて一気に言う。ちょっと早口になってしまった。なんか顔がじわじわ熱いような気がする。アズと目も合わせられない。


「えっ何!? 何かついてる!?」


 そう言いながら何もついていない頬を両手で拭っているのが目の端から見えた。

 このままだとずっと拭い続けそうだ。


「いや、そーゆーわけじゃないけど……」


「じゃなに?」


 ちらっとアズを見ると、動かし続けていた手を下に降ろし、不思議そうに俺を見ていた。


「本当に忘れたの?」 


 忘れててほしいとは思うものの、本当にきれいさっぱり忘れられるのは少し複雑だ。

 しかもこんな短時間で。とかいう俺もついさっきまで忘れてたけどさ。


 アズは俺のすぐ前まで近寄ると、少し不安げな顔で見上げてきた。


「え……俺が何かした?」


 違う。

 首を横に振る。


「じゃラースが……あ」


 石柱の残骸を見つめながら、むぅと右手を顎にあててしばらく考え込んでいたようだが、どうやらやっと思い当たったようで、慌ててまたこっちを向いた。


「あ、えっと、関係ないかもしれないけど……さっきなんで俺にキスしたの……?」


 その頬は少し赤くなっていた。

 照れているのか、それとも違ってたら恥ずかしいとかそういうあれだろうか。


 俺もついさっき「忘れられるなんて複雑」とか思ったばっかだけど、……やっぱ思い出されると本当に恥ずかしい。ころころ言ってること変わるけど、全部本当にそう思うんだから仕方ない。


 しかし「なんで?」って言われても俺にだってなんであんなことしたのか分かんないんだから答えようがない。

 なんていうか、しいて言えば。


「……ついうっかり……引き寄せられた?」


「……口に?」


 軽く頷く。顔は見えない(っつか見れない)けど、アズがこっちをじっと見てるのは分かる。視線が痛いほど突き刺さってるから。やめて。


「ラースって変なんだね、意外……」


 アズが呆れたふうでもなく、貶すわけでもなく、ただ感心したように言った。

 心外だ。誰のせいだと思ってるんだ。


「アズに言われたくない」


「俺 唇に引き寄せられたことなんかないもん」


「俺だって……」


 今までこんなことなかった。誰彼構わず引き寄せられてたら、それはただの酔っ払いだ。


「……もー帰る」


「えっ、帰っちゃダメっ」


 くるりとアズに背を向けると、ギュッと左手を掴まれた。

 またじわりと、顔が熱くなる。きっと俺史上最大級に赤くなっているに違いない。

 どうにかしてアズの視線から逃れたいが、俺の手はしっかり掴まれたままで、アズが放してくれる気配はなさそうだ。


 アズはどう思ったんだろう。拒絶されなかったのは、ただ驚いて抵抗するのを忘れただけなのか。

 ああもう、穴があったら入って引きこもりたい。ないなら掘るからスコップ貸してほしい。


「……何で拒否んないの」


 いたたまれない。

 嫌な汗が首筋を滑り落ちていく感触が気持ち悪い。


「え……先にバチッてなっちゃったし……」


「そうじゃなくて、今。気持ち悪くないの?」


 あ、聞き方失敗した。ここで頷かれたらさすがにしばらく立ち直れない。

 アズから目を逸らして下唇を軽く噛み、次の言葉を待った。


「気持ち悪くないよ」


「……え」


 予想とかけ離れた返答に面食らってアズを見ると、きょとんとした様子でじっとこっちを見ていた。それからさらに逆に「なんで?」と尋ねられた。え、いやそれ俺のセリフじゃない?


「アズこそなんで?」


「え? なんでって……」


『アズ いつまで話しているつもりだ』


「っ!?」


 アズが言いかけたとき、突然エルの低い声が辺りに響いた。


 俺とアズは文字どおり飛び跳ねて驚き、慌てて二人がいた方を見た。そこにはへたり込んだサファがいるだけで、いつの間にかエルは帰ってしまっていたらしい。全然気づかなかった。


「かか帰らないとっ」


「ん、気をつけてね」


 ほっと胸を撫で下ろしてそう言うと、アズはうん! と元気よく頷いて黒の領域の方へ帰っていった。


 なんかうやむやになっちゃったけど仕方ない。多分あれ以上は心臓がもたなかったと思うし。

 アズの姿が雲で見えなくなると、未だ座り込んだままのサファの側へと寄った。


「サファ? 帰ろうよ」


 返事はない。大丈夫かな。


「サファってば」


「……ラース……帰りましょうか」


 俺に気づくとサファはすっと立ち上がり、目だけが笑っていない微笑みを顔に浮かべて言った。

 どうしたっていうんだ。怖いよ。


 サファは黒の領域の方角を一度きつく睨むと、険しい表情のまま長い髪を翻し、白の領域へと飛び立った。


 俺も置いていかれないように飛び立つ。

 なんとなく神殿を振り返ると、その中央には、闇色の羽根が一枚残されていた。



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