―5-2
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白の聖堂に戻ると、真っ先にエリーの部屋に向かった。
さっきの思い付きを実行するために。
「ラース、廊下は飛ばないようにね」
夢中で羽ばたいていると、後ろからやんわりと咎められた。振り向くと、ルシーダが立っていた。
「元気なのはいいんだけど」
微笑みながら言う。
天使たちの階級は一番上に神がいて、その下に神の側近、その下に八聖老と呼ばれる八人の天使たちがいる。“聖老”と言う名の通り皆じーさんだ。いやまあ元々“聖老”は老人って意味じゃないんだけど、今の八聖老はじーさん天使ばかりだ。八聖老は神に背かない限り、絶大な権限と行使力を持つ。
ルシーダは次期八聖老は確実と言われている。
元サファ直属の上司でサファをみっちり鍛え上げ、現役の頃はよく下界で戦争が起こると収めに行っていたらしい。
今はいつも「自分はもう年を取った」とか「若い頃が懐かしい」とか言っている。実際年齢はじーさんに片足突っ込んでいるみたいだが、ルシーダの見た目はとても若く、精々サファよりちょっと年上くらい? と感じるほどだ。薄い茶色のような黄緑のような不思議な色合いの髪を肩ぐらいで揃えていて、いつも腰には翡翠のついた短剣を差している。
ちなみにルシーダの下の下らへんにサファが属する階級があって、その下の下の下の下の下らへんに俺がいる。端くれ天使だ。
「ルシーダこそこんなところで何してんの」
そんな雲の上の存在のような天使相手にタメ口をきくのは俺くらいだろう。
前にサファから正しい言葉遣いをしなさいと怒られたような気もするが、気にしない。
「今日はいい天気だから外で精霊たちとお茶会しようと思って。ラースも来る?」
ほら、とバスケットに入った細々したお菓子や果物を見せてくる。ほわーんと暢気な笑顔を浮かべるルシーダからは、荒々しい戦争を平定させる姿は全く想像がつかない。しかしこれでも有事の際はとても頼りになるのだ。
それにしてもウィノといいルシーダといいお茶好きが多いな。
「いい。今からエリーのとこ行くんだ」
「エリーのところに? 記録用のペンでも壊れたの?」
「ううん。ちょっと作って欲しいものがあるんだ。でもルシーダには内緒」
人差し指を立てて唇にあてる。それを見てルシーダは楽しそうにくすくす笑った。
「ふふ……、エリーは私と違って忙しいからね。あまり邪魔してはいけないよ」
「分かってるよ」
浮かれ気分のルシーダと別れると、今度こそエリーの研究室に向かった。また誰かに注意されるのは面倒なので、羽をしまってちゃんと地に足をつけて歩いていく。
エリーは白の領域で唯一の発明家だ。いつも研究室にこもって何かを造っている。
その発明品は役に立つ物から何に使うのか分からない物まで様々だ。
いつだったか人間界で捨てられていたテレビを拾ってきたことがある。すぐにサファに見つかって没収されてしまったのだが、いつの間にか喋れて人型に変身もできるテレビに改造されていた。一体どういう原理なのかさっぱり分からない。ちなみにそのテレビ(?)は、普段は聖堂の中央広場に置かれている。たまに勝手に出歩いてることもある。
「エリー、いる?」
返事は無い。コンコンと軽くノックをしてからそっとドアを開けると、中から断続的な機械音が聞こえてきた。どうやらまた何か造っているらしい。エリーは一度発明に夢中になると周りの音が聞こえなくなってしまうから厄介だ。
仕方ないので床に散らかっている何かの部品を踏まないようにそっと歩き、エリーに近付く。それから肩をぽんと叩いた。
「エリーってば」
手にしていた先端が尖っていて細長い器具の電源を切って机の端に置くと、エリーはゴーグルを外してやれやれと言った感じでやっとこっちを向いた。
「作業中は入ってこないで欲しいんすけど……」
「そんなこと言ったら一生入れないじゃん」
エリーはふうと一息吐いて、椅子の背もたれに体重をのせた。年季の入った椅子がギシ、と軋んだ。
「作ってほしいものがあるんだけど」
誰も聞いてはいないと思うが、軽く辺りを見回してからエリーにこそっと耳打ちする。すると眉間に少し皺を寄せて俺を見た。
「……それを明日までに? 急っすね」
「無理?」
「やってみるっすけど」
「やった。よろしく」
工作好きなエリーのことだからきっときっちり作り上げてくれるだろう。
これで後は明日を待つだけだ。
親愛の意を込めてエリーの髪をくしゃりと撫でると、ほんの少し嫌そうな顔をした。
次の日。眠い目を擦りながら、仕事に行く前にエリーのところに寄って頼んでいたものを受け取った。
皮のような素材でできた焦げ茶色の手袋。俺が昨日頼んだ通りに出来ているなら、これは防水・防火・防“気”性に優れ、外部の熱も臭いも遮断する。何かに触れた感触は伝わる。
手にはめて感覚を確かめると、外側は柔らかい皮の感触で、内側は子犬の毛並みのようにふわふわしていた。付け心地はきつくも緩くもなくちょうどいい。
急な頼みでもちゃんと仕上げてくれるなんて、さすがエリーだ。
「そんなもの何に使うんすか?」
手袋をはめた手を握ったり開いたりする俺に、エリーが不思議そうな顔で聞いてきた。
「エリーにも内緒」
昨日ルシーダに答えたときと同じように人差し指を唇にあてて答える。エリーは特にそこまで気にならないのか、それ以上は聞いてこなかった。