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The story of “R”―怠惰天使の日常―  作者: ちりめんじゃこ
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 あの悪魔と出会ったのはいつだっただろうか。

 いつ頃だったかは覚えていないけれど、初めてあれに逢ったときのことはなんとなく覚えている。夕陽が綺麗だったから。


 あの日も俺はいつものように下界に降りていた。高層ビルが立ち並んでいて、人間は他人なんて目に入らないかのように動いていて。俺はビル群の中でも一番高いビルの屋上から、それを眺めていた。


 一瞬、道行く人の顔が上がり、また何事も無かったかのように歩いていく。


 何があるのかと顔を向けると、夕陽が沈んでいくところだった。辺り一面を染める赤色が眩しかった。

 無機質な人間たちが見ていたのはこれか。一瞬で興味を無くしていたけれど。


 ふと、俺のそばに悪魔が一匹いるのに気が付いた。その悪魔も夕焼けに見惚れていた。

 ぽかんとした顔がおかしくて、つい話しかけた。


「綺麗だね」


 不意をつかれて驚いたのか、ふぇ!? と素っ頓狂な声を上げて、悪魔は俺の方を見た。




◆…◆…◆…◆…◆




 最寄り駅からは徒歩15分程度。

 特に山道が続くわけでもなく、かといって近くに学校帰りの学生が遊んで行けるような施設も無い。

 あるのは閑静な住宅街と一軒のコンビニという都会とは到底呼べない、でも田舎というほど田舎でもない場所。


 そんな環境の中にある高校の、校庭に生えているでかい木の上に腰を下ろしてある教室を覗くと、教室の片隅で一組のカップルがイチャついていた。


 前後の席に座り、前に座っている方が振り返ってもう一方の耳元へと顔を寄せる。後ろに座っている方も、恋人が顔を寄せやすいように少し前かがみの姿勢になる。内緒話をしているのか、時折二人からは楽しそうに、くすくすと微笑が漏れる。


 まあここまではどこにでもある普通の光景だ。


 ――そいつらが男同士ということを除けば。


 その二人はつい最近恋人同士になった。

 あいつらをくっつけたのは俺。言っとくけど仲介が趣味ってわけじゃない。仕事だ。


 俺の仕事は人間を幸せにすること。


 俺はいたって普通の真面目な天使。

 名前はラース。

 今の気分は仕事よりも昼寝がしたい。


 手帳サイズの濃い赤紫色をした、魔道書みたいな装丁の分厚いノートをパーカーのポケットから取り出して……ああ、魔道書はさすがにまずいか。聖書ね、聖書。

 まあとにかくそのノートを取り出して、二人の記録を書いていく。


 二人をくっつけて「はい仕事終わり」ってわけにはいかず、その後も見守っていかなければならない。すごいめんどくさい。


 記録を綴るペンとノートは特殊なものだ。ノートは対になっていて、一冊は俺たちが持ち、もう一冊は天界に置いてある。

 片方に文字を書くとそのままもう片方のノートにも文字が現れ、それを上司がチェックしOKなら保管庫へ送られる仕組みだ。ダメならやり直し、とつき返される。

 以前ペンを失くしてしまい、テキトーにそこらへんにあったシャーペンで記録をつけたときには、文章の転写が上手くいかず滅茶苦茶になってしまったようでひどく怒られた。

 シャーペンは人間界で購入したものだったがバレたらさらに怒られそうだったので黙っておいた。


 「あれ、仕事してんの?」


 めんどくさいながらも記録を取ることに集中していると、ふいに目の前が腹になって聞き覚えのある声が降ってきた。 


「珍しーじゃん!」


 顔を上げると見覚えのある顔があった。


 アズというこの悪魔は、人間で言う外見年齢十五歳くらい。腰の少し上くらいまである緩くウェーブがかった紅っぽい髪。尖った耳、小ぶりな黒い羽。髪と同じ色のぱっちりとした瞳は、何か希少なものを見つけたときみたいに輝いている。 

 そしていつもこのぴったり身体にフィットしたへその出ている服を着ている。いつか腹を壊すと思う。


「俺だってやる時はやるよ。自信作」


 例の二人を指差す。アズもそれを目で追う。


「……男同士じゃん!」


「いいじゃん別に。幸せそうだよ?」


 実際かなり幸せなんだと思う。

 じゃなきゃあんなにイチャついたりしないだろう。しかもあいつら多分、自分たちがイチャついてるって自覚してない。

 吐息がかかるくらいの近い距離にお互いの顔を寄せたり、髪を愛おしそうに撫でたりというようなことを、彼らはまるで息をするかのように無意識のままやってのけているのだ。


 遠巻きに二人を見つめる女子たちは心なしか少し喜んでいるように見える。露骨に携帯を構えてシャッターチャンスを待つ者もいる。デジカメを持つ強者は……いないか。

 周りがそんな風にはしゃいでいても、あの二人は自分たちを取り囲む視線に全く気づいていない。


 俺が見ていて愉しいからくっつけたわけでは断じてない。


 アズの顔を見ると、何やってんだコイツ……と言わんばかりの呆れと驚きが混ざった表情をしていた。


「ば……っかだなー、男同士って…… それは『背徳』でしょ!? 俺らの管轄じゃん!」 


 ……しまった。

 その昔、神は同性同士の愛を禁じた。えーっと……なんでだっけ? なんか自然の摂理にどうのこうのとかそんな理由だったはず。

 神の御心に反すること、それ即ち“背徳”――


 モロに悪魔の得意分野だな……。


 たまたまあの二人を見かけたとき、明らかに両思いだったからくっつけた。

 性別は気にしなかった。好きならくっつけばいいと思ったし。

 っていうか好き合ってるのに結ばれちゃいけないとかおかしくない?


「ラース……今までにどのくらいやっちゃったの……?」


「……」


 どのくらい作ったんだっけ? あんまりよく覚えてないけど、この頭の片隅にほんの少しだけこびりついて残ってる僅かな記憶を頼りに思い返してみよう。


 1、2、3……あれ? これとかそれとかも入るのかな……じゃあ4、5……。


「……数えるのを軽く諦めるくらいには」


 そんなに? とまたアズが呆れた顔をする。

 この学校にはなぜか男同士で惹かれ合ってる奴らが多かった。共学なのに。とりあえず皆くっつけておいたのだ。


「まあいいよ。何か言われたら悪魔にそそのかされたって言うから」 


 ノートに目を移して間違いがないか確認する。

 気づくと教室には誰もいなくなっていた。移動教室か何かだろう。ちょうどあの二人の記録もつけ終わったところだし、帰ることにする。 


 デニムについた土埃を払い、ほんの少し背中に力を入れて消していた羽を伸ばす。 俺の羽はアズのものと大体同じぐらいか、やや大きい。


 肩甲骨のあたりに軽く力を入れることで、自由に羽を出したり収納したりできる。

 この感覚は……、説明し辛いな。とにかく出したいときに出せるし、いらないときには消すことができる。だから羽は邪魔なときには消している。出しっぱなしだとばさばさするし羽根抜けるし場所とるし。

 俺なんかはまだいい方で、俺の上司…教育係? なんかは六枚のでかい羽をしているから、いつ見ても邪魔そうだ。ていうかもさい。彼も屋内にいるときは消している。


 なんか俺の羽、最近うっすらグレーがかってきたような気がするんだけど……。それとも元からこうだったかな。

 ……ああ、言っておくけどこれは俺が実は悪魔とかいう伏線でも何でもない。



 「なあっラース、人のせいにするなよ!?」  


 俺が飛び立ってすぐに慌てた様子でアズが追ってきた。

 そもそも悪魔って人なんだろうか。だから今の台詞は正しくはこう。「悪魔のせいにするなよ」……いやこれは変だな。


「別に、アズのせいにしたって支障ないでしょ」


 悪魔なんだし。


「あるっ……あれ? ないかな……えーと……」


 頭の上にたくさんのクエスチョンマークを浮かべて考え込むアズ。

 アズはどこか……というかほとんど抜けていて見ていて飽きない。たまに突拍子のないことを言ってきたりもするし面白い。大体天使と仲良くする悪魔なんてどうかしてる。……それは俺もか。


「背徳は悪魔の管轄なんでしょ。アズにそそのかされたことにしたって別にいいじゃん」


「だ……からラースとつるんだとか考えられたら厄介じゃん」


「アズが俺の仕事邪魔しに来たことにすればいい」


 なんかすごい悩んでる。なんかなんとも言えない、しいて言うなら巨大迷路のゴール地点にやっとたどり着いたのに実はダミーだったときみたいな複雑な顔してる。

 よくわからない? 大丈夫、俺も何言ってるのかよくわかってない。わかるのは今のアズの百面相が面白いってことだけだ。


「天使の邪魔するのも悪魔の仕事だし」


「そうだけど論点違うじゃん」


 確かに俺がアズ相手に邪魔されて負けるわけないか。それをそのまま言ったら顔を赤くして怒った。


「ちっがうよ!! もうっ人がせっかく心配してやってんのに! 知らないっ」


 悪魔のくせに俺の心配してくれてるとか。変な奴。

 しかも怒ってても全然怖くない。


 くるっと後ろを向いて、アズはそのまま何も言わずに飛び去っていく。仕事も一区切りついている俺は、他にやることもないのでついていくことにした。

 後をついてきていることに気付いたアズに、来るなよと抗議されたが軽く無視する。

 とりあえず俺もこっちに用があると言うだけ言ってみたが、案の定それ嘘だろと一蹴されてしまった。


「本当だってば。アズについてくっていう用事がある」


「そんなの用事じゃないよ! そーいうのへりくつってゆーんだよ」


「そんなに怒るとシワが増えるよ」


「ないし! 大体誰のせいだよ!」


 前を行くアズに向かって言葉を掛ける。ここからだと今アズがどんな顔をしているかはわからないが、ちっとも悪びれない俺とのやり取りでむくれているところを想像すると、……やっぱりちょっと面白い。



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