ライバル店登場⁉───大衆酒場バッカスからの刺客!
『ノヴァーリス商会』を結成した数分後。
私は別荘で一休みしたいという本能を理性でねじ伏せ、ウルスラ案内のもと、中央通りの王座に君臨する大衆酒場『バッカス』へと足を踏み入れとった。
扉を開けた瞬間、熱気にやられた鼻腔を突いたんは、染み付いたホップの苦い香りと、長年炭火で炙られ続けたオーク材の重厚な匂い。
内装は剥き出しの丸太を組んだログハウス風、壁には昨年のスプリングフェス優勝旗が飾られとる。
そうつまり、今回の商談は前年王者が手にした店の偵察を兼ねた商談でもあった。
ココがもう一回出場するなんてことは、ルール上できひんらしいけど、傾向と対策を掴むにはここに足を運ぶのが一番やと思って、わざわざ駅から十分のこの場所に歩いてきたんや。
窓からは午後の西日が差し込み、店内の埃が黄金色に舞っとる、そんな静かな店内で、一人の茶髪の青年がカウンターでグラスを磨いとった。
「まだ空いてない……よ」
青年は私らの姿───正確には、私の背後にそびえ立つフロストを見てピタリと動きを止めた。そして次にその前に立つ私に目線を映して、数秒の凝視をした。
とくと刮目するとええわ。お前がこれから生涯目にする中で一番の美人やからな。
「わっ……わわっ! 店長ー! お店に巨人の群れと、あと……なんか、すごい爆乳のお姉さんが来ましたー!」
青年は磨いていたジョッキを落としそうになりながら、奥の厨房へ脱兎のごとく駆け込んでいった。
「うるさいよアンタ! 仕込み中だって言ってるだろ!」
「無理です! 僕じゃ対応できません、物理的な圧力がすごすぎて店が潰れます!」
奥でドタバタと取っ組み合いのような音がした後、一人のローブをまとった女性がのっそりと店の奥から顔を覗かせる。
赤髪を雑に束ね、目の下には深い隈。キセルを咥えた、筋金入りの「現場の女」───事前情報として教えられとった店主のモルガナがその姿を現した。
彼女は私らを見るなり、営業用とは思えんほど引き攣った笑みを作って会釈した。
「……これは、ウルスラ様。例の融資の件なら、来月にはきっちり……」
「あはは、いいよいいよー、私が直接取り立てくるわけないでしょー。今日は私の友達、氷売りのサーシャを連れてきたんだー。話、聞いてやってよー」
ウルスラが椅子の背にもたれながら投げやりに紹介すると、モルガナの鋭い眼光が私に向けられた。
「氷……売り? 悪いが、うちは氷なんて高級品を使うような気取った店じゃないよ。冷やしたいなら地下室の冷気で十分だ」
「まあ、そう言わんと。お姉さん、そこのウイスキー二杯出せるか? 片方はそのままで、もう片方は私が持ってきたこれを使ってほしいんや」
私はフロストに持たせていた麻袋から、透明度の高い『ミーミルアイス』の一塊を取り出し、カウンターに置いた。
暗い店内でも、その氷はまるで水晶のように青白い光を反射しとる。モルガナの目が、一瞬だけプロの鋭さに変わった。
用意された二つのグラス。私は水滴のついた方を彼女に差し出した。
「とりあえず、試してみて。理屈はその後や」
モルガナは怪訝そうにグラスを握り――その瞬間、指先から伝わる未知の冷たさに肩を跳ねさせた。そして、慎重に液体を口に含む。
静寂。
彼女は目を閉じ、鼻から長く、熱い息を吐き出した。
「……いくらで提供するんだい?」
その一言に、私は心のレジスターを景気良く鳴らした。
「百グラムにつき、銅貨一枚。どうや、悪くない取引やろ?」
「ふん、安すぎるね。この品質なら、倍の値段でもうちの常連は喜んで金を出すよ。……あんた、バイカル家の娘だろ? 没落したって聞いたが、なるほど、中身は死んじゃいないね」
モルガナはニヤリと、ならず者のような凶悪な笑みを浮かべた。商談成立――そう確信した時や。ウルスラが余計な一言を放り込みよった。
「サーシャ、スプリングフェスの話はしないの? バッカスは去年の優勝店なんだし、助言とかもらいたいんじゃない?」
善意百パーセントのウルスラの提案やったけど、そのせいでモルガナの顔から、一気に商売人の温度が消えた。
「……あんた、フェスに出るのかい?」
「せや。ノヴァーリス商会って名前で、氷菓子を売るつもりや」
その瞬間、モルガナは深く溜息をつき、首を横に振った。
「……悪いが、さっきの話はなかったことにしてくれ」
「なんでや? 味は気に入ってくれたやろ?」
「ああ。最高だよ。だが……今年、あのあわてんぼうの弟子───ルカがチームを組んでフェスに出るんだ。マリーン・ヴェイル初の『本格麦芽ビール専門店』としてね。氷の入った酒なんて最強の武器、ライバルに持たせるわけにはいかないんだよ」
師匠としての、筋の通った拒絶。
私はそれを聞き、逆に清々しい気分になった。商売人にとって、義理と人情は銭より重い。金貨は多くのことができるけど、信用ほど万能な通貨やない。
相手の方が好条件なんやから、コチラとしては引き下がる他なかった。
「……ええよ。その理屈、嫌いやない。敵に塩を送るほど私はお人好しやないしな。それなら、フェス当日は死力を尽くして戦おうやないか。負けへんで?」
私は笑顔で席を立った。敵は去年の優勝店のDNAを継ぐビール屋か。おもろいやん。
「ノヴァーリス商会、覚えといてや。フェスで一番客を呼ぶんのは、私らやからな!」
そんな捨て台詞を吐いて清々しい気持ちで店外に出ると、まだ日差しは強かった。
「今日は夜の二十一時まで太陽は出ているようですよ」
ミヤハがそう教えてくれたから、もう二~三件もしかしたら周れるかもしれん。
「そうなん。それは好都合やな」
私の心は次の獲物───いや、次の提携先を探して燃えとった。
「あんな強敵がおるんやったら、こんなところで油売ってられへんで」
早く氷を売って、仲間集めをせんと。
「面白くなってきたやないか……ウルスラ、次行くで!」
私たちの戦いはこれからだ! ───て、時に。
「え~、私もう溶ける~。邸に帰る~!」
椅子の上で溶けかけとる我が悪友の姿がそこにはあった。
店の外には三十分もおらんかったと思うけど、アイスより溶けるの速い子やな。
「しゃーないな。……フロスト、アンタは大丈夫か?」
「問題ない。君の頑張る姿を傍で見ていられるのは、存外悪くないものだ」
フロストの無駄に熱い視線を受け流し、私は太陽により疲弊しきったシュガーライクと、彼を熱心に介抱しているミヤハを見た。
「ミヤハ、あんたはシュガーライクとウルスラを連れて別荘に戻り。これ以上の営業は、彼には酷や。……あとは私とフロストで回るわ」
「えっ、いいんですか!?」
ミヤハの目が、一瞬にして眼鏡に狙いを定めた肉食獣のそれに変わった。
ちょっとシュガーライクが心配やけど……ミヤハもそんな、すぐに手を出すことはないやろう。……たぶん。
「ああ。邸の案内、頼んだで。……変なことすなよ?」
「ありがとうございます!」
ニコニコ笑顔のミヤハに送り出された私たちは、数人の護衛を連れ、再び熱気の渦へと踏み出した。
ノヴァーリス商会の初陣は、思ったより険しい。やけど、それでこそ獲り甲斐があるっちゅーもんや。
「さあフロスト、次の店はアンタに奢らせたるわ! 飲んで食って、味を確かめるのも仕事のうちやからな!」
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