銭がなければ氷を売ればいいじゃない
潮風と、魚の生臭さと、そして何より強烈な「欲」の匂いが立ち込める。
ここは港湾都市マリーン・ヴェイル、その駅にあるラウンジのテラス席。
フロストがウルスラと二人で話がしたいっちゅーから、私はその間、麦わら帽子を被って紺碧の海を眺めとった。
「……ふぁ~、たまらんわ。春やいうのに、空気はもう完全に夏やんけ。真夏のヴィーナス、ここに見参やな」
肺いっぱいに「銭の匂い」が混じった夏空を吸い込む。最高や。
「お嬢様、日向に出てはいけません。ここの日差しは強いと聞きます。肌を焼かれては気品が損なわれます」
「えぇ~それはちょっと古いやろ」
令嬢は病的なほど白い方がええ、なんて言うのは半世紀以上前の話や。
私らはドレスを着るけど、それはコルセットで支えるタイプやない。
前世の世界よりも体感百年以上早く歴史にブラジャーが登場してから、女性の病的な美しさというのはもはや古い価値観になりつつある。
……まぁ、というか私がコルセット嫌い過ぎて、元王子の婚約者という地位を利用して、ブラジャー流行らせたのはあるんやけど。
……おかげでけっこうあの時は稼げたわ。
ブラジャーはその時すでにあったから、特許までとはならんかったけど。
───閑話休題
日焼けするなら気になるのがフロストの反応や。
「フロストは日焼けした私、どう思う? どっちも良いはナシやで?」
パラソルの下でウルスラと密談しとったフロストに訊くと、彼は少し困ったようにはにかんだ。
「えっ……そうだな。日焼けしてる方が……珍しくて、健康的でいいと思う」
よし、言わせた。やはり日焼けが嫌いな男などおらん。
「ということでミヤハ。太陽は私の味方や! 勝鬨を挙げろぉ!」
「ダーメーでーすーー!! シュガーライク様に『管理能力を疑う』と言われたらどうするんですか!」
……ミヤハの反対理由が私やなくて常夏眼鏡にあることにツッコミを入れようとした矢先、私の目に巨大な掲示板が飛び込んできた。
「……そういやミヤハ、あれ見たか?」
「なんですか一体」
ベタベタに日焼け止めを塗られながら、私はそれを指さす。
『スプリングフェス・屋台グランプリ! 優勝者には中央通りでの無担保一年間出店権を授与する』
その文字を見た瞬間、私の脳内レジが猛烈な勢いで合計金額を弾き出しとった。
中央通りの一等地。客足は絶えず、賃料はバカ高い。そこを一年タダで使える……。
「……あかん。これ、宝くじの一等より価値あるで。もし私がここを獲ったら、北国の氷を全部ダイヤモンドに変えるための『最強の拠点』が手に入るっちゅー話や」
周囲を見渡せば、屋台の準備をしとる連中も大勢おったけど、その目が、もはや料理人のそれやない。
獲物を狙うハゲタカか、あるいは一発逆転を狙う博徒の目やった。
「ヘヘッ……こいつは金の匂いがプンプンするなぁ。恋愛しとる暇とか、正直あるんやろうか……ケケケッ……」
金と友情の境目で揺れ動く損得勘定……これがいわゆる乙女心ってやつ?
「サーシャ様、涎が出ていますよ。絶世の美女がそんな顔をしていては、ヨトゥンヘイムの威信に関わります」
隣でミヤハが、いつものように伊達眼鏡をクイッと押し上げて冷ややかに言う。
……やかましいわ。銭の匂いを嗅いで興奮せんのは、ナニワの男やない。
◇
それから私たちは、ウルスラが手配してくれた「海の家」へと向かった。
……が。
「……なぁ、ウルスラ。一応訊くけど、これ『家』って呼んでええんか?」
目の前にあったんは、潮風で今にも崩れそうな、ただの「木の箱」やった。
砂浜の端っこ、波打ち際ギリギリに建つ、風通しが良すぎるボロ小屋。
「何言ってるのー。場所代はタダだよー? 感謝してほしいなー」
玉座に座ったまま、パジャマ姿のウルスラが眠たげに言う。
……タダより高いもんはない、とはよう言うたもんや。
私は小屋の中にミヤハとフロストを押し込めると、懐から使い古した手帳と羽ペンを取り出した。さあ、恐怖の「銭勘定」タイムの始まりや。
「ええか、よう聞け。スプリングフェスの期間は二週間。この長期戦を勝ち抜くには、綿密な資金計画が必要や。……ミヤハ、算出するで」
「はい。現在の手持ち、スレイプニル号でのロールアイスの純利益……。そこから材料費、運搬費、容器代、さらに清掃用品……」
「それだけやない。不測の事態に備えた保険料、それにスタッフ(護衛の筋肉連中)の食費。……さらには予備資金……」
カリカリとペンを走らせるたび、私の顔から血の気が引いていく。
アイスクリームは高級品や。生クリームや砂糖の仕入れ値はバカにならん。それに二週間分ともなれば……。
「……結論が出たわ。最低でも金貨100枚。これが、この戦いの『最低ベット額』や」
日本円にして約300万。その余りにも高すぎる壁に私は笑みが零れた。
「金貨100枚……。今の私たちに、そんな余分な金はありませんね」
ミヤハがさらっと絶望的な事実を口にする。
そう。ロールアイスで稼いだ分は、移動費と数日分の滞在費で殆ど消えてしまう。
貨物の石炭や武具を売った金は、当然領地の運営費やから私の趣味には使えへん。
───せやから圧倒的に軍資金が足りてなかった。
何としてでも、私たちは残された日数で金貨百枚を稼ぐ手立てを考える必要がある。
せやけどこの額は普通の方法やったら絶対無理や。
というか……これはなんや、紛れ込んでなんか書いとるぞ。
「ミヤハ、予算案の隅に書いてある『シュガーライク様観察用・高解像度望遠鏡購入費』って何や」
「ちっ……バレましたか」
舌打ちすな。お前の性癖に付き合う金は1銅貨もないわ。
てか金貨一枚も計上しとったんかい。やばいなあの子。
「……サーシャ、金なら俺が——」
困っているならと手を挙げてくれたフロスト。しかしそれにも首を振った。
「フロスト、アンタが金を出したら、それはただの『お遊び』になるんや。私は商売をしに来たんやぞ? 借りた金で勝っても、私の誇りが許さんわ!」
私はフロストの申し出を(断腸の思いで)跳ね除けた。
金はない。機材もない。あるのはボロい小屋と、北国から運んできた「氷」だけ。
……氷。
私は手帳を閉じ、港の向こう側に広がる酒場街を睨みつけた。
「……なぁ、ミヤハ。アンタ、喉乾かんか?」
「ええ。このマリーン・ヴェイルは陽射しが強いですから。今すぐ冷たい水でも浴びたい気分です」
「せやろ。……それや。この街の連中、何を飲んどると思う? ぬるいワインに、ぬるいビールや。王族でもない限り、冷たい酒なんて夢のまた夢……」
私はニヤリと笑みを浮かべた。
「かき氷を作る前に、やるべきことがあったわ。……ミヤハ、今すぐ氷の塊をいくつかに切り分けて、麻袋に詰めてくれる?」
「お嬢様、アイスクリームを売るんじゃないんですか?」
「お菓子は後や。まずは『原石』を売るんや。……ぬるい酒を飲んどる哀れな飲兵衛どもに、キンキンの快楽を教えてやる」
金がないなら、作ればええ。
元々アイスクリームとの抱き合わせ商法しようと思ってたところや。
ちょうどええ、先に氷売って原資を貯めるぞ!
「さあ、夜の酒場へ出撃や! 絶世の美女が氷を売りに来たら、どんな頑固なマスターでも財布の紐が緩むはずや。……たぶん!」
「たぶんですか!」
「当たり前や! 色仕掛けするタイプに見えるか⁉」
「いいえ‼」
「せやろ⁉」
こうして、私のマリーン・ヴェイル攻略戦は、アイスを売る前の「氷売り」から幕を開けることになった。
ウルスラは私たちの計画を聞きながら欠伸を一つすると、忘れていたかのように参加条件を一つ、私に教えてくれた。
「そう言えばサーシャ、店を出すなら貴女のギルドを作ってくれる? 氷冷ギルド、とかでもいいけど。新しいものが好みなら、東風にカンパニーとか付けるとかでもグーだね。『サーシャカンパニー』とか! 可愛くない?」
「言い訳あるかい。……可愛いけどね? 私以外がそのギルドの運営できんくなったら困るし」
「あそっか。ギルドを売ることも視野に入れてるんだ」
「当たり前や。こちとら商人やぞ」
「いや貴族令嬢だよね?」
「……まあそうやけども。てことで、私の名前が入ってるのはなし。みんなも名前考えて!」
数秒みんなが考えた後に、シュガーライクが「『ノヴァーリス商会』というのはどうでしょう」とポツリと提案してくれた。
「ええやん、高く売れそう。意味とかあんの?」
「古き言葉で開拓地という意味です」
シュガーライクの眼鏡が太陽に反射して白く光る。
かなり自信ありげなスカシ顔やけど、意味もしっかりしてるならもうこれしかないということで決定した。
「それなら、ノヴァーリス商会! 一番初めの大仕事は氷の売り込みや! 売って売って売りまくって……マリーン・ヴェイルの喉元を、氷で支配したるで!」
「「「おぉおおおおおお‼」」」
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