旅立ちは波乱と共に。――ナニワの令嬢、機材不足を『魔改造』で乗り切りますわ!
フォーーーーン……シュッシュッシュッシュ……フォーーン───
汽笛の音が新たな冒険の始まりを告げとる。
「世界を氷漬けにするには丁度ええ青空や」
豪快な蒸気と石炭の匂いがホームを包み込む、そんな外もまだ青白い早朝。
ヨトゥンヘイム中央駅。ここから南西の港湾都市までを繋ぐ「石炭特急」が、今日から私の『金稼ぎ特急』に変わる記念すべき日や。
「アレクサンドル様、出発の準備は整いました。他の提携商人たちも、各地方でミーミルアイスを売り歩き、かなりの好感触を得ているとの報告が入っています」
隣でシュガーライクが、バインダーを片手に事務的な報告をしてくれる。
卸売は他人に任せて、私は一番利益率が高い「富裕層向けの直販」をこの列車内で展開するつもりやった。
……それと執務室に籠っているはずのシュガーライクがなぜ、こんな場所にいるかというと、私の背後に立つミヤハきってのお願いやったからや。
「列車デートとか、悪くないと思いません? サーシャ様もフロスト様と一緒にどうです?」
なんて、遠回しにシュガーライクを連れてきてほしいという、メイドの可愛げのあるお願いを私は叶えた結果彼も同行することになった。
今日だけはミヤハの機嫌を損ねるわけにはいかん。
なんてたって今回はミヤハがアイスクリームをその場で作って販売するんやからな。
「よっしゃ、乗り込むで! フロスト、安全運転で頼むで!」
「了解だ! サーシャもアイスクリーム販売頑張ってくれ!」
今回の運転士は……なんと戦争帰りからすっかり元気になった、フロスト・ヨトゥンヘイム卿や。
記念すべき、初めての車内販売ということで運転してくれることになった。
……なんで運転できるんかは知らんけど、なんか運転できるらしい。
というかフロストは蒸気機関車の他に、馬はもちろん、チャリオットとか、船とかも動かせるとのこと。
そこは他の人に頼んだら? って前に訊いたけど、操縦するのが好きらしい。
流石に止めとこ?って言ったけど、頑なに首を横に振って操縦席から離れようとせんかったから、仕方なく今回は彼が運転することになった。
本人は金細工が上品に拵えられたありえんほど豪華な運転士の服を着て、制帽を目深にかぶっていたくご機嫌な様子で笑っとる。……たぶん世界一自由な男や。
◇
ところが。
出発三十分前になって、青い顔をしたシュガーライクの部下が飛び込んできた。
「シュガーライク様大変です……!」
「どうしましたか。書類で何かミスを?」
「いえ実は……」
私はシュガーライクと部下が何やら不穏な空気を漂わせているのを見ながら、シュガーライクが追加の命令を下すのを茫然とミヤハと一緒にみとった。
なんかあったみたいやけど……なんかこっちチラチラ見てたし私関係か?
シュガーライクは私に向き直って咳払いを一つ。
「……アレクサンドル様、残念なお知らせです。王都から取り寄せた、アイスの実演用撹拌機が……雪崩のせいで、まだ隣町の倉庫に留まっているそうです。ですので出発には間に合いそうにないと……」
「…………うわっ、ほんまに?」
「ですから本日の実演販売は不可能となります。機材がなければ、あの『とろける食感』は出せません」
おいふざけんな、とは言わん。こればっかりは誰が悪いとかやないからな。
いや、しっかしこれは……中々に絶望的な報告ではある。
周囲の職員たちが「中止か……」と肩を落とすぐらいで済んどるけど、私の脳内そろばんは、一瞬で「中止による損失額」を弾き出した。
「中止……か。 期待してチケット買うた金持ち共に、紅茶だけ飲ませて帰らせるのは正直金以上に信用がヤバいな……」
時間も限られた中で来てもらってる人もおる中で、雪崩で機材が来てませんは洒落にならん。
雪が降る地域なんやからそれぐらい対策してて当然やのに、それが出来てなかったんや。
責任不行き届き……私のミスやな。
「部下には厳しく処罰を下しておきます。それに彼を推薦したのは私でもあるので、責任は私が取ります」
シュガーライクは淡々と事務処理でも済ませるかのような言葉に、私は首を振る。
「アンタに仕事任せたんは私や。それと遅れてる子も責めんとってあげて。きっと今立ち往生してて、めっちゃ冷や汗ダラダラやろうから。遅れた便で港湾都市まで持ってこれるか調整して貰える?……私らはその間に今できることで対処せなアカン」
そうは言うけど、普通に終わったわ。
代替案とか考えてないし。私の初陣が雪崩ごときで全部パーになった。
ハッハッハッ。
顔では爽やかな顔してますけどね、普通に心の中では泣いてます。
───いや、待てよ……?
ミーミルアイスクリームは確かにお出しできんかもしれん。
けど、列車が終点の港湾都市に到着するまでの間を何とか私らは繋いだらええんやろ?
行き当たりばったりすぎるけど、紅茶飲ませて帰らせるぐらいなら、なんか一発おもろいことやれるかもしれん。……それを考える頭なら今ここにあるからな。
「もちろん調整の件につきましては既に指示を飛ばしてあります。しかしできることと言われましても、機材がなければどうしようも───」
「……うぅぅ……機材? そんなもん、そこら中に落ちてるもんで何とかすんねん」
何とかしようとアイデアを捻りだすために周囲を見渡す。
そうしたら偶然荷の入った木箱に眼がいった。
「あ、あれや……!」
私は、駅のホームに運ばれる予定の「廃棄武具の回収ボックス」を指差した。
中には先日の戦いで凹んだ胸当て、刃こぼれした短剣、使い古された円盾がある。
全て溶かされて、また鉄インゴットとして復活させる前の、戦争の残りカスやな。
ウチじゃ鉄の価値は小麦の袋より安いから、妥当な値段で取引してくれる港湾都市まで持って行こうとしてたんや。
こっちは全部シュガーライクの担当やから何をどのぐらい運んでるかは知らんけど、その内の箱から一つ持ち上げて、私は笑みが零れた。
「胸当てに盾に短剣……ちょうどええやん。……アレができる」
「……アレクサンドル様、それが何か?」
シュガーライクはピンと来とらんようやった。
まあそれはそうやろう。傍からみたら、戦争が終わって不要になった、壊れた武具にしかみえん。
「ミヤハ! 近所の鍛冶屋に、この『鉄クズの山』を持ち込むで! 1時間で叩き直させるんや!」
私はミヤハにそう伝えると、ミヤハは首を傾げた。
「武器商売でもなさるつもりですか?」
「乗客に武器が売れるかい!……こいつらがアイスクリームを作る道具になるんや! それとシュガーライクはフロストに時間稼ぎ、頼んできて! ……1時間なら何とかできるやろ。汽車の遅延とか、人身事故とか好きな言い訳させて!」
「サーシャ様、ここは始発です」
「うっさい分かっとるわ! アンタがイイ感じの言い訳を考えるんや。ええな⁉」
私がそうシュガーライクに伝えたら、彼は「こんどは何をするつもりだ?」みたいな顔やったけど、不承不承引き受けてくれた。
「……? ……承知いたしました。何か妙案があるご様子。お手並み拝見とさせていただきます」
シュガーライクは一礼すると、少し歩いたあと振り返って、
「感情に身を任せて私のせいにしなかったのはご立派です。……健闘を祈ります」
と残し、フロストの元へ歩いていった。
私は『あいつ褒めるの下手やなぁ~』とか思いつつ、壊れた武器の箱を持ってミヤハと一緒に鍛冶場に向かった。
◇
「ええですか親方! この円盾の裏側を鏡面に磨き上げてください! この短剣は刃を潰して、平らなヘラに! 胸当ては氷と塩をぶち込むための冷却槽に改造や!」
「おっしゃ! ガッテンだちくしょーめい! 任せておけぃ!」
駅の近くにある鍛冶場。槌の音が激しく響く中、私は不敵な笑みを浮かべて指示を飛ばした。
城下町の中でも駅周辺は大通りと同じぐらい物価が高くて、色んな店が立ち並ぶ。
当然そこに卸すために様々なギルドも駅周辺に乱立するということで、私はそこにあった鍛冶師ギルド直営店の鍛冶場を見つけて突撃した。
鍛冶場の鉢巻きオヤジは、ヨトゥンヘイム領の一大事と知らせると、今日あるはずの仕事を後回しにして私達の相談に乗ってくれた。
「報酬はそのアイスってやつを孫に食わせてやってくれ。美味いって話は、風の噂で聞いてるぜ」
「もちろんや。箱で絶対に届けさせる。超スピードで頼むで!」
「おうよ!」
鉄は熱伝導率が最強や。氷と塩を敷き詰めた分厚い鉄盾の上なら、アイスの原液は一瞬で固まる。それを利用して作る、実演販売用のアイスを私は知っとった。
ガンッ! ガンッ! と、火花を散らして叩き直される円盾。
「お嬢様、これでアイスを作るん道具ですか……? ボウルじゃなくて鉄板なんですけど……」
隣でミヤハが、火に照らされた私の横顔を見て引き気味に呟く。
「この鉄板をキンキンに冷やしてその上でアイスを作るんや」
「サーシャ様、やはりアイスクリームを作る道具にはみえませんね。一体何を作ってらっしゃるんですか?」
鍛冶場の火花を眺めながら、ミヤハは私に訊いてくる。
そろそろ答えてもええやろう。今回作るアイスの名は、
「ロールアイスや。短い間のパフォーマンスとしてやるなら、アイスクリームよりも華があってええ」
「ロール……アイスですか?」
「せや。作り方は後で教える。あんまり練習する時間はないけど、アンタなら上手くやれるって信じとるで」
「はぁ……またお嬢様の無茶ぶりですか。ご心配なさらず、慣れていますから」
◇
鍛冶場から列車に新たな道具を持ち込んで、さっそく調理を開始したミヤハ。
私は応援しとるだけやったけど、すぐに列車内には前代未聞の光景が広がった。
美しきメイド・ミヤハが、「磨き抜かれた円盾」の上で、「元・短剣のヘラ」を両手に持ち、鮮やかな手つきでアイスの材料を混ぜ合わせて鉄板の上に流す。
キンキンに冷えた元の盾の裏側に、バニラの原液が薄く広がる。
一瞬で白く固まっていくそれを、短剣を加工したヘラで「シュルシュルッ」と削り取ると、瞬く間に綺麗な筒状のロールが完成した。
「おぉ……さすが」
その手つきはもはや一つの芸術。口伝しただけのレシピを、即座にアドリブで「演目」に昇華させる彼女の姿に、私は心底震えた。
「これで完成ですか? 造作もありません」
「す、凄すぎやろ……。ほんまに完璧に成し遂げよった……」
普段の濃厚なアイスとは違う、花びらのようなロールアイス。ガラスの器に盛られたそれを試食し、私は確信を持って親指を立てた。
「ミヤハ、これならいける。文句なしの合格点や!」
「容量は普通のアイスと殆ど変わりませんし、平たくして冷やして丸めるだけ。……レディースメイドの嗜みとしては、少々退屈なほどですわ」
ふんっ、とヘラを盾の端に置くと、ミヤハは灰色の髪を不敵に掻き上げた。
邸ではただの「眼鏡ストーカー」やけど、忘れてたわ。こいつも数多の修羅場を潜り抜けて、公爵家のレディースメイドに上り詰めた「選りすぐりのプロ」なんやな。
「わかったわかった。今だけドヤ顔するのも許したる。本番もこの調子で頼むで」
「お任せください。お嬢様のどんな無茶ぶりにも、難なくこなせてこそのレディースメイドですから」
全身から『褒めてオーラ』が漏れ出とる。……まだ褒め足りんのか?
私はしばらくミヤハを色んな言葉で褒めそやした。
「そうつまり普段から頑張ってるからこそ、ミヤハはどんなことでも臨機応変に動けるんやなぁ。頼りになるわぁ~」
「そうでしょう。知ってます」
腕を組んで満足そうな表情を浮かべたので、私は次にやらなあかん設備の点検に移った。即興の実演をするにしても設備がアカンかったら意味ないからな。
そして不備もないことを確認したら、私もようやくホッと息を吐けた。
「災い転じて福となす。……いや、災い転じて「爆売れ」確定や。クフフフフッ……」
そうやって一人で悦に入っとると、ピィーーーーーッ!! という鋭い笛の音が耳を突いた。
「まもなくの発車だ! お客様、お近くの入り口より車内へお入りください! ――これよりスレイプニル号、城下町イルマタルから港湾都市マリーン・ヴェイルへ向けて発車する! お手荷物、お足元、注意して入ってくれ! みんな、待たせてすまなかった!」
フロストのバカでかい声が車外から聞こえてくる。
「よっしゃミヤハ、今日はとことん荒稼ぎするで!」
「追加のボーナスも期待してよろしいのでしょうか、ご主人様?」
「それは今日の売上次第やな」
「……ドけち」
シュシュッ、と重厚なピストン音が響き、景色がゆっくりと動き出す。
銭稼ぎ特急、いよいよ出発進行や!
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