王家は勝手に自滅する。――私達はただ、美味しいアイスと氷を売ろうとしているだけですよ?
ホールは再び熱気を取り戻し、盛んな交流が続いとった。
私はというと、フロストに負けた分を取り返すように商人たちとの商談を複数勝ち取り、また貴族とのパイプもより強固なものにする交易路の開拓にも成功した。
……けど、そんな彼らが見とるのは私やないように思えた。
かつて物流王と呼ばれた父の威光と、フロストのカリスマ。私の後ろにそれを見ている限り、私が私として評価されたとはいえん。虎の威を借る狐であることには変わりない。
ぐぬぬ……金を稼いで資産を増やさんと……。
「お疲れか?」
「ギャッ……! フロスト……!」
黒のガウンから服を着替えたまま、庭で兵士とお喋りをしとったフロストが戻ってきよった。
一体何の用や……?
「話してばっかりで疲れたんじゃないか? ほら、ホットレモネードだ。飲むと落ち着くぞ」
フロストはホールに並べられた端の椅子に私を座らせて、ホットレモネードを持たせてくる。わざわざ私の様子を見に来たんかい。
私に気使うのもええけど、戦争帰りなんやからもっとゆっくりしてくれててええのに。
「……別にこれぐらい全然問題ないわ。むしろアンタの方が疲れとるやろ。正直、そっちの方が気がかりやわ」
「傍にいたいんだ。サーシャが心配だから」
心配やと……?
私があんな不甲斐ない醜態を晒したからか?
……ちょっと誤算はあったけど、別にあれぐらいの荒波は何回も掻い潜ってきたわ。
「私は別に! ……別に、一人でもやれた」
私はレモネードを一口飲んで、そんな強がりを言ってしまった。
助けられたのは紛れもない事実やからお礼を言わんとあかん立場やのに。
これじゃ恥の上塗りや……!
「……そうか、悪かった。あれはただ俺が個人的に気に食わなかったんだ。女の子をワイン片手に冷笑しているようなやつらはどうにも好きになれそうにない」
「……」
く、クソッ……こんな時に顔が赤くなる自分が憎い。
女の子扱いされるのは嫌なはずやのに、否応なしに女心の方が反応しとる。
こんなに気を遣われとるのが分かっとるのに……アホか私は、何を喜んどんねん。
「俺はもう少し庭で兵士たちと話をしてくるから、こっちは任せてもいいか?」
「……それはええけど」
「……? ……どうかしたのか?」
ちゃんとここでフロストにはいっとかなアカン。
私はただアンタに甘えるだけの存在じゃない。
それを証明させるための、これはいわば決意表明や。
「私は……、私は、ちゃんとアンタに私を認めさせる。たくさん氷を売って、それで今日の借りは返させてもらう。それでええか、フロスト卿」
私は椅子から立ち上がって彼を見上げながらそう宣言した。
そしたらまた撫でようとしてきたから手を払う。
「仕事中は撫でんな。髪が乱れる」
「あぁそうか。すまない」
「それより、アンタの返答をまだ聞いてへん」
私は真剣に目を見て話してたのに。
フロストは「ふふっ」と喉を鳴らして、私の必死な様子を面白そうに眺めとった。
あかん。こいつ、私がムキになればなるほど喜んどる気がするわ。
これはもうほぼ確実に……というか絶対に遊ばれとる。
「アンタなァ⁉」
フロストは涙を指先で拭いながら、私に待ったをかけるように手を前に着きだして咳き込んだ。
「いや、すまない。俺の方こそもう返せないんじゃないかってぐらいの恩を感じてるのに、まだ俺に恩を売りたいのか? ハハッ、困った婚約者様だ」
そして私を見下すようにフロストは不敵に笑った。
「───わかった、それじゃあ好きなだけ氷を売って俺を驚かせてくれ。俺も君が驚くことを何か考えてみることにするよ」
驚くことと言われて、私は真っ先に彼がまた次の戦場を探しているのだと直感した。
「なんやそれ……せ、戦争が終わったんやから、ちょっとは邸でゴロゴロしてたらええやん。みんな喜ぶで?」
こいつが動いたら、また何処かから戦争の火種を探してくるに違いない。
それでいて今一番の火種は国内にある。
うちの知り合いが彼の剣に掛かるのだけは見たくなかった。
けど……。
「いいや。こんなに楽しい時間は久しぶりだ。君が氷を売るというなら、俺も何かする! 俺にしかできないことをやって君を驚かせるさ!」
サァー……と私は血の気が引いた。
「な、一体何する気なんや……⁉」
こ、怖い……何をしでかすか分からんという意味で怖すぎるこの男!
「特に何も決めてない!」
ズコッ…………って、今どき新喜劇でもやらんようなコケ方させんなボケェ! 怖がって損したわ。
ほんま、なんもないなら黙っとれやマジで。
私は真面目にアンタを見返す算段立てとるっちゅうーのに……ほんま頭痛い。
「それよりもサーシャ、王宮の使者をボコボコにして邸の外に投げてしまったのは構わないが、戦争になったらサーシャはどうするんだ? 俺は迎え打つ準備はいつでもできてるが、君の氷売りにも影響が出るんじゃないか?」
さらっと正面戦争する気なセリフをフロストは言うてるけど、そんなことは百パー起こらん。
というか、これは起きても問題ない戦争に当たるからや。
「使者を蹴っ飛ばしたくらいじゃ流石の王族も戦争はできん。フロストも知っての通り、派閥の合意がないとまとまった数を動員させることは無理やからな。第一条件としてそこがまず無理や」
「舐められたから殺すってのは、理由にならないのか?」
「そんなヤバい理由で戦争仕掛けんのはアンタぐらいや……」
戦争が好きすぎて、何か小さな火種を見つけたらすぐに戦争の口実にしたがるんやから。困った公爵様やでほんまに。
……まさか私を嫁にしたい理由ってこれか? ……いやまさかやな。
王家と戦争したいがために、火種になりそうな私と婚姻を結ぶとか。
そんなヤバい考えの持ち主でない事を祈りつつ私は話を続けた。
「それに人を集めるには金が要るし、何より食料の調達先が大量にいる。特にここを攻め落とすなんて、なったら大量の金と食料が必要になるやろう。今物価高で国民が苦しんどる時に、戦費調達なんかしてみ? 私が手を下すまでもなく、内乱が起こるで」
「へー、サーシャも意外に考えてるんだな。俺はてっきり王宮の使者を邸から放りだしたことを猛烈に後悔しているものだとばかり」
フロストはそう言ってまた、ハハッ、と笑った。
私も少しやり過ぎやとは思ったけど、やった事を後悔する気は微塵もない。
あれはもうええんや。私もちょっとスッキリしたし。
「アホ抜かせ。……大体そんな行き当たりばったりで王宮の使者を侮辱できるか。私の命はそんなに軽くない。これでも十年以上王宮におったからな。王宮の力学は大体の大人より知ってんねん」
「そういうものか。てっきり俺は王族が戦える武力があるから、不凍港を要求してきているものだと思っていた」
「逆や逆。武力で厳封するつもりなら、もう既にその兆しがないとおかしいやろ」
「……んーなるほど。確かに。領境に兵が集まっているという報告も監視砦から来ていないしな。今から集めるにしてもかなり時間が掛かるだろうし、どういうつもりなんだ? 単なる脅しか?」
フロストは不思議そうに訊いてきたけど、私は小さく首を横に振った。
「集めようにも集められへんのや。王族の『国が乱れる』とかいう理由で、遠く離れた不凍港を要求してきたのが、分かりやすい悲鳴になっとる。───アイツらは今、喉から手が出るほど『今すぐゼニになるもん』を欲しがっとる。要するに、あいつら金欠なんや」
「王家が? 一体どういうことだ? 確かサーシャの父親のギルドを丸ごと乗っ取ったんじゃなかったのか?」
信じられないといった風に驚くフロスト。
それについては私も同感や。
私もこんなにすぐに組織をダメにできるなんて知らんかったからな。
「巨大な物流ギルド……バイカル家の資産を無理やり国営化したのが、アイツらの命取りや。……ギルドはそもそも誰か一人の所有物やない。色んな人のおかげで成り立っとった物や。それをトップだけ変えて、全員が納得すると思うか?」
ギルドには色んな利害関係者がおって、その基盤に根を張る形で金のなる木ともいえる物流ギルドは存在しとった。
本来放置でも金が入ってくるはずの莫大な利権や。
それやのに、そんな国の大動脈ともいえる場所に“メス”を入れてもうたから。
まあ、大出血しても仕方ないという話ですわ。
「それにあのギルドはある種の獣やねん。ちゃんとした調教師の手に委ねられてない獣は、予想外の行動で暴れだして主人の手を噛む。膨大な利益を生むギルドは同時に膨大な借金を生むこともできるってことを、今頃王家は身をもって実感しとるとこやろうな」
うちの取引先には親父が出向かんと、首を縦に振らん連中も多くおった。
人間関係第一のギルドの首変えたらそりゃ機能不全にも陥るわ。
脳みそ切除してもうたんやからな。
「……ほんの数ヵ月でもう既に経営ミスを幾つも起こしているということか。誰も王子をとめなかったのか?」
「無理無理。みんなアンタほど偉くないからな」
まあ、愚王の専制政治っちゅーのは、こういうもんなんやろう。
歯向かったら死刑、噂話をしても死刑、疑いある者はみな死刑! 腐敗ここに極まれり! って感じ?
王家丸ごと潰さんと、この圧政は続くやろうな。
「しかも笑えるのが国営化したっちゅーところや。そのせいで職員の給料は全て国庫からでる。アイツらは自分で手に入れた獣に噛まれて出血しとるんや。それで止血のつもりで、狙いをつけたのが私らの不凍港っちゅーわけ」
元からある領地より、幾分か反発も少ないとでも考えたんかもしれんけど……甘すぎるわ。
「まあこれが原因で即死することはないやろうけど、遅かれ早かれ自滅することは目に見えとる。せやから……私らはこれからも下手な脅しを仕掛けられるかもしれんけど、屈せずにその時が来るまで備えておけば大丈夫っちゅーわけや」
……ほんまは王宮内の色んなところにいる私の友達とか、縁のある人達がスパイになって手紙を送ってくれとったりするから、そこから分かってることもあるんやけど。
そこは差出人の命に関わることやからフロストにも話せへん。
そのせいで結構強引な説得になったけど……これで納得してくれるやろうか……?
「オー……そこまで見通していたのか。なんでそれをほかの商人達に話さなかったんだ?」
うわよかった、普通に信用してくれた。
「……いや商人も貴族もココにいる人たちは全員分かってると思うで」
「そうなのか!?」
せやなかったら、こんなクソ寒い場所に喜び勇んで来たりせんわ。
それぐらいここは国全体に匂ってしまうんやろう。
芳醇な金の匂いが。
「分かってる上で、みんな勝ち馬に乗る準備をしてんねん。仮に王家に手を貸して、そのおかげで権力が復活するようなことがあってみ? 王家は一生その商人に頭が上がらんくなる」
「なるほど。一気に億万長者というわけか」
私は頷く。私達は市場に常に監視されとるんや。
どちらに手を貸すか。私らはその両天秤に掛けられとる真っ最中やった。
それにこれは国内だけの話やない。
世界が私たちの動向に気を配ってる。それは間違いなかった。
今回呼ぶことは叶わんかったけど、各国からすでに何通か手紙も受け取っとる。
世界中が二者択一を迫られる中、その判断材料になるんが、今日の凱旋パレードやったんや。
「せやから商人と貴族が沢山うちにきたのも、大きな力を持つヨトゥンヘイム卿が王家を手助けするか見定めにきた、っちゅー人たちが大多数やと思うで。実際」
「なんと。知らずに吟味されていたとは」
フロストは「政治というのは気持ちが悪いな!」と、最高に爽やかな笑顔で言いよった。
「そう言うもんや。……王家も今頃、あせって他の公爵や貴族を懐柔しようと躍起になってるやろうな。それはもう、あらゆる手を尽くして」
「おぉ、マズいんじゃないか? 流石に俺も大連合を相手では少し骨が折れそうだ」
少しで済む方が化物や。
あと、予想するに、懐柔するにしても金がないんじゃ王家は最後の切り札として『法』そのものを変えるしかなくなってくる。
それはつまりこれから先、他の領地を優遇するような愚法が大量に増えるってことや。
それで得た金と権力をどうにかこうにか束ねて、従わない者を処断し、それを再分割して統治させる……私が王族の立場ならそうするやろうな。
まあ仮にそれだとしても? それをやるにも時間がとてもかかる。一年や二年じゃできん大仕事や。その間に私たちに何が出来るか。
もちろん簡単なことが一つできる。
「私達はお金を稼ぐことができる。……つまり結局最後は金とその使い道で全てが決まるんや」
「王家と俺たち、どちらが資産を増やすかの勝負か! 俄然燃えてきたな! どうする? 俺はまた戦争に行ってこようか⁉」
キラキラした目でまた物騒なこといいよる。
「いや戦争は金使うねんって。そんなに体で稼ぎたいなら、軍隊のコンサルとかやったら?」
「軍隊の……コンサル?」
「私もよく知らんけど、同盟国とかで弱い軍隊がおったら、「お金払ってくれたらうちがなんで強いか教えてあげますよ」みたいな話をするんや」
私がそう話すと、感心したようにフロストは頷いた。
「おぉー! なるほど、強さの秘訣か! サウナの入り方と、寒中水泳のやり方を教えてやればいいんだな!?」
「よし、コンサルはたぶん無理や! 内政ならシュガーライクさんにでも訊いてみたら? たぶん、泣いて喜ばれるで!」
私は説明を放棄すると、フロストは今までに見たことがない、苦虫を百匹かみつぶしたような顔をして、
「えぇ……書類仕事は嫌だぞ?」
と正直に答えよった。うん、知っとる。せやけど書類仕事じゃない内政ってなに?
広報でもすんの?
「内政の殆どは書類仕事やで?」
「じゃあその殆どに入っていないことをしよう! シュガーライクならそれを見つけられる!」
今も第一執務室で仲間と一緒にペンを走らせとるシュガーライクやけど、これもしかしたら彼の仕事を増やしただけかもしれんな。
───まあえっか。
私が困るわけやないし。
そこは男同士で上手くやってもろて。
私はミヤハと一緒にアイスクリーム屋さんを本格始動させなアカンからな!
今回貴族や商人に集まってもらったのは、派閥の取り込みもあるけどもう一つある。
そう! みなさんお待ちかね、アイスクリーム実食会をするためや!
「……そういやアンタにもアイスクリーム、食べさせてへんかったな」
「アイスクリーム?」
私はフロストの太い腕を、ぐいっと引っ張って厨房へ向かった。
戦場から帰ったばかりの熱い体に、寒中水泳じゃ味わえん内側からの刺激を叩き込んだるんや。
「ちょっと一緒に食堂きて。見せたいものあんねん」
「おおっ! まだ楽しみが残ってるのか!? 本当にサーシャは見ていて飽きないな!」
次回はアイスクリーム(ご褒美)回。




