王命は期限切れの督促状。――ナニワの令嬢、迷惑な使者を泥濘に不法投棄する。【宴会編・後編】
それからも私は同じように商人や貴族と話をしては切り上げて、別の人に会話をして周った。
特徴に合わせて相手を喋らせ会話を誘導し、必要な時に切り上げる。その繰り返し。
あとは釣れるかどうかは運次第。無理に引っ張り上げれば遺恨も怖いしな。
私は用意された生け簀で釣りをしながら次の獲物が竿に掛かるのを待っとった。
「大量……大量……お次は誰が話かけてくるかね」
……ところが。
そんな私の「ゼニの計算」をぶち壊すように、場違いな高笑いが響きよった。
「そこまでだ! 貴族の癖に商人の真似事をする娘よ!」
現れたのは、王都の派手な衣装を纏った王宮の使者。
あいつら、パレードの時は一歩も動かんかったくせに、宴が始まったらこれか。
どこから湧いて出たんや? ……誰か塩持っとらんかな。
「国王陛下より沙汰である! ヨトゥンヘイム公爵フロスト! 度の過ぎた戦功は国を乱す。よって、今回獲得した沿岸地帯――不凍港を含む全域を、王直轄領として没収する!」
その場が、凍りついた。
ミーミル湖の底より冷たい沈黙が、ホールを重苦しく支配する。
(……はぁ? 今、なんつった、このカボチャ頭)
没収? 不凍港を?
私の「将来の利益」を、あのアホ王子たちの遊び金にするために差し出せと?
「……どこから来たかは存じ上げませんが。名も名乗らぬ以上、蛮族と切り捨てても構いませんね?」
私の低い声が、静寂を切り裂いた。
庭にも聞こえてきたのか、ヨトゥンヘイム軍がニヤニヤしながら武器を持って王宮の使者を取り囲む。
「わ、私に手を出してみろ! 国が動くぞ!」
王宮の使者がそう言った瞬間に、誰かが使者の背中を蹴り飛ばした。
赤い絨毯の上に転がる使者は振り返ると激昂して、「誰だ!私を蹴ったのは!」と唾をまき散らすけど、みんなニヤニヤして誰も返事をせん。
育ちが悪いせいで、国家権力がどれほど恐ろしいのか理解しとらんっちゅー顔やった。
「不凍港の没収ですか……陛下は相変わらず御冗談がお好きなようで」
オホホホホホッ、と高笑いをしながら私は兵士に取り囲まれた王宮の使者と対面するために、手を挙げた。
すると兵士達は首肯して、道を開けてくれる。
「冗談ではない! これは陛下の意志であり――」
そう言いかけた王宮の使者は、後ろの兵士によって顔面を絨毯とキスさせられる。
そのあからさまな行動に、周囲の貴族たちが「ヒッ……」と息を呑んだ。
せや。この世界において、王命は絶対。逆らう者は死を意味する。
……普通の令嬢ならな。
「どこの誰かは存じ上げませんが。自己紹介がないのであれば、この場をしらけさせる迷惑なお客様に他なりません。謹んでお引き取り申し上げます」
「ふざけるな! 私は王宮の───」
再び使者の顔面が地面にめり込んだ。
こんどは洒落にならん鼻血と涙をトッピングさせて。
「はて……お名前が聞こえませんね」
「愚か者共め……‼ おぼえて───ヘブシッ」
三度、使者の顔面が地面に叩きつけられ、王宮の使者はピクリとも動かなくなった。
ヨトゥンヘイム軍の兵士はニヤニヤしながらその使者の脇を抱えて、庭に連れ出し、泥濘に投げ込むと、また楽しそうに宴に戻っていった。
「……さて。みなさんお騒がせしました。あんな出来の悪いかぼちゃのことは忘れて、楽しい話をしましょうか」
私は手元のシャンパングラスを軽く掲げ、意地悪な笑みを浮かべた。
「皆さん、今の王宮をどう思います? 私はこう思います。……『経営破綻したおんぼろギルド』やと。
あの愚王と、毒婦予備軍。あいつらがやってるのは政治やない。ただの『自分へのご褒美』ですわ」
会場にドッと乾いた笑いが起きる。みんな思っていたけれど、口に出せなかった本音や。
「見てくださいよ、さっきの使者。名乗りもせんと『不凍港をよこせ』やて。
……冗談やない。
不凍港は、フロスト卿が命張って、私がゼニ張って手に入れた『超優良物件』や。それを努力もしてへん連中がタダで引っ張ってこうとする……。
そんなもん、商売のルールやなくて、ただの『強盗』やろ!」
私は、一番手前にいた大商人の目をじっと見つめた。
「王家に付いたらどうなるか教えたげましょか?
皆さんの領地の魚は腐り、ワインは温くなり、蔵の金は王宮のドレス代に消える。……最悪や。私ならそんな不採算事業、即刻損切りしますわ」
私は一拍置いて、声を一段低く、力強く響かせた。
「でも、私についてきたら話は別や。
私は皆さんに『忠誠』なんて重たいもんは求めへん。婚約者でも簡単に裏切るような愚か者が王の国で『忠誠』なんか言葉は存在したらアカン……せやから欲しいのは『投資』や!
この領地の『氷』を、世界中の熱い国に売り捌く。新鮮なメシを、見たこともないスピードで届ける。
私と一緒に、王都の連中がひっくり返るくらいの『大儲け』をしてみませんか?」
「サーシャ様、しかし王命は……」
一人の貴族がおずおずと声を上げる。
「王命? あんなん、ただの『期限切れの督促状』みたいなもんや。
ルールを守らん王に、ルールを守る必要はない。……私たちが新しいルールを作って、『王すらも法に従わせる』んや。そうすればもう好き勝手にはできんやろ?」
私はニヤリと笑い、使者がめり込んだ絨毯の跡を指差した。
「泥船と一緒に沈むか、私の豪華客船でステーキ食うか……。
今すぐ選んで。……ま、頭のええ皆さんなら、説明せんでも『正解』はわかるやろ? 乗り遅れても知らんで!」
私は精一杯盛り上がるように努力はした。
けどホールは、シーン、とヒエッヒエで静まり返っとった。
あかん。滑った。途中までは笑いも取れてたのに。
最後の最後で入学初日で隣の席の子にやった一発芸並みにスベり倒した。
私はにこやかな笑顔を死守しながら、内心では「誰か今すぐ私を介錯してくれ」と泣きそうやった。
恥ずかし過ぎてもう、いますぐ雪を掘って埋まりたい気分や。
こんな親の肩書きだけの女では、言葉に重みが足りなかったのではないかとか。
もっとオブラートに言葉を包んだ方がよかったのではないか、とか。
無限に後悔できるし、今すぐにでもしたい。
顔を伏せる商人とかそっぽを向く貴族に視線を飛ばしながら、私は顔が真っ赤にならんように必死にこらえて、一人でも仲間になる人がおらんか反応を待っとった。
そんな時や。
「素敵な女の子の演説だと思うが。感動したのは俺だけかな?」
低音のバリトンボイスが、ホール内に響き渡る。その天然拡声器みたいな大きな声で、顔を伏せていた商人やそっぽを向いていた貴族が『全員』顔を上げた。
奥からやって来たのは、ウォッカの瓶を片手に、巨躯に黒いガウンを羽織った男。
全身から猛烈な湯気を立ち昇らせ、圧倒的な「強者の熱」を撒き散らしとる。
「フロスト……様!」
「素敵な演説だったよサーシャ。思わず聞き惚れてしまった。みんなもそうなんだろ?」
フロストの声に、貴族たちが「お、おぉー!」と拍手が巻き起こった。
そしてそれに釣られるように商人たちも大きな拍手が私に向けられた。
「ハハッ。やっぱりな。サーシャの言葉に心を動かされたのは俺だけじゃなかったみたいで安心した! いや~楽しい演説だった!」
風呂上りのフロストはタオルで髪を拭きながら私の隣にたち、全ての貴族、商人に向けて声を張り上げた。私みたいに沢山の言葉で伝えるのではなくて、たった一言。
「俺はアレクサンドル・バイカルを支持するぞ!」
その言葉は実はこのホールにいる全ての関係者が聞きたかった一言だったのかもしれん。
そしてフロストはその一言で、ここにいる全ての人の信頼を勝ち取った。
タイミングと立ち振る舞い、全てにおいてこの瞬間しかありえない。
完璧な後押しやった。
「私も支持するぞ!」
「オレもです!」
「フロスト公爵とバイカル子爵令嬢を支持する!」
ホールは割れんばかりの拍手喝采に包まれた。
私は彼の隣で、茫然と大きな手に肩を掴まれながら、引きつった笑いを返すことしかできなかった。
……完敗や。
ロジックを積み上げた私と、存在そのものがルールの男。
歴然としたカリスマの差、あるいは「格」の違い。
それを思い知らされて、私の怒りゲージは沸々と溜まってしまうのは仕方のないことやった。
私を占める六割の乙女心は、いま凄いキュンキュンして「フロスト様LOVE」になってるけど、残りの四割は敗北感に怒りが煮えたぎっとる。
コレが愛憎入り乱れるってやつかいな。
アンタほどのカリスマが私にあれば、もっと人心を動かすことができるのに。
実績が……全然足りんのや。
男どもは感情では動かん。確固たる実績がいるんや。
……絶対このままで終わらせへん。いつか私も実績を積んで、絶対にアンタより人の心を動かす女になって見せたる……!
……絶対に、絶対や!




