兄に追放された夜に食に人生を費やしたことを思い出し味を求めにくる客達を虜にしていく。何度も何度も追い出したくせに追いかけ回されてウンザリする。いい加減にしてよ、こっちこないで!
冷たい夜風が、エルナの頬を容赦なく叩いた。
王都の一角、豪華絢爛な城から放り出された彼女は、まるでゴミのように石畳にへたり込んでいる。
周囲の貴族たちが、好奇と嘲りの視線を向けてくるのが痛いほど分かった。
「役立たずの出来損ないめ!」
兄である王太子、ティモシーの声が、今も耳に焼き付いて離れない。
エルナは、王家に生まれた唯一の女性でありながら、魔力が低いという理由だけで、家族から疎まれてきた。
妹である公爵令嬢カルミアに至っては、エルナの存在を目の敵にし、陰湿ないじめを繰り返した。
今日の晩餐会でのこと。
隣国の王子との縁談が決まりかけていたカルミアが、些細なことでエルナに難癖をつけた。
庇うどころか、父である国王は「王家の恥だ」とエルナを叱責し、ティモシーは冷酷な目で国外追放を言い渡す。
「一体、私が何をしたというの」
震える声は、夜の静寂に吸い込まれていく。
持たされたのは、わずかな金貨と粗末な衣類だけ。
明日からの生活すら、全く見当もつかない。
そんな絶望の淵に立たされた時、エルナの脳裏に、鮮烈な映像が流れ込んできた。
熱気立ち込める屋台。
香ばしいソースの匂い。
手際よくたこ焼きを焼き上げる自分の姿。陽気な客たちの笑い声。
それは、彼女が前世で生きていた記憶だった。
現代の片隅で、小さなたこ焼き屋を営んでいた人生。
突然の事故で幕を閉じたはずの過去が、なぜ今、鮮やかに蘇ったのだろうか。
「たこ焼き……たこ焼き?」
無意識に呟いた言葉に、前世の温かい記憶が重なる。
あの頃の自分は、毎日が忙しかったけれど、笑顔に囲まれていた。
理不尽なことで責められることも、孤独を感じることもなかった。
(そうだ。くよくよしていても仕方ない。前世の私は、もっとたくましかったはず)
エルナの中で、ふつふつと勇気が湧き上がってきた。
異世界で生きることは困難かもしれない。
前世の記憶は、彼女にとってかけがえのない武器になる。
立ち上がったエルナは、夜の闇の中へ一歩踏み出した。
どこへ行くべきかも分からないけれど、冷たい王都から離れたい一心。
あてもなく歩き続けたエルナは、数日後、小さな宿場町に辿り着いた。疲労困憊し、空腹も限界。
所持金は、ほとんど底をつきかけている。
町の人々は、エルナの粗末な身なりを見て、警戒するように距離を置いた。
王都から追放された身であることを悟られたのだろうか。
宿に泊まることもできず、エルナは町の外れの森で一夜を明かすしかなかった。
凍えるような寒さの中、エルナは前世の記憶を辿っていく。
たこ焼き屋を始めた頃、資金も知識もなかった自分は、必死で工夫を重ねた。
美味しい出汁の作り方、絶妙な焼き加減、何よりも、お客さんを笑顔にするための努力。
(そうだ、私には、あの時の頑張る力がある)
翌朝、エルナは意を決して町へ向かった。
まずは、何でもいいから仕事を見つけなければならない。
町の広場で、困った顔をしている若い男性を見つけた。
荷車が故障してしまい、途方に暮れているようだ。
エルナは、見よう見まねで荷車の修理を手伝った。
前世でDIYが好きだった記憶が、わずかに役に立ったのだ。
男性は、エルナの助けに心から感謝し、お礼としてパンと飲み物を分けてくれた。
彼の名前はルーク。
町で小さな雑貨店を営んでいるという。
事情を話すと、ルークは同情し、しばらくの間、店の雑用を手伝わせてくれることになった。
雑貨店での仕事は、決して楽ではない。
掃除、商品の整理、簡単な事務作業。
それでも、温かい食事と寝る場所があるだけで、エルナにとっては天国。
ルークは、物静かで優しい青年だった。
過去については深く詮索せず、彼女の頑張りを認めてくれる。
雑貨店での生活が落ち着き始めた頃、エルナはふとしたことから、自分の新たな才能に気づく。
店の商品の整理をしていた時、ルークが仕入れた珍しい香辛料の匂いを嗅いだ。
その瞬間、エルナの脳裏に、その香辛料を使った料理のレシピが鮮やかに浮かび上がった。
前世で、屋台のメニューを開発するために、様々な食材や調味料を試していた記憶が蘇ったのだ。
「ルークさん、香辛料、こんな風に使ってみたらどうでしょう?」
エルナが提案した料理は、ルークや店の常連客たちに大好評だった。
特に、前世のたこ焼きの製法をヒントに作った、香ばしい生地の中に様々な具材を入れた料理は、町の人々の舌をたちまち虜に。
エルナの料理の腕は瞬く間に評判となり、雑貨店には連日。
彼女の料理を求める人々が、押し寄せるようになった。
ルークは驚きながらも喜び、店の奥に小さな調理場を作ってくれた。
いい人だなぁ。
料理を通して、エルナは自信を取り戻していった。
家族から「役立たず」と蔑まれた彼女が、今や多くの人々を笑顔にする料理人として、町で必要とされている。
ルークとの関係も、深まっていった。
共に働く中で、互いの優しさや温かさに触れ、二人はかけがえのない存在となっていく。
ある夜、ルークは真剣な眼差しでエルナに告白した。
「エルナ、君の作る料理は、僕の心を温かくしてくれる。君と一緒にいると、とても安らぐんだ。もしよかったら、僕のそばにいてほしい」
エルナの目には、熱い涙が溢れた。孤独と絶望の中で生きてきた彼女にとって、ルークの言葉は、何よりも温かく、希望に満ちている。
「はい、ルークさん。私も、あなたのそばにいたい」
二人は抱きしめ合う。
エルナが町で新しい生活を始めてから、半年が過ぎた。
彼女の料理は町の名物となり、雑貨店も繁盛している。
ルークとの仲も変わらず良好で、二人は将来を誓い合う。
そんなある日、エルナの穏やかな日常は、突然終わりを告げる。
王都から、見慣れた顔が現れたのだ。
それは、エルナの妹、カルミア。
「まあ、こんなところにいたのね、姉さん」
カルミアは、嫌味たっぷりの笑顔でエルナに話しかけた。
その後ろには、数人の護衛兵が控えている。
「一体、何の用かしら?」
エルナは警戒しながら問い返した。
「父上と兄上が、少しばかりあなたに会いたがっているのよ。王都に連れて帰りなさい、と仰せつかったわ」
カルミアの言葉に、エルナは嫌な予感がした。
今更、何のつもりなのだろうか。
「私は、もう王家とは関係ありません」
「あらあら、そんなつれないことを言わないで。あなたには、まだ利用価値があるかもしれないのよ」
カルミアの言葉に、エルナは怒りを覚えた。
結局、家族にとって自分は、都合の良い道具でしかないのだ。
エルナは、きっぱりと拒否した。
「私は帰りません。ここで、大切な人と生きていくと決めたんです」
カルミアは顔を歪めた。
「そう。なら、仕方ないわね」
カルミアは、護衛兵に合図を送った。彼らはエルナに襲い掛かろうとする。
その時、エルナの前にルークが立ち塞がった。
「エルナに手を出すな!」
ルークは、普段の温和な表情とは打って変わって、強い眼差しで護衛兵たちを睨みつけた。
雑貨店主であるルークが、訓練された護衛兵に敵うはずもない。絶体絶命の状況に、エルナは焦りを募らせた。
その瞬間、エルナの脳裏に、前世の記憶が再び鮮やかに蘇る。
それは、たこ焼き屋を経営する中で培った、客の動きを瞬時に見抜く力、咄嗟の判断力。
どんな状況でも諦めない根性。
エルナは、ルークを庇いながら、調理場で使い慣れた包丁を手に取った。
「あなたたちに、私の大切なものを奪わせはしない!」
エルナの瞳には、強い光が宿っていた。
エルナは、包丁を構え、護衛兵たちを鋭く睨みつけた。
前世の記憶が、彼女の動きを研ぎ澄ませている。
最初に動いたのは、エルナだ。
素早い身のこなしで、一番手前の護衛兵の懐に飛び込み、手にした包丁の峰で相手の動きを封じた。
ルークも、エルナを援護するように、店にあった棒切れを手に取り、護衛兵たちの足元を払う。
二人の連携に、護衛兵たちは一瞬戸惑った。
まさか、町娘と雑貨店主が、これほど抵抗するとは予想していなかったのだろう。
エルナは、前世のたこ焼き屋での経験を生かし、狭い調理場を縦横無尽に動き回った。
熱した鉄板や、油の入った鍋を盾に使い、相手の攻撃をかわす。
隙を見ては、包丁の柄や店の備品で反撃を加える。
カルミアは、信じられないといった表情でその光景を見ていた。
「な、なんなのよ、あの動きは!」
エルナの戦い方は、常識外れだった。洗練された剣術など知らない。
生き残るために、ありとあらゆる手段を使ったのだ。
激しい攻防の中、エルナはふと、調理台に置いてあったたこ焼きの生地に目をやった。
前世の自分が、何度も何度も試行錯誤して作り上げた、自慢の生地。
一瞬のひらめき。
エルナは、生地が入った壺を手に取り、護衛兵たちに向かって投げつけた。
「うわっ!」
予期せぬ攻撃に、護衛兵たちは顔や体にベタベタとした生地を浴び、視界を奪われた。
その隙に、エルナとルークは店の裏口から逃げ出す。
町を抜け、二人はしばらく森の中を走り続けた。
息を切らしながらも、エルナの心には、不思議な高揚感がある。
理不尽な力に屈するのではなく、自分の知恵と勇気で立ち向かうことができた。
「エルナ、大丈夫か?」
心配そうなルークの声に、エルナは笑顔で頷いた。
「ええ、ありがとう、ルークさん」
二人は、改めて互いの手を握りしめる。
困難を乗り越え、共に生きていくという決意を新たにした。
王都に戻り、エルナが逃亡したことを報告すると、王家は大騒ぎに。
王の威信を傷つけられたとして、エルナの捜索が開始された。
エルナとルークは、巧みに追っ手をかわし、別の町へと身を隠す。
そこで、エルナは再び、料理人としての腕を振るい始めた。
今度は、前世のたこ焼きの屋台を再現したのだ。
香ばしい匂いに誘われ、エルナの屋台には、連日多くの人々が集まった。
異世界の住人にとって、たこ焼きは全く新しい食べ物だったが、美味しさはすぐに評判となる。
エルナの屋台は、瞬く間に人気となり、彼女は再び、多くの人々を笑顔にする存在となった。
ルークも、屋台の手伝いをしながら、エルナを支え続ける。
そんなある日。
エルナの屋台に、意外な人物が現れた。
それは、かつてエルナに冷たく当たった、王国の高位の貴族。
彼は、エルナの作るたこ焼きの噂を聞きつけ、興味本位でやってきた。
一口食べると、そのあまりの美味しさに目を丸くする。
「こ、これは……!今まで食べたことのない、不思議な美味だ!」
貴族は、すっかりたこ焼きの虜になり、毎日エルナの屋台に通うようにまでなる。
エルナの人柄や、たこ焼きに込める情熱に触れるうちに、彼女に対する見方も変わっていった。
ある日。
その貴族は、エルナに王都で店を開かないかと、提案した。
王都でも、きっと味が受け入れられるはずだと。
(あそこは)
迷った。
王都は、彼女を追放した憎むべき場所。
成功すれば、家族を見返すことができるかもしれない。
ルークと相談し、エルナは王都に戻ることを決意した。
今度は、追われる身ではなく、自分の力で道を切り開くため。
王都に戻ったエルナは、貴族の紹介もあり、一等地にたこ焼き屋を開店した。
前世の記憶を頼りに、様々な工夫を凝らしたたこ焼きは、たちまち王都の人々の心を掴む。
店は連日大盛況となり、王族や貴族たちも、その珍しい味を求めてやってくるようになった。
ついに、店に、ティモシーとカルミアが姿を現す。
二人は、エルナが王都で成功していることに驚愕し、嫉妬の炎を燃やしたのだ。
「まさか、お前がこんなことを!」
ティモシーは、信じられないといった表情でエルナを見つめた。
怯えた少女ではない。
堂々とした態度で、二人を見据える。
「ふふ!あなたたちが私を追い出したおかげで、自分の力で生きる道を見つけることができました。大切な人とも出会うことができました」
エルナの言葉に、ティモシーとカルミアは何も言い返せなかった。
彼女の輝くような笑顔と、自信に満ちた姿は、かつての彼らが知るエルナとは全くの別人。
エルナは、最後にこう言った。
「私は、あなたたちに感謝こそすれ、恨みはありません。二度と私の前に現れないでください。意味はわかりますよね」
ティモシーとカルミアは、悔しそうな表情を浮かべながら、店を後にした。
エルナは、ルークと手を握り合った。
二人の間には、確かな愛があった。
家族を見事にやり込められる。
彼女の作るたこ焼きは、王都の人々の心を温め、彼女自身の未来を明るく照らす。
王都でのたこ焼き屋は、相変わらず大盛況だった。
エルナの作るたこ焼きは、老若男女問わず多くの人々に愛され。
店にはいつも、笑顔と活気が溢れている。
ルークも、持ち前の優しさと真面目さで、エルナを献身的に支えていた。
常連客の一人である老学者から、珍しい話を聞いた。
「エルナさん、あなたの作るたこ焼きは、本当に素晴らしい。故郷の味を思い出すよ」
「えっ、おじい様もたこ焼きをご存知なのですか?」
エルナが驚いて尋ねると、老学者は目を細めて微笑んだ。
「いやいや、私が生まれたのはずっと東の国だ。そこで『魂焼き』と呼ばれる、似たような食べ物があったんだよ。形は少し違うがね、温かい出汁と香ばしい生地が懐かしい」
「魂焼き……?」
エルナは興味津々。
前世の記憶にもない食べ物だ。
「もしよろしければ、その東の国について、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
老学者は快く頷き。
東の国の豊かな自然や文化、魂焼きについて語ってくれた。
エルナは、話を聞くうちに。
その東の国へ行って、本場の魂焼きを自分の目で見てみたいという強い衝動に駆られる。
その夜。
エルナはルークにそのことを話した。
「ルークさん、私、東の国へ行ってみたい。魂焼きっていう、たこ焼きに似た食べ物があるらしくて」
ルークは少し驚いた様子だったが、エルナの瞳の輝きを見て、すぐに笑顔になった。
「エルナが行きたいなら、僕も一緒に行くよ。二人でなら、どんな場所でもきっと楽しいさ」
こうして、エルナとルークは、新たな旅に出ることに。
(楽しみ!)
王都の店は、信頼できる店員に任せる。
王都を出発した二人は手を繋ぎ、外へ歩き出した。
⭐︎評価お願いします。たこ焼き食べたいですね