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レディ・クロックの夏休み〜働き者の令嬢は、婚約破棄により「お休み」いたします?!〜  作者: 烏賊


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22話_イーサンの過去①

 イーサン・キャンベルがアナベル・バーンズに惚れ、11年が経つ。

 8年ではなく、11年。


 彼がアナベルに惚れたのは8歳の時。その時は声すらかけられず、ただすれ違った程度。

 だがその出会いは、イーサンを生まれ変わらせた。



✴︎



 瞼を閉じなくとも、詳細に思い出せる。

 その日、あの時、朗らかな春空が広がっていた。

 母親とガーデンパーティーに参加していた幼いイーサン。途中から具合が悪くなってしまい、茂みに隠れていた。人気を感じ、葉の間から覗いた先に、少女アナベルがいたのだ。満面の笑みで食事を楽しんでいる姿。心の底から幸せそうな彼女の笑みに、彼の心は射抜かれた。


((なんて美味しそうに…幸せそう))


 見惚れている内に彼女は立ち去ってしまった。慌てて茂みから出るも姿を見失い、彼はひっそり肩を落とす。

 ちらり。先程まで少女がいたテーブルを見る。先程までの笑顔を思い浮かべたイーサンは、パティを一つ手に取ると口に運んだ。柔らかな肉と華やかな香り、パンは小麦の味がする。詳しい食材はわからないが、子供でも美味しいと思える料理だ。


 だが。

 アイザックなら、もっとおいしくつくるだろう。


 イーサンは料理人たちを思い浮かべた。食事を摂っても吐き戻すことが多く、食べる事を遠慮していた当時。外食する機会も少なかったため、屋敷で振る舞われる料理がどれほど美味しいものなのか、きちんと知らずに過ごしていたと気付かされた。

 屋敷に戻ってからは、食材にいかに手間暇がかけられているのかを知り、イーサンは意識を改め一口でも料理を食べることにした。

一口だけでも、毎日、毎日。喉を通り、胃や腸で吸収された栄養は巡り、身体を作っていった。


 1年かけて、1皿分は食べ切れるようになり、半日は動けるようになったある夜。

 母親と夜会に出かけた際、また偶然にアナベルがいた。金髪の女性の後ろに済ました顔で立ち、パーティー主催者の夫人に声をかけている。

イーサンは胸を躍らせた。あぁ今度こそ「はじめまして」と声を掛けるんだ。


『この子がロベールの婚約者であるアナベル・バーンズ伯爵令嬢です』


 聞こえてきた言葉に、イーサンは胸が張り裂けそうになった。胸が痛む理由が分からなかったが、なぜか理解できた。

それは絵本で、母たちの思い出話で、よく聞かせてくれたからなのかもしれない。


 自分は彼女に恋をしたこと。

 そして破れたのだと。


 イーサンはショックで声をかけることができなかった。涙が流れそうになるのを堪えるため、イーサンは逃げ回る。ひっそりとパーティーを過ごし、屋敷に戻ってから泣き腫らした。

 結局想いは消えず、家族と使用人たちの励ましもあり、まずは彼女と友達になるために身体作りに専念することにした。


 1食分は食べ切れるようになり、寝込むことも少なくなった1年後。両親が開いてくれたパーティーで、ようやくアナベルと縁が結ばれたのだ。


 ただ1人を想い続け、彼女の信用に足る人間になろうと奮闘した幼きイーサン。

 真摯に、真剣に向き合い続けた彼は、誰からも信頼される青年へと成長した。父の背を超え、身体も丈夫になった。数ヶ月後には18歳を迎える。


 いつ消えるかわからない小さな命に、生き残るきっかけを作った少女。多くの人の尽力もあったとは言え、アナベルとの出会いがなければ、イーサン・キャンベルの命は早くに絶えていたか、家の中でしか生きれなかった。


 本人の性格や行動ーー律儀さや笑顔の可愛さ。猪突猛進な意志。家族への深い愛情などーーも相まって、イーサンだけではなく夫人や使用人たちはアナベルが大好きなのである。


 故に、キャンベル家に関わる全ての者が、アナベルに目を掛けている。

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