君のいるレストラン
僕は仕事上での関係でこの港町にきた。
仕事上の理由とは言っても、個人で行う仕事だから単純に、都会の喧騒が少し嫌になったというだけなのだが。
静かなところで仕事をしたいという、ために少し離れたこの街を選んだ。
「君もこの街を気にいるといいな」
共に連れてきた、愛猫に向かって話しかける。
電車移動の際も特に騒ぐことなく、むしろぐっすりだった。
電車を降りると潮の匂いに包まれる。
少しばかり重さを感じる爽やかな、潮の匂いを吸い込み、引越し先の家に向かう。
家を探すときの一度しかこの地には来ていないので土地勘は全くないが、この街の空気感がすごい好きだった。
近代化が進む区画と昔ながらの風景がそのまま残っている、この感じが好きだった。
駅から、家に向かう途中でこの街で唯一、高いところにある建物が目に入る。
高いと言ってもビルのような建物ではなく、丘の上にある一軒家と平屋がくっついたような建物に見える。
なんだろうか?
荷解きとかが落ち着いたら、後で街中散策をしよう。
港の方の風景を全く見に行けてないのでそこも行きたい。
僕の仕事はクリエイター系のものなので直接会って、打ち合わせなども少なく、一人の時間が多いので落ち着けるところや気分転換できるところを見つけられるといいな。
そうこうしているうちに自分の引っ越し先につき、新しい新生活に胸を躍らせながら終わらせると、早速、散策へ。
港を見てみると、より一層潮の匂いが強くなり、海を間近に感じる。
風に吹かれながら散歩していると気づけばお昼時をすぎていた。
小高い丘にあるところはレストランらしいと、スマホで調べがついていたのでそこで軽く何かを食べようか。
その場所に近づくと、想像よりも急な坂が目の前に会って驚いた。
舗装されていない坂を踏みしめながら上がりきると、いろとりどりの花が綺麗な建物が現れた。
そこで僕は特大の笑顔の花を咲かせる、華に出会った。
ジャスミンの香りが気持ちいい、入り口をくぐりお店に入る。
カランカラン…。
小気味いい音のベルと共に鈴を鳴らしたかのような可愛らしい声が届く。
「いらっしゃいませ!一名様でしょうか?」
「あ、はい」
「お席にご案内しますね!」
いつもなら埋まっていそうな、窓際の眺めのいい席に案内された。
どんなものがいいのか、全く分からなかったので1番人気と書かれているセットを頼む。
外から入ってくる風が心地いい。
僕は仕事道具を取り出して、取り掛かる。
コーヒーとケーキを楽しみながら、集中しているとあっという間に時間が過ぎていく。
「そろそろお店閉めますから、続きはお家でどうぞ〜」
お店に残っていた常連と思われるおばさま方に、店員の方が声をかけているのを聞いて、僕も帰り支度を始める。
僕は会計の時に勇気を出して声をかけてみることにした。
「僕、この辺に引っ越してきたばかりなので、また来て作業しても良いでしょうか?」
ちょっとうわずった声が出てしまった気がするが変な空気にならずにいえた…。
「あ、え、はい!また明日、じゃない、いつでも、どうぞっ」
「よかった。迷惑じゃ無いならまた明日来ますね」
彼女も急に声をかけられて動揺していたのか、慌てていた。
思わず、可愛いと言いかけてしまうところだった。
少しばかり心拍数が跳ね上がりそうになったが、おさえつけつつジャスミンの匂いに後ろ髪を引かれながらも出ていく。
降っていく時の坂道は、登りの時よりも幸せな気持ちな反面、どこか寂しい風景のように思えた。
俗にいう、一目惚れをしてしまった僕は通うようになった。
そんな、ある日天候が大きく崩れている日があった。
「こんな日にまで来てくださるんですね」
「ここの雰囲気の空間が1番作業が進むんですよ」
進むのは本当だが、何よりもあなたに会いたくてきました。
なんて言いたいけれど、口が裂けても言えない…。
「どうせ、今日はもう店じまいなので家の方でくつろいでください」
思わぬ提案に息が止まりそうになる。
「良いのですか?お邪魔では無いのであれば、どちらでも構いませんが…」
何とか平静を装い、返事をした。
けれど、顔が熱くなっているのを感じたし彼女の顔を見ると真っ赤になっている。
もしかしたら、彼女も勇気を出して声をかけてくれたのかもしれない。
「閉店準備して、軽く片付けてきちゃいますね…!」
僕の家にいる猫が、イタズラした時に逃げるような感じでそそくさと店の奥に走っていく。
その姿を見て少しばかり微笑ましかった。
「ど…どうぞ…」
きっと、天候が崩れているのを見て締め始めていたのだろう、そこまで待つことなく、彼女の家に招かれる。
家とはいえ、レストランに併設されている形だ。
個室のような作りになっているので、そこまでお邪魔している感じはなかった。
コーヒーを出してくれたりと、もてなしを受けつつお互いの作業を進めていく。
すっかり暗くなってしまい、仕事を切り上げて帰り支度をする。
「夕飯食べて行かれますか?」
「いえ、そこまでは。家で待っている子がいるので」
僕としては猫のことを話したのだが、なぜか彼女は表情を曇らせる。
「あっ…そうですか」
猫のことが嫌いなのかと、この時は思っていた。
そうなってくると、僕の猫と仲良くできるか…。
と、色々と考えを巡らせながら帰る。
その道中に僕は、彼女に自分の家に猫がいることを話していないことに気づき、そして、彼女がおそらく想像したことについても合点が行った。
次の日に誤解を解こうとしたが、妙に距離を置かれているような気がして、話しかけにくい時などあったが、出張の話が来た時にチャンスと思い、話を切り出す。
「うちの猫に会いに来ませんか」
彼女に伝えると、困惑した様子ではあったが次第に理解が追いついてくる。
そうなると今度は、自分の勘違いに気づいたのか顔が赤くなっていく。
とても可愛い。
彼女を連れて自分の家に招く。
招いたはよかったが、猫が彼女に懐いてくれるかは正直分からなかったのでどうしようもなかった。
しかし、そんな心配など必要なかったようで、すぐに懐いてくれたので二人と一匹で距離が縮まった時間を過ごした。
その中で、彼女があのレストランを閉じようとしているという話が出てきた。
思わずその時は強い言葉で
「それだけは嫌です」
と、言ってしまい、彼女は言葉を詰まらせていた。
そんなつもりはなかったが、びっくりさせてしまったので謝りはしたが…。
その後は、仲良く話したりして別れた。
僕の出張が近づく中、彼女との日課になりつつある、夜空を見ながらのお話しタイムの時。
レストランへ向かう坂道の途中にある、休憩ができるようなところで、
覚悟を決めて僕はあることを伝える。
「僕がこのお店を支える…あなたと一生過ごしていくことはできないでしょうか」
プロポーズとしては、変な形かもしれないが僕の正直な気持ちを彼女に伝えた。
カスミソウが足元で揺れるのを見つめながら、返事を待つ。
しかし、帰ってきたのは保留の言葉で何とも言えない感じになった。
が、彼女には今、レストランを畳むかどうかの問題んがあることを思い出したので追求はしない。
保留の返答をもらってはいたが、その後はいつもより心の距離が近づいているかのような感覚になりながら過ごす。
出張の日もお見送りしてもらい、向かう。
猫がいない状態での生活は久々で、彼女と会えない日々は苦痛だった。
出張帰る日、僕は帰りの駅に向かう途中の花屋さんで彼女に似合いそうな花を見つける。
「この花の名前は何ですか?」
店員に教えてもらった花の名前をメモに書いて忘れないようにする。
駅に向かう途中の坂道を登りながらメモを見る。
ブルースター
この花を届けたらどんな顔をするかな。