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はじまり

いつも見る病室の窓からの景色。

四季の違いはあれど、それ以外は変わり映えのしない風景。

それが僕の日常。

僕の当たり前。

そんな毎日が僕の全てだと思っていた。


「先生、僕はずっとこのままなの?」

診察をしてくれている医者に尋ねた。

「うーん、そうだねぇ……」

先生は白衣のポケットをゴソゴソしながら答えあぐねている。

そりゃ答えづらいよな。

つまりきっと僕はずっとこのままなのだろう。

それならいっそ……


「あったあった」

諦観している僕をよそに、彼はポケットの中からお目当ての物を見つけ出したらしい。

異国の物らしきコインだった。

手の中にあったそれを彼は宙に向けて爪弾く。

音を立てて上空に放り出されたコインはそのまま落下し、

そして彼の手の間に挟み込まれた。

「表?裏?」

僕の質問には答えなかった彼が、今度は僕に質問をしてきた。

意図が読めない。

逡巡している僕に対して、彼はそのまま優しい眼差しを向けながら返事を待っていた。


「う、うら……」

長い沈黙に耐えかねて僕はそう答えた。

裏だと思ったのは、暗い気持ちに引きずられてなのかはわからない。

僕の答えを聞くや否や先生は閉じていた手を開いた。


果たしてコインは裏側だった。


「ほう」

先生は唸っていた。

二分の一の確率だ。

そこまで驚くことなのだろうか。

そして、彼は僕にコインを差し出してきた。

「正解した君にはこれをプレゼントしよう。

そして……」

どこで使えるコインなのか、そもそもどこの物だろうとずっとここにいる僕には縁がない。

そう思い拒もうとしたが、ついぞ彼の口にした言葉に僕は引き止められてしまった。

「そして、さっきの答えだけど君はここを出ることもできるし、好きなことをして生きていける」


「え……?」

本当なの?どうやって?僕の病気は治るの?

聞きたいことは山程ある。

しかし、予想してなかった答えに言葉が出てこなかった。

そうこうしてるうちに先程のコインは僕の手の中に押し付けられた。

「それはどこのコインかわかるかい?」

「わ、わかんない……」

そんなことより、と言いたかった。

だが間髪入れず彼が答えた。

「それはね、死神界の通貨なんだよ」

急に突拍子もない事を言い始めた。

確かに見たこともないデザインをしたコインだ。

子供相手ならそう言って誤魔化せるのかもしれない。

だけど、先生がさっき口にした言葉を信じたい僕にとっては彼がそんな冗談を言うことがひどく腹立たしかった。

いや、失望に近いだろうか。

信じた自分が馬鹿だった。

そう思いその場を立ち去ろうとする僕の背中に彼はそのまま話を続けた。


「でも、死神界ではそれ以外にも広く流通してる通貨があるんだよ。

何だとおもう?」

「人間の命さ」

一瞬間を置いてから先生はそう口にした。


「いわゆる仮想通貨って表現をしたほうがいいのかな。

魂なんて実体としては存在しないからね。

ただまぁつまりだよ。

今君が手にしてるそのコインは君の命に変換できるし、君の命もそのコインに替えられる。

死を司る神様なんて言われてるけど、要は自分のためにお金稼ぎしてるだけなんだよ、死神は。

そして刈り取るだけじゃなくて与えることだってできるわけだ。

そこで今私との賭けに勝った君に、私は投資をしようと思っている。

私の死神コイン全部を君の寿命に替えてあげるよ」

「な、なに言って……」

「ああ、そっか言ってなかったね。話の流れでわかってほしかったんだけど私は人間じゃなくて死神なんだよ」


「そうじゃなくて!!」

患者の命は医者の手のひらの上。

死神とはそういう揶揄だろうか。

そうだとしても、そうじゃなくても。

何一つ信憑性がない。

長期入院患者の子供がナーバスになっているから励ましている。

そのための方便のようにしか聞こえなかった。

「信じても信じられなくてもどっちでもいいよ。

でももうすぐ君は退院できる」

退院できる。

仮に嘘だとしてもその言葉には心が踊った。

「それからでいい。その時が来たらわかる。

そして、君には自分自身の命の価値を高めてほしい。

投資と言っただろう?

それは君の命という仮想通貨の価値が上がることを見込んでいるということさ。

だから退院した後、君は他の死神にも投資してもらえるような人間になってほしいんだ」


医者だと思っていた何かは、そこまで話をしてひと呼吸あけた。

与太話にも程がある。

一個も理解なんてできないが、それでもその与太話をずっと聞いてしまっていた僕は気付けば彼に尋ねていた。

「投資してもらうってどうやって」

「それは彼らに、君の未来は明るいってことを思わせるような、そんな功績を残せばいいのさ」

「もし、功績が残せなくて誰にも投資してもらえなかったら?」

「私が君に賭けた分……これはちょっと正確な年数は言えないけど、その年月を超えた時点で改めて君は寿命を迎える。それだけさ」

「それって僕に賭けた先生はどうなるのさ」

「破産だよ、破産。

言っただろう?全財産を君に賭けるって。

君の寿命が延びないと私にも利益は出ないんだよ」

「な、なんでそんな……明日があるかもわからない僕に……」

「だからこそだよ。

賭けなんだからそれくらいしないと大きなリターンを得られない。

まぁ細かいことはいいじゃないか」

そう言って自称死神は背中を押して僕を部屋から追い出した。

「ってなわけで、君は次第に快復して退院できるだろう。退院後は是非とも頑張ってくれ」



程なくして僕は今までの入院期間はなんだったのかと思えるくらい順当に退院日を迎えようとしていた。

あれは夢だったのだろうか。

そう思ってしまうほど、先生はあれ以来、診察時に死神について語ることはなかった。


そして、退院日当日。

先生はいなくなっていた。

病院内の誰に聞いても、そんな先生は知らないと言われた。

僕以外にあの人を知る人はいなかった。

最初から存在しなかったかのように。

全部夢だったとしても。

それでも人に誇れる生き方をしよう。

そう思い、病院の敷地をあとにした。

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