第4話 チェーロの事情
カルンがドアを開けると、そこには二人の男女が立っていた。
前にいたのはクーで、後ろには赤い髪の男性は人の良さそうな笑顔をカルンに向けていた。
「初めましてタイガ殿、カルン殿。私はチェーロ南方守護騎士団団長ヤール・プリュイです。
今日はこのクーをはじめ、騎士団にご協力いただき本当にありがとうございました」
大河は握手を求められ、それに応じた。が。
「俺のことは大河と呼んでください。なんか堅苦しいのは苦手で……」
「年上の俺にも敬語で話さないくらいだもんな」
ヤールの対応に、困った様子だった大河にカルンは嫌味な笑みで間髪入れずにツっこみを入れた。
「……この野郎……」
大河が悔しそうにしていると、
「タイガとカルンは以前からの知り合いなのですか?とても今日出会ったばかりとは……」
「いや……今日出会ったばかりですよ」
「そう……ですか」
笑顔のカルンに、クーは大河とカルンの顔を交互に見ては驚いていた。
ヤールとクーはさきほどまでカルンが寝そべっていたソファに座り、大河とカルンはそれぞれ一人掛けのソファに座った。
「タイガくんの申し出は、出来る限り協力しよう。この街には『魔導術協会』の支部もあるし、私は幾人かの知り合いもいる。君の妹さん、お友達の情報をその知り合いに調べてもらうようにしよう……」
「はい、ありがとうございますっ」
深く頭を下げると、ヤールは「いや、とんでもない」と言った。
「で……ヤール団長がわざわざこの部屋にいらした要件はなんですか?」
と、カルンが口元に笑みを浮かべつつも、その目は真剣だった。
「え?」
大河だけではない。クーまでが驚いてカルンを見た。
「……気がついておられたか。ええ。タイガ君に頼みたいことがある」
「俺に?何を?」
今日来たばかりの異世界人にどれほどのことが出来るのだろうと、大河は素朴な疑問を持った。
「君に頼みたいのは、この街に関係していることだ」
「この街……えと」
「チェーロ、だろ」
「そうそう。そうだった」
カルンに言われて、大河が思い出したように同意する。
「馬車だとよく見えなかったと思うのですが、街の中心に『チャーロの搭』という場所があるんですよ。
ほとんど機能していませんが、昔は聖地の一つだったと聞いています」
クーに説明を受けて、馬車から大きな高い建物が見えたのを思い出す。
建物の上部は、事故かなにかで折れてしまったのか失われていて、廃墟だと思い込んでいた。
「あれって……廃墟じゃないの?絶対そうだと思ってた」
「……まぁ……今は使われていないけど」
クーが苦笑いで大河に応じる。
「この世界で『搭』というのは『世界樹』の代わりの存在なんだ。
『エル・アルプル』という名も、本来は『大きな樹』という意味がある。
三千年前に倒壊してしまったんだ。それから『世界樹』の若木が生えてきているが、それが『搭』と呼ばれている。ただしこの若木……『搭』には育つために、強大な力を持つ人間……『搭の主』という存在が必要になるんだ。三千年、一本も育っていないがな」
「世界樹……大きな樹って……」
カルンの話に、大河が考え込む様子を見せる。
「たしかお前の世界でも、同じ題名の物語が読まれているんだろう?
ずいぶんと人気があったと、以前、お前と同じ世界の人から聞いたことがあったな」
「あぁ。話すと長くなるからここじゃ全部は言わないけど、俺のようなやつが双子の妹と友達五人と……異世界『ワールドツリー界』という世界に転移して、戦いに巻き込まれて。
でもそいつにはそれより三年前に、ひとつ年上の姉さんが行方不明になって、この世界に先に来ていて……」
「なんだか、まるで今のタイガと……よく似た境遇の主人公の話なんですね」
クーが話を止めてしまった大河に話しかける。
「……やはりこの世界のように『搭』がでてくるのかい?」
「いや。俺が聞いたのは、『搭』はでてこない。世界樹を再生させるとかいうことが物語のテーマのようだったな。
転移した友たちとは敵対することになってしまい、主人公はその姉と自分を愛してくれた恋人が、自分たちの命と引き換えに世界樹の種となって、世界樹を復活させてその世界を救い、生き残った友、そして命を落とした友人たちも元の世界に生き返らせて戻した……という悲しい結末だったと思ったが……」
「……すごいなカルン……その通りだよ」
ヤールの問いに答えたのはカルンで、大河はその正確なあらすじに感心したものの、その表情は暗いものだった。
「不安か?……タイガ」
「なんだか俺たちの境遇が、『大きな樹』のキャラクターにすごく似ているなと思っただけだよ。
でも色々違うことも多いから心配はしてない。『ルシィラ国』のやってることを簡単に受け入れるようなバカは誰もいないと思うから。……ごめん、話を続けてください」
大河がヤールを促す。ヤールは小さくうなずいた。
「これから君に頼みたいことは、その廃墟になってしまった『搭』の新たな『搭の主』を選ぶ『聖剣戦争』を手伝ってもらいたいんだ」
「は……?それ、なんのゲームっすか?」
ヤールの頼み。呆気にとられた大河以上に不快な表情をヤールに向けたのは、カルンの方だった。
「タイガ。この依頼は受ける必要はないぞ。『搭の主』は、その『搭』自身が選ぶもので、戦って選ぶもんじゃない。
ヤール殿。あなたが言いたいのは、『チェーロの箱庭戦争』と言われるものだろう?
ニ、三百年の間に一度、この街の王家やら貴族の有力者やらが剣豪に四大元素……地、水、火、風の聖剣を使って覇権を争う代理戦争を行う……。もう五回は行われていると思ったが。
異世界人のタイガが参加していいものじゃない。あんたらのバカみたいな茶番に、この少年を巻き込むことは俺が許すとでも?」
カルンがヤールを睨みつけた。
「……あなたは本当にお詳しいですね、カルン殿。真の意味で『魔導術協会』の関係者の方なのですね……。
でもあなたの説明には少し不十分なところが一つ。
この『箱庭戦争』には一つ、四大元素の剣以外に、第五の剣の参加があるのです。
そしてその第五の剣、その持ち主がこの戦いに勝利したとき、このバカげた『箱庭戦争』は終わりを告げる。『第五の剣神の器』。その者は、このチェーロしいてはリルダ王国の部外者がなることが条件となっています」
ヤールが不機嫌なカルンと、意味がわからず困惑のために情けない表情の大河を交互に見た。
「すまんタイガくん。話が面倒だったな」
「……まぁ……はこにわ戦争とか、第五の剣とか、サン……なんとかとか、クール……ようは俺にその戦いを手伝えじゃなくて、戦いに参加しろってことですよね。その第五の剣の持ち主になって」
意味を理解していないと考えていたヤールは、実は話の真の意味はちゃんと理解していた大河を感心した笑みで見ていた。
「なぁ、カルン。俺の妹と友達を見つけるって言ってもすぐには見つからないかもしれないし……時間はかかるよね?」
「お前は人が良すぎる。これは完全に俺たちは部外者で、関わる必要が一切ない。
一度でも聖剣の持ち主とされてしまうと、勝者が出ない限り終わらない。
これを『箱庭戦争』と言っているのは、このチャーロの街を舞台に、参加者が仲間を集って集団戦で戦うんだ。人死にも出る。絶対に止めておけ」
「……そういう意味での『戦争』という意味か……」
「妹も友達も探さないといけないんだろう?別に人を探すのは、このリルダ王国に拘る必要もない。
同盟国は他にも……」
「タイガっ」
カルンと話していた大河を、今度はクーが叫ぶように声をかけた。
「第五の剣の持ち主になる必要はありませんっ。ただ……この争いの仲裁を行う私たちを手伝ってほしいのですっ。しばらくこの街に留まる必要になるハヤトくんたちとの約束も……『ショーガンダー』と守るという……約束も守りたい。……ダメでしょうかっ!?」
「クーっ」
「申し訳ありません団長。私もタイガにこの戦争の当事者にはしたくありません。
でも仲裁する、この街を守ることを手伝ってもらえれば……この戦争を乗り切れば、次はまた二百年以上はこんなことは起きないと思います。その間は……」
「私は……俺は。俺の代でこのバカげた茶番を終わらせたいんだ。過去五回の歴史の中で、第五の剣が現れたのは一度。第五の剣の持ち主が勝利し、その後、六百年の間は箱庭戦争は起きなかった。
タイガくんのような存在は、この大地には救世主でもあるかもしれない」
クーとヤールの会話の内容は深刻で、大河はまったく自分に関係のないこのやり取りに、視線をカルンに向けてしまった。
「話に流されるなよタイガ。ハヤトとの約束云々だったら、一緒に別の国に連れて行けばいい。
俺が魔導術協会に話をつけるから、気にするな。
『ショーガンダー』は人を守る存在であって、人を傷つける存在ではないんだろう?」
「……痛いところついてくるな。たしかにそうなんだけど……」
大河とカルンが見つめる中、クーとヤールのやり取りは続いていた。
それどころか、だんだん話は深刻さを増している様子になっていた。
「団長……たしかに私は兄を探すために騎士団に入りましたが……」
「『風の剣』の陣営、メルクーアの関係者に君の兄、パドに似た人物を見たという証言はあった。君にも無関係ではないかもしれないぞ。そうなった時、君は、仲裁者としての役目に徹することができるか?」
え―――。クーも、もしかして……複雑な理由を抱えてここにいるのかぁ!?
「……なぁ、カルン……。俺、このままここ離れたら、すげー後悔しそうだな」
「参加したら、もっと後悔することになるぞ」
カルンの答えは明快で、自分の気持ちを伝えようとしていた大河には次に言葉をつなげるのが難し状況になっていた。
「……タイガ。もっと後悔することになってもいいんだな?人の命に関わることになるかもしれんぞ」
「いいのかっ?」
大河の気持ちはすでに『参加』する方に傾いているようで。カルンは深い深いため息をついた。
「……タイガ。俺からの条件をつける。これを必ず守るなら、俺は何もいわないし、付き合ってやる」
「ほ、ほんとか?」
「もしも……少しでもお前の妹、親友の情報があった場合、ここで抜け出しずらい状況だったとしても、どんな状態でもすぐにここを去る。駄々をこねない。俺の言うことを必ず聞くという条件なら、クーの手伝いを許す」
カルン。お前、俺の保護者かよ。駄々こねないとかさぁ……と、色々ツっこみたいが、カルンは大河の気持ちを最大限に優先してくれたのだ。
「ありがとう、カルン。カルンの条件は必ず守る」
真剣かつ、感謝の笑みでカルンにうなずく大河に、カルンは呆れた気持ちを表すため息をついた。
カルンの気持ちが変わらないうちに……。
「クー」
大河がクーの名前を呼ぶと、クーは涙目になっていた。
「ヤールさん、なに女の子を泣かしているんですかっ!?」
「い、いいえっ!!これは私が興奮して泣いているだけで……」
「いや……すまない。俺も大人な気なかった……」
大河に否定するクーに、ヤールは深々と頭を下げた。
「……俺、この戦争の仲裁には参加します」
「ほ、ほんとか、タイガくんっ」
「その代わり、俺の妹や友達の何かの情報が入ったら、俺たちはすぐにその場所に行くためにここを離れます。戦争とかがどんな状態でも容赦なくいなくなりますから、それが条件です」
カルンの条件を特に強調して話す大河に、カルンは苦笑いをしてしまう。
「あ、それと。カルンは魔導術協会とかいうところに、なんか色々コネがあるみたいなんで、情報を隠すなんてしないでください。すぐわかると思いますから」
気がついて、さりげなくつけ足した大河の言葉にカルンは脱力したが、ヤールは急に笑い出した。
「そうか……。だったら、俺も約束しよう。約束は絶対に破ることはしない。
約束を破ることをしたら、後が怖そうだからな……」
「お願いしますね」
大河の笑顔に、ヤールは安心したような笑顔で返したが、クーはどこか複雑そうだった。
「ヤール殿」
「はい、カルン殿……」
「……本当に俺は反対なんですよ。それにタイガはここに来たばかりで、魔導術の何たるかも知らない。戦力になるかどうかはわかりませんが、それでも了承してくださいね」
カルンが圧力をかけるが、大河は「あー!!そうだったっ」と叫び、カルンは頭を抱え、ヤールとクーは苦笑して慌てる大河を見た。
「それは私が協力します。『ジオタ魔導術』……タイガに役立つと思う魔導術を勉強していたので、多少はお手伝いできるとは思います」
「おう、クーさん、ありがとう。それ助かりますっ」
明るい表情になったクーに、大河はうれしそうに応じる。
「そうだ、思い出した。ヤールさん。ヤールさんの一人称が「私」から「俺」になってましたよ。
別に俺とかカルンの前では、楽にしてもらっていいですから……気にしないでください」
「そうか……ありがとう。素が出ていたみたいだ……。
しかしこれじゃぁ、どっちが大人だかわからんな」
ヤールの苦笑いに、カルンがため息をつく。
「『第五の剣』に『聖剣戦争』か……ラノのやつ。
まさか、これを狙っていたわけじゃあるまいな」
大河たちに聞こえないように、カルンは小声でつぶやいた。