第2話 目が覚めると俺は
窓からベッドに差し込む朝日の光で目が覚める。
その瞬間から様々な違和感が五感を支配し、本能が非常事態を告げる鐘を鳴らす。
何かがおかしい――。
まず今着ている服。
俺は就寝中の襲撃に備えていつでも動きやすい服を寝間着にしているが、今のそれは体との密着感が全く無く、構造も明らかに敏捷な動きに耐えられるようなものではなかった。
次に部屋の空気。
俺は隠密行動が追跡されるリスクを下げるために自分の暮らす寮室を徹底的に『無臭』にしている。しかし今は化粧品や高級書物の匂いが充満している。
そして極めつけは俺の肉体そのもの。これこそが違和感の最大の源だった。
布団の中でゆっくりと拳を握りしめて開いた。それだけの動作で明らかに手の筋肉の付き方が昨日までの自分とは異なっているのが分かった。
「まるで別人に――!?」
声に出して新たな違和感に気付いた。
思わずバッと上体を起こして自分の体を触って確認する。
胸板には大きな山が二つ隆起し、股には昨日まであったはずの男性の証が消えていた。
「俺……女になってる!?」
状況をまだ飲み込めず咄嗟に辺りを見回す。
俺が泊まっている平凡な三等寮室ではなく、王国の重要人物しか使うことを許されない一等寮室。
俺はこの部屋に見覚えがあった。
「この部屋は……」
他でもない、この国の第一王女、ホープ・シエラベルデの部屋である。
ホープ・シエラベルデ、それは俺の暗殺のターゲットでもある。
「おいおい嘘だろそんなのアリかよ」
この状況は非常にまずい。
何故俺の姿がホープの様な姿になっているのか、何処のどいつがこんな前例のない魔術を行使したのか、そもそもこれは魔術の類なのか、とても不思議な事だが推理している暇はない。
重要なのは俺は昨晩この部屋に忍び込み、王女を確実に殺すための仕掛けをしたばかりだったという事。
つまり、俺が全力で仕込んだ暗殺の仕掛けが『俺自身』に襲いかかってくるという事だ。
「クソったれ、こんな所で死んでたまるかよ」
部屋のあちこちには目を凝らさなければ見えない様な細さのワイヤーが張り巡らされている。少しでも触れてしまえば1秒と経たずにこの部屋は消し飛ぶ。
幸いどこにワイヤーがあるかは記憶しているが、抜け出すのは容易ではない。出入口の扉にも当然仕掛けがあり、開けるにはその仕掛けを無効化する必要がある。
長い髪を寝間着の内側に仕舞って慎重にベッドを降り、体をくねらせてワイヤーを避けながら少しずつ出入口に近付く。
「この体は動きにくいな。っと危ない」
脚の筋肉を重点的に鍛えていた本来の自分の体とは逆にホープ王女の体型は脚が細く、しかも胸部に大きな重りを2つ持っている為に体の重心が高い。おまけに腕も細いため姿勢を変えて平衡を保つ事が難しく、慣れない感覚に思わずよろけてしまった。
「あの女王はいつもこんな邪魔な脂肪を着けて歩いているのか」
俺は生まれて初めて王族に敬意を抱いた。
「サラシでも巻いて固定できれば楽なんだが……仕方ない」
生憎周囲に代わりになるような物は無かったので仕方なく左腕で抑えることにした、が。
――むにゅっ。
それは想像以上に柔らかかった。何だかイケナイ気持ちになって心拍数が上がってくる。
「おおお落ち着け、平常心平常心」
女性経験が皆無な俺には刺激が強すぎた。
しかしこの状況では少しの動揺が命取りになる。精神を統一させなければいけない。
(これはただの肉……これはただの肉……)
深く息を吸ってゆっくり吐く、深く息を吸ってゆっくり吐く――よし。
気を取り直して出入口まで進んだ。
「後はワイヤーの留具を外し……届かないな」
それもそうだ、王女の背は俺より15センチ低い。昨夜は手が届いた筈の位置に手が届かないのは当然だった。
何か踏み台になるものは無いかと近くに置かれている物を目で物色し、出入口横の小さな棚の上に置かれた丁度いいサイズのハードカバーの魔術教本を3冊手に取った。
2冊の本を概ね半分のページ位置で開き、互いに挟み合うようにして扉の前に立て、その上に残りの1冊を水平に置く。これで垂直方向の力に充分耐えられる踏み台が完成した。
そして即席の踏み台に足をかけようとした瞬間――。
「おはようございます姫様、朝食をお持ちしました」
ノックが響き、扉の奥から声が聞こえた。
(駄目だ、今入られたら……っ!)
世界の動きが遅くなり、ドアノブがゆっくりと下がり始めた。




