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第1話 暗殺者『192番』

 この世界には『暗殺者』を職業にしている人物がいる。


 行いの善悪に拘わらず、政治的な影響力の大きい人物というものは何をしても必ず誰かにとっては都合の悪い人間になる。場合によっては目がくらむ程の大金を積んででも消したい人間になることも。


 そんな誰かを消したい金持ち(クライアント)の依頼を受けて対価を得るのが俺――いや、俺の所属する組織の仕事だ。


 と言っても毎日誰かを殺している訳ではない。軍人がいつも全員戦っている訳ではない様に。


 暗殺者は暗殺の任務がないからと言ってのんびり休暇という訳にもいかない。善良な一般市民を装って平凡な生活をしつつ、各界の要人や周辺人物の動向を監視して情報を集めるのが日々の業務となっている。


 今日も俺は平凡な生徒として王立魔術学園に登校し、同級の『要人』の日中の行動を脳内のメモ帳に書き留めていく。


 なんてことはない。ごく普通の一日だ。


 授業も終わり日も落ちかけ、監視対象が女子寮に入っていくのを確認したら俺の仕事は終わりだ。寮の中では別の諜報専門の同僚が監視している。


 俺も男子寮に戻る訳だが自室に戻ってもまだ仕事はある。一番大事な毎日の定期連絡だ。


 基本的にはこちらから上司(ボス)宛てに日々の収集した情報を送るだけの一方的なものだが、今日は上司(ボス)から俺に手紙が届いた。新しい任務の指示である。


 それも薄紅色の便箋、緊急指示の符号だ。


『192番へ指令、2日以内に標的を暗殺せよ。手段は問わない』


 暗号で書かれた指令文を流し見て解読し、すぐに蝋燭の火で燃やして隠滅する。


 ボスからの指令はいつも唐突だ。それ自体はもう慣れているので今更驚くことはない。


「しかし何故このタイミングで……?」


 指令に逆らう気はないが、今回ばかりは少し気になった。


 暗殺の仕事は何かと手間がかかる。どんなに短くても4日の準備期間は与えられていた。


 2日以内に『あの女』を殺さなければならない理由が俺には見当がつかなかった。


 それに『手段は問わない』という文章も気になる。


 暗殺の方法というものは基本的に3つの種類に分かれる。


 衆人環視の中で殺し、標的の死を強制的に周知させるケース。


 誰にも気付かれないように1人で居る時を狙って殺すケース。


 事故や病気を偽装し、暗殺であることを悟らせないケース。


 それぞれ何を準備すべきかが全く異なる為、それが指示されない暗殺任務は異例である。


「いつもボスの考えることはよく分からん……まぁいいか」


 つまるところ段取りはどうでも良く、彼女を殺しさえすれば『組織』の目的は達成されるという事だろう。


 出来れば色々と詳しい情報を確認したかったが、足の付かない手紙でのやり取りは時差があり今から連絡しても間に合わない。


 俺は仕方なく準備に取り掛かることにした。


「ここは圧縮爆弾の出番か」


 火薬加工技術のブレイクスルー以来、殺しを生業とする者にとって爆弾は決して欠かせない必需品となっている。


 殺傷力、汎用性、持ち運びやすさ、証拠の残りにくさ、どれも他の武器より秀でている。


 今回の『標的』は殺すこと自体はそこまで難しくない。しかし万が一にも俺や同僚が殺したという証拠が残ってしまってはいけない。毒殺や銃殺ではどうしても証拠が残ってしまいリスクがある。だから『標的』を部屋ごと確実に跡形もなく消すのがこの場合は確実なのだ。


 今回使うのは握り拳にすっぽり収まるほど小さい円筒形の爆弾だ。これが見かけ以上に爆発力があって重宝している。


 起爆方式は古典的なワイヤートラップ。古典的な手段というものは往々にして信頼性が高いものだ。


 俺はその爆弾を12個と蜘蛛糸ほど細いワイヤーを1ロール準備して窓から音を立てずに外に出た。


 消灯時間を過ぎ誰もが寝静まった寮棟の周辺には人の姿はない。時折巡回する警備兵の目を盗んで女子寮に難なく忍び込み、外壁をよじ登って『標的』の部屋に窓から侵入した。


 その部屋はとても広かった。一般的な学生に用意されるような寝泊まりと学習ができる最低限の部屋の十倍はある。


 勿論家具も全て一級品だ。そこいらの公務員が生涯貯金しても買えない様な高級ベッドの中から『標的』の寝息が聞こえる。


 一定のリズムを刻む寝息に耳を傾けつつ部屋のあらゆる箇所にトラップを仕掛けた。起床した彼女がどんな行動をしても逃れられないように、徹底的に。


「保険はいくらあっても足りない……なんてったって王女を殺すんだからな」


 全ての爆弾を仕掛け終わった俺は長居せず速やかに部屋を出て自室に戻り、安物のベッドの中でリラックスして眠った。

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