本当の父親と手紙の中で初対面する話
それは秋の深まる頃だった。
普段は笑顔の絶えない優しいお父様が珍しく威厳を込めて私を当主の間へと呼んだ。
そうして厳めしい顔を崩さずに言うのだ。
「弥生よ、其方に教えておかねばならぬことがある」
と。
「何用に御座いましょうか、お父様。私には何があるのか露ほども分かりませぬ」
私は敢えて澄ました、検討もつかないという感じにおどけていって見せたが、本当は何となくの目星はついている。
毎年毎年、紅葉が綺麗だというお父様の主君の城に行って和歌の詠み合いをするのをひどく楽しみにしていたお父様が今年は一度も行く素振りすら見せないのだから、縁談が主君によって決められたのだろう。
そう思っていたのだが、お父様の口から聞かされた情報は青天の霹靂としか言い様のないものだった。
「弥生、実は儂は其方の本当の父親ではない」
「そ、それは、どういうことでしょう?」
私はあわてふためきながらさらなる情報を求めてやっとのことで返事代わりの疑問を投げ掛けた。
お父様の接し方を見るに、今は亡きお母様の連れ子とかそういうわけでもないのだろう。
お母様の実家との関係性で受け入れたにせよ、実子よりも邪険にするか粗雑に扱うはずだろうし、なによりも母親が居なくなった時点で、厄介払いをするはずだ。
決して20になる歳まで家に置いておくことはないだろうし、婚姻に私の承諾を得ようとするはずもない。
「其方は我が殿の娘であったが、悲しいことに双子じゃったのだよ。もう片方は男の子だったゆえ、そちらが残されて其方は当時はまだ駆け出しの中級武士だった儂に預けられた」
「そうですか·······」
別に本当の父親に対する恨みなどが浮かび上がってくることもない。
この戦乱の世の中では男と女が同時に生まれたなら、そうしてどちらかの手しか取れないと分かっていれば男の子の手をとる。
私だってそうする。特に第一子であればなおさら
「悲しくはないのか?」
「ええ。もどかしくは思いますけど、それも戦国の世の習いゆえですから。むしろ、そのお陰でお父様に出逢えたのならば本望です」
「そうかそうか、嬉しい限りよ」
お父様はその言葉を聞いてとても上機嫌になる。
お父様が血の繋がらない人だったとしても、大切に育ててくれた以上はお父様がお父様であることに変わりはない。
「ところでどうしてそのような話を?」
本来このような話は当事者に対しても口外すべきものではない。双子が忌み子とされるこの世では家臣に預けられた子供はその家の子供として扱われる。
たとえ残されたもう一方が夭逝しても、離れた方は無関係なままいかされるのが常だ。
「其方の父親、我が殿は昨夏に高き空への階段を登りなさった。それゆえ、この手紙を読みなさい。其方の本当の父親から、大事があれば渡せと預かっておった手紙じゃ」
そう言って父は私に正式な形に折り畳まれた手紙を差し出した。手紙というよりは文書に近いようなもので、かなり厚い。
受け取った手紙を早速開くと、そこには本当の父親からの懺悔の言葉が並んでいた。
どちらも自分の手のもとで育てたかったが許されなかったこと、ならばせめてと預け先の条件に合致する家臣の中でも将来性があって誠実そうな人物を選んだこと、直接会いに行くことはできなかったが毎日のように重心に出世した父親を呼びつけては近況を聞いていること、たまに下賜品と称して書物や玩具を与えていることなど様々に書き連ねられていた。
この文書の中の本当の父親は私を本当に大事に想ってくれていたことが文伝いでもありありとわかる。
読み進めていくと、懺悔の言葉は鳴りを潜め、次に書かれるようになったのは子を想う和歌の数々だ。
奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の
声を聞きてぞ 娘こひしき
夏の空 光を浴びて 咲く花を
いつか見てみむ 会えぬ娘と
我が息子 ひとりでに立ち 歩き行く
この手零るる 娘もかくや
等々、決して上手とも言えない和歌ながら、正直に実直に表現された和歌の数々は私の胸を貫く。
「弥生、手拭いじゃ」
「ありがとう存じます」
私は流れた涙を拭き取る手拭いをくれたお父様にお礼を述べて一人また読み進める。
さらに内容は移り変わり、合戦の先行きが怪しいことや裏切り者の気配があることなどが記載される。
重ねて自身の病状が思わしくないことも伝えられており、次の合戦では生き残れないかもしれないと弱音を吐いてある。
恐らく本当の父親はこの合戦で命を捨てる気だったのだと涙心地にも勘づく。
そうすることで武勇を見せつけ、兄が家をまとめる猶予を、私が生き抜くための猶予を与えるつもりだったのではないか。
これは確信に近い観測だ。
最後の一文には辞世の句が記されている。
水鳥の ように自由に 動けねど
我は汝の 親として死ぬ
和歌の名手とは思えぬほど直情的ななんの捻りもない和歌だ。しかしそこには子供のために死に行かんとする覚悟がこれでもかというほど伝わってきて、死ぬまでに会えなかったという一抹の未練も印されている。
会いに行こう、そう思った。
生前には会えなくても、お墓の前で対面しよう。
私は本当の父親の最初で最後の言葉を強く握りしめて胸に抱いたのだった。