時代遅れですわ。
「リズベット・ライカント!
ターランド王国第一王子アルベルトの名の下に、そなたとの婚約をここに破棄…」
「アルベルト殿下。
わたくし、貴方様との婚約を破棄させていただきました。」
臙脂色の髪の美少女は、扇をパタと閉じて優雅に微笑んだ。
ターランド王国建国祭を明日に控え、王宮では、前夜祭の晩餐会と舞踏会が開催されていた。
晩餐会には、王立議会の議員を務める者とその家族が招待され、その後の舞踏会には、王国各地の領地を治める貴族や領主達が招かれていた。
晩餐会が和やかに進み、そろそろ舞踏会の行われる大広間に移ろうかという時だった。
第一王子アルベルトがピンクブロンドの少女を伴って壇上に現れた。
王立議会議長ドリス女史は眉をひそめた。
19歳になる第一王子アルベルトは、王立議会の議員ではなく、連れの少女も議員の家族でもない。
この場にいる資格のない2人の闖入に他の議員たちも不快げな表情を隠さない。
そこへ来てのこの発言である。
ライカント辺境伯令嬢であり、王立議会の議員でもあるリズベット嬢を名指しにしたいきなりの発言には、冷ややかな眼が向けられた。
「なっ!!
ぶ、無礼な!
そなた、ここにいるキャロルに傍若無人な振る舞いをしたであろう!
私の妃には相応しくない。よって…」
「いやですわ。
ご理解いただけなかったのでしょうか?
アルベルト殿下との婚約はもう破棄させて頂きました。
手続きも議会の承認も終わっておりますわ。」
「は…て、手続き?議会の承認だと…?」
「ええ。
王族の婚姻は、王立議会の承認ないし推薦が必要です。
婚約破棄や解消もしかり。
まさか、ご存知無かったとは言いませんわよね。」
「私の婚約者は、幼少期の茶会に参加した令嬢の中から父上や母上が選ばれたと…」
「まあ!
いつの時代の話をされておりますの?
王立議会が設立されて約100年。
50年前にはもう王族の婚姻に関する立法が終わっておりますわ。
その法律に則って手続きをすることになっております。
王立の学園はもちろん、民間の学校でも教科書に載っている事柄でしてよ?」
「そんなの、うそよ!
私、知らないもの!
適当なこと言わないで、自分の罪を認めてください、リズベット様!」
いきなりのピンクブロンドの声に視線が集まる。
「アレは例の…?」
ドリス女史は、隣に座っている王兄ナシアスに囁く。
「はい、キャロル・カーク。
カーク男爵の養女です。」
「そ、そうだ!
デタラメを申すでない!
私の愛するキャロルへの乱暴極まる振る舞い、許しがたい!
そなたとの婚約を破棄し、国外へ追放する!」
あちらこちらからため息が聞こえた。
「王太子ではないといえ、王族の一員ともあろう者がこれほど愚かだったとは…
王族の教育係を変えるべきなのか、王族の制度そのものを変えるべきなのか…」
髭を蓄えた美丈夫、トライオン侯爵が呟くと、隣の美女が応えた。
「だから、立憲君主制はもう古いって言ったじゃない。
議会制政治に移行すべきよ。」
複数の出版社や新聞社を経営する元子爵令嬢ダリア女史はいつもの持論を展開しようとする。
「アレは王妃の影響なのか?
あれでは、外交どころか内政に携わることも難しい。」
自費で民間学校を設立したトマス議員は、もとは辺境伯の領地に住む農民だった。
「リズベット嬢は、ずいぶん頑張っていたんですよ。
中等科の頃から殿下の学習を手伝い、変化する世の中に対応する必要性を筋道立てて説明し、公務を代行し……
ですが、無駄になってしまったようですね。」
オランド公爵嫡男グレンはリズベットと同級生であり、18歳で学園を卒業後、リズベットと同時に王立議会の議員となった秀才である。
150年ほど前からターランド王国の周辺国では、民主化の動きが広がっており、血生臭いクーデターや民主革命が起きていた。
周囲を山脈や渓谷、大河に囲まれたターランド王国への影響は少なかったのだが、のちに賢王と呼ばれるレギウス王は国土や貴族も含めた国民全てを守るため、王立議会の設立に着手し、緩やかに民主化を図ろうとした。
身分制は残しつつも、平民を多く登用したり、貴族の意識改革のために周辺地域への留学を活発にさせたり、教育機関・医療機関の整備を進めたりした。
レギウス改革と呼ばれるこの多くの取り組みのおかげで、ターランド王国は平和を保ち、身分を問わず国を思う賢明な議員が議会を運営している。
設立後100年ともなると、議員の半数は平民であり女性も多く選出されている。
王族の婚姻は国政や外交におおきく影響する。そのため、その相手は早期より議会で推薦・選出され、決定される。もちろん、不適切な行動や本人の強い意志による辞退や変更の手続きも可能である。
また、余談であるが、複数の王族に継承権がある場合の王太子の選出についても議会に発言権がある。もちろん、君主である王にもあるが。次代の王たる王太子は王兄ナシアスの長男である。
リズベットは、頬に手を当て首を傾げた。
「おかしいですわね。
民間の学校は皆、同じ教科書が無償で配布されている筈ですわ。
キャロル様は学校に行かれませんでしたの?
まさか、教科書を読んでいないなんてことはありませんわよね?」
「学校へは行ってたに決まってるでしょ!
またそうやって意地悪をするっ!
ひどいわっ!私が養女だからって差別するのね!」
「そうだ、そんな差別意識のある女を婚約者にしていたなど、我が国の恥だ!
さっさと出て行け!」
場を弁えない2人の言葉にとうとう我慢ができなくなったドリス女史が立ち上がった。
「アルベルト殿下。
殿下の婚約は、ライカント辺境伯令嬢リズベット様から破棄の手続きがされ、既に承認されております。
本日午前中の議会で決定しましたので、即時通知されている筈です。
婚約解消ではなく、破棄となったのは、王族としての不適切な行動、及び学習の怠慢、知識の偏りと女性や身分差による差別行動など、多岐に渡る要因があります。
明日の議会では、アルベルト殿下の王族としてのお立場について議論する予定でおります。
それによっては、王族からの除籍も考えられます。
この場には、王立議会議員全員が揃っております。
殿下の言動、しっかりと確認させていただきました。
明日の議会は早く終わることでしょう。」
ドリス女史の言葉を呆然と聞いていたアルベルトだったが、怒りの矛先をリズベットからドリス女史へと変更した。
「な…何を馬鹿なことを言っているんだ!
平民の分際で!
私が王になったらお前などクビにしてやる!
議会など解散だ!」
この言葉に、ざわめいていた会場が静まり返った。
アルベルトが勝手に上った壇上には、椅子が一つ置いてあった。
立憲君主制を支える議会には、当然君主である王の椅子がある。
そもそも、この晩餐会を主催しているのは、王であるフェルナンドである。
「臨時議会を開くとしよう。」
重々しいフェルナンドの声に議員たちは全員席に着いた。
「ち、父上…
おられたのですか……」
アルベルトが振り返った。
「はじめからな。
お前は気づかなかったようだが。」
「臨時議会を開くとは一体…?」
「結果が分かっているものを明日まで引き延ばすことはあるまい?
ドリス。」
王の言葉に、王立議会議長ドリス女史が応えた。
「国王陛下の要請により、臨時議会を開催いたします。
議題は一点。
ターランド王国第一王子アルベルトに王族の資格はあるか否か。
諸兄方、意思表示願います。」
「否。
権利と義務を理解しておらず。」
「否。
知識が旧態依然であり、害悪となる。」
「否。
立憲君主制において議会を理解しない王族の必要なし。」
「否。
学園を卒業している年齢にかかわらず、適切な行動をとることができない。」
「否。
…
否。
否。
否。
否。
否。
…」
「全会一致で、ターランド王国第一王子アルベルトの王族除籍を決定いたします。
これにて、臨時議会を閉じます。」
ドリス女史は、立ち上がり、壇上に座するフェルナンドの前で一礼する。
その間に脇に控えていた書記官が書類を書き上げた。
「国王陛下。
臨時議会にて、ターランド王国第一王子アルベルトの王族からの除籍が決定されました。
裁決ねがいます。」
書記官がフェルナンドの傍の宰相に書類を手渡し、宰相がフェルナンドに万年筆と国璽を順に渡す。
その場で署名と国璽の押印を済ませた父を口を開けたまま見つめるアルベルトに、声をかけたのはドリス女史。
「アルベルト殿。
王族を離れても、あなたには基本的人権が保障されております。
勤労の権利と納税の義務。信仰と移動の自由。
王宮を出る時には、支度金として当座の生活に必要な金額が支給されます。
王宮退去の猶予は2週間となっております。
詳しくは担当者から連絡されますので、その時にはしっかり聞いてご理解ください。
では、失礼します。」
壇上で声も出せずに立ち尽くすアルベルトを残し、議員たちは舞踏会の会場へ一人、また一人と移動していく。
フェルナンドも息子に声をかけることなく去った。
「ねえ、ちょっと、どういうこと?!
何がどうなってるの?
私が王妃になれるんじゃなかったのー!」
アルベルトの腕を揺さぶりながらキャロルが喚いている。
「近代国家の王族に義務なき自由はありませんのよ。」
リズベットは、そう言葉を残して2人に背を向けた。