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誓い






 まず最初に嶺這蟲の肉に付着した砂塵を洗い落とし、不格好な形を揃える為に余分な所を切り落とす。

 岩塩と高級品とも呼ばれる胡椒を下味として塗して、丁寧に刷り込む。

 油を引いたフライパンを熱し、その上に嶺這蟲の肉を乗せ、香ばしい色が付くまで焼く。

 両面が丁寧に焼けたなら皿に盛り分けて完成となる。  

 ファレットは湯気の立つそれが載った二つの浅皿をテーブルまで持って行った。


「お待たせしました。嶺這蟲の……何だろ、鉄板焼きかな?」

「いや、違うよ……えっと、嶺這蟲のステーキかな」


 先程の戦闘から数十分後。

 魔力補給の為に肉片を回収したファレットはケヴィエン宅のキッチンにある調理器具と調味料を借りて、早速調理に移ったのだ。

 魔人兵という人ならざる者の彼だが、味覚は勿論あるし、出来るだけ美味しい物を食べたいという欲求もある。

 生のままでも食えない事は無いが、やはり手を加えた物の方が美味い。


「うへぇ……これ本当に食べれるの?」


フォークの先端でツンツン刺して様子を見ながら、ケヴィエンは怪訝な表情を浮かべる。


「東国には芋虫を食うっていう文化があるくらいなので、多分大丈夫とは思いますけど……」

「いや、それは知ってるよ? でも……嶺這蟲を食べた記録なんて、今まで一度も読んだ事無いから……」

「美味しいから平気ですよ、多分」

「ふへへへ……怖いなぁ」


 躊躇するケヴィエンとは裏腹に、実際に料理したファレットはあっさりと虫のステーキを口に運んだ。


「あっ、食べちゃった……」


 瞼を閉じて堪能する様にゆっくりと咀嚼し嚥下した後、彼は双眸を輝かせて心底驚いた表情を浮かべた。


「……こりゃたまげた。何て『重さ』なんだ……!」


どうやら嶺這蟲は純度の高い命を数多く喰らってきたらしく、凄まじい量の命が秘められていた。

 下手すれば獣型の魔物と同等、もしくはそれ以上の『重み』を帯びている。

 味はともかく、これ程の『重み』があれば簡単に消耗した魔力を補填出来るだろう。


「えっと、その『重い』事は解ったから……その、味は?」

「悪くはないですね。噛む度に滲み出る塩っぱい肉汁みたいなのが混ざり合って美味しいです。食感は魚みたいにプリプリしてます」

「うっ、えぇ……?」


 ケヴィエンは暫し躊躇していた様子だったが、遂に決心して肉を食べた。

 そして、目を見開く。


「うわぁ、美味しい……!」

「でしょう? 昆虫食も悪くはないですよね」

「うん、意外だった……今までずっとセコかそこら辺の蛇と猫しか食べてなかったから。そもそも虫なんて食べようとも思わなかったし……」

「これを機に他の虫にも手を出してみると良いですよ。『重み』云々無しに考えればイナゴとかも美味いですし」


 余程気に入ったのか、嫌悪感の微塵も出さず、彼女は物凄い勢いで嶺這蟲の肉を平らげていき、あっという間に完食した。


「ふぅ、美味しかったね……ありがとう、美味しいご飯作ってくれて」

「ご飯って言っても、ただ肉に岩塩と香辛料撒いただけですけどね」

 

そんな雑談をしながら、ファレットは自らの鋼鉄の身体に魔力が漲っている事を実感する。

 還元機構の働きは早く、数分前に胃に入れた嶺這蟲の肉はあっという間に魔力に分解され、身体に吸収されてしまった。

 改めて自分の身体に搭載された機能が如何に高性能かを確認させられる。


「……これ、良いなぁ」


 ふと、ケヴィエンが何かを呟いた。


「え?」

「いや、何でも無いよ……」


一度はそうは言ったものの、やはり何か突っ掛かる物があるのか、再びケヴィエンは此方を向いて切り出した。


「あのさ……ファレットってラドリーロに行きたいんだよね? 其処で『懐かしき望郷』で風景を撮って、創造主に見せるっていう旅の途中だったよね?」

「はい、そうですけど……」

「それならさ……」


 ケヴィエンはやや躊躇いながらも、ファレットの透き通る様な碧眼をしっかりと見つめながらこう告げた。


「私も、旅に連れて行って貰っていい……?」 

「へ?」

「実は私、もうそろそろ此処から離れないといけなかったんだ……でも行く宛も無かったから、丁度良い機会かなって」


 まさしく藪から棒の提案だった。

 今まで一人旅で単独行動というスタンスを貫いてきたファレットにとって、旅に同行者が増える事は何よりも新鮮で、真新しい事だった。

 その新たな仲間の加入には当然メリットもあるが、それと同時に大きなデメリットも生まれる筈だ。


 忘れてはならないのは、同行者が生身の人間だという事。

 魔力と身体さえあれば無限に動く事の出来る魔人兵(ゴーレム)とは異なり、人間には長距離歩けば、必然的に疲れが生まれてしまう。


 しかし、身体が鉄鋼で生物ですらない魔人兵は別だ。

 筋肉痛や疲弊など、肉体に起こり得る運動の弊害も無い。

 故にそういった隙も生まれず、睡眠も必要無く、魔力の補給さえ怠らなければ二十四時間無休で歩き続ける事が出来る。  

 毎日の移動はハードで、常人にはかなり辛い物になるだろう。


(……明らかに運動に不慣れそうだもんな……)


分厚い服の裾から覗く、ケヴィエンの細い両腕を眺めながら思った。

 『無光の魔術師』と呼ばれているのだから、実力は確かなのだろう。  

 しかし、過酷な長旅に耐え切れるかという話になれば別だ。


「……やっぱり困るよね。私、体力無さそうだし……」


彼女は目を伏せて呟いた。


「いや、そんな事は無いです! でも……俺は魔人兵で体力も桁違いで、きっとケヴィエンさんを置いて突っ走るかも……」

「それなら私が付いていく。どんなに辛くても、頑張るから……!」

「多分俺と一緒だったら何でもかんでも食う事になりますよ? 俺は命さえ補給出来れば何だって食えるし……」

「それでも良いよ。私、食わず嫌いなだけだから……美味しく調理されてたら、ちゃんと食べるよ?」


 そこまで言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。


 旅の効率を求めるなら、単独行動が圧倒的に良い。

 だが……そもそもケヴィエンに発見されて、こうして手厚く介抱されていなければ、ファレットの旅路は暑く乾いた砂の上で途切れる筈だった。

 彼にとってケヴィエンは俗に言う命の恩人、やはり恩義は忘れられない。

 その上、もう一度魔力切れで行動不能になるという事態は避けたい。


 効率か、安全と義理か。

 二種類の相反する欲望の狭間で悩まされたが、長い思案の果てにファレットは答えを出した。


「……良いですよ」

「ほ、本当……!?」

「はい、勿論。また魔力切れで動けなくなったら元も子も無いですし」


 ファレットが選択したのは効率ではなく、義理だった。


 魔人兵、本来なら警備や兵器として扱われる筈の感情を持たぬ人形。

 その種族の性質に真っ向から背いた選択であったが、最早ファレットは魔人兵という範疇を越えて、外見や思考回路は限り無く人間に近付いている。

 そんな彼に常識を持ち出す事自体が間違っているのだろう。


「その、色々と言う事があるかもしれないけど……ありがとう、ふへへへへ……」


余程嬉しかったのか、ニヤケが止まらない様だ。


「良かったぁ、断られたらどうしようって思ってたけど……」

「何で断られるのが前提だったんですか……」

「だって、まさかオッケーしてくれるとは思わなかったから」

「流石に命の恩人からの頼みを無下にする程、俺の人格は悪く設計されてませんよ」


 ファレットは柔らかく微笑んだ。


「ふへへ……本当に良かった。良い人に作ってくれた創造主さんに感謝しないとね」


 安心し切った様に溶けた様な笑みを浮かべるケヴィエン。

 正直彼女の技量は計り知れない、まさしく未知数。

 『無光の魔術師』と自称しているが、それが本当なのか妄言なのか判別する事は出来ない。

 しかし彼女はたった今ファレットの仲間となった。

 旅路を共にするなら、やはり隠し事は無しだ。


 彼は服の襟を正すと、右手を差し伸べた。


「改めて自己紹介します。型番は25の3、ファレット・ロレックス。創造主より授かった、俺が俺たらしめる名前です」

「え? さっきは名字無かったような……」

「創造主から教わったんです。名字を明かすのは、本物の仲間だけにしろって」

「そうなんだ……。それなら私もちゃんと自己紹介しないと」


 ケヴィエンはファレットの伸ばした手を掴み、握手した。


「私はケヴィエン・アルバニー……えっと、かつては『無光の魔術師』だったけど、今はもう隠居してるよ」

「え、隠居?」

「うん。ちょっと色々あって、もう表舞台には出ない様にしてたんだ……こうやって砂漠に引き篭もってね」


 引き篭もるという言葉で、何故彼女がこんな荒野のど真ん中に居を構えているのか理解出来た。

 人目を避ける為、やはりそれが大きい筈だ。

 明らかに躊躇いがちな言動から見て取れる、その他人と接する事への恐怖心。

 そんな心情で行き倒れのファレットを拾ってくれた事は、まさしく奇跡と言えよう。

 感謝してもし切れない。


 ケヴィエンは恥ずかしそうに顔を赤らめて、視線を逸らしながら言った。


「た、旅の仲間だからさ……その、口調も崩していいよ?」

「あー……すみません。俺の言語能力はこの形で登録されてるんで、畏った口調でしか喋れないんです」

「そうなんだ……ご、ごめんね? 変な事言って」

「此方こそすみません。あっ、それならその代わりに『サヴィ』って呼んで良いですか? それなら距離感も近くなるでしょうから」

「サヴィ? サヴィか……」


彼女は何度かその名前を反芻すると、余程気に入ったのか満面の笑みでファレットの顔を見つめた。


「良い、凄く良い……! ふへへ、初めてそんな風に呼ばれたなぁ……」

「気に入って貰えて良かったです」

「ふへへへ……それじゃあ、改めて宜しくね、ファレット」

「はい。此方こそ宜しくお願いします、ケヴィ」




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