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砂中に響く大轟音





「へぇ、魔人兵(ゴーレム)ってこういうのもあるんだ……もっと、ゴツゴツした奴ばっかりって思ってたけど……ふへへ」

「大概はそうですけど、俺の創造主はちょっと変わり者で出来るだけ人間に近い外見にしたんです」

「そうなんだ……」


 彼等は場所を変え、古ぼけたテーブルを囲む椅子に腰掛けていた。

 ケヴィエンはファレットの右腕を興味深そうに触りながら、次々と質問攻めしていく。


「他にも、君みたいな魔人兵(ゴーレム)は居るの?」

「はい。ボスケー、パレード、エスクド、ベレッサ……俺と同じ様に主より造られた鉄人形は今の所四体。皆良いヤツですよ」

「ふーん……」


 彼女は聞き取った事をその都度メモに書き写し、レポートを作成していく。

 そしてその羊皮紙の一面が図や文字で埋め尽くされた頃、漸く質問攻めが終わった。

 かれこれ数十分、様々な事を根掘り葉掘り訊かれたファレットは既に疲労困憊していた。

 そんな彼を尻目に、ケヴィエンは琥珀色の眼を輝かせてレポートを読み上げた。


「えっと、今判ってる事はね……動力の魔力は食事により補給、皮膚は人間に近いけど骨は鋼鉄製……いや、そもそも真皮自体が鋼鉄なのかな? そして武装は両手首に埋め込んだ杖で発動させる魔術と、岩を噛み砕けるくらい強い力……今の所これくらいかな」


 彼女はぎこちない笑顔を浮かべながら、ファレットの右腕を指先で撫でた。


「凄いねぇ……今まで見てきた魔人兵(ゴーレム)よりも頑丈そうだし、コンパクトで頭も良さそう」


 本来魔人兵(ゴーレム)は岩石や木材、上等な物なら貴重な鉱石類を用いて作られる魔道具の一種で、その体躯と膂力は人間のそれを遥かに上回る。

 壁の様に強固で巨大な身体と巨岩を持ち上げる程の腕力、人智を越えるそれらと引き換えに知能は低いらしく、指示された通りの行動しか出来ない。

 当然魔術を扱える訳も無く、そういった点で魔術を使えるファレットは他の魔人兵(ゴーレム)とは一線を画しているのだ。


「……ねぇ、どうやって食事を魔力に変換してるの? そういう機構があるの?」

「えっと……何ていうか……少し難しい話になるんですけど」


 ファレットは机の上に置かれていたメモ用紙と羽ペンを手に取ると、ケヴィエンの承諾を取って図を描き始めた。


「普通の魔人兵(ゴーレム)は消耗すればその都度、自らの原料を補給して動いてますけど、俺達みたいな複雑な個体は『命』を食べてるんです」

「へっ、命……?」

「はい。正確に言えば、命の重み。その生物が生前どれ程の命を享受し、糧としてきたか。それを基準に命の重みが設定されて、その重さを魔力に還元して動力にしているんです」

「……も、もう少し解りやすく」

「その生物が生きている間に殺した命の総重量が、食べると得られるエネルギー量なんです」


 生命とは器だ。

 生まれ落ちてから死ぬまで、養分の吸収や弱者を捕食する事で糧を得て、何とか自らの器を満たそうとする。

 道半ばで更に強き者に喰われれば、蓄えた器の中身は全て奪取されてしまう。


 上に立つ者程、生命の器は巨大になり、満たす為に必要な命の総量も多くなる。

 上位者が死んで土に還れば、命は大いなる自然に返還され、再び植物の芽となる。

 自然とはその繰り返しなのだ。

 

「じ、じゃあ……セコとかはその、重みは少ないの? 小麦粉だから……」

「はい、そうですね。得ている物が土からの養分だけなので……量さえあれば賄えるんですけどね」


 だがしかし、魔力が枯渇していたファレットの肉体を再び万端な状態に戻すにはセコから得られる命では到底足りない。

 腹が減って仕方が無い。

 今にも音が鳴りそうな腹を抱えながら周囲を観察して、彼は先程齧り付いた岩石に目を付けた。


「その石って、チャートですよね?」

「あっ、うん。そうだよぉ……」

「チャートって大昔の植物とか小動物の死骸が凝固した物ですから、命の総重量が多くて密度も高い。量が少なくても『重み』が大きいから、非常食としては最適なんです。まぁ、味は悪いですけど……頂いていいですか?」

「良いよぉ、どうせチャートなんてこの砂漠なら幾らでも手に入るし」


 ディバスタ砂漠は元々、内海に沈んだ海底だった。

 それが悠久の中で地殻変動や気候の変化などを経て、今の様な広大な砂漠が出来上がったのだ。

 その為、水棲生物を先祖に持つ魔物も多く、砂漠を泳ぐ魚や鋼鉄の様に硬い海綿動物、凄まじい貯水機構を持ったナマコなど、陸上に適応する為に独特の進化を遂げた者ばかりだ。


 そんな生物達の死骸が砂中に沈み、堆積して出来たのがチャートという岩石である。

 凝固岩である為、ナイフで斬った程度では傷一つ付かない頑丈さを誇る。

 それを純粋な咬合力だけで簡単に噛み砕いてしまうのだから、その常人離れした筋力は凄まじいの一言に尽きるだろう。


 堅牢なチャートを、パンか何かの様に簡単に口に運ぶファレットの姿に圧倒されながらも、ケヴィエンは続けて質問を投げ掛けていく。


「じゃあ、食物連鎖でも上の方の生き物は……?」

「食物になる生物の命の『重み』が大きいので、少ない量でも魔力の補給が出来ます。効率は良いですけど、その肉を手に入れるのが難しくて……」

「あぁ、成る程ね……」


 肉食性の魔物の肉は硬くて臭いも悪く、塩漬けにしない限り食えた物ではない。

 その為市場に出回る事も少なく、滅多に手に入る物ではない。

 勿論、自分で狩るなら別の話だが。


「そういう魔物を、自分で倒したりとかはしなかったの? ファレットくんは……その馬鹿力さえあれば倒したり出来そうだけど……」

「……出来るだけリスクは避けたかったから、そんな事しませんでした。まぁ、何回か思い立ったんですけどね、腹も空いてたし」

「あっ、そっか……造った人から言われてたんだっけ、ラドリーロまで行けって」

「はい。それと『怪我が無いように』とも命令されました」


 ファレットが大真面目に言うと、ケヴィエンは顔が崩れる様な力無い笑みを浮かべた。


「……それ、命令じゃないでしょ……?」

「まぁ、そうですけど……俺なんかの為にあの人達は笑ったり泣いたりしてくれたんです。あの人達に無事に帰って来い、だなんて言われたら……何をしてでも帰り着きますよ」

「ふへへ、良い心掛けだねぇ……何て言うか、忠誠心の塊みたいな……」


 ケヴィエンが言い掛けたその瞬間、不意に大地を震わす様な轟音が響き渡った。

 大気が震え、それに呼応して棚に陳列されている大量の瓶がカタカタと音を立てて揺れ、立て付けが悪いのか、その中の幾つかが床に落ちて勢い良く砕け散る。


「なっ!?」

「……むぅ、またか……」

 

 直ぐに轟音は収まったが、その残響にファレットは何か良からぬ物の気配を感じていた。

 殺意だ。

 限り無く純粋で、限界まで研ぎ澄まされた曇り無き殺意。

 眉を顰めて静かに怒りを露わにしたケヴィエンは席を立ち、窓から顔を出した。


「もう、またやってるよ……」

「ち、ちょっと待って下さい。一体何が起きたんですか?」

「目覚めたんだよ……最近砂漠に棲み着いた、場違いな暴れ者が」


 彼女と同じ様に窓から顔を出すと、家の直ぐ目の前にあるオアシスの向こう側で暴れ回っている見慣れない魔物の姿が見えた。

 皮下で翠色の血管が走る黒くブヨブヨした皮膚、白砂を掻き分ける無数の短い足、遠巻きから見ても吐き気を催す程醜悪な顔。


 見るに耐えない巨大な芋虫が、砂の上で身を捩らせていた。


『ミュィィィィィ、ミュィィイ!』

「あ、あれは一体……?」

嶺這蟲(ジャイアント・ワーム)……元々は森林地帯に居たんだけど、冒険者達に退治されて砂漠に逃げて来たらしいんだ」

「嶺這蟲……か。そんな魔物居たか?」


 昔、創造主の書斎で読んだ魔物図鑑に、あの様な醜悪な見た目の魔物の情報は載っていなかった筈だ。


「あら、知らないんだ……まぁ個体数も少ないから、知らないのも無理は無いかもね……」

「……不勉強ですみません」

「別にいいよぉ、どうせ前情報なんかあったって実戦には使えないし……」


 ケヴィエンは先程水汲みの時に被っていた大きな帽子と、壁の留め具に掛けられていた枝木の様な棒を手に取った。


「それ、何ですか?」

「これ? ふへへ、これは杖だよぉ……『隻龍の矜恃(プロテガー)』っていう銘の」


 そう言って彼女は先程壁の留め具から外した杖をファレットの前に突き出した。

 一本の強固な骨を、龍の腕の様に細くとも威圧感溢れる形状に削り出されて作られており、無駄な装飾品など一切施されておらず、ただ純粋に道具としての利便性と強さを追求した作りとなっていた。


「かなり良い杖ですね、これ」

「でしょ? 昔から愛用してる自慢の一品だよぉ……」


 彼女は不思議な質感の巨大な帽子を被ると、杖を片手に玄関を出た。

 慌ててファレットはその後を追い、外へ出た。


 その瞬間、頬を撫でる熱風と真上から降り注ぐ鋭い日光に目が眩んだ。

 どうやら家の中は魔道具か何かを利用して気温が一定に保たれているらしく、その弊害で屋外との気温差が凄まじい事になってしまっている。

 もし彼が生身の人間なら、今頃全身から滝の様な汗が滲み出ていた筈だ。


「ふぅ……暑いねぇ」

「ち、ちょっと待って下さい。もしかして、あの虫を倒すんですか?」

「そうだよ……このオアシスの周りにはちょっと特別な結界を貼ってるんだけど、それを破られてこの中に入って来たら……最悪飲み水を汚されるから……」


 足早に嶺這蟲の方へ進んでいくケヴィエンの隣を歩くファレットに、彼女は尋ねた。


「……あ、そうだ。良い機会だから、ファレットの魔術の腕前見せてよ……ちょっと気になる。さっきの『懐かしき望郷』だけじゃあ……よく分からなかったし」

「あー……別に構いませんよ。助けてくれたお礼も兼ねて」

「ふへへ……良かった。断られたらどうしようって思ったけど……」

「命の恩人からの頼みを無下にする程、非情に作られてませんから」


 目元は帽子の縁に隠れて見えないが、恐らくまたあのにへら、という脱力した笑みを浮かべているのだろう。

 

「ちょっと倒せるか怪しいですけどね、あんなデカイ図体だし」

「万が一の時は助けるよ。それに、距離を保ってるなら潰される、なんて事は無いと思う……糸を吐く事も出来ないから……」

「遠距離を心掛ければあの虫は動く的、とでも?」

「そうだよぉ。距離さえ保てれば、の話だけどね……」


 改めてファレットは砂上で暴れ回る嶺這蟲に目を向けた。

 遠目ではよく分からなかったが、分厚くブヨブヨした皮膚には至る所に古傷があり、背中に至っては魔術による物らしき大きな裂傷がある。

 恐らくこの砂漠に辿り着くまで、多くの修羅場を潜ってきたのだろう。

 きっと、その道すがら数多の命を奪ってきた筈だ。

 心が踊る。


「それじゃあ、私は此処で見とくから……頑張ってね」

「はい!」


 そのまま嶺這蟲に向かって真っ直ぐ歩いていくファレットの背中を、ケヴィエンは静かに見送った。


「……ふへへ、魔人兵かぁ……どんな感じなのかなぁ」


そう呟く彼女の瞳は、期待に満ち満ちていた。




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