第8話 花つぼみ
文化祭二日目。昨日にも増して快晴、最高気温は二十度と程良い絶好の天候。
昨日には無かった穏やかな風に吹かれながら、引き続き八時の針に合わせて教室の扉を開けた。昨日とは違って朝の準備は不要なものの、やはりというか落ち着かなかったのだ。
「おはよー」
「おはよう。相も変わらずお早いこって」
「まあね。悔い無く終わりたいもん」
「だな」
の割には何をしているわけでもない美咲だが、おそらくは、今現在俺と会話をしながらも思考を巡らせているのだろう。
屋外の模擬店や装飾を眺めているのか、窓枠に手を掛けじっと外へ顔を向けている。
「いやー、文化祭も今日で終わりだねえ」
「二日しか無いけどな」
「ふっ……そんなだから佑はお馬鹿さんなんだよ」
コイツ、鼻で笑いやがった。
「文化祭は準備から始まって片付けに終わる。だから二週間」
「それは……まあそうかもだけど」
「そう考えたらさ、もう終わりか―って思っちゃわない?」
確かに、この二週間は俺の高校生活の中でも特別濃いものだった。長く感じるような、逆に短くも感じるような。
なんだかんだでやりがいも無いことはないし、俺含めた俺を取り囲む環境も随分と変化した。何より、文化祭が終わることを少しだけ惜しんでいて、そして今日がとても楽しみな自分がいる。
その根本にいるのは、夏織という存在。
「だからさ、今日はめっちゃ頑張る」
「今日も、じゃなくて?」
「そうだった。――うん、今日もめっちゃ頑張る!」
振り向いた美咲は、いつもよりもずっと生き生きと、それでいて力強い顔をしていた。
澄み渡る蒼い空を背負って、眼は俺を真っ直ぐに見据えて、パンッ、と両手を合わせ、
「よし、ちょっと早いけど準備するかー!」
「おー。一番綺麗なホットプレート取ってやろ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、そうだっ」とどこぞのわんぱく小僧みたく鞄の中に手を突っ込んだ美咲にスプレーを吹きかけられ、何か香る霧に鼻を立てたところで準備完了。そうしていざ意気込んでテントにスタンバイしていたのだが、早くも昨日の棒立ちが恋しくなった。
なぜか、開場直後から数人が並んでいる。なぜか、カップルの数が多い。
なぜだ。
「何この状況。解説の美咲さん」
「どうやらジンクスがあるらしいですね」
「ジンクスとは」
「伝説の文化祭スイーツって知ってる?」
「文化祭で出したオリジナルのやつが売れまくったって話だよな」
「そそ。それを一緒に食べた男女がそれはもうたくさん付き合い始めたそうな」
「話題のスイーツを誘う口実にして告白した事例が挙げられただけなのでは」
「それは禁句」
「おっと、つい」
はた迷惑というか、まあ売れ行き好調自体は悪い話ではないものの、こっちが汗かきながら焼いてるパンケーキを「あーん」「おいしい?」という感じのいちゃこらに使われるのは実に癪だ。お前が作ったわけじゃないだろって。
カップルに対してはこれ見よがしにハート型でも作ってやろうか、そんでもって割れかけにしてやろうか。
「お、長瀬くんノリノリだ」
「……しまった」
なんて考えていたら、思わず手が許可無しに二つの丸みと二つの尖りを持った造形を形成してしまった。
「はいどうぞー」
幸い一つだけだったので下げようと紙皿を取ろうとした一瞬の隙を突かれ、手本のような接客スマイルの美咲に驚くべき手際で売っ払われた。客の男女、というか女の方はたいそうな喜びようだが、こうなっては後戻りなどクレームの元にしかならない。
後ろから美咲の親指付け根を全力でつねり、腕を捩って「痛い」を連呼する姿を横目に調理に戻る。
「あとで覚えてろぉ……!」
「接客中だぞ、しっかりしろ」
「二人共、真面目にやって」
嘲笑いそうになる口元を初挑戦の接客スマイルで隠し、この際仕方なく半数のパンケーキをハート型に焼き始めた。
その妥協が失敗だったのかもしれない。少し時間が経てば客足も落ちてくれるのではないかという淡い期待は、外れるどころかむしろ真逆の方向へ突っ走っていった。
噂が噂を呼び、行列が客を呼んで、十二時前の現在時点ですら三人体勢で辛うじて回せるかというレベル。他の実行委員の都合で十一時まで暇ができたため、暇埋めがてら適当に手伝うだけのつもりだった美咲が、わざわざ会長から許可を得て急遽クラスの方に回った程だ。
統計なぞ取っていない文化祭の一番売れてるスイーツなんてどうやって調べるのか知らないが、にしたって、ほんの少し考えただけの物がここまで売れるものなのか。
「ねー、手伝い呼んだ方がいいんじゃない?」
「私もそう思うかなぁ。さすがに疲れたー」
「美咲、誰でもいいから知り合い呼んでくれ」
「あーい」
片手でパンケーキを焼き、もう片手を携帯電話の画面に滑らせ、途端に課せられた役を難なく器用にこなす美咲。
小さいサイズで提供すれば一度に四枚焼けるが、変更するには時すでに遅し。客が二人組ばかりの現状に対しホットプレート二枚では、人員を確保したところで掃けるより先に列が長くなる一方だ。
最悪は、一時中断も視野に入れなければならない。
「だめです隊長! みんな自分たちが楽しむのに夢中です!」
「そんなぁ……」
さて、どうしたものか。このままなら粘り続ければいずれは途切れるはずだが、最大の問題はもうすぐ交代になってしまうことだ。
十二から十五時組がいきなりこの数を引き受けるとなれば、負担は決して軽くない。
「お隣さーん、お困りですかー!」
頭を抱える俺たち三人へ向けられたものであることは明らかな、こちらの状況を汲み取った声が耳に届いた。
出所は、隣でいかにも退屈そうなクレープの模擬店担当。
「お困りでーす!」
「じゃあ手伝うよー!」
「ありがとー!」
よくよく見渡してみれば、このパンケーキ以外はそこまで爆発的に売れている様子ではなく、むしろ空いているといえる。パンケーキはパンケーキ担当が作るべき、なんて固定観念のせいで思いつかなかっただけで、隣の同じクラスであるクレープの方に頼めば簡単に解決できたのだ。
訊かずともわかりきっていた返答だったのだろう、美咲の救援要請を受け取った隣の台に目を向けると、パンケーキに必要な材料が既に並べられていた。準備が良くてつくづく助かる。
「助かったぁ」
「だな」
テンションで誤魔化されていたように見えた美咲の焦燥は、肩の力が抜けるとともに安堵に変わった。
表情もずっと柔らかくなり、美咲の様々な長所の中の一つである周囲にも影響を及ぼす明るい空気が、いつも通り、あるいはそれ以上に表れている。
これならなんとか。状況の好転から思わず小さく溜息をついた時、後ろに置いてあるデイジーからセナから、すっかり頭から抜け落ちていた今日の本番を知らせる報告が届いた。
「夏織来てるよ」
その喧騒に流されそうな一言は、聞き慣れた声だからなのか、その内容が俺にとって今の状況より重要だからなのか、やけにはっきりと認識することができた。
反応すべきか否かなんて愚考が浮かぶよりも先に、視線は鉄板ではなく周囲の人混みの中を駆け回って、校門のそばからこちらを見つめる夏織を捉える。
手元に置いた携帯電話に表示されている時刻は十一時五十五分。本来、あと五分は離れるべきではないが――
「ごめん美咲、先上がってもいいか」
「あとは任せろ! 店番ほっぽって彼女とデートだって言い触らしておくから!」
「やめろ」
……あとでしっかり礼をしなければならないな。
美咲へ最大限の感謝と僅かな不安を抱きながらデイジーと荷物を引っ掴み、小さく手を振っている夏織の方へ一直線に走った。
本当は時間を終える直前に一枚を焼いておくつもりだったのだが、今の状況ではどうしようもない。またの機会に。
走ったとは言っても、距離としてはたかだか十メートルそこそこ。それでも、ホットプレートの熱や十月下旬にしては暑い気温と日差しのせいで制服に湿気を帯びさせている汗を増やすには十分。
夏織の顔が一歩前の頭一つ分下に位置すると同時に、顔全面を拭う。
「お疲れさま」
「ごめん、思った以上に忙しくなって」
「ううん。大繁盛だね」
「予想外なくらいにな」
「ここまで良い匂いしてるもんね」
俺が姿を捉えてからずっと笑顔のままだった夏織は、何が嬉しそうに、少し恥ずかしそうに顔を綻ばせる。
なんというか、落ち着かない気分だ。周囲には俺を知っている人が少なくとも一定数はいるし、ここは俺が通う高校で。そんな状況で二人並ぶというのは、正直映画館の至近距離よりも緊張する。
「佑は仕事終わり?」
「いや、見回りと写真係。どうせだから夏織と回ろうと思って」
「そっか。私はついで?」
「え、いや、むしろ仕事がついでのつもりなんだけど……」
「うそうそ、冗談」
思わぬ夏織の指摘に一瞬思考停止しながらも否定する俺を、夏織は楽しそうにからかい笑う。
映画を見にいった時もそうだったが、無邪気な顔して結構策士だし、なかなかにえげつない突き方で本心を抉り出してくるあたり、見かけによらずサディストなのかもしれない。
そんな会う度見る度何かしらの発見がある夏織について、今日もまた、新しい一面を見ることができるだろうか。
違う、見つけたい。
「どっから回る?」
「佑のおすすめ聞きたいなー」
「なら、一択しか無いか」
夏織の好きなものの一つであり、文化祭の定番恒例でもあるお化け屋敷。
評判は悪くはなく、高校の行事で作るならこの程度だろうという至極普通――ではなく、何やらおもしろい噂を聞いた。
その噂以外は割と普通だが、文化祭という状況、場面が重要。
広い敷地のほとんどが騒ぎ賑わい光をまとう中、さも当前のように存在している場違いに真っ暗な空間はブラックホールのように人を取り込む。
遊園地などの施設内であれば鼻で笑われて終わるクオリティでも、高校生が授業と両立しながら二週間で作り上げたという免罪符の下、怖くなくても楽しめれば問題など無い。
「意外としっかりした作りだね」
「だな。俺も入るのは初めてだけど、気になってたんだよ」
夏織の第一印象に同意しつつ目に留めていたことを伝えると、夏織はなぜかやけに嬉しそうに数度頷いた。
「さすが佑。先に知ってたらおもしろくないもんね」
「どうせ一人で入っても寂しいだけだし」
「こういうのは友達とかと一緒に入りたいよねー」
「同意」
「まだかなーまだかなー」と肩を左右に揺らして楽しみさを表現する描写があるが、まさしくあんな具合に、僅かながらふらふらと重心をずらしている夏織。そして、動く度に仄かに香る甘い香りと白い服の上を流れる髪。
ホラー関連には子供のように目を輝かせて、心底楽しそうで。
間に拳一つ収まることはないだろう距離に並んだ柔い体躯が、どうしたって視界から離れない。
「……なんで離れるの?」
「臭うかと思って。汗かいたし」
「そんなことないよ。むしろ良い匂いする」
その言い方は男女関係上まずいのではないか。
少なくとも、女は男の匂いから遺伝子レベルで相性を判断するとかなんとかって、無駄な知識を蓄えている年頃の男に向けて放つフォローではない。
――と、思った。思ったが。
「あー、美咲にかけられたのってそれか」
思い当たる節が大ありで、嬉しいような悲しいような。てっきり防臭剤か何かだと思っていた美咲からの攻撃が元だったとは。
というか、汗をかきまくって四時間も経ってなお効果が続くものか。
「香水かぁ。それでおいしそうな匂いだったんだ」
…………。
「その言い方は、よろしくない」
「え、なんで?」
大人しそうな見た目に反して人をからかうことを好む夏織は、天然で口にした言葉すら深い意味を連想させてしまうから油断ならない。少し前はもっと警戒していたものの、最近は少し怠ってしまっていたか。
割と本気でわかっていない様子の夏織はさておき、さっきからうんともすんともひゅーとも言わないセナが気がかりだ。この賑やかさとはいえ、マイク感度を調整したうえで腰に提げているのだから、いくらなんでも俺たちの会話が聞こえないということはない。
「セナ、静かだね」
「やっぱ思うよな」
視線を腰の横に移すと、夏織がその意図を察して言う。
あとで美咲とも合流する予定であり、別にデートだなんだって話でもなし、それはセナも承知なのだから、もっと首を突っ込んでくるものと思っていた。
夏織が「一緒に回りたいのになぁ」と要望を遠回しにかはわからないが告げてくるもので、とりあえずデイジーを覗き込んで様子を伺ってみたのだが、どうやらセナはそうでもないらしい。
「『二人で楽しんで』だって」
表示されていた文字の一部を抜粋し、そのまま教えた。
俺たちがこの文化祭をどう捉えていようとセナにとってはお構いなしのようで、とにかく二人きりにさせたいらしい。
「気分悪いのかな」
「いや、それはないな」
「んー……あ、そうだ」
だがしかし、ここぞとばかりに畏怖すべき積極性を発揮するのが夏織という人物である。
夏織はスマホを取り出すと、スタンプ欄の一点をひたすらに連打し始め、トーク履歴を猛烈な勢いで流していき――
およそ五十は送ったのではないかという頃、
「うるさーい!!」
耐えかねたセナから、周囲の迷惑にならない程度の音量でクレームが届いた。
夏織、本当に容赦しないな。
「やっと出てきた」
「もー、夏織しつこすぎ」
「だって、セナってばせっかくの文化祭なのにだんまりだから。一緒に回ろ?」
「わかったから、スタンプ連打するのやめて」
セナの一言目が聞こえたと同時に手を後ろに回した夏織は、なおも親指を止めずにいたらしい。
良く言えば気を許しているからこそのコミュニケーションなのだろうが、それにしたってえげつない手段を取るものだ。
「夏織、すっかり遠慮なくなったな」
「だめ?」
「全然全くこれっぽちもだめじゃない。むしろセナに対してはもっとやってオーケー」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ひどい……」
後日、夏織のスタンプ爆弾に悩まされたセナがスタンプ一つ毎に「ごめんなさい」を百回繰り返すのは、また別の話。
なんて希望的モノローグをなんだかんだで盛り上がる夏織とセナの隣で思い浮かべていると、十回近く聞いた台詞が、一回目より随分と近い位置から聞こえた。
「次の人どうぞー」
声と同時にカラカラと扉が開き、廊下からの明かりを取り込んだ薄暗い室内が姿を見せる。
幅はそう広くなく、二人並んで壁すれすれ。それっぽい適当な置物やらなんやらが微妙な雰囲気を醸し出している。
半分だけ開けられた扉の隙間を夏織のあとに続いて潜ると、足を揃えるより先に外からの光は途絶えた。
所々に置かれたロウソクのようなライトで足元は十分確認できるが、向こうの壁はさすがに見えない。
「結構暗いな」
「暗いね」
「暗いだけでもたのしーい」
セナに至っては、もはや光量一つで楽しめるらしい。雰囲気がおもしろいまでは理解できたが、ここまでくると意味不明だ。
暗い中を先に歩かせるのもいかがなものかと、夏織より先に一歩を踏み出す。スタートダッシュは問題なし。……だったのだが、僅か三歩で並ばれてしまった。
心なしか、順番待ちの時よりも近い。かといって、離れるにしても前後にしか逃げ場は無いし、何より不快に思わせては元も子もない。
「障子……使い古された手法だな」
「手がバーンって出てくるやつだよね」
バーン。
と、見事夏織と息ぴったりに、いかにも消費税の計算が最も簡単な店で買ってきたような安い障子紙を突き破った、客に直撃しないようにと気遣いを感じる真っ赤な手。見えづらいが爪も短く切り揃えられていて、出来はともかく細かな配慮は評価できる。
「写真撮りまーす」
実行委員の仕事も忘れず、一応許可を取るべく一言挟んでからカメラを構えると、障子の上の方に空いた穴から顔がひょっこり、手は躊躇いなくピースサイン。なんともシュールな光景ではあるものの、これはこれでおもしろい。
「ありがとうございまーす」
場面が場面だけに、映りは悪くなるがフラッシュ無しで一枚。
顔が判別できる程度には姿を捉えられていることを確認し、横から覗き込んでくる夏織に目で合図し足を進める。
「佑って写真撮るの好きなの?」
「好きかはわからないけど、今は楽しいかも。なんで?」
「良い感じに撮れてるなーって思って」
「そりゃ嬉しいお言葉だ」
もしかして、とか自惚れたりはしないが、俺のスマホやらパソコンやらの壁紙も風景写真だし、綺麗な景色には心惹かれる。気が向いた時には、桜とか季節の景色を見に行ったりもする。
趣味としてなら、始めてみるのも悪くないかもしれない。
「これ、どちらかというとびっくり屋敷だよね」
「俺も思った。仕方ないとは思うけど」
「でも、お化け役の人楽しそう」
通路の隅に立て掛けられた段ボールを蹴飛ばして登場した二番目のお化け役を撮影しつつ、セナの指摘に同意する。
びっくり系は手軽に怖がらせることが可能な手法だが、ホラーとは似て非なる安直なもの。ましてあからさまな場所から出てくるもので、心の準備ができているせいで別段心臓が跳ねるような事にはならない。
三番目は寝そべっている白装束が急に動いて、四番目は気づいたら後ろをついてきていた、というもの。といっても、どうやら四番目は仕掛けではなく、落とし物を見つけたから出口へ向かおうとしていただけだそうで。
こんなもんかとぼちぼち満足して、出口と書かれた紙が照らされているのが直線上に見える最後の通路。
「あ、手振ってくれてる」
出口の方へ向けて手を左右に揺らす夏織の先では、制服の上に黒いマントを羽織った女子がこちらへ手を振っている。
「どこですか?」
だが、俺たちの後ろに立つ白装束はそう言った。
「え、ほら、あそこ」
夏織は振り返り、首を傾げている白装束の方を見ながら前を指差す。
身長的には、いくら俺たちの後ろにいるとはいえ見えないはずはない。
「ちょっと前出ていいですか」
確認しようとしているのか、白装束は俺と夏織が体を横向きにして生じた隙間に体を通し、一歩前に立つ。
その時、急に蛍光灯が急に点灯し、ふいの明るさに目を閉じた。
「あ、ごめんなさい。誰かが間違えてつけちゃったのかな」
およそ二秒、少しずつ目を開き慣らそうとしている最中の視界は再度暗闇に覆われ、中途半端に光に慣れてしまった目は、白装束と出口の文字しか捉えられなかった。
真っ暗というわけでもなく、すぐに元通り暗さには慣れたのだが――
正面を見た時、そこには誰もいなかった。
「あれ? いない」
「隠れたんじゃない?」
「隠れる場所なんて無いですよ。そもそも私が最後だし」
混乱する夏織を横目にセナが唱えた、可能性としては最もあり得る推測を、白装束は淡々と否定した。
時折涙ぐんだ人が出てきていたのは、もしかしなくてもこれだろうか。
消化不良なような、真実がわからなくて少し安心するような、そんな曖昧な気分で外に出た今となっては、お化け屋敷の真相は闇の中。
窓から入る日の光を浴びる夏織の顔は、さっきよりも輝いていた。
「あれ、やっぱり演出なのかな」
「さすがにそうだろ。うまくできてたな」
「うちの文化祭でもあんなにヒヤッってしなかったよ。すごかったぁ」
おおかた、急についた明かりで目眩ましして、暗い中でも見えやすい白装束に視線を誘導し、マントを活用して目が慣れる前に隠れたといったところだろう。
誰が考えたのかは知らないが、個人的には褒めたい。出口手前で大袈裟に驚かせると廊下に飛び出した客が誰かとぶつかる可能性もあるし、所々に配慮を感じるも怖さは十分だった。
「次どこ行こっか」
「美咲と合流する前に回り切るのもなんだしな……体育館の出し物でも見に行くか?」
「さんせーい」




