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第6話 変わりつつ

 月曜日の朝といえば、休みが終わってしまったという憂鬱そうな雰囲気と、対して友人に会えるなどの前向きな理由で嬉々とした雰囲気に分断される校内の空気。

 今日という日は、よりいっそう際立った両者の溝が、核となり得る適当な言葉を投げ込めば可視化できそうな程に深まっている。

 もっとも、その割合は七対一と中立が二、といった具合で前者に軍配が上がるのだが。


「実行委員の選出をしまーす。立候補か推薦したい人は挙手してくださーい」


 クラス委員の鹿野が発した一言により、教室内を漂っていた空気が流れを作り始めた。

 お前やれよだのめんどくせーだの、それより彼氏彼女欲しいだの、皆口々に思いを述べる。結果、鹿野が提示した肝心の二択の内のどちらも声が一向に上がらないまま、「どうするか」の話し合いから「誰にさせるか」の押し付け合いに移行。

 若干険悪にもなりつつある今の状況で、まさか大きな声で元気良く手を高々と挙げる奴などいないだろう。俺の右前方三つの席に座る、周囲を念入りに確認するなり肩をもぞもぞさせ始めた一人を除いて。


「はい! 私と長瀬くんが立候補します!」


 俺の名を道連れにし、およそ半径四、五メートル内の注目を一身にさらう美咲。奴が口にした姓の持ち主であり、黒板に書かれた【文化祭実行委員】の字を無心で見つめていた俺にもまた、少しの視線が集まってくる。


「ありがとー、助かる! 長瀬くんもそれでいい?」


「いや、俺は別に――」


「別にいいよって言ってます!」


「じゃあ二人とも、お願いね」


 出し慣れずもなるべく張って出した声を遮り、俺の台詞の先を捏造して声高らかに代弁してくれる美咲。

 まばらな拍手にもはや拒むことを拒まれ、丁寧に掃除された曇り無き緑色の黒板には、俺と美咲の存在を示す七文字の漢字が刻まれた。




 昨日のデートと断言しても構わないだろう夏織との映画鑑賞を経て。夜に初めて電話をしたとか、朝に駅で話す時間が五分増えたとか、今朝夏織お気に入りの映画を貸してもらったとか、そんなそこそこに進展した関係にどこか胸を高鳴らせていた俺を迎えたのは、来週の土日に催される文化祭に支配された青春の芳香。

 ある者は祭りと名の付く行事に心を躍らせ、ある者は修学旅行に並ぶ恋の可能性を秘めた恋愛イベントに期待を膨らませ、ある者はそれらを嫌悪しへそを曲げ、ある者は無関心に普段通り過ごし。

 

 この高校における文化祭は、十月の第四土曜日から日曜日の二日間に及び、前週の月曜日から十二日間を掛けて準備するのが定例である。

 実行委員というのは、雑務雑用や事務処理といった損な裏方役回りを生徒会と共に行い、基本的にクラスの出し物に関わることは多くない。

 一クラス二名を計十八クラスから、つまり三十六人の生徒を文化祭という華の学校行事から弾き出してやろうという、なんとも悪趣味極まりない制度。無論対価は無し。


「何勝手な真似してくれてんですかね」


「いいじゃんいいじゃん。なっちゃったからには頑張ろうじゃありませんか」


 机を挟んだ対面で睨む俺を、美咲は悪びれもせず爽やかな笑顔で流す。


 青春なぞとはさして関わりを持たない俺は文化祭を楽しめずとも構うところではないのだが、だからといってこの仕打ちは看過できない。進んで面倒な仕事を引き受けたくはないし、劇で言う木A的なポジションを死守して何事も無く終える予定だった。というのに、美咲という相も変わらず人の懐にずかずかと土足で上がり込む危険物のせいで、俺の文化祭は灰色を通り越してどす黒く染まろうとしている。


「なにゆえ俺がこんな役を受けなければならないのだろうか。飯野美咲は差し詰め疫病神である」


「その口調はともかく、ものすごく貶されてるのはわかるから美咲さんはお怒りですよ。せっかく気を使ってあげたのに」


「何それ、過労死が俺の幸せとでも言いたいのか」


「違う違う。ほら、実行委員の仕事って見回りとか安全確認があるじゃん? それを口実にして夏織と一緒に回れるんじゃないかと思って」


 言葉だけでも十分理解できる説明を、わざわざ人差し指二本で再現しつつ話す美咲。夏織を中心に友人としての距離が縮まり容赦が無くなったためか、その動作がやたら腹立たしく感じる。

 面倒事に引き込まれた恨みも兼ねて、美咲の人差し指第二関節辺りを狙ってあえて爪が当たるように中指で弾いた。良い具合に爪の先が皮膚をかすめ、指を手で覆い悶える美咲の後頭部へ嘲笑を向ける。ざまあみろ。


 デートの件において、曲がりなりにもプライバシーを垂れ流しただけながら、それでも微塵くらいには協力しようとしてくれたのだからと大まかに報告はした。それを受けてか、お節介に拍車が掛かった気がする。

 正直、夏織を好きになったかと言われれば、俺自身もまだわからないと答えるしかない。現時点では、人として好意を抱いているのははっきりしているだけ。

 

 あの時、そして今も、不器用な、緊張しているような、楽しそうな、意地悪な、心底嬉しそうな……その時その時でいろんな感情を秘めた笑顔に胸が高鳴るような感覚がある。これが恋だというのなら、おそらくはそうだ。でも、いわゆる吊り橋効果というやつみたく、単に初めての異性の友人だから緊張しているだけかもしれない。あるいは、刷り込み効果のそれという可能性も否定はできない。

 架空の恋愛しか見たことが無い俺は、一体どんな気持ち、気分になれば恋足るのかがわからずにいる。


「夏織、誘うんだよね」


「……一応、そのつもりではあるけど」


「まあ、どうせ私も誘うから夏織は来るんだけどねー」


「そういや、美咲はいいのか? 夏織と回らなくて」


「少しくらいは回りますとも。でも、私だってそこまで野暮じゃないよ」


 まるで俺自身にも行方知れずな心を見透かすように、それとも既に見えているのか、美咲は頬杖をついて神妙に笑う。


 夏織といる時の俺を傍から見たら、どんな顔をしているのだろう。夏織の瞳に映る俺は、どんな姿だろう。

 俺が見ていた世界は、こんなにも鮮やかだっただろうか。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 放課後に会議室代わりの教室へ集まり、学年順に前から座った三十六名、なお欠員ありの実行委員という名のパシリ。その記念したくない最初の仕事は「クラス企画取り」と「場所取り」。

 コンセプト、あるいは内容が被るようなものは原則認められない。良くも悪くも個性を尊重したこの文化祭では、自分のクラスが希望する出し物を行いたければ、この会議もとい争奪戦で勝ち取らなければ権利無しということ。

 室内のものは自分たちの教室で、屋外のものは会議で決定した場所で。特に屋外においては、出店する場所というのは非常に重要だ。

 その理由は、売上金の行く先にある。


 売上から経費を差し引いて、残る利益は学食及び購買部の割引券として生徒に還元される。

 例えば一万円の利益を出したとして、一クラスの人数はおよそ四十人で、一人当たりは二百五十円となる。その気になれば、一人あたり千円分程を稼ぐことも可能だ。

 これが会議室内に立ち込める殺伐とした空気の所以(ゆえん)である。


「それでは、文化祭のクラス企画、及び出店場所を決める会議を始めます」


 重ったらしい嫌な空気に切り込んだのは、我が校の生徒会長。

 どこぞの阿呆の貧乏ゆすりのせいで机の足から鳴っていた無機質な音が止み、我先に主張すべく前の席にずらりと並んだ頭が一斉に角度を上げる。


「えー、まずは希望の企画から――」


「二のB、メイド喫茶希望!」


「二のB、却下します」


「なんで!?」


「人の話を遮る奴に、喫茶店という貴重な枠は渡せない」


 会長の手厳しい一言に、二年B組の代表の一人はぎゃーぎゃーと喚き散らして馬鹿でかい声で文句を言い続け、一分と経たずに強制退出させられた。

 

 この会長、成績優秀で温厚かつ気配りもできる優男で有名だ。怒っているところなど見た者は少なく、女子生徒からは憧れの的、男子からも人望が厚い理想的な生徒会長。そんな人物が喉に鬼でも飼っていそうな声で非常識な馬鹿をばっさり切り捨てたわけで、俺から見える一年はすっかり怯えた様子。


 ただし、俺は知っている。とある本屋で、俺も好きな恋愛物の漫画を一切の躊躇い無く購入していた会長の背中を。


 その漫画ではヒロインが属するクラスのメイド喫茶で一悶着あり、そこへ主人公が登場してヒロインを助けるという、王道的テンプレ展開の作中屈指の名シーンがある。

 会長の異常な重圧感は、おそらく生半可な奴らにメイド喫茶という思い入れのある企画を任せたくない故だろう。

 わかる。ものすごくわかる。俺もあんな奴がいるクラスにはメイド喫茶をしてほしくない。


「会長、なんか怖くない?」


 声を潜めて話しかけてくる美咲も、怖がっている程ではないにせよ、あまりの気迫に少し気圧されている。

 

「コンセプトによっては喫茶店って目玉だからな。いい加減なことされたくないんだろ」


 あー、と二回頷いて納得し、寄せてきた顔を引っ込める美咲。

 馬鹿を引きずり出していった副会長の男が戻ってきたのを確認すると、会長は威圧するように一回の咳払いをし、さっき遮られた言葉を再度。


「まずは室内の出し物から聞きます。どうぞ」


 許可が出されると同時に、左前の一年C組辺りと思われる女子がおずおずと手を挙げる。が、会長が指名したのは俺の真後ろ、二年F組の男だった。


「二のF、メイド執事喫茶希望」


 大人げなくも一年をわざと萎縮させるように低く大きな声で、堂々とはっきりと述べられた。

 女子がそっと手を下ろしたあたりを見るに、おそらくは同じくメイド喫茶を希望するつもりだったのだろうが、運が無かったとしか言いようがない。


 実行委員には三つのタイプがいる。仕方なくなった者、自ら進んでなった者、そして望む企画をもぎ取る為にクラス全体から託された、いかにもプレッシャーを掛けられるような体躯の者。

 あの女子と俺は一だろうし、、美咲は二、後ろの奴は三。 一は経緯からもわかる通り気が弱いから、三に対抗するのはまず不可能。


「三A、メイド喫茶希望です」


「二のD、メイド喫茶希望っす」


 さすがと言うべきか、やはり定番のメイド喫茶は多い。当然ながら主軸となる女子からの反発もあったはずだが、メイドという男のロマンは強大な集客率を誇るため、利益の出しやすさを交渉の鍵にして丸め込んだのか。

 

「二のD、F、三のA。じゃんけんとくじ、どっちがいい?」


「じゃんけん」「じゃんけん」「じゃんけん」


 メイド喫茶を希望した三クラスの決着の術は、満場一致でじゃんけんとなった。

 窓から扉から完全に締め切られた教室の外、廊下の端から端まで響いていそうな無駄にでかい掛け声が緊迫感に圧された空気を突き破っていく。強く握り込まれた拳は三つ巴の形を好き好きに(かたど)り、幾度にわたって振り下ろされ――

 勝敗が決した時、一つの岩が二つの刃を粉砕し、地に捻じ伏せた。


「しゃあああああ!!」


 全身を以って歓喜するその男は、二のF代表。

 メイドだけに押し付けず執事もしっかりと取り入れているあたり、俺としては他二つよりは好ましい。会長も同意見らしく、望む結果になったと言いた気に一人頷く。

 第一希望を通せなかった残る二人は、そのショックからか、あるいは後に控える叱責の声を予見してか、机に額を押し付るように脱力している。


「どんどんいこうか。次の希望は」


 他、純粋に文化祭を良き思い出にしたいという意思の下決定したのだろうものも含まれるなか、お化け屋敷などの華の出し物はいずれも争いを巻き起こした。劇だけは内容が被らなければいいので平和だったが。

 敗者にも容赦無く進行していく会長の声は、ついに屋外の出店へ。


「じゃあ、屋外の模擬店を希望するクラスは起立」


 俺たち二のCも、これが狙いだ。

 理由は至って単純。最高のポジションと模擬店で確実に売れる物を獲得すれば、他のどんな企画よりも利益を出しやすいから。


 屋外の模擬店は一つ一つの規模が小さい分、一クラスから三つ程が出店される。

 過去最高の売り上げを叩き出した組み合わせは、焼きそば、ジュース、そしてオリジナルのスイーツ。特にオリジナルの評判が凄まじく、二日目開始から僅か一時間で在庫切れ、昼過ぎにようやく再開するも、終了間際にさらに完売という異例の大ヒットを記録した。その立役者である一人の生徒は、今は実家の菓子屋を継いでそこそこの収入を得ているのだという。


「四クラス、かな。まずは一のBから――」


 一年から二クラス、二年から二クラス、三年からは無し。三年は受験生ということもあり、A組はコンセプトを変更し喫茶店で粘ったものの、他は手間の掛からない展示などに占められた。三年が楽しむ側に回るのも定例だ。


 一のB、一のE、そして二のC、二のE。


「二のC、焼きそば、パンケーキ、クレープです!」


 とりあえず突っ立って存在をアピールするだけの俺の隣で、美咲が大きく声を張り上げる。一のBとは焼きそば、Eとはクレープが被っているというのに、全くの遠慮なしに堂々と。


「二E、焼きそばと飲料」


 その後続いた二年E組の主張によって、一気に緊張感が三つのクラス間に走った。

 焼きそばが三組、クレープが二組。両方共に取ろうとなれば、確率的にはあまり高いとはいえない。

 さて、どうするべきか。


「では、まず焼きそばから」


 メイド喫茶に倣って、口にせずともじゃんけんに定まった争奪戦の決着方法。これは望ましくない。

 俺はじゃんけんというものが苦手だ。なぜなら、そもそもやったことがほぼ無いに等しいから。

 じゃんけんが一概に運勝負ではないことは理解している。読み合いという心理戦の末に己の武器を拳に表す――それこそが、じゃんけんという古来より親しまれてきた遊びであり伝統ある戦い。

 人と関わることが少ない俺に人の思考など読めるはずも無く。


「佑、どっちやりたい?」


 愚問としか言いようのない質問に返す解など、これしかない。


「両方美咲に任せる」


 美咲の絡みつく視線くらい、負けたときに向けられるであろう責を問う視線に比べればなんてことはない。

 卑怯、というのは承知している。つまりは美咲に全てを押し付けるということに他ならない。だが、クラスの影的な俺とその逆の美咲であれば、負けた際の周囲の反応は違う。


「せっかくのチャンスなのに」


「いじめに発展するチャンスかよ」


「なんでそうひねくれてるかなぁ。ここで焼きそば取ればかっこいいと思うんだけどな」


「知るか」


 なんとか説得しようとしてくる美咲と押し問答を密かに繰り広げているうち、他二クラスから放たれた二人の猛者がこちらを睨み、会長が鋭く突くような目つきと口調で、


「二のC、あんまり遅いと不戦敗になるよ」


 しつこくまとわりついてくる美咲の声が射抜かれ、防戦一方の俺も攻め手が静まったことにより口を噤んだ。

 カタンと椅子の足が床を叩く音がして、美咲は無駄に行儀良く手を腿の上に重ね、足を揃えて、腹部と机の間に拳一個分の隙間を残して、手本のままの美しい居住まいを見せる。


「早くしないと」


「ええ……」


 目の前の光景に漏れ出た俺の驚愕を含む吐息など気にも留めず、この女ときたら淑女たる振る舞いで誤魔化そうとしている。

 あとで、絶対デコピンの刑に処す。


 つもりだったのだが、なんという番狂わせ――ではなくとも自分の期待を裏切り、難なく焼きそば権をもぎ取った。

 クレープも美咲が無事獲得し、さらに屋外希望の全クラスが全面衝突した二クラス限定の校門付近の使用権までも手に入れ、僅か七パーセント弱の確率で最高の結果を総取った二のC。


「いやー、まさか二連続一発勝ちとは。さすが、私が見込んだ男だね」


「見込まれた覚えは無いけど、俺が一番びっくりしてる」


「あの勇姿はちゃんと夏織に伝えとくから安心なされよ」


「言わんでいい」


 クラスの部活組除く者共に勝利を伝えると、拍手喝采を浴びた後すぐさま次なる仕事を与えられた。家庭科室の手配やら企画の詳細の記入報告やらに奔走し、準備期間初日から我ながら嫌々なってしまった便利屋役をよく頑張っていると自画自賛したい。

 今は、クラスの女子たちが作っている焦げ気味のパンケーキの試食までこなしている。正直言って普通の味。


「悪くはないけど、やっぱ至って普通を極めたごく普通のパンケーキだな」


「つまり普通のパンケーキね。別によくない?」


「いや、せっかく文句なしのポジションも取れたからにはこだわりたい」


「意外と熱いんだ」


「こんなめんどくさい役やらされるんなら、割引券千円分くらいじゃないと割に合わないからな」


「あはは、確かにー」


 端を切ってはちまちまと口に運ぶ美咲が笑いながら俺の言い分に同意する風に返してくるが、だからといって打開策を考える様子も無い。


 言ったところで所詮は高校の行事でしかなく、そこまで本気で取り組んだとて残るのは割引券少しと思い出。楽しければそれでいいのだろう。それにはまあ、十割まではいかずとも賛成だ。ただ、どの道俺には損が多い。なら精々むしり取ってやりたいものだ。


「で、ほんとは夏織にいいとこ見せたいとか?」


「否定はしない」


「お、結構素直な返事だ」


「俺なりに思うところもあるんだよ」


「案は?」


「ある」


 予想とは真逆と言いたげな顔の美咲。その反応は癪だが、もっともといえばもっともだ。

 美咲を含め、この中の誰もが知らない。実は俺が微々ながら料理スキルを持ち合わせていることを。


「みんなー、長瀬くんが提案あるって!」


「おい」


 それとなく提示するつもりだったというのに、本当にどこまでも空気を読まない奴がここにいるせいで、同クラスのパンケーキ担当女子数人の注目の的として晒されてしまった。

 平穏な高校生活をつつがなく送るには目立たないことが前提で、なんだかんだ今までは不本意な一つを省けば問題なく成せていた。それが、美咲と話すようになってからほんの一週間で何度クラス内の集団的視線が俺に向けられたことか。


 興味あり気な目、訝しむ目、十人十色な色の視線がこの貧弱な心身に刺さる。それでも、なんでもないと誤魔化すよりは幾分かましなはず。


「えーっと……生地に蜂蜜レモンを足して、リンゴジャムとかベリーを乗せるといいのでは……って思ったり」


 数人のグループは互いに目を見合わせたり、想像するように上方の空を見つめるような反応たり。様々な反応が無言で返ってくるなか、美咲の「いいね!」とSNSの投稿に対する反応ボタンを押した時に鳴りそうな軽やかな声に、一人の女子の声が続いた。


「私、ちょっと買ってくる!」


 視界の隅に映るぐっと立てられた親指に無性に腹が立つ。

 今ある材料は極最低限だけ。だからだろう、俺の提案を認めたと捉えてよさそうな買い出し宣言から家庭科室を飛び出していった女子が見えなくなると、せっかく逸れてくれた視線は再度俺の方へ。そりゃそうだろうが。


「長瀬くんって、もしかして料理できる人?」


「まあ、一人暮らしなんで多少は」


「おおー」


 小さな歓声を聞いて予見した。損を埋めようと得を求めた結果、さらなる損がこの身に降り注ぐ事を。

 

「他には何か無いの?」


「そう言われても……餅混ぜるとかくらいしか」


「あ、おもしろそう」


 墓穴を掘るとはまさにこの事か、ふと浮かんだ思いつきをまんま声にしてしまい、それを聞いた女子が何やら連絡を取り出した。

 この学校で唯一の友人である美咲から離れると気まずいからと、女子が集まるパンケーキ組に首を突っ込んだのが誤りだった。大人しく焼きそばでも焼いていれば、あるいはこうはならなかったのかもしれない。




 買い出しに走った女子が推定一、二キロの瓶多めな袋を提げて帰還し、その中身全てが俺の前に広げられた。

 レモン果汁、蜂蜜、リンゴジャム、ストロとブルーのベリージャム、あとなぜか生のリンゴ。追加のホットケーキミックスまでご丁寧に添えられて、周囲の期待が圧し掛かる。


「俺が作んの?」


「発案者だもの」


 身も蓋も無い美咲の一言に、女子共が一斉に頷く。

 ……逃げられる気配ではない。こうなってしまっては、できる限りを尽くすのがせめてもの最善策というものだろう。


「じゃあ、とりあえず」


 まずはリンゴを小さめの角切りにし、軽く火を通す。その間にホットケーキミックスと蜂蜜レモンを混ぜ、直径十センチ程度の小さめの円形でホットプレートへ。

 四枚一組で焼きあがったら、程良く柔らかくなったリンゴとジャムを乗っけて軽く蜂蜜をかければ完成。

 割と簡単、調理時間も短い。


「出来上がり」


「はやーい!」


 俺が早いのではなくあんたらが遅いだけだ、と突っ込みたいところを堪え、まとめて作った四人分の反応を待つ。

 突飛というわけでもないし、工夫と呼べる程のものでもない。だが、文化祭という場面においてはこれくらいがちょうど良い。伝説の売り上げ最高記録保持者がぶっ飛びすぎていただけの話。


「おいしい……」


「んー、悔しいけど負けだわ」


 いつから争いに発展していたのかは知らないが、まあ概ね好評なので良しとしよう。


「人間は均一とか単調な味に飽きやすいから、ジャムは実が残ってる方がいいかも。酸味には食欲増進の効果もあるから」


「なるほどー。……なんだかんだ乗り気だね、佑さんや」


「もうどうにでもなればいいさ。やったらぁ」


 本来、実行委員はクラスの方の仕事はあまり請け負わないはずなのだが、このあと俺の仕事が増量されたのは言うまでもない。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『美咲から聞いたよ。大活躍だったって』


『したくてやったわけじゃないけどな』


『楽しみだなぁ。エスコートしてね』


 「案内」ではなくエスコートと言うあたりが夏織らしい。らしい、なんて言える程の付き合いはまだ無いし、そこまで夏織の全てを知ってはいないが、そんな気がする。


「めんどくさい、って言ってた割には楽しそうじゃん」


「……まあ、な。頼られること自体は悪い気しないし。たまにはこういう事があってもいいんじゃないかって思ってる」


「そっか。それならよかった。無茶はしないでね」


「そんなの俺が一番したくないことだから心配無用」


 「それもそっか」とけらけら笑うセナ。月明かりに照らされる表情を言葉に表せば、それは寂しさと嬉しさ。昼休みや放課後も多少潰れるからセナと話す機会が減る。それを伝えたからだろう。


「忙しいだろうけど、頑張りなよ」


「ああ」


 この十七年で一番の大仕事を担ってしまった文化祭へ向けられた俺の心は、その日の睡眠を著しく妨げた。

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