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第4話 類が友呼び

 いつにも増して騒がしい朝だ。

 原因として当てはまるのは、昨夜以降から終始ハイテンションの凄まじい勢いでマシンガントークを繰り出してくるセナではなく、昨日の遅刻を教訓に普段より一本早い電車で登校した俺を包む校内の喧騒。

 いつもであればグループごとに違う話題、違う雰囲気で好き好きにホームルームまで騒いでいるのだが、今日はなぜか、そこかしこで同じ雰囲気が流れている。それは例えば、とある校内の有名人に関する噂のような。


 周囲の様子などまるで気にも留めず俺の聴覚を占領しようとするセナを制止すると、ようやく俺と同じ違和感を察したらしく、お得意の高感度マイクで盗み聞き。

 十秒かそこら黙りこくっているセナを眺めながら俺も耳を傾けてみたところ、聞いただけで気分が悪くなる固有名詞を三つと、一つの単語を得た。


 チャイムが教室内の全会話に割って入り、僅かに途切れた声の隙間を突いて担任が教室の扉を開ける。

 自分たち以外のことばかりを話題に挙げていた有象無象は皆一斉に前方を見つめ、教卓の前に立った教師が普段通りに着席を指示をする。

 そうして恒例の出席確認――とはいかず、担任は俺がついさっき聞いたばかりの言葉を使って、まだ朝に呆けている俺のスカスカな脳みそをどっぷり埋めてくれた。


「知ってる奴もいると思うが、一昨日に山岸と他二人が病院に運ばれて入院することになった。頭をぶつけて気を失っていたらしい」


 それが嘘だというのは、すぐにわかった。三人まとめてそんな偶然が起ころうわけもなく、、それ以外にもっとあり得る可能性に思い当たる節があるのは言うまでもない。

 おそらく、俺が当の三人に連れられていたことは、クラス内外の誰かから既に伝わっているだろう。呼び出しを食らうのは予想していたが、やはり面倒だ。


 担任から声が掛かったのは昼休み。その理由を知っているであろう奴らからの視線に晒されつつ、面談室に連行された。


「長瀬、一昨日の昼休みに山岸たちと何かあったか? 鼻血出して早退したみたいだが」


「何かって言われても、顔面殴られただけです」


「そうか」


 しれっと答えた俺にも一里くらいの非はあるのかもしれないが、そうか、の一言で済ませるのは教師としてどうなのかと思う。変に同情されたり追及されるのは御免こうむるので、そこは気にしない方向でいってくれることに文句をつけるつもりはないものの。


「やり返したりはしたのか?」


「三対一でやり返せると本気で思ってるんなら、そういうことなんじゃないですかね」


「……すまん。山岸たちと最後に会ってたのがお前らしいから、一応話を聞いておきたかっただけだ。時間取って悪いな」


「はあ」


 可能性としてはゼロじゃなかった『頭をぶつけて失神』という馬鹿げた話が真っ赤な嘘であることは、俺の心配をしているようで疑っているのが見え見えな馬鹿教師のおかげで確信した。

 ならば、直近に会っていたと思われる俺が真っ先に疑われるのは至極当然だし、事実そうだ。実際に気を失ったところなんて見てはいないが、ほぼほぼ俺が原因と見て間違いない。


 とはいっても、証拠も残っていなければ外傷も無い。手掛りといえば、俺自身のデイジーか、あるいは没収しておいたデイジーの二つだけ。家宅捜索でもされない限りバレはしないし、そもそもあのデイジー無くしては原因すらわからずじまいなのだから、俺が明確に容疑者とされるとは考えにくい。

 いやまあ、俺ごときの脳みそで完全犯罪なぞ実現できるはずもないのだが、最悪は今までの動画とクラッキングツール入りのデイジーを突きつければ正当防衛になってくれると思う。




「今どんな気持ち?」


「ざまあみろ」


「私も」


「俺にも同じことしておいて自分たちだけ入院とか、さすが自称強者様はレベルが違うわ」


「頑張って作った甲斐があったなー。ほんと、ざまあみろだよ」


 五分だけ奪われた昼休みの残りを中庭で過ごしながら、セナと二人でほくそ笑む。

 実は俺が犯人なんじゃないかという拍手喝采を送りたい名推理を所々で耳にしたのだが、「あいつが三人まとめて病院送りとかありえねー」と馬鹿にしているニュアンスでの否定も聞こえてきた。七十五日、もとい七十二時間もすれば噂も絶えると思われる。


 およそ十九時間振りにまともに成立したセナとの会話。その内容が穏やかではないのはこの際構わないとして、あいつらのその後を聞けたことで一旦はけりを付けることができ、なかなか悪くない気分で空の青さを愉しめている。


 そんな俺の視界を若干暗くする影が、寝転んだ頭元に立った。


「長瀬くん」


 俺の姓を呼ぶ声は、当然ながら聞き覚えなどありはしない。

 見下ろしてくる声の主を確認しようと目を上方に動かしてはみたものの、すぐさまその社会的危険性に気づき、仕方なく起き上がりながら首を捻って応答する。ついでにデイジーも外す。


「どちらさんで」


「えー、同じクラスなのに」


 同じクラス、と言われても。

 クラス名簿の憶えがある部分をぼやけ気味に脳内で再現するも結局何もわからずじまいの俺を差し置いて、女は俺の努力を全否定すべく答えを口走る。

 といっても、顔と名前が確実に一致しているのは「南雲武蔵」みたく少し格好の良い奴くらいなもので、どの道時間と糖分の無駄に終わったのだろうが。


「飯野美咲、その人です」


 そういえばそんな名前もいた気がする。確かに顔も見覚えが無きにしも非ず。

 飯野と名乗る女は、俺のパーソナルスペースなどお構いなしに三十センチにも足りない間を空けて、肩を並べるように腰を下ろした。すかさず何食わぬ顔でそっと尻の位置を移動させた俺を、飯野さんは何故といった表情で見つめてくる。

 不服。それは俺が聞きたいことだ。何故初めて話す男子の至近距離に座ってくるのか。勘違いさせることに悦びを感じる人種なのか。


「お礼言いたくてね、声掛けさせてもらったの。カオリのこと、助けてくれてありがと」


 語尾に被せる勢いで「人違いです」と話を終わらせるより僅かに早く、カオリという名詞に当てはまる人物、そしてその待ち伏せ発言が脳裏を過ぎった。これにて予定変更が確定。


「……こちらこそ、プライバシーを侵害してくれてどうもありがとう」


「いえいえー」


「いや褒めてないから」


「だよね」


 皮肉とわかったうえで乗ってくる意外と食えないお馬鹿面こそ、俺の個人情報を夏織に晒した張本人だ。

 なぜ俺の通学方法や最寄り駅を知っていたのかも含め、問い質す権利が俺にはある。

 ということで、まずは追撃で罪悪感を抱かせるところから始めようと思う。


「飯野さんが俺のこと夏織に教えたせいで、朝に駅で待ち伏せされたんだけど。めっちゃびっくりしたんだけども」


「あ――」


「しかもそのせいで昨日遅刻したし?」


「それはその……」


「他人の個人情報を勝手に教えるのは保護法違反で犯罪です」


「個人間であれば個人情報保護法の適応外なので罪に問われません」


「チッ」


「今舌打ちした?」


「してない」


「そっか」


 やはり馬鹿な振りして侮れない。ブラフで畳み掛けるつもりが失敗してしまった。

 元通りになった形勢を再度自分へ傾けるべく次の一手を考えていると、飯野さんは俺の方に膝を向け、草の上に正座し頭を垂れた。


「でも、嫌だったならごめん」


「いや、冗談。ほんとはもう怒ってないし、夏織とも仲良くなれたから」


 別に未だ怒っているわけでもなし、ちょっとからかってやろうと思っただけなのだから、急に真面目な様子で謝られてしまうと、こちらとしても調子が狂う。


 俺が一連の不毛なやり取りを否定すると、飯野さんはなぜか安堵ではなく興味的な笑みを浮かべながら顔を上げ、せっかく維持していた適度な距離をグイグイ詰め寄りながら、何やら昂った感情を声にした。


「もう名前呼び捨てにしてるの!?」


「えっと……まあ、流れで」


「流れってなに? どんな話した? 昨日どんな感じだった?」


「そんな前のめりに訊かれても」


「あ、じゃあ連絡先交換した?」


「一応。……ほら」


 怒涛の質問攻めから逃れる隙を作るべく、夏織とのトーク画面を開いた携帯電話を飯野さんの前に掲げてみせる。

 それをまじまじと凝視する飯野さんが「やるねぇ」と俺と夏織のどちらに向けてかわからない感心を口にすると、なんとも狙いすましたようなタイミングで新着メッセージを知らせる通知音が鳴った。

 内容を確認しようと腕を引っ込めるなり、飯野さんの顔が連動するようについてきて、画面を横から覗き込む。いや、これは気にすまい。夏織のメッセージの解読に集中すべし。


『今暇かな?』


「ほほう」


 隣の思春期男子の跳ね上がる心拍数など構うことなく、あるいは気づいたうえでなのか、飯野さんは意味ありげににやりと笑う。

 さてどうしたものか、下手な返信をするとさっきのしっぺ返しを食らいかねない。とりあえずは無難な文章を心がけよう。


『暇。すっごい暇』


 思わず時間を稼ぎたいという本心が出掛かってしまい、強調された文になってしまった。おかげで飯野さんが「えー、そんなに夏織と話したいんだ。私のことはお気になさらずー」などと最高にうざったらしい口調で俺を小突いてくるではないか。


『特に用ってわけじゃないんだけどね』

『今日あの時の四人とばったり鉢合わせちゃったんだけど、私の顔見てすぐ逃げちゃった』

『なんかスカッとしたからもう一回お礼言いたくなったので連絡しました。ありがとう!』


 俺が相槌を打つ間もなく並んだ三つの吹き出しから、夏織の高揚した気分がなんとなく垣間見える。

 そんな雰囲気に釣られているのか、俺の隣で上がる「おー」「へー」「うひひ」と気色悪い声に鼓膜を撫でられながら、『それはよかった』と当たり障りのない返事を送信した。


「長瀬くん、ほんとにありがとう。あと、夏織と仲良くしてあげてください」


 この数秒に一体何が、と思わざるを得ない程に打って変わった飯野さんの声色、至って真面目な顔。それらが、心から夏織のことを大事に思っているのだと俺に伝えてくる。


「言われなくてもそうする」


 澄んだ空気の中、どうにも主導権を握られているような今の状況が気に食わなくて、俺は指を走らせた。リスクは低い賭け。


『実を言うと、今飯野さんと一緒にいる』

『夏織のことありがとう、仲良くしてあげてって言われた』


 既読はついたものの、返信は来ない。と思いきや、横でわーわー騒ぎ立てて苦情を入れてくる飯野さんの横腹部に付いたポケットから、ピロンと軽やかな機械音。

 

「ほらぁ、怒られた。でもかわいいなぁ」


「あー、もしかして飯野さんもそういうの好きな人?」


「だって、夏織ってば反応がおもしろいんだもん」


「確かに」


 飯野さんとは仲良くなれそうな気がする。


 友達の友達という一般的な交友関係の広がり方の一つの形で新たな連絡先が空白を埋め、その中心にいる夏織の知らぬところで、飯野さん改め美咲との間に密かな関係が築かれた。

 無論セナには釘を釘で打つ勢いで念入りに口止めをし、代わりとしてセナのアカウントも含めた三人のグループトークが誕生したのである。

 なお、俺の中では美咲に《距離感淫魔》の二つ名を与えた。


「で、なんで俺が使ってる駅知ってんの?」


「だって同じ駅だし、あそこからこの高校に通ってる人ほとんどいないから覚えてたのですよ」


 驚愕の事実――という程でないが、それなりには驚き。

 そういえば、あの時は私服で手掛かりなんてものは皆無だったというのに、なぜ俺という人物まで辿り着けたのか不可解で仕方がなかったのだが、もしかすると、本当に偶然に偶然が重なったのではないか。夏織が美咲に「今日こんなことがあって」と話したら、美咲が奇跡的に登場人物を知っていたという具合の、あまりに突飛で信じ難い偶然。


「ちなみに知ってると思いますが、夏織も方向は逆だけど同じ駅です。私いつも会ってます」


「まじか」


「あ、知らなかったんだ」


後に聞いた話、驚くことに中学も同じだったそうだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなこんなで夏織と美咲の間に一悶着あったそうで、その一部始終を秘密のグループチャットにて共有された夏織に少し申し訳なくも心躍る一晩を過ごした翌朝。もう五分早く家を出て駅で二人と顔を合わせた後電車に乗り込むという、味気なかった日常へ薔薇色の一コマが加わったそのさらに翌日。

 怒涛の一週間を乗り越えた土曜日の今日。部屋でセナの話を右から左へ受け流しながら適当な相槌を打ちつつ、ゲームに目を釘付けて暇を潰す俺のそばに置かれた携帯電話が、ふと時間を確認しようとした刹那、夏織からの着信を知らせた。


 所々に埋め込まれるようになった絵文字が彩るトーク画面では、明日も明日とてそうなる予定だった灰色の週末を侵さんとする疑問文が、昨日交わした無機質な会話履歴を一つ押し上げている。


『突然ごめん、明日って予定あるかな?』


 男女間における相手の休日の予定を把握しようとする連絡が何を意味するのか。そんな問いへのテンプレート的解答は、俺が生まれるより前から確立されている。


「これは、デートのお誘いだね」


 俺の脳内で無意識的に拡大していく妄想内で行われる行為を表す誰でも知っている名称を、さも名推理を披露するかのように誇らし気な顔で伝えてくるセナ。

 こちとら異性関係の経験など無いに等しい思春期真っ只中の男子高校生。いちいち言葉にされてしまうと、嫌でも心臓が高鳴り緊張してしまう。


「ただ単にセナと三人かプラス美咲と四人で遊ぼうっていう可能性も」


「いやいや、これはデート――」


 期待していないといえば嘘になるが、やはり確証が無いうちは思い込みたくないために別の可能性を挙げる。それを否定しようとしたセナの声を遮るように、再度通知音が狭い部屋に響く。


『もしよかったら、二人で遊びませんか』


 夏織の意思を示すメッセージは、セナの主張を肯定し、俺のその他可能性をぶった切った。絵文字無しで敬語である点から緊張しているように取れなくもない文面に益々妄想が膨らむ俺の横で、セナは「きたー!」と数に入れられていない可能性が高いくせにやたら嬉しそうに騒ぐ。


『セナも連れてく?』


『できれば二人きりで』


 念の為に確認を取ってはみたものの、その回答はいっそうセナの気分を盛り上げてしまったもので、これは紛れもなくデートのお誘いと受け取っても文句は言われないだろうことは、現時点を以って疑う余地が無くなった。

 

 あまりにもセナが騒がしくて、デイジーを外しもう一度画面をまじまじと見つめる。

 程なくして『うるさくしないので私にも見せてください』と反省を示すセナからの懇願が届いたが、未読スルーを決め込んだ後、しつこいので非表示設定にした。


『わかった』『時間と場所は?』


『1時に駅前でどうかな』


 ラジャー! と書かれたスタンプに既読が付き、会話というか連絡は途絶えた。




 一息ついてセナの非表示設定を解除すると、その間に送られてきたメッセージ数、実に四十強。『お願い』『見せて』『うるさくしないから』『私たちパートナーだよね?』以下繰り返し。ヤンデレさながらのトーク画面から、気持ち悪いまでの必死さがうかがえる。


「そんなに色恋沙汰に首突っ込みたいか」


「だってぇ……」


 ベッドにもたれ掛かり、スピーカーモードにしたデイジーを頭の横に置く。そっと覗き込むんだセナは項垂れて正座をしているが、後ろのわざとらしい桜エフェクトが台無しにしている。

 ただ、骨ではなく空気を伝って届くセナの声は、心配とか、不安とか、喜びとか、そんな感情が混ざりあったような。

 

「……今までさ、友達とかと遊ぶなんて無かったじゃん。それもデートだし、なんか嬉しいんだよね」


「なんでお前が嬉しいんだよ」


「いやー、我が子が彼女連れてきた、みたいな」


「お前は俺の親か」


「じゃあ、ギャルゲ主人公がヒロインと結ばれた時の親友キャラかな」


「なるほど」


 実にわかりやすい例えだ。もっとも、まだ恋愛云々に発展すると決まったわけではない。俺は男女の友情があると思っている派だからだ。


「夏織のこと、どう思ってる?」


「普通にいい子だし、まあ好印象とだけ」


「女の子としては」


「まだなんとも。数回顔合わせて数日連絡取りあってるだけだし」


「楽しみ?」


「多少はな」


「ねっ」


「なに」


「がんばれよ」

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