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第2話 因果と呪いは

 きっかけは至極単純でくだらないものだった。

 廊下の曲がり角で運悪くぶつかってしまい、おそらく推定二百グラムを支えるには込める力が不十分だったのだろう、衝撃で中身がまだ残っている缶を足元に落としてしまい、器の小さな自己肯定感過剰な時代錯誤不良の三人に目を付けられた。

 たったそれだけの、五百円と三十分あれば解決できるような些細な出来事。




 朝。泥まみれの輝きに満ちた朝だ。

 普段起きる七時過ぎより騒がしい鳥の声が、徹夜明けの耳をいっそう激しく刺激する。いつもより少し早い現時刻に、すっかり寝坊助になった十月の朝日がようやく姿を晒し始めた。


 プログラミングの知識など皆無な俺は、当然のようにほぼ全ての作業はセナに任せっきりだった。唯一できた役割といえば、デイジーのバッテリー残量を監視することくらいだ。

 朝日を見るとなんとなしにしたくなる屈伸で血を巡らせる俺を尻目に、セナは今現在もプログラミングに集中している。

 一般向けのAIではやはり処理速度に限界があって、クラッキング対策に思いの外手こずっている様子。その頑張りに密かな敬意を表しつつ、パソコン横の作業中という看板にもたれ掛かって英数字を猛烈な勢いで羅列するセナをぼんやりと眺める。


 この調子だと、始業に間に合いそうにはない。もっとも、元より今日は休むことを前提として徹夜したのだから、特にどうというわけでもないのだが。

 今日休んでおいて明日学校へ行けば、あのクズ共はなんの警戒もせず、死にかけの虫を見つけた蟻のように群がってくるだろう。そして、毒を持っているとも知らず巣に持ち帰って全滅させるのだ。

 

 データを共有したとしても、相手が実際に見えているのかを直接確認する手段はない。だから、あいつらはきっと、俺がもうナイフなんて見えていないことも知らず、虚無を握った拳を俺の腕すれすれに突き立てる。

 あとは簡単、逆にクラッキングして今までの報復をしてやれば計画は完遂。

 俺はされたことを等倍返しする主義だ。泣き寝入りなんてもっての外だし、倍返しもフェアじゃない。これにはセナも同意してくれて、クラッキングツールの解析ついでに、こちらが主導権を握れるよう改造を進めてくれている。




 七時過ぎに学校へ欠席の連絡を入れてから一時間。三袋目のインスタントラーメンと三本目のエナジードリンクを空け、健康面に僅かな不安を抱きつつ胃に流し込んでいると、空気が弾むような軽やかな音とともに作業中の看板が消失した。


「やっと終わったぁ」


「おつかれさん。首尾はどうよ」


「ばっちり。今すぐにでも使ってやりたいね」


 意気揚々とガッツポーズをしてみせるセナ。なんだかんだ、セナ自身も多少なり鬱憤を溜め込んでいたのかもしれない。

 それを晴らす明日が、俺もそれなりに楽しみだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 待ちに待ったその翌日の昼休み。

 無事完成したあと、血中のカフェインが半減した十二時頃に意識を手放し、目を覚ましたのは今朝の肌寒い四時頃。十分すぎる睡眠と愉快な気分によって柔軟な心持ちで登校した俺は、あの三人を視界の隅に捉えながら下卑た呼び声を待っていた。

 弁当を広げた俺の机を蹴り飛ばし、栄養源が雑菌の餌となるよりに早く胸倉を掴み上げ、有無を言わさず椅子から引きずり下ろす。背中を殴られ脚を蹴られながら連れられる先は、やはり体育館裏。変わらない姿の背たかのっぽの木が佇んでいる場所で、毎度毎度飽きない奴ら。ワンパターンすぎてそろそろマンネリというものだ。


 そういえば、初めの頃は階段の踊り場とかトイレとか、もう少し人目につきそうな場所で構わずされていた。

 それが少し経って、体育館裏に固定されるとともにエスカレートし始めて。目撃した誰かが教師に報告した、あるいは直接注意でもしたのだろう。万が一後者だとしたら、その人物に危害が及んでいないことを祈る。


 いや、今はどうでもいいか。


 あえて切っておいた俺のデイジーを無理やり起動させ、見えない画面を撫でて操作する一人。その画面に表示されている接続完了を知らせる通知が偽物とも知らずに、自分が圧倒的優位にいると勘違いをして、まるで全人類の王にでもなりきっているような気色の悪い笑みで俺の眼を汚す。


 そうしてお約束通り、少し隙間を空けて握られた拳が、俺の眼前に押さえつけている腕目掛けて一直線に振り下ろされた。


 現時点をもって初めて思い通りにならなかった顔ときたら、無様滑稽極まるものだ。

 空を突き立てられた俺の顔は表情一つ変わらず、空の青に自分の今の気分を乗せている。いや、もしかすると、心の底から沸き上がるお世辞にも美しいとは言えない感情が漏れ出ているかもしれない。


「おい、どうなってる」


 状況を把握できていない馬鹿丸出しな顔を見てしまい、もう笑いを堪えることができなかった。

 俺の声は、過去最大の大きさで、過去最高に醜いものだったことと自分でも思う。


「セナ、頼む」


 俺の一言で、セナは素早く相手三人の懐に滑り込む。

 「は?」という相も変わらず頭の悪い返答が返ってくると同時に、この場にある四つのデイジーは強制的に接続された。


 俺に馬乗りになっている一人が、まだ笑いを抑えきれない顔面に強く握り締めた拳を叩きつけた。鼻頭から後頭部まで重い衝撃が走り、束の間息が止まる。そんななかでも、天敵から獲物へ堕ちたたいそうお怒りの不細工な顔皮だけは、霞む視界でもはっきりと捉えられる。

 後ろに控える二人は今から俺が何をしようとしているのかを既に理解している様子だったものだから、その通りと教えてやる代わりに、俺は自分の目で自分の手を捉え、握り締めた架空の刃を眼前の的に突き立てた。


 何が起きているのか、それを認識するまでの間をおいて、一昨日に見た俺の醜態と同じような声が響き渡る。

 今の俺はどんな顔をしているだろうか。

 鏡なんて見るまでもない。


 耳元で騒ぎ立てるけだものの声にかき消されそうな、小さな悲鳴が聞こえた。

 体に圧し掛かる重みを振り解き、生まれたての小鹿のように足を震わせている声の主の髪を掴み上げる。わざわざ腕を本人の顔の前に持ち上げてやって、目を閉じる判断を下す間など与えず、血管を両断するように狙い澄ましてナイフを刺した。

 耳障りな二重奏が風の音に混じり合う。

 汚いBGMを聞きながら、一人逃げようと必死に走る最後の獲物の背を全速力で追いかけ、襟を引いて地面に捻じ伏せ、後頭部を踏みつける。

 短く切り揃えられた髪を流さないよう隙間なく握り締め、持ち上げた顔面のそばに同じように腕を刺し出させ、もう一度。

 実に汚い三重奏の出来上がりだ。


 最初の獲物となった一人がのたうち回る元へ、他の二人を引きずり戻した。

 もはや俺の事など眼中になく、うめき声を仲良く重ね合わせている。

 少しばかり反応が大げさなんじゃないか。他人にはへらへら笑いながらやっていたのだから、もう少し男らしく耐えればいいのに、一昨日の俺の比じゃないくらいに騒ぎ立てて。

 そんなに痛がったって、どうせ誰も助けてくれない。


 さてどうしたものか、なんて考えるまでもない。今までにされたことをそのまま返してやるだけだ。

 釘を打つようにしてナイフの柄を石で叩く。ナイフごと腕を踏みつける。刺さったままのナイフを蹴り上げる。もう片方の腕にも突き刺す。

 改めて客観的に見てみると、拷問以外の何物でもない。こんなおぞましい行為を平気でしていたのかと思うと、ますます復讐心を掻き立てられるばかりだ。

 幸い、今目の前に、俺の足元に、その対象が転がっている。




 吐いて、吐いて、吐いて、吐いた。

 朝起きてから何も食べていなくて、出たのはひたすらの胃液とついさっき一つだけ噛み砕いた卵焼き。

 セナが声を掛けてくれているようだが、骨を伝う自分の喘ぎが邪魔をして聞き取りにくい。


 アドレナリンだかなんだか、とにかく昂った感情のおかげで思い出さずに済んだ分だけ、今になって強烈に蘇ったというわけか。


「大丈夫……?」


「……なんとか。思ったよりえぐかった」


 憎悪のおかげで実行できただけで、本来の俺に人を傷つけるような真似をする度胸は無い。もちろん悪い意味で、だ。報復を終えた今、俺は元の臆病者に逆戻り。

 あいつらの断末魔とか狂乱の表情とか、そんなものに興味など抱いてはいない。ただ、恐怖の記憶だけが心を侵食する。


 何はともあれ、あいつらはもう俺に手を出そうとは思わないはず。残る問題としては、もしあいつらに何かが起こった場合、容疑者として真っ先に白羽の矢が立つのが俺だということ。こればかりは覚悟していたことだが、セナの機転で過去の事情は全て録画してあるし、クラッキングに使われていたデイジーは没収しておいたから、最悪はそれらを証拠として提出すれば正当防衛になる。

 今の時点で俺から訴えたところで、どうせなあなあにされるのがオチだ。向こうが自分たちのことを棚に上げて自滅してくれれば、証拠持ちのこちらとしては都合が良い。


「今日はもう無理しないで、ゆっくり休も」


「まあ、元よりそのつもりだけども」


 俺の返答を聞いて、セナの表情には安堵が滲む。

 晴れやかとは到底いえないが、苦痛から解放された俺の今の気分は、くだらない思考に脳容量を割けるくらいには悪くない。


 デイジーの名付け親は、こんな事態を引き起こしていると知っているだろうか。もし知っているとしたら、はたしてどんな思いだろうか。


 確かに、デイジーの開発によって人々の精神上に少なからず良い効果が表れたのは事実。デイジーの視界内で犯罪が起きた場合、あるいは自分が被害にあった場合に即座に通報される仕組みのおかげで、多少治安も良くなった。今回みたくクラッキングされてさえいなければ、だが。


 刃物が生まれた時から、それを使って人を傷つける奴はいただろう。そんな人間という生物の社会では、どんな優れた技術も悪用されてしまう。

 仕方がないとは言いたくないが、避けられないのは事実。結局は自分で身を護る他に無い。あとはせいぜい神頼み。


 しかしながら、セナが組んだセキュリティプログラムをここでお役御免はもったいない気がする。

 良心なんて自分で言うのはこっ恥ずかしいものの、どちらかといえばあいつらみたいなクズへの復讐として、同じ境遇の人に配るのはありかもしれない。


「なあ、このプログラム配布できたりする?」


「そういうと思って準備済みです」


「さっすがセナさんかっくいー」


「ふははは、もっと褒めるがよいぞー」


 これでもかと誇らしげに鼻の穴を俺に晒すセナ。期待を裏切らない有能っぷりに、思わず流れで拍手してしまった。

 物理的な暴力に対してはなんの効果もありはしないが、デイジーによって加速した拷問じみたいじめの少しくらいは軽減されることを祈る。解決できるかどうかは、やはり本人とその周囲次第だ。


「早速アップしとくね。それっぽい掲示板に片っ端から書き込んどく」


「いじめ相談所とかに提供できればいいんだけど、明らかに怪しいよなぁ」


「そだね、今は様子見た方がいいかも」


 セナの同意を得て、とりあえずはこれで一件落着。

 別に正義の味方を気取るつもりはないけれども、今日くらいは浮かれさせてほしい。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 今日もまた例に漏れず、さぼりという通常運転。少し違う点を挙げるとすれば、一度家に帰って着替えた後気の向くままに河川敷を散歩していること。

 住在地から一駅隣のこの場所は、俺のお気に入りの散歩場所だ。俺を知っている奴はいないし、水が綺麗で癒される。

 昼過ぎの風を浴びながら寝るにも、ぼんやりと景色を眺めるにも絶好。クロスバイクでくれば軽い運動にもなる。


「今日は一段といい気分だなー。これで怪我が無ければもっと清々しいんだけど」


「治ったらまた来ればいいじゃん」


「今この時だからこそだって」


「逆にその怪我があるから清々しいんじゃない?」


「それはそうかもだけど、なんか癪だから却下」


 俺の方を向いたまま後ろ歩きで二、三歩先を行くセナは、理不尽に意見を否定されてぶーたれる。なぜか季節にそぐわない純白のワンピースを着て、低く整えられた草々と日の光に煌めく川を背負って、ひまわり畑の写真に感じるような、懐かしく感じる雰囲気を纏う。

 周囲のコンクリートを切り取れば結構良い絵になるだろうなって、つい美的感覚をくすぐられる光景だ。

 これが俺にしか見えていないのかと思うと、優越感で頬が緩みそうになる。同時に、仮想のものだと思うと儚く寂しい気もする。


「なあ、セナには自分の姿って見えてないんだよな」


「そりゃあね」


「そっか」


 深い意味は込めず、ただ俺が見ている情景をセナにも見せたくて、セナの目でもあるカメラのシャッターを切った。

 俺が見ている景色は、レンズに映る世界しか見ることができないセナには見えない。だが、デイジーで撮った写真にはARが反映される。ただなんとなしにそれを共有したいと思って、今しがた撮影した写真を開き、セナに確認を促す。


「綺麗だろ」


「……それを私に聞くかなぁ」


 難色を示す声色とは裏腹に、セナの顔はほんのり赤く綻んでいる。それをからかい混じりに指摘すると、「夕日のせいだし」なんて的外れに尚早な理由で否定した。




 そういえばさー、でさー、あとさー、あーそうだ。粗末な前置きで次から次へと話題を変え、ぽつり佇むベンチを無視して草の上に座り、ふと意識して見るとさっきより伸びている影を眺めては、中身の無い会話で時間をすり潰した。

 ついでに「なぜ季節不相応なワンピースなのか」という家を出てからずっと抱いていた疑問をぶつけてみたが、これまた特に理由は無いそうだ。


 青春の浪費という贅沢な行為を存分に堪能し、せっかちな日が落ちる前に帰宅すべくクロスバイクのペダルに足を掛ける。前方の安全を確認しようとまっすぐに上げた俺の視界に、不自然な群がり方をしている複数の人影が小さく映った。

 誰かさんが撮影した動画のおかげで、第三者視点から見てそれがどんな風に映るのかはよく知っている。

 

 偶然か、はたまた運命か。

 類は友を呼ぶというが、この場合はなんと例えるのが最適だろうか。簡潔に言い表すならば呪いの類にも近い。


 正直もう関わりたくないのだが、そんな俺の臆病心を隅々まで塗り替えた一つの色は、せっかく晴らすこと叶った憎悪のそれである。

 お門違いな復讐に再度身を焦がした俺が取った行動など、俺という人格を知る者なら容易に想像できそうだ。


「おい」


 俺にしてはドスの効いた低い声に自身も驚きながら、河川敷の上を走る橋の影に自分の影を重ねた。

 取り巻き三人も、踏み倒されている一人も、主犯格と思しき弱者の口を塞いでいる一人も、その場にいる女五人全員の視線がもれなく俺に向けられ、


「なに?」


「何やってんの。いじめ?」


「は、違うし」


「じゃあ何」


「お前に関係ねーだろ。きもいんですけど」


 俺が突っ込むのもどうかとは思うが、口の悪さから育ちの悪さが滲み出ている。

 初対面相手に三言目で罵倒というのは頂けないので、


「お前の方がきもいわ、ブス」


 なんて、こいつらみたく精神的に弱くて幼いくせに人を見下すのが大好きな奴らの、その熱い心をあっという間に自分に釘付けにさせる一言を条件反射で返してしまった。

 結果オーライ、悪くない。


 大げさな舌打ちをして、主犯格のブスを先頭に残りも金魚の糞よろしく俺の方へ歩いてきて、内の一人は見覚えのある操作をする。

 空を握る動作、押さえつけられた弱者の地獄を拒否する死者のような眼。そんな光景を見ながら声を掛けたのだから、今から何をするつもりなのかなんて、手に取るようにわかる。


 ただ一つ、こいつらはあの三人より圧倒的に知能が低い。偏差値はきっと十もないんじゃないか。

 にやにやとピエロみたいに口角を吊り上げる顔面に、男女平等主義者の俺が取った行動は一つ。セナの名前を呟き、三秒後くらいに俺が食らう予定だった架空のナイフと同じものを、眼球に突き刺すつもりで振り下ろした。


 「ひっ」と性格に似合わずかわいらしい悲鳴は置いてきぼりで、その出所は俺の足元に崩れ落ちた。

 狙いやすくなった的目掛けて、今度は地面に擦らせた足を振り上げる。といっても、別に本気で蹴るつもりなどありはしない。バランスを崩して腹部を踏みつけてしまったが、これは失敬。


 あとは砂だらけになった女の服を見て、その無様さへの嘲笑を浮かべながら顔を正面に向けるだけ。これでヤバい奴の印象を植え付けられただろう。


 失礼極まりないことに、俺の顔を見たブス四人は必死こいて背を向けた。

 

 つくづく、己の臆病さが情けない。

 顔面を蹴り飛ばせればこんな消化不良な気分にはならなかったかもしれないのに。……まあ、それはさておき。


「繋いで」


 簡潔かつわかりやすく、デイジーの共有申請とともに目元を指し指示を送る。怪しさ満点、でも今の彼女なら疑う余裕は無いと踏んでいたのだが、予想以上にあっさり接続されてしまう。

 あまりの無警戒さに内心苦笑いしつつ、無言で俺の方を見る女へセナお手製のセキュリティプログラムを送信。弱々しい体躯を見下ろしながら「怪我無い?」と簡潔に気遣ってみたり。ふと差し出そうとした手は、気づいてすぐに引っ込めた。

 首を縦に振って立ち上がる女の顔を見ながら、微妙な空気になる前に一言。


「それ、よかったら使って」


 ろくな説明もせず、さっさとクロスバイクに跨った。




「よかったの? もしかしたらイイコトあったかもしれないのに」


「そういうのは求めてないし。自己満で十分」

 

 悪戯心を剥き出しにからかってくるセナの問いを適当に受け流し、浅い自己満足に浸る足でペダルを回す。


 正直、ちょっと漫画の主人公にでもなったような気分だ。いじめられっ子が強くなって、他のいじめられている女の子を助ける。その女の子から見れば、俺はさながらヒーローのよう。

 ただ、そこから色恋に発展するかもなんて淡い期待を抱こうとすら思えないのが少し残念に思う。

 要因の一つとして思い当たるのは、もう一つのありがちな展開が想定されるから。

 

「偽善もいいとこな気はするけどな。単にひっ掻き回しただけかもしれないし、解決できるかは結局本人次第だし」


「そうだねぇ。私の制止も聞いて、もう少し考えて行動してほしかったかなー」


「それは謝るけど、ほんと頭に血が上ってたんだよ」

 

「わかってるよ。せめていい方に転がるのを願お」


 セナなりに不安を取り払ってくれようとしているのはわかるが、俺は他人の意見を聞くだけ聞いて参考にはしないタイプの人間だ。つまり、励ましなど昔はやった水素水程の効果もない。

 代わりといってはなんだが、そこそこの癒しが欲しい時に俺がセナにせがむのは、歌だ。俺が好きな曲を、セナに歌ってもらう。

 これがまた結構なもので、絶妙に耳をくすぐるセナの声は、どんなリラックス効果を謳った音楽よりも安らぎを与えてくれる。

 科学技術さまさまだ。


「セナ、帰ったら歌聴かせて」


「しょーがないなー、一曲だけね?」


 一曲だけと言いつつ、毎回うまくおだてれば三曲くらいは歌ってくれる。

 俺の褒め文句に気を良くして熱唱するセナは、俺が密かに録音していることに未だ気づく気配が無い。

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