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エピローグ

 ほぼ二十四時間丸ごと寝ていなかった俺と夏織、特に泣き疲れた夏織は気がつけば熟睡していて、朝起きてから鼓膜を揺らした第一声は俺たち二人のどちらでもない。


「おはよーございまーす……肌を重ねて眠った感想を一言お願いしまーす……」


 美咲でもなく、夏織でもなく、セナはまずありえない。じゃあ、この声の主は――


「うちの妹を泣かせたあとに抱いた感想をお願しまーす……」


 嫌味ったらしい、夏織とはまた違った穏やかなサディスティック発言。寝呆けた目がぼかす夏織の面影。でも、夏織は腕の中。……?

我ながら突っ込みどころ満載にも程があると突っ込みたくなる状況。顎をくすぐるさらさらの髪といい、こんな時ですら癒しを感じる寝息、包んでいるのか包まれているのか、とにかく全身に感じる柔らかな感触。

 あと、なんで地べたに寝ているのやら。


 眩しさに細めた目が次第にはっきりとしてきた。ついでに、この状況もはっきりした。


「おはよう、夏織の彼氏くん。妹の柔肌はさぞかし気持ちよかったことでしょうねぇ」


「お……はようございます。夏織のお姉さん」


「あれ、私のこと知ってるんだ」


「姉がいるとだけ」


「そっかぁ。じゃあ、気軽にお()()さんって呼んでくれていいよ。あ、名前はねぇ、舞う冬でマフユ。よろしくー」


「長瀬佑です。人べんに右でユウ」


「佑くんね。しぃーっかり覚えました」


 夏織の姉、もとい舞冬さんを一言で表すとすれば、おそらく夏織と美咲の性格に少なからず影響を与えたと思われる人物。積極性はまさしく夏織の姉って感じがするし、話し方やイントネーション、からかい好きそうなところは美咲とそっくり。


「訊きたいことはいろいろとあるんだ、け、ど……とりあえず夏織起こさないとねー。どれ」


 横向きに寝転がる俺の正面、つまり夏織の背後にしゃがんだ舞冬さんは、俺と夏織の体の隙間に手を捻じ込み少しまさぐって位置を確認すると、ある一点を指先で撫で始めた。

 夏織は小さく息を漏らしながら脚をもぞもぞと動かして抵抗するも、眠っていては起きている人間に勝てるはずはない。


「夏織って内腿弱いんだよねぇ。だからあんまり脚出さないの。せっかく綺麗なのに」


「はぁ……」


「もう触った?」


「触ってないです」


「じゃあ今触ってみようか」


「夏織に許可取ってからなら」


「ほう、お盛りさんかと思ったら意外と真面目くんだったか。第一印象は当てになんないね」


 今の状況を見れば無理も無いけれども、どうやら事後に見えていたらしい。なおこの間に夏織からの脱出を密かに進行していた俺の体は、舞冬さんから逃げ出そうとする夏織にいっそう掴まれてしまう。

 

「ん……んん……?」


 小さく喉を鳴らした夏織の目が微かに動いた瞬間、舞冬さんの手は素早く引っ込んだ。

 今の状況なんて知る由も無い夏織は、おそらく視界全面を覆っているだろう俺の胸部を親指で軽く押し、全貌を確認しようとしているのか、俺の顔を見上げてくる。


「おはよう」


「――はえっ!?」


 夏織は素っ頓狂な声を上げて飛び退き、ベッドに背中をぶつける。結構に派手な音がして仰け反り、寝起きプラス謎の状況プラスベッドに直撃した腰に、感想を一言。


「いたい……」


 痛みが勝ったらしい。


「おはよ、夏織。佑くんがいやらしい手つきで太腿撫で回して息荒くしてたよ」


「えっ」


 息をするように吐き出された舞冬さんの虚言を、頭が回っていない夏織は馬鹿正直に受け止め、痛みそっちのけで腕を腿に挟みながらこちらを見る。


「違う違う! それやったの舞冬さんだから!」


「おや? 濡れ衣着せようとはいい度胸だねぇ」


「……出てって」


 俯いて、小さいながらも力の篭った声。間違いなく、夏織はお怒りである。


「佑くん、出ますよー」


「出ていくのはお姉ちゃんだけ!」


「……はーい」


 渋々背を向け出ていこうとする舞冬さんを目で追っていると、隣の夏織が何かの動作を始めた。

 親指を舞冬さんの脚辺りに向け、どこにあったのか輪ゴムを爪に掛け、逆手で目一杯引く。

 輪ゴムを掴んだ親指と人差し指が離れた時、パチンと音を立てた輪ゴムが弾け飛び、舞冬さんから「いたっ!」と別段かわいらしいわけでもないが、第一印象的になんとなくかわいいように思える悲鳴が上がった。


 足元に落ちた輪ゴムを拾い上げた舞冬さんは、扉の外に足を出した直後に素早い動作で撃ち返し、夏織の反応にたいそう誇らしげな顔で退室。距離が離れていたおかげか、そこまで痛そうではなかったが。


「仲いいんだな」


「それなりには。……えっと、一応訊いていいかな。変なことしてないよね?」


「断じてしてない」


「だよね。うん、信じてた」


 一瞬疑いの眼差しを向けられたと思うけど、あえては言わない。

 あのあとは結局会話も無しに寝落ちしたし、なぜか抱き合って寝ていたこと以外には何もおかしな事態にはなっていない。問題ない。


「……えっと、いつの間にか寝てて言えなかったから、今言います」


 何を藪から棒に、なんて野暮な突っ込みはせず、体ごと俺の方を向いた夏織に合わせて、互いに目を逸らさずに向き合う。


「佑が好き。大好き」


 やっぱり、夏織にはひまわりのような笑顔が一番似合う。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それからは大変だった。

 俺と夏織の為に二晩徹夜した美咲に二人で平謝りして、先一か月の土曜の午後は毎回セナを含めた四人で遊びにいくと約束し、費用全額を元凶である俺が持つことになり。


 美咲があらかじめ大まかな説明をしてくれてはいたそうだが、時折舞冬さんからなじられ、夏織と舞冬さんの母君からは身の危険を感じながら、とにかく事細かに納得してもらえるよう説明。

 それがいつの間にか色恋話に発展し、馴れ初めを話すなり親公認の交際となった。なんならお義父さんお義母さん呼びを推奨され、夏織がどれだけ愛されているかがよくわかる。


 一日遅れのクリスマスパーティーに加わって過ごし、初日の出は夏織と二人で見て、正月は夏織の家に泊まって――もとい軟禁気味に泊められて過ごした。お義父さんの嬉しそうで悲しそうななんとも言えない表情に、少しいたたまれない気持ちになりつつも。一方のセナはといえば、舞冬さんと凄まじく意気投合していた。


 体温だけじゃない温かさに包まれる心地良い空間が、ただただ最高に幸せだ。


 俺の世界を彩る色は何十を超え、何百を超え、ほんの四半期前とは比較にならない程に美しくなった。

 もう少ししたら、冬が終わって春が来る。夏織と見る桜はどんな色だろう。夏はひまわり畑を見にいって、もう一度来る秋も、もう一度来る冬も、楽しみで仕方がない。

 

 こんなにも美しく感動的な世界を、夏織と共に大切にしていきたいと思う。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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