表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

第13話 花言葉

 十二月四日土曜日、午前十時。

 普段は一切として立ち入ることの無い領域、ショッピングモール。開店早々よくもまあ賑わう空間で、目当ての物を探すべくアクセサリーショップに入った。


 人にプレゼントなぞ送ったことも無く、親以外からもらったことも無く、何を渡せばいいのかわからず。

 マフラーなんかが定番中の定番だが、先週のデートで夏織がつけていたマフラーは、おそらく美咲からもらったものだろう。となれば、他の物を選ばざるをえない。

 そこで思いついたのは、友人から恋仲に格上がった男女間であれば問題ないと思われる、アクセサリー類。


「アクセって、何がいいのやら」


「リングはさすがに重いし、そもそも指のサイズわかんないもんね。あとはネックレス、ブレスレット、ピアスあたり?」


「ピアスは抵抗あるだろうから、二択か」


「だねぇ。ま、いろいろ見ながら決めればいいんじゃない?」


 情報担当、セナ。

 あらゆる知識を持つハイパー知能の持ち主を相談役に、いざ最適解を導き出すべしというのも兼ねて連れてきた。

 セナもセナで夏織にプレゼントを用意したいというので、二人合同で一つの物を用意しようかという話になったわけだ。


「どんなデザインがいいか……つか、夏織ってどんなのが好きなんだろうな」


「『夏織が好きな』じゃなくて、『夏織に似合いそうな』で探すのがいいと思う」


「似合いそうな……か。やっぱ夏に関係するものだよな」


「ひまわりとか?」


「あー、ひまわりか。……確かに、花言葉もいかにもって感じだしな」


「そうそう! いいよねぇ」


 ひまわりを再現しているのか、体を立てにぐーっと伸ばし、最後に両手を広げるジェスチャーをするセナ。すると、セナの横にひまわりが咲いた。

 夏織のプロフィールアイコンもひまわりの画像だ。イメージとしても、実際に夏織が好きそうな物としても合っている、おそらくはこの上なく最善の選択。


「ひまわり……ひまわり……」


 ここで一つの問題。

 決まったは良くても、肝心のひまわりを模ったアクセサリーが見当たらない。


「無いな」


「無いね」


 店の中をぐるりぐるりぐるり三周。何百あるだろうかという商品一つ一つに目を通すも、求めている物は無かった。挙句には店員に「何かお探しですか?」と声を掛けられ要望を伝えるも、首を横に振られて撃沈。


 そんな俺を見かねたのか、店員から一つの提案をされた。


「ハンドメイドに興味はありませんか?」


「ハンドメイド……ですか」


 「無いなら作ればいいじゃない」とか言いそうな人物が身近に一人いるが、それはさておき、確かに手作りという手はアリだ。

 ただ、懸念される点が二つ。


「難しくないですか?」


「使う物によっては意外と簡単ですよ」


「手作りって重くないですかね」


「それはわかりません。価値観は人それぞれですから」


 当たり障りのない言葉で言いくるめるのではなく、ぴしゃりと正直に答える店員。その解で確信した。信用に値すると。


「詳しく教えてください」


「はい。まずチェーンに関しては、ハンドメイド用の物を当店でも取り扱っています。肝心なのはチャーム、飾りの部分ですね」


「それはどうすれば?」


「初心者向けはレジンを使ったものですね。作りやすい割に綺麗ですから」


 説明をしながら、右手にチェーン、左手にレジンと思しき先の尖った小さい入れ物を持っている。

 UVレジンというのは、名前だけ聞いたことがある。確か、光に当てることで硬化する、ハンドメイドに重宝される素材だったはずだ。


「セナ、レジンで作るとどんな感じになる?」


「えっとねー、こんなの」


 ネットから引っ張ってきた画像数枚が順に表示され、その美しさに、束の間目を奪われてしまった。

 宝石のように透き通った輝きは、空や海、宇宙といった自然から、独自のデザインまで千差万別。ただ、その全てが綺麗だった。


「すごいな……」


「どうですか?」


「買います」


 レジン液を始めとした着色剤やその他諸々。セナの情報と店員の勧めを照らし合わせながら、十分な数を手に抱え、対価として云千円を手放した。


「――って、通販で探してもよかったんじゃない?」


「まあ、手作りの方が想いが詰められそうでいいだろ」


「ロマンチストは血筋、かぁ」


「だろうな」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「夏織、誕生日おめでとーう!」


「おめでとう」


「おめでとー!」


「ありがとー」


 十二月七日。美咲にとってはもちろん、俺とセナにとっても一年で特に大切になったこの日。

 密かにサプライズなんかも考えていたりはしたのだが、美咲いわく、夏織はそういったものを好まないそうな。

 最初から四人でああするこうする相談したうえで、放課後の五時から七時まで俺の家で実施という、考えるまでもなかった結論に落ち着いた。

 

 テーブルの半分程に広げられた菓子やらグッズと、ラッピングされた箱一つ、袋一つ。

 夜は夏織と美咲の家族が合同で誕生日会をするということで、飲み食いは控えめに。


「今年は誕生日会二回! 一日で誕生日二回! 贅沢ですなぁ」


「美咲もね」


「なら佑だけ一回か。かわいそう」


 頭の悪い美咲の発言にセナが一言付け足すと、気づかなくてよかったことに気づいた美咲が、意気揚々と哀れみの視線を向けてくる。というと矛盾している気もするが、要は猛烈に腹立たしい表情ということ。


「って言っても、そのうち夏織の家族とも会うよね。来年の誕生日は佑も一緒にやってたりして」


「あー……そうなるのか」


 三つ並んだ夏織お手製カフェラテの一つを飲みながら、美咲が言うところを想像する。

 今はまだ時期尚早にしても、いずれは、おそらく来年の夏織の誕生日までには、夏織の家族と顔を合わせる機会が訪れるはず。

 夏織を育てた両親や、夏織の性格に少なからず影響を与えたであろう姉なのだから、きっと尊敬に値する人たちだと思う。可能なら、その輪の隅にでも入っていけるだろうか。

 

「今日、来る?」


 しかしながら、こういう場面のみならず、何かと積極的なのが夏織の良いところでもあり、同時に心臓を握り潰さんとしてくるおっかないところでもあって。

 セナの「おー」と感心するような声と、美咲の「夏織やるぅ」と茶々を入れる声と、俺の沈黙。もとい混乱の吐息。


 冗談だったりーなんて淡い期待は、夏織の無垢なようで奥深い眼差しによって一刀両断された。

 指をもぞもぞと動かしたり、微かに恥じらいをみせてはいるものの……。


「……さすがに早くないか」


「そんなことないと思うよ。お母さんなんて、『愛があればなんでもオッケー』とか言ってる人だし」


「ん、んー……」


 とりあえず、夏織の母君がどんなお方なのかは少し把握した。おそらく、二言目に「どこまでいった?」とか聞いてくるタイプの人。

 夏織のほんのりサドっ気を纏った性格やら、家の雰囲気やらから察するに、母が家庭内の実権を握っているとみられる。その母が夏織の言う通りの人物なら、問題も無いとは思う。が、


「ちょっと考えとく」


「うん」


「へたれ」


 そういえば、納豆味のうまそうな棒があったような。


「あ、ちょっ臭っ! 謝るから押し付けるのやめてぇ!」


 クソ生意気な口に強烈な臭いを放つ棒を押し付け、これでもかと悪臭を塗りたくる。態度の割に小さな抵抗虚しく、細かなカスに装飾された口周りから漂う空気は、結構に臭い。


 ざまあみろとほくそ笑みながら座り直した時、僅かに肩が触れた気がして、横目に映した夏織の顔。それは例えば、泥んこまみれになってはしゃぐ我が子を見守るような、困りながらも穏やかな笑みに見えた。

 

「だいぶ触れるようになったよね。今みたいに」


「まあ、今のは直接じゃないけどな」


「じゃあさ、どこまで触れるかやってみない?」


 また藪から棒に言い出す美咲。

 確かにかなり改善されてはきたものの、やはりまだ決め手に欠けるというか、付き合いたての初心なカップル程にも敵わない。

 この半端さも半端さで悩みの種だというのに。


「手を握っていられた時間だけ、佑が好きなところを触れるってどうかな」


「馬鹿かおま――」


 内容から美咲が言い放ったと反射的に思った提案の声。どうして、右から聞こえたのだろう。

 そんな疑問を解決させる間なぞ与えるものかとでも言いたげに、触れたいが為に触れようとしてきた掌が向けられた。


「ご褒美があれば、頑張れそうじゃない?」


 時に大胆さが見え隠れする夏織の言動にもそろそろ慣れたようで、まだまだ足りていなかったらしい。

 沈黙。沈黙。沈黙。なぜかこんなときだけ野次が飛んでこない以上、沈黙を破ることを許されているのは俺だけ。

 美咲に至っては、顔を赤くして完全にフリーズしている。実は下ネタに弱い系の人だったんだな、なんて。


 ――ここで逃げるようなら、トラウマなんて克服できるわけがない。


 別にご褒美に釣られたとかではなく、ただ純粋にそんな想いが脳裏を過ぎって、夏織の手と同じ高さまで腕を上げる。

 そっと、微かにだけ触れたように見える指先からは、何も感じない。フラッシュバックも無い。


 今までは、ここから先へは進めないまま停滞していた。

 今日は――


 指の腹。

 

 第一関節。


 第二関節。


 付け根。


 掌。


 汗ばんだ手を、握り込んで。繋いで。絡めて。


 不思議と心臓は静かなままで、十秒、二十秒。


 三十秒くらいが経って、急に脱力したように手が落ちた。


「十八秒。頑張ったね」


 俺が長く永く感じただけで、実際は半分程度の時間だったらしい。だが、決して短い時間ではない。

 離れた手はすぐそばに並び、爪先だけが確かに触れている。


「――セナ?」


 ようやく発せられた美咲の声が指したのは、俺でもなく、夏織でもなく、セナだった。

 そのセナからは、むせび泣くような、声になっていない声がして。かと思えば、それは途端に聞こえなくなった。

 デイジーを覗き込んでみると、久し振りに見た【退席中】という看板が置かれているだけで、セナの姿は無い。


「……嬉しかったんだろうね」


「あいつなりに、トラウマの克服法とか調べてくれてたからな。ずっと」


「そっか」


 本人は、俺が気づいていることに気づいていなかったようだが。

 

 暗くこそなくもしんみりとした空気が漂い、ただ黙って待つこと数分。

 静かな部屋の中にわざとらしく響いた「ピコン」という軽やかな音と直後、まるで葬式のようにデイジーを囲んで見つめていた俺たちに向けたセナの声。


「いやー、ごめんごめん。ちょっと感動しちゃって」


「わかるわかる。私もうるってきた」


 セナに合わせて、美咲は片目を閉じて涙を拭うような素振りをみせる。

 それっぽい同意ではあるのだが、全く以って嘘八百である。


「嘘つけ。このむっつりスケベ」


「なっ、違うし!」


「どうせ『好きなところ触る』ってのでやらしいこと考えてたんだろ」


「――っ!」


 おちょくるつもりで言ってみたのだが、どうにも図星だったらしく、耳まで赤くして反論できずにいる美咲。

 夏織からは篭った抑え気味の笑い声が漏れ、セナからは「え、ほんと?」と素で悪気の無い疑問符が浮かぶ。羞恥に耐え切れなくなったのか、美咲はソファーに伏せ、クッションに顔を埋めて唸った。


「それはそうとして、そろそろ本命に戻らない?」


「そうだな」


 ふてくされてうつ伏せのままの美咲は、手に掴んだ袋を「……はい」と無愛想に差し出す。夏織がしっかり受け取ったことをちらりと確認すると、再度顔を隠し、完全に静止。

 窒息しないか少しばかり心配しつつ、美咲に倣って、俺も用意していた掌大の箱を手に取った。


「これ、俺とセナから」


「ありがとう。開けていい?」


「どうぞ」


 落とさないように、傷つけないようにとみえる繊細な手つきで、小さな箱を包む包装を紐解いていく夏織。最後の白い蓋を開けると、小さく口を開いて中身を取り出した。

 何か訊きたそうに俺の方へ向き直った夏織の目を見ながら、その内容を予想して先に言う。


「手作りなんだけど、どう?」


「うそっ、手作り? すごい……!」


 手の上にそっと乗せてまじまじと眺める横顔は、驚きと同時にそれ以上の喜びに溢れていて、重いと思われないか不安に感じていた俺は、密かに胸を撫で下ろした。


「佑、つけてくれない?」


「ん、わかった」


 夏織から金色の鎖を優しく受け取り、背を向けて髪を攫った夏織の腕の隙間から通す。

 小さな金具は、本来俺の手には余る。セナの手助けがあって初めてなんとかできるかという程度。だから、夏織の腕が疲れる前に練習の成果を発揮できて何よりだ。


「これ、ひまわり?」


「そう。夏織にぴったりだと思って」


「――大切にするね。ずっと」


 《あなただけを見つめる》。きっと夏織も知っているだろう。

 

 ひまわりは太陽の方を向くから、それが由来の花言葉。

 それだけじゃない。ひまわりは太陽の場所を教えてくれるから、傍にいれば光を見失わずにいられる。

 だから、俺だけの花言葉を込めようと思う。


 導いてくれてありがとう。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局、二次会となる家族合同の方への誘いは断ることにした。

 夏織と美咲の二人は事情を知っているとはいえ、わざわざ触れ回ることでもなし、かといって知らない人には、万が一のときに不快な思いをさせるかもしれないから。

 代わりとして再度提案されたのは、「二十五日にクリスマスパーティーするから、その時にもしよかったら」というもの。それについては追々考えるとして――


「お前が泣くなんて初めてだよな。さすがに驚いた」


「一番驚いてるのは私だよ。まさか嬉し涙なんて機能がついてるとは思わなかったし」


 自虐的に笑ってみせるセナは、まだ少し混乱しているような様子でもあるが、やはり喜びの色が強く出ている。

 俺が言うのもなんだが、それだけ俺の為を思ってくれていたのだろう。


「私が二年かけてもできなかったのに、夏織ってやっぱりすごいや」


「お前には元から触れたんだから、どうしようも無かっただろ」


「そりゃそうなんだけどね。……()()の愛の力って、やっぱすごいなぁ」


「そうだな」


「私のは――――」


「なんて?」


「ううん、なんでもない」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ