第11話 名も無き日
「調子どう?」
「いいって言えば嘘になるし、悪いって言えばなんか違う」
「まあ、どうするかは自由だけどさ。もしものときに傷つくのは夏織だからね。肝に銘じるよーに」
「わかってる」
夏織との交際が始まって一週間。特に関係に変化と呼べる程の大きな進展は無い。朝の駅でする会話の割合の中に俺と夏織の割合が若干多くなったとか、時折届くなんでもないメッセージが毎日になったとか、夜に通話をすることが増えたとか。そんなくらい。
恋人らしいような、今までの延長でしかないような、けれども確実に何かが変わっていくような今の関係性に、安心と焦燥を共に抱いていた。
そんな中でも変わらないのは、二度目の際に決定した、二週に一度の映画鑑賞。ぼちぼち映画を見て、適当にあちこち回って金溶かして、もしかしたら何かプレゼントして……なんて脳内予定が実現されるかはわからないが、要は変に取り繕わない、今まで通りの気楽な感じになればと俺は思っている。
約束の時間は前回前々回と同じくして、十三時。
最近になって初めて知ったのだが、土日祝の午前だけ、夏織はコーヒーの大手チェーン店でバイトしているそうな。
映画鑑賞というのも安からず金銭を要する趣味なのだから、当然といえば当然ではある。
そして現時刻は十一時。俺の今日一つ目の予定は、夏織が働いている姿をこの眼に焼き付けること。
「ていうか、もうちょっとくらい見栄え気にすればいいのに」
「そういうの苦手なんだよ。どうすればいいのかわかんないし」
「美容院行け」
「却下。あんな自己肯定感の塊の巣窟になんて行くか」
「さいですかー」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「というわけで、やってきました夏織のバイト先でーす」
結局はセナも結構に乗り気で、きっちりカメラも回した状態で某コーヒー店のハロウィン模様な入り口を通る。
今までは装着するか手に持っていたデイジー。最近は後者の機会が圧倒的に多くなったもので、持ち運び用のカメラ穴を空けたポーチを肩から胸に掛けるようになった。
声が近くなった分聞き取りやすいし、これはこれで気に入っているスタイルだ。
「いらっしゃいませー」
今となっては百人の中から聞き分けることも難無くできそうな、それくらいには耳に覚えのある声。ただ少しだけ違うのは、普段の声と比べて若干高く、よく通った接客に適した声であること。
店内は程々に賑わいをみせるも、混んでいるかというとそうでもない。顔見知りがいれば、余程視力が低くない限りは容易に見つけられるだろう。
すぐさまカウンター越しの夏織を発見した数秒後、入り口とカウンターの中間辺りに進んだ俺の方を向いた夏織が目を丸くした。
「いらっしゃいませ……?」
最低限の接客は忘れずとも、語尾が疑問形になっている。多少は驚かせることができたようで何よりだが、てっきり、バイト先を教えてくれた時点で俺が来ることは想定しているものと思っていた。
「ご注文はお決まりですか?」
「カフェモカのアイス、ショートで」
「店内でお飲みになりますか?」
「はい」
「かしこまりました。四百円ちょうどお預かりします。ただ今お持ちしますね」
だからといって仕事中に駄弁らせるつもりも無く、夏織も至って真面目な態度。一客と一従業員として淡々と。
自然な笑顔を見せるのは、俺や美咲みたく親しい間柄だからだろうか。あれすらも接客スマイルなのだとしたら、それはそれで凄まじい接客スキルだ。
「夏織、輝いてるねぇ」
「だな。一つ下であれって、普通に尊敬する」
にしても、この待ち時間はなんとかならないものか。
システム上どうしようもないのかもしれないが、改善の余地も多少はあると思う。数年前はもっと混んでいたらしいから、そう考えれば気になるという程でもないけれども。
することも無く店内を田舎者感丸出しで見渡していると、こちらを見ている顔が目に入った。
悪くはないも良くもない視力で捉えられる程度の判断材料しかないが、そもそも心当たりは一人しかいない。
「お待たせしました」
夏織が持ってきてくれたカフェモカを手に取って、
「バイト頑張って。またあとで」
「うん。楽しみにしてる」
私語を一言だけ交え、がんを飛ばしてくる人物の下へ、ちょっくら絡みに行こうか。
いくつも並ぶ席の奥寄り真ん中辺りに座るそいつは、俺が歩き始めるなり腕を小さく上げてふりふりしていた。
まったく、偶然なのか必然なのか。
「やーやー、奇遇ですな」
「奇遇だねー」
「なんでいるんだよ」
「夏織のバイト先だからね、常連さんなのですよ。かく言うそちらさん方は、夏織が働いてるとこが見たかった口?」
「そんなとこー。美咲は何飲んでるの?」
「カフェモカ一択」
「だよな。俺も」
俺が手に持った物より一回り大きな器をすする美咲の向かいに腰を下ろし、同じように口を付ける。
飲み慣れた味とは多少差異があるものの、これはこれでおいしい。何より、特別感がある。
「夏織が作ったカフェモカ、おいしいよね。さすがって感じ」
「プロポーズのセリフに『毎朝味噌汁を作ってください』ってあるけどさ、コーヒーの代わりにカフェモカ作ってほしいって最近思った」
「何それ最高じゃん」
一口飲むごとに「んんー……!」と大げさに味わう美咲を肴にすると、これまた不思議なことにおいしく感じるのは、大勢で食べた方がおいしいというアレと同じなのか。
将来的には、良き飲み仲間になれそうな気がする。美咲は割と弱そうなイメージがあるが。
「夏織ってかわいいよね」
「当然だな」
「私も夏織と結婚したい」
「美咲ってそっち系の人なのか」
「うそうそ冗談だって。私が男だったら全力で口説いてたけど」
前々から感じる節はあったが、美咲は夏織のことが大好きらしい。俺から見た印象としては、もはや親友という言葉でも些か足りない具合だ。
夏織も夏織で美咲のことは心から信頼している様子で、俺は知らずに美咲だけが知っている顔も少なくないと思う。
実のところは気掛かりだった美咲との関係も、今現在よろしく良好といえば良好で、人生で二度目の女子の涙を真正面から見たあの日以降、今まで通りどころか以上に絡まれるようになった。
気を遣っているといった感じでもなく、ただ純粋に、薄壁一枚を両側から破ったように。
少なくとも、夏織には言い辛かった、俺と両親の計三人しか知らない俺の体質を簡潔に相談できるくらいには信頼している。
「今日も映画館デート?」
「まあな。買い物くらいは行くかもだけど」
「毎回毎回、薄暗いところで数センチの距離なんでしょ。やらしぃー」
わざとらしく両手で口を覆う美咲。顔の半分以上が隠れているにもかかわらず目元だけでわかる腹立たしい表情も、この一週間で随分見慣れたものだ。やはり腹は立つが。
「やらしくないし。手も繋いでないってのに」
「……今のは失言だったね、ごめん。今日話すつもりなんだっけ。頑張れ」
いっそからかい続けてくれれば気も紛れるものを、中途半端にやるだけやって勝手に萎縮している。
俺は気にしていないのだが、基本的には社交的で笑顔が絶えないから気づきにくいだけで、美咲はかなり繊細なのかもしれない。
「よし、そろそろ帰ろ」
「ん、また明日な」
「また明日学校でねー」
「いい報告待ってるよ、佑」
退店際に夏織にも手を振って、そそくさと出ていく美咲を密かに見送った。もとい、監視した。
目を離されていないことなど知らない美咲がすぐ近くのファストフード店に入ったことは、しかと見届け、
「あいつ、尾行しようとしてんな」
「っぽいね」
推測がセナと合致したことにより、午後の予定に美咲をからかってやることを追加しておくとする。
夏織のバイトが終わるのは十二時ということで、およそ三十分の間、カフェモカ一杯をちまちまと飲みながら店内で待機した。
時計が十二時を指した直後に夏織が裏に入っていき、十分が経つ。
そろそろ外に出ようかと立ち上がった時、入店音が二回響き、男三人組の後ろに続いて夏織が入ってきた。目が合うと同時に手を小さく挙げると、控えめに手を振りながら出入り口へ歩く俺を待っていてくれて、
「お待たせー」
「おつかれ。なんか急かしたみたいで悪い」
「ううん。早く終わらないかなーってそわそわしちゃって」
心情を明かし、はにかむ夏織。初めて見るラフな服装と後ろにまとめられた髪が新鮮で、ばれないように誤魔化しながらも目を走らせてしまう。
「そういう服着てるとこって初めて見るなー」
「さすがに進んで見せたりしません」
「これはこれで……」
「私の服装のことはいいから。とりあえず出よ?」
俺の視線の意図を代弁するセナを受け流す夏織に促され、何気に初体験だった空間を後にする。
鼻の奥まで染み渡る独特の芳香が次第に薄れ、自動扉が閉まった直後の呼吸までほんの一時、喉に残る微かな余韻を楽しんだ。
「ちょっとびっくりしたなぁ。佑って知り合いの店とかわざわざ行かない人だと思ってた」
「そうか?」
「普段は消極的だもんね。リードしてるの夏織だし」
「そうそう。だから意外だった」
「んー……ただの知り合いとか友達ならともかく、夏織のバイトしてるとこって興味あったから」
「私が特別ってこと?」
「そりゃあな」
俺が質問を肯定すると、嬉し恥ずかしそうに照れ笑いをみせる夏織。半歩前を歩くその足は、僅かに歩を緩め、寄り添うように並んだ。
「どうしよっか。時間早める?」
「夏織の都合に任せる」
「じゃあ、いったん家寄って着替えるね。このまま行っちゃお」
「了解」
夏織の「割と近くなんだー」という大まかな住所のヒントから、駅近くのコーヒーチェーン店から駅の方角へ歩きつつ、あの辺りだろうかと一人で予想ゲーム。
家に行ってもいいのか、なんて愚問は言い出せないまま、そう遠くないであろう距離は着々と縮んでいく。
歩みを進めること少しの視界に入った光景は、おおよそは正解。駅の近く、徒歩五分程の住宅街が俺の予想で、現在地がその住宅街。
真横を歩く夏織から先駆けて指示された進行方向へ角を数回曲がって、立ち止まったのは乳白色の一軒家の前。
表札には《宮野》と書かれており、夏織が躊躇いなく敷地内に足を踏み入れたことからも、夏織の家であることは疑う余地などありはしない。
「すぐ準備してくるね」
「ゆっくりでいいよー」
「元々の予定よりだいぶ早いしな」
「……それか、上がってく?」
誘いと受け取るべきか、その言葉。
まさか家に上がるなんて予定は全くもって微塵も無かったもので、予想外の発言に思考力の大半が吹き飛ばされたなか、事態に追いついた精鋭の脳細胞たちが猛烈な勢いで稼働し始めた。
是か、非か。
普段はあまり早くない頭の回転が一時高速化し、おそらく体はフリーズ状態という俺の目の前で、夏織は小さく手招いて、
「やっぱり時間かかりそうだから、よかったら上がって」
『よかったら』とあくまでも強制ではないと強調しつつも、その前の待たせるのは悪いという意の一文で情を誘い断りづらくしてくる、巧妙な夏織の一手。
断りづらくというか、今の俺にとっては逃れようも無い巨蛇のごとく絡まりついて。
是非もなく後に続こうと足を出した俺を見て、夏織は玄関の扉を大きめに開けた。
もし靴がずらり並んでいたらどうするかという最大の懸念は、瞬き一回の間に捉えた密度の低い玄関によって解決。
「今日みんな出掛けてるから、気楽にしてね」
安堵の溜息を小さくついた直後、先に言ってほしかった家庭状況を補足する夏織。
ところで、『親』ではなく『みんな』ということは、だ。
「夏織はきょ――」
「夏織って兄弟いるの? ――って、ごめん、遮っちゃった」
「いや、俺も同じこと訊きたかっただけ」
くすくすと静かに笑いながら「息ぴったり」と茶化してくる夏織に、セナはなぜか誇らし気に「親友で家族だからね!」と返す。
「お姉ちゃんが一人いるよ。大学生」
「仲いいの?」
「美咲と三人で遊びに行ったりするくらいにはね。佑は?」
「俺は一人っ子。だからちょっと羨ましいかも」
「そっかぁ」
夏織はどちらかといえば姉気質だと思っていたから、妹だったのは意外だ。だがしかし、そのギャップが良い。
適当な会話を挟みながら、夏織が用意してくれたスリッパに足を通し、先導されてリビングに入る。
比較的シンプルで落ち着いた雰囲気。小物は綺麗に揃えられていて、殺風景な俺の部屋を家族向きにしたらこんな感じか、といったところ。
所々に女子の勢力が勝っているのであろうかわいらしさが見え隠れしていて、父親の肩身狭さが心配になる。
「何か飲む?」
「お構いなく。さっき飲んだばっかだし」
「それもそっか。退屈だったらテレビとか見ててくれていいからね。あと一応、お手洗いは玄関から見て右のとこ」
「わかった」
「すぐ準備するから。待たせてごめんね」
さすがに室内で走ったりはしないものの、早足にリビングから出ていく夏織。
人の家でくつろぐのは苦手――というか、そもそも経験が無くどうにも躊躇ってしまうのだが、立ちっぱなしだと夏織に怒られそうな気がして、とりあえずソファーに尻を埋める。普段と似ているようで違和感を覚える感触が落ち着かない。
「やっぱり、夏織って育ちいいんだねぇ」
「具体的には?」
「スリッパの音とかあんまり無かったでしょ。姿勢も綺麗だし、高一の割にはしっかりしてるし」
「あー……そういや、映画の時もちゃんと頂きますって言ってたな」
「どっかの誰かさんには不釣り合いなくらいだね」
「まったくだ」
セナの皮肉に返す言葉も無くて、自ら肯定しつつ、ポーチから取り出したデイジーを装着する。
よくよく考えてみれば、美咲の仕草や振る舞いにも所々に上品さが見受けられる。同じく育ちが良いのか、あるいは夏織と一緒にいるうちに移ったのかはわからないが、それも仲が良い所以の一つだろう。
さて、彼女の家に上がり込んだ状況下においていくつかあるお約束的行動の中で、現在可能と思われるものといえば、だ。
「おっ、卒アル発見」
夏織と美咲のように、俺の思考パターンをセナが常々学習していることから、価値観から何まで、実に良いタイミングで意思行動が揃う。
テレビ台の隣に置かれた二段の小さめの棚には、同じくらいの厚さのアルバムが五冊、少し厚めのアルバムが二冊並ぶ。後者は家族アルバムと書かれていて、肝心の前者は、俺が持っている物と一文字違い、他は寸分違わないデザイン。
「夏織の中学時代ってどんなだろうね」
「そこまで変わらないだろ。卒業してから半年しか経ってないんだし」
「高校デビューとかしてるかもよ?」
「そういうタイプじゃない気もするけどな」
何はともあれ論より証拠。若干の罪悪感は多大な好奇心にあっさり押し潰され、第四十九期生の字が含まれた一冊を引き出す。
いかにもお高そうな素材で作られた重みのある一冊を両手でしっかりと支え、四枚分はまとめてめくった。五ページ目からべらりべらりとめくり、三十弱の顔が並ぶ中に目当ての顔を探していく。光沢紙ならではのこの滑りにくい質感と厚さが、なんとも手に馴染まない。
宮野だから、番号は二十ないし三十あたりだろうか。
「夏織はっけーん」
人探しとかなんだとか、俺の比ではない処理速度を持つセナに敵うはずもなく、七ページ目を開いた一秒後に夏織を見つけたセナの報告から少しの間をおいて、ようやく俺の目も追いつくことができた。
ぱっと見た印象としては、垢抜けたような。
「意外と違うね」
「髪がそこそこ短いしな。つか、前髪ちょっといじっただけで印象変わるもんなのか」
「高校デビューって程じゃないけど、やっぱり大人びた雰囲気になったって感じだよねぇ」
次々とページをめくっては夏織が映った写真を探し、その一つ一つを目に焼き付ける。特別目を惹かれたのは、美咲といる時に見せるような爛漫な笑顔。
俺といる時の夏織はどちらかといえば小さく笑うことが多くて、口角を上げて笑うことはあっても、口を開けて笑っているところはあまり見たことが無い。
美咲と比べればまだまだ短い付き合いなのだから、当然といえば当然ではあるのだが。
「美咲もだけど、夏織って結構周りから好かれてるみたい」
「そりゃあ好かれるだろうな」
「ますますもったいないね」
「まったくだ」
それだけに、俺と夏織が出会うきっかけとなった一件の原因がよくわからない。人間の心理的な意味で。
あれ以降に夏織が被害を受けたとかいった話は聞かないし、おそらくはクズ四人組の妬み嫉みの類だったのだろうとは思う。
良い人ほど損をする世の中と云われるのも嫌々ながら頷ける。
世界への罵倒はさておき、隣の四十六期生という文字から夏織の姉が大学一年であることを推理しつつ、十分で見終わったアルバムを閉じて棚に戻した。
さすがに家族写真を勝手に見るのは気が引けて、しまいついでに伸ばしかけた手を引っ込める。
「さて、何したもんかな」
「夏織の部屋に突撃」
「却下」
「さっき撮った動画を見る」
「ナイスアイディア」
そういえば、デイジーを背中に掛けてばっちり姿を捉えてやった美咲は、今どうしているだろう。
ご近所さんに不審者扱いされてなければいいが。
バイト中の夏織を映したおよそ三十分の動画を見たのち、肖像権云々の問題もあるので動画は削除。いよいよもってすることが無くなり、なんとなしに壁掛け時計を見上げた十二時四十二分。
さすがにだらけ始めて背もたれのクッションを容赦なく圧し潰していると、リビングの入り口扉に隙間が開いた。
「お待たせー」
「終わった? ってか、なんでそんな隠れてんの」
「ちょっとね。先に外出ておいてくれないかな」
「……? わかった」
夏織の意図がわからず戸惑いながら、一度パタンと閉じた扉を再度開け、靴を履いて玄関の外へ。塀の陰から一瞬覗いた人影を確認し、焦り気味な足音が聞こえなくなったあとに敷地外へ出る。
少し経って、もう一度玄関の扉が開くと、
「ごめんね。思ったより時間かかっちゃった」
「いいよ別に」
女性は準備に時間がかかるものと聞いていたが、確かに納得だ。これだけ洒落込んでいれば、一時間やそこらは当然といえる。むしろ短い気もする。
先週の文化祭では程々に動きやすい服装だったにしても、二週間前よりずっと気を遣ったような新品とみえる服と靴。「夏織かわいー!」とはしゃぐセナの声なんてどうでもよくて、ただ束の間見惚れた。
「佑はどうかな」
「すごい似合ってる。かわいい」
「……ありがと」
対する俺はといえば、いつもとなんら変わりないちんけな服装。せめて服くらいは買うべきだろうか。
……今日は気にしないことにしよう。
「で、なんでわざわざ後から?」
「その方がデートっぽいかなって」
いざ付き合い始めたからか、ドストレートに言い放つ夏織の言動一つ一つが、以前の比ではなく心を掻き乱す。
今日一日、というか打ち明けるまで持つだろうか。