act.96_カットイーター
昼間は延々と荒れ地を進み、夜にはまた味気のない食事をしてさっさと寝る。
そんな日々が15日続いた。
ヨーステンを出発してからは40日経っている。
周りにはもはや農地すら見当たらない。そもそも街道が荒廃していて、伸びた植物を傭兵たちが切り開いて進むときもある。
旅人の姿もめっきり見なくなった。1日歩いてせいぜい2、3人の単独行か数人の集団一つに会うくらいだ。
そうなってくると人間というのは賤しいもので、道ですれ違うときも人に会えた喜びよりも相手に対する警戒心が先立つ。
キャラバンといっても武装した集団だ。一帯には危険な生物が5万といるし、町までは遠い。法による支配とはほど遠い。全くの無法地帯だ。
すれ違う相手が商人だとわかっていても、そいつらの気分次第で戦闘になってもおかしくないわけだ。
お互いにそれがわかっているから、自然と警戒心が湧く。カトーのキャラバンは人数も力量も高いが、こんな辺境の土地で病気や怪我をしたら、どうなるかわかったもんじゃない。
味気のない料理を食べて、それから俺にはウィタ騎士による訓練が待っている。
それはビルギッタが死んでしまってからも、変わらずに続いた。
ウーの剣戟はだんだんと真剣味をまして、やつの本来の戦い方である二刀流にこそしないが、当たれば即死するんじゃないかという力がこもっている。
俺は持ち前の超感覚でそれを躱す。こちらから攻撃するチャンスはほとんどなく、避けることに徹しているようなもんだ。
だけど、側に立って腕を組んで見ているアイラインはなにも言わない。
ウーもなにも言わない。
決めた時間が経つと「今日はこのくらいにしよう」と、口をはさんで終了の合図をだすだけだ。
これでいいんだろうか?
その日も俺はさんざん冷や汗をかきながら、錬士ウーの攻撃を避けきった。
アイラインによる終了の合図がだされ、2人のウィタ騎士はものいいたげに俺を睨みつつ、その場を立ち去っていく。
ララとヨアンナ師、ソーナが近づいてきて労う。
「ウー殿の剣筋にもすっかり対応できるようになったわね」
「そう、なのかな……」
ララが緊張した俺の腕を揉みながら、褒めてくれる。
「あれだけ鋭い攻撃が1度も当たらないんだもの。たぶん、全力で戦ってもいいところまでいくわよ」
「うーん……」
俺はなんだかピンと来ないまま首をひねる。
避けきったといえども、こちらから攻撃できたことがない。そんなんでオッスに対抗できるんだろうか?
「1対1の戦いではお互いの体力も重要な要素でしょう? つかれて剣筋が鈍ってきても、休む隙はないんだから。オッスが疲れるまで避け続ければいいのよ。あなたは彼の腕が上がらなくなったときに攻勢に出ればいいのよ」
「なるほど……。それも1つの戦い方だね」
俺はそのタイマンを思い浮かべながら、ちょっと気が進まない思いだ。なんだか、かっこわるくね? 男らしくないって言うか。まぁ、男らしさを問題にするなら、見た目だけでオッスの圧勝なわけだが。
「あなたは背も低いし、力もないんだから、それを補う戦い方をすべきよ。それにウー様のあれだけの技を避けきるのって、たぶん、このキャラバンでもあなたぐらいしかできない。見ていてそのくらいのすごさはあったよ?」
ソーナが同じく慰めてくれる。
ソーナちゃん……。きゅっとポッチをつまみたい。
「む? 何か邪悪な笑顔を浮かべたのう? ナレは掴みにくい男じゃ」
ヨアンナ師がマッハでそれに反応する。ほんとうにこの師匠の機微には恐れ入る。おまたの変な棒まで掴まれた思いだ。
とはいえ……、
あらかじめ聞いていたヨーステンからパラポネアまでの旅程は30日。もう20日経っているから、残された時間はわずかしかない。
……
……
小休憩で立ち止まったときにも剣を振るようになった。
なんとなく、感覚を確かめていないと不安になるのだ。
俺がオッスに勝ちたいと思うのは、女神に対する忠義立てではない。
これは男としての意地である。
男性ホルモン的にはオッスと対抗できる感じはしないが、魂はきっと俺のほうが勝っている。なにしろ俺は、魂が分解される寸前の世界から、万に一つの生を掴んでこの世界に戻ってきたのだ。
ウィタ騎士の連中が俺の中に読み取るカルマの深さというのも、さもありなんといったところだ。
無論、俺のカルマは深い。
ある意味、ヨアンナ師も、ソーナも、女神のことすらも裏切って、こうして生きている。
ライフストリーム教会にしても、キャラバンの将来も、女神の使命も、俺の中ではそれほど重くなれない。
俺はこの世界で生きることを楽しんでいる。
そうだ。
俺の生は俺のものであって、彼らのものじゃなかった。
たとえ死の淵からすくいとってくれた存在がいたとしても、それは変わらなかった。
奴隷とはいえ逃げだそうと思えば逃げ出せるだろう。そうしないのは同行することに魅力を感じているからだ。
俺は俺の意思でキャラバンに同行しているし、俺の意思でオッスと戦おうとしている。
やつの尻を蹴り上げてやりたいと思うのは、俺の意地だ。
気持ちを固めてまた1刀、剣を振るう。
すこし鋭さを増した気がする。
そうやって少しの時間を過ごしたときに、超感覚がわずかの違和感をもつ。
なんだろう? 何かが引っかかる。
きになって周囲を見渡してみるが、魔獣の気配はない。キャラバンのメンバーが、鎧竜の餌やりや、荷車の点検などをしているだけだ。
トゥオンとウーイが鎧竜の健康状態を順番にみている。口の中、たぶん舌の色とかを見てる、それから足の裏、トゲでも刺さってないかといったところか、ぽんぽんと背を叩いて、次のやつ。
ドゥシャンがキラリと頭を光らせて、目も鋭い眼光を浮かべているが冗談にしかみえない。
ラウノ、オオカミに囓られた傷がまだ痛むらしい。
ヤルミル、誰かに眼帯を作ってもらったみたいだ。警戒して周囲に目を配っている。
俺の違和感がヤルミルに伝わるかと思って視線をあわそうとするが、やつは地平の先に視線を投げたまま立ち去ってしまう。
「どうかしたか?」
声を掛けられて振る向くと、そこにはマントにすっぽりと身を包んだアイラインがいる。
誰か近づいてくる気配は感じたが、こいつだったか。
「いや。なんとなく、違和感があって」
「ふむ。わかるか」
アイラインはまねするようにゆっくりと周囲を見渡す。
街道の周囲に植物はなくなっている。
いやそう言うと語弊があるかもしれない。
このあたりにかつて何があったのか、思わずにはいられない景色になっている。
かつては植物の生い茂る灌木林でもあったんじゃないか。いま残っているのはそれらの残骸だけだ。
幹が太く背の低い木々が、ミイラのように枯死した幹だけになっている。
それらのうら寂しい姿のしたには地面がむき出しになっていて、土は薄紫色だ。
いかにも毒気を感じる色で、風に舞う砂にすら警戒感が湧くというものだ。紫色の土って、チキュウでフィールドワークしていた頃には出会ったことがないんだぜ。
アルミを含んだ土質では、そういう色味にもなるとは書物で読んだことはあるが……。
さきほどヤルミルが周囲に目を向けて、そのさきに地平が見えたのもそのせいである。
これまでは大小の違いこそあれ、周囲には植生があった。それがパラポネアに近づくにつれて、枯死した姿が目立ち始めて、昨日からは生きた植物が見当たらない。
そりゃあ違和感を感じるだろうというかも知れないが、俺が感じたのはそういうことじゃない。
なんというかこの辺りには緊張感が漂っている。
植物がぎりぎり残っている地帯と、死に絶えている地帯、その境界にあって、なにかが、そう、何かが巣くってるんじゃないか?
「ハンターがいる?」
「気付いたか」
アイラインはマントの下で腕を組んだらしい。180くらいの偉丈夫のうえ長年の戦いで体格も優れている、その男が腕を組むと、なかなか様になっている。
そいつが俺の横で周囲に目を光らせてみせる。
「パラポネアが滅んで200年、このあたりに棲息しているのは、もはや魔物だけだ。いや、魔物と、不死者か。不死者、兆行」
「え? 不死者がうろついているテリトリーにもう来ているのですか?」
アイラインは首を振って答える。
「まだであろう。ここはまだ、パラポネアの周縁に過ぎない。毒の空気も、まだ感じられない。ウーもそう言っている」
言いながら、カトーがヨーステンで買ったネズミのカゴを指さす。姫竹かなにかでつくられたかごの中で、ネズミとおぼしき生物がさかんに動き回っている。その様子にいつもとちがったところはない。まぁあいつは坑道のカナリアみたいなもので、毒気を感じ取ったら大騒ぎするんだという。
「すると、魔獣ですかね?」
「うむ。知恵のある魔獣だな。我々を警戒して、すぐには近づいてこない」
ふむ。オオグチとはちがうみたいだな。あいつらは食欲だけで動くし。上空に目をこらしてみるが、鳥の姿はない。つまり、カネヤリでもない。まだ遭遇したことのない魔獣か。
「はやくキャラバンのメンバーに伝えた方がいいですかね」
「どうだろうな。襲ってくるかどうかわからない、よけいな気苦労を強いることになるかも知れん」
「ですが、不意を突かれるよりはましでしょう」
「で、あるな。カトー殿には我々から伝えておこう。どちらにしても、すぐに襲われる状況ではない。いまは彼奴らの気配もないだろう?」
そうですね、とこたえつつ、俺は超感覚を張り巡らせて辺りを窺う。が、そのセンサーに襲ってくるような存在はつかめない。まぁ半径にして100メートルくらいのことだから、目で見たらわかるんだけど。
キャラバンの周囲は波打つ紫色の土壌と、ぽつりぽつりと残る枯れ木の幹だけで、下草の一本もない。完全に死んだ世界だ。
まるで核戦争後の世界だな、と、俺は寒々しい思いに囚われる。
ここを交易のルートとしてつかったなら、毎回この景色をみせられることになるわけだ。そりゃあ、ミスリルオーアロードが廃れるわけだ。この土地で息を吸うだけで、大丈夫なのかと不安な気持ちになる。
「賢い魔獣なのだろうな。遠くから我々の様子を窺って、すぐには襲ってこない。このような生態を持つ魔獣にかつて遭遇したことがある」
「どのような存在ですか?」
「少年がさっき言っただろう? 荒野のハンターだよ。カットイーターと呼ばれる、鎌を持った細長い生物だ。あれは他の魔獣とは少しちがって、家族で行動する、つまり、繁殖もするのだ。5,6頭の家族で、テリトリーを持っている。我々はそのひとつに入り込んでいると言うことだな」
「襲われずに抜け出せるものでしょうか?」
「さぁどうだろうか。彼奴らが餌にできると判断したら襲ってくるかも知れない。少年は戦うことが怖いかね?」
アイラインは俺を見て言う。なにげなく聞いてきているが、また一歩、俺を値踏みするために質問してきている。なんともつかみ所のないおっさんだよな。馬鹿にしか見えないときもあるし、なんだか油断できないときもある。まぁ味方といいきれないパワーファイターなんだから、いつだって油断はできないんだが。
「怖さを感じるときはあります」
「どんなときだね」
「想像してしまうときですね。自分が武器を持って、関わった人間に血を流させる。相手が敵であろうとなかろうと、その人の人生を、取り返しのつかないかたちで傷つける。怖いですよ」
「ほほう、少年にはそうした感覚がちゃんと備わっているか」
「そりゃあ、普通の人間ですから」
「ウ、ヴン……、普通の人間か。だが、我々はそのようには考えていない。少年のつかう不死者の技は、我々のあいだで永く禁忌とされているものだ。その技を見たなら、使い手を滅ぼすべきであるとな」
ぎょっとしてアイラインを見る。だが、その表情の中に、ここでどうにかしてやろうというような戦意は見つけられない。
ちょっと安心して話を続ける。
「僕自身、なぜそんなことになっているのかぜんぜんわからないんですよ。記憶を失う前になにをしていたのか」
「少年は不死者に関わりのある存在であっただろうな。ひょっとすると、見た目通りの年齢ですらないだろう」
おっと、なかなか聡いな。アイラインにしてはいいところを突いてくる。
「じゃあ、少年の身体の中に、齢300年くらいの精神が宿ってるかも知れないと言うことですね。ほんとうに、記憶を失うというのは恐ろしいことです。自分自身、考えもしない事実が眠ってそうで」
「ウーは言っていた。少年は実は記憶を失ってなんかいないんじゃないかと」
「はぁ」
この話、長いんですかね?
俺は不気味な気配に周囲を警戒しつつ、アイラインから逃げられないでいる。
to be continued !! ★★ →




