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俺様!准教授の異世界フィールドワーク!基底文化は食人植物文化圏!?  作者: 山県としあき
ミスリルオーアロード編
93/276

act.91_ジョブツ川

3日が過ぎた。


俺たちの眼前には大河が広がっている。

川幅でいえば200メートルはあるだろう。海まではかなり距離があるはずだし、現に流れはかなり急だ。いったいどれほどの水が毎時流れているのか。堂々たる大河だ。


先ほどから雑役の1人であるドゥシャンが川に入り、対岸へ向けて泳ぎだしている。橋なんてあろうはずもないから、誰かが対岸まで泳いでロープを渡すしかない。話し合いとなり、一番泳ぎがうまいということで雑役で奴隷のドゥシャンが選ばれた。まえに狩りの経験があると聞いたが、泳ぎも堪能なんだな。なかなか多彩だ。


水量は豊富だが、ところどころ浅瀬になっているということで、膝を岩に打ち付けないための防具まで着けている。その甲斐もあって、ドゥシャンはときおり膝を打ち付けるのか、びくりと身体を停止させてしばらく流されることもあるが、そのたびに再び泳ぎを続けて対岸へと近づいている。もう肌色の背中と肌色の後頭部が粒のようになっている。このぶんならすぐに泳ぎ着くだろう。肌色の後頭部がな。


鳥トカゲの1頭が足首をくじいたとかで、トゥオンとヴーイは忙しそうにしている。他のみなは方々で座り込んだり塩をなめたりと身体を休めている。


ジョブツ川はブトゥーリン王国周辺にあるいくつかの都市国家と、完全に放棄されている遺跡群との間を流れている。はるか過去にはこの大河の向こうには、神木インミルスルに支えられた、平安な蛮国があった、ということだろうか。ひょっとしたら小なりといえ王権もあったかもしれない。ただ、衣食住を補償する恐ろしく利用価値の高いインミンスルがそこら中にあったらしいから、人々は権力機構を必要としていなかったかもしれない。チキュウでいう、ポリネシアとかの小島みたいにな。

あ、それだって気ままなだけじゃなかったってことくらいは知ってるぜ?


俺は練習に研いでみたショートソードを振るって、その辺の草を刈ってみる。

初めてにしてはよく研げて、小指ほどの太さをした木質の茎さえも、抵抗なくすぱすぱ切れる。俺はうれしくなってあたりの草を刈りまくる。この方があたりの茂みだって日が射し込んでよく生育するだろう。ははっ。


ウーとの長剣対策は、なんていうか長剣の長さを生かした攻撃を受け続ける感じだ。たしかにそれが小剣と長剣との戦い方を考える上で、もっとも意識を向けなきゃならないだろうが……。なんともストレスが溜まる。

オッスに比べてウーは細身だが、手足が長いからリーチは似ているかもしれない。なにかって、オッスは剣術に加えて体術も強烈だから、それを無視して剣の練習だけをするわけにはいかない。

長剣の連続技のつぎには丸太みたいな手足が突き込まれるんだからな。俺は以前の対戦を思い出して、身震いする。


シャーリーと小剣との2刀流なんてどうかと思うが、いかんせん重さが違う。小剣のほうがかなり重くて、同時にそれぞれ両手に持ったら、小剣に振り回されてしまう。ここはやはり、小剣で受けることに意識を集中していかないとな。


そんなわけで、ヨーステンを出発してから2晩続けて稽古をつけてもらっているが、基本的には打ち込まれる長剣をしのぐ練習だ。手のひらとか皮がむけちゃう。


「……オオオーイ……」


対岸から声が聞こえる。川霧が発生していて、ドゥシャンの姿は隠れている。ロープを揺すったりして見るが、いかんせん河の流れに押されて、応答を感じることはできない。

しょうがないから、渡らされたロープを辿って、もうひとり対岸へ行くことにする。向こうにたどり着いたら、魔術で火を熾して連絡しろ、と計画する。行くのはオッスだ。


犬族って泳ぎはどうなんだろうな、とか疑問に思ったが、力強いクロールでぐいぐい進んでいく。ロープ、入らないんじゃないかと思われる、みごとなストロークで、ワッシャワッシャと水をかいている。うーむ……。河の中にドラゴンみたいの住んでないんだろうか……。


……


……


やがて対岸から赤々と燃えるたき火が見えてくる。オッスが無事にたどり着いたらしい。


駄獣は首輪にロープをつけて、反対の端に環をつけてロープに通す。鎧竜も鳥トカゲも泳ぎは達者らしく、ただはぐれないようにするための方策だという。ロープが必要なのは人間たちだ。


雑役や傭兵はもちろん泳ぐ。客人は割れて、ナスィールは鎧竜の背に乗った。本来は、濡れてはいけない荷物、解体した荷車の部品や食料に寝具、交易品などを載せることでいっぱいなのだが、無理やり人1人分の空間を作ってやつが乗った。よほど大金を出したのだろう、俺はそのことについて特に意見はない。

ヨアンナ師匠はみなと一緒に泳いだ。まー、はっきり言おう、全裸だ。ロープ端を掴んだ雑役を追い出すかたちでテントを張り、その中で脱いですぐ河に入るわけだが。


それでも想像力の飛躍のためのパワーが違う。わかるか?

現実にそれが起きているという事実がなければ、子細に思いを馳せるエネルギーが爆発しない。

ああ~いま、師匠のきめ細かい肌が清流の流れに浸り、旅の中で少し長くなった髪が濡れそぼり、そしてそしてデルタの繊毛が……。


「おい、そろそろいくぞ?」


ディナクに肩を叩かれて俺は正気付く。邪魔しやがって。


「もう傭兵の列の最後だ。このあとに俺と貴様が渡って、それから雑役、飼育のヴーイだ。もたもたすんなよ」


「お前にいわれるまでもない」


俺たちは前後になって泳ぎ始める。何となく取り合いになったあとに、結局俺が先に河に入り、後ろがディナクだ。なけなしの荷物を頭に乗せて、平泳ぎで泳ぐ。ディナクはたぶん犬かきかなんかだ。あいつの泳ぎがどうかなんてまったく俺の関心外のことだ。


ロープを渡したとはいえ、なにしろ200メートルはある川幅だ。ちゃんと息を吸って慎重に進まないと、途中で動けなくなってしまう。赤道近くではあるが内陸だから、凍るほどの寒さではない。しかし、裸で水につかるとむちゃくちゃ冷たい!

俺たちは無言になって水をかき分けていく。


河の半ばまで泳いだとき、後ろからディナクが声をかけてくる。


「……なぁ、デュクシ。おまえ、女の裸、みたことあるか?」


「……なんだよ急に。いまそれどころじゃないだろ」


俺がうっとうしさ全開で邪険な返事をするが、ディナクのやつは止めようとしない。


「俺さぁ、ヨーステンではサイネアさんたちと一緒にいろんな店に行ったぜ? お前にはまだ早かったかもしれないけど、いろいろと楽しいんだぜ? ずらっと並んだきれいどころの中から、好みの女を選んでさぁ、部屋に入ったらお前、2人ともすごい大胆になるんだ。わかるか?」


「知らねーよ、てかお前、その程度でいちいちマウントとろうとするなよ……」


「マウント? なんだそれ? それよりさぁ、俺が特別なお店で仲良くなったナオミちゃんっていうんだけど、その子がさぁ、将来結婚しようっていうんだよな。それで俺さぁ考えたんだけど……」


「お前それぜったいかつがれてるぞ……」


「え? それでさぁー、婚約の指輪が欲しいっていうから、これ本当に小さい石なんだけど、貯めてたお金で、」


「え? お前、それ、買っちゃったの……?」


「うん? いやいや、本当にちっさい石なんだけど、このくらいの……」


とかいいながらディナクは両手でその石の大きさを教えようとする。

が、当然俺たちはジョブツ川を泳いで渡っている最中であって、川に流されないようにするにはどちらかの手でロープを握っている必要があり……


「あ、あ!……、ガっがふ!」


あっというまに下流へと運ばれていくディナク。もがいたときに川底の岩にぶつけたらしく、苦痛の声とともに水面下に沈む。


ば、馬鹿か……。


どうする? それほど泳ぎが達者なわけではないが、このままでは見捨てたも同然だ。幸い、シャーリーとショートソードは鎧竜に載せてもらっていて、身軽といえば身軽だ。

少し下流でディナクが起こしていたしぶきが、ふと小さくなる。


……くそ、行くしかないか!


俺がロープを離すと、前か後ろを泳いでいた誰かから、悲鳴のような声が漏れるのが聞こえた。だが俺にはそれがだれなのかを確認する余裕などない。

手を離した途端に、ジョブツ川の急流の恐ろしさに全身に鳥肌が立つ。この流れの恐ろしさに飲まれちゃ、助かるものも助からない。無理やり勇気を奮い起こして、呼吸と両手両足の筋肉の余力を持つことに集中する。それから、あまり水の深いところに脚を伸ばさないように気をつける。一瞬だけ水底に向けて顔を沈めたが、水面下には丸く磨き上げられた巨石がごろごろと転がっていて、そのいくつかは水面近くまで盛り上がっている。それらの1つだって、膝で蹴り上げたら、膝頭が割れてしまう……。


慎重に下流に進んでいく途中で、ディナクの上げる水しぶきを完全に見失う。やばい、やばい……。どこに行ったかわからなくなっちまう。


ふたたび水中に潜る。気泡と水流とであらゆる景色がめまぐるしく変わり、呼吸もすぐに苦しくなる。水面に戻り、大きく息を吸う。流れが激しいから、水も少し飲み込んでしまう。

もう一度、水中に行く。もう他の皆がどこにいるかもわからない。呼吸と、疲労と、水音と、水圧だ。


そして渦巻くジョブツ川の流れ……、そのさきに痙攣してるディナクがいる! あそこか!


俺はなけなしのカロリーを消費して、やつが沈んでいる場所にたどり着く。真っ直ぐになんて進めないから、やつの襟首を掴んだのは奇跡に近い。こいつ、ついてやがるな……、いや、2人揃って運が悪いのか?


ディナクを水面にあげようとするが、鉛のように重い。思い切り足をばたつかせて、ようやく自分の口先だけ水面に出すことができる。


「ぷはぁぁああ!」


ガボン、ブクブク……


こんな、こんなんで対岸まで行けるのか? もし、もしもディナクのやつをあきらめたなら、それなら多分……。

俺は水中で首を振って邪念を振り払う。

トアに続いてディナクも失うなんて、不吉すぎる。ここでこいつを見捨てたら、ずっと罪の意識に苛まれる。死んだってアケネー! そうだ、そういう気持ちを最近失っていたな。死んだってアケネーに行くだけ! やるだけやるさ!


俺は対岸へ向かって絶望的な泳ぎを始める。片手にディナクを引いているから、たびたびやつの横っ腹を蹴り飛ばしてしまうが、いい気味、じゃなくてこれは仕方がない。小学校のころ市大会で4位になった平泳ぎで、いけるところまで行ってやるさ。


……


……


途中からはすべての雑念が消えた。あたまの中で言葉は一切生成されなかった。岸が見える、水中、岩を蹴って激痛、ディナクを握る指に感覚がない。頭の上のローブが消えている。水が口に入る。身体が泥のようだ……。


……


……


気がつくと対岸近くで川底に足をつけていた。

ディナクを浮かばせて、よろよろと川岸へ歩いて行く。あたりには誰もいないし、このまま気を失ってもいけない。


だらだらと川の水を垂らしながら、それからかっかっと燃える肌から蒸気を立たせながら、まばらな草木の間を縫っていく。

どうにか平らな場所を見つけ、それはでかい岩の背だったが、ディナクのやつを横たわらせる。しゃがみ込み、顔を近づける。


当たり前だが息をしていない。薄目を開いていて顔面は蒼白だ。心音を確かめるが、ぜんぜんわからない。手首を握っても、手先の感覚が麻痺していてわからないだろう。

ええい、ぱぱよ、じゃなくてママよ……。


教員になったときと、車の免許を取ったときに講習を受けた、蘇生術を試みる。20回胸部を圧迫して、2回息を吹き込むだったか? たしかそんな、だったな……。

俺はもうほとんど機械的にそれをこなした。


死んだら死んだで仕方ないけど、やるだけやってやろう。そんな投げやりな気持ちだったが、2分も続けると、ディナクは気管のそこからがらがらと痛そうな音を立てて、呼気を取り戻した。


それを見届けてから、俺はようやく同じ岩の背にばったりと横たわる。

はるか上空を焼けた雲が素早く流れていた。



          to be continued !! ★★ →

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