act.90_運命の地へ
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「ただの孤児奴隷だと思ってたが、なかなかどうしてたいしたもんだな!」
飼育係のトゥオンが俺の背をたたきながら称えてくれる。オッシアンもソーナにもらった短剣を矯めつ眇めつしながら、「あのウィタ騎士と対等に渡り合うとはな……」と、小声で感心している。
「怪我の治療をするから、ウィタを練りなさいな」
いいながらソーナは、ウーに殴られたり蹴られたりの暴力を振るわれた箇所に手をかざす。いつもの暖かい流れを感じ始めると、いつの間にか痛みが引いている。
すごい、よな。ソーナの回復魔術。これが現代のチキュウにあったら、医学界が驚天動地の反応を見せるだろう。たぶん億万長者の側付きになって、優雅な暮らしができるだろう。
それがここでは俺みたいな奴隷の治療をがんばっている。
赤い拳で殴られたあたりを念入りに治療している。結局食らってしまったウーの必殺技らしき1撃だったが、俺には効果が薄かったみたいだ。ただのパンチより腹にずしんとくるものがあったが、戦闘不能になるほどではなかった。
本領発揮して、つまり全力で殴られたら、死んでしまうのかもしれないが……。
ウーが近づいてきて俺にいう。
「オマエ、ワタシノオーラハンチカ、キカナカッタ。ナセタ?」
ウーも疑問だったらしい。でもその質問には答えられない。たぶん、いや間違いなく正鵠を射ている答えがあるが、ウーには答えにくい。
殴られた瞬間、俺はウィタを廻らせて、ウーの拳からウィタを吸い取ったのだと思う。とっさのことで、自分が本当にそうした価格しょうがないが、「あ、殴られる」とわかった瞬間に、なにか体内を電撃のように走ったものがある。
つまりは、そのときにウィタスティールというやつが局所的に発動していた、のだろう。これはよく訓練して、意識的に出せるようにしたい。命を救われることになるからな……。
首を振って理由がわからないことを示すと、ウーはなおも疑わしそうにしていたが、訊いても無駄だと思ったのかそれ以上訊かない。
「……トモカク、アシタカラハ、ワタシカキミノシトウヲスル。ヨロシクナ」
「はい。よろしくお願いします」
俺は頭を下げて誠意を見せる。初めが大切だからな。
面を上げるとウーがすこしだけ興味深げに俺のことを見ている。あ、竜族の細く割れた目だから、たまたまそういう加減に見えただけかもしれないが。
「まぁ、これで我らがキャラバンに同道することも決定事項になったな」
アイラインがどこか感情のない声で言う。
「そうですね。当初の目的を遂げたといったところですか?」
「ふうん? なんのことだか」
「初めからそれが目的だったんじゃないですか? キャラバンが出立してすぐにパラポネアに派遣だなんて、都合がよすぎますからね」
「……同道してなにをするのが目的だというのかね?」
「そりゃあ、僕の討伐ですよ」
俺が言うと、アイラインは顎もさすらずに俺のことをじっと見る。実はこいつ、ウーに頼らなくてもふつうに先のことを考えることができるんじゃないのか……。なにやら急に不気味さをました目のまえの騎士の姿に、俺は警戒心を解くことができない。
「君くらいの存在なら、あれこれと計画を練らなくてもいつでも消すことができる。自分が重要人物であると誤解しているのではないかね?」
「あなた方の立場でいえば、これまでいなかった、対話可能な、これまでのところカルマを逸脱していない不死者、またはその眷属、ってことになりますからね、僕は。それなりに重要なんじゃないですか?」
「……長生きしたいと思うならば、あまり我々を挑発しないことだ。かりに不死者と関わりがなくとも、降りかかる火の粉を払わぬ我々ではない」
チッ……。このおっさん、こっちが本性だったか。
教義に関わることとなれば問答無用だ。そもそもがウィタ騎士はライフストリーム教会の武断派、戦力なんだから。
俺はきびすを返してアイラインから離れる。いつまでもこいつと一緒にいたくない。こいつとはいずれ、いずれ殺し合いをするかもしれないんだから……。
鋭い目つきで俺とアイラインの会話を聞いていたソーナを促して、キャラバンの皆が集まっているあたりに戻っていく。
トゥオン、若い日でも思い出しているのか、ちょっとまぶしそうに俺のことを見ている。
オッシアン、相変わらず俺の小剣を持ったまま、何か訊きたそうに嬉々とした表情を浮かべている。
ララ、口をぱかっと開いて、いまにも俺に飛びかかって抱きついてきそうだ。
ナスィール、生きてたのか、こいつ。分銅のついた鎖を手元でくるくる回している。相変わらずだな。何か気になったのか?
鎧竜たち。腹が減ったのか、トゥオンの頬に顔をすりつけている。見てたか? いまの俺の勇姿を……?
そしてスペシャルサンキュー、ヨーステンの町の人たち、拍手したり、何かやんややんやとはしゃいでいる。これから飲み屋にでも行くんだろう。あんまり俺のこと気にしてないな。たぶん、賭をしてたっぽい。なんだよ、その雑さはさ-。
だがなんていうか、どこかすっきりした楽しさがある。
俺の存在はウィタ騎士たちに把握されつつある。だけど、仲間といえる人たちも、側にいてくれる。これって、重要なことだよな。
俺は前世でも感じたことがない気がする高揚感に包まれながら、ヨアンナの方を見る。師匠は不肖の弟子でも見るように、しかたのないやつ、って感じで、片眉を上げて曖昧な笑顔を浮かべている。しょうがないですよ、って感じで両腕を開いてみせると、口元がだんだんとほころんでいく。白い歯が見え、「ふふふ……」と、声が漏れてくる。
ヨアンナ師匠、最高に美しいな! そろそろ距離を詰めていきたいっ!
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ウィタ騎士が同行することについて、カトーはあっさりと承諾した。
パラポネアへ続く道の危険さ、道中の万もめ事に対する教会の影響力を考えれば不思議はない。
キャラバンの出発の日、駄獣たちの停留している広場には、すこし所帯の大きくなった一同が集まっている。
飼育員、雑役たち、朝から忙しそうに準備を整え、あ、俺もだが、すっかり意識の覚醒した顔をしている。
傭兵たち、準備が整ってから広場に集まってきたこいつらは、眠たげにしているやつもいるが、装備はちゃんとしている。
客人、ナスィールとヨアンナだ。ナスィールは荷車の中だろう、姿は見えないが、たぶんいる。ヨアンナは……、俺の横で寝ている、じゃなくて鎧竜に乗っている。ヨーステンで見繕ったのか、乳白色のマントを纏っていて、ますます神々しい。俺の視線に気がつくと、なんじゃ? とばかりに首を傾げる。
キャラバンの運営者たち、カトー、ソーナ、ハスドルバル。カトーは皆の前で鳥トカゲに乗って、荷物の最終チェックをしている。ソーナは飼育員と連れだって、駄獣の健康状態を調べている。ハスドルバルはカトーと同じく、交易品らしい積み荷のチェックをしている。
それから……、同行する2人のウィタ騎士。
茶色のマントを目深にかぶり、いかにも胡散臭げな長身の2人。アイラインとウーはどことなく不穏な空気を纏って佇んでいる。
総勢22人の大所帯だ。
晴れているが風の強い日だ。皆の纏うマントに砂を含んだ風が吹き付けている。鎧竜の硬質の瞳が細くすぼめられている。ときおり晴か上空の風鳴りに、首を高く上げて耳をすましたりする。
やがてカトーから号令が下って。キャラバンはゆっくりと歩き始めた。
ヨーステンの町は俺たちの出立を静かに見守る。夜に街角を賑わわせたやつらは今ごろ深い眠りについているだろう。パンや薪を売る僅かな店が商品を並べている。
この街の一番の商売だという、奴隷市には結局いけなかったな。いや、見なくて済んだと思った方がいいのか? 学者としてはやはり見てみたいから、嫌な気分を味わうにしても、いつかは行ってみたいな。帰路には見られるだろうか……。
……
……
ヨーステンを出発して数時間もすると、未舗装の細い街道は緩やかな下り坂になる。グレートカッティングを過ぎたあたりから台地になっていたが、それがこの先は高度を下げていくんだろうか。そういえば少し灌木林が増えてきた気がする。
俺は1度鎧竜を降りて、街道の脇の荒れ地から土壌を採取する。それを手に握ったまま鎧竜に再び跨がり、騎乗で土質を調べる。
粗い粒子の混ざった赤土で、たぶん強い酸性だ。農業には適していない。まぁそうだろうな、ヨーステンから先はジョブツ川を経てパラポネア、ドザ監視所とかいう紛争地帯の休憩所、それからハザール連合国というのに所属しているマルム村、同じくカーム集落、抜けて港町ピリクカカンにたどり着わけだが、前半部は内陸の、大きな町のない不毛な地域だ。
初めから聞いていたが、この交易行で最も難所とされている、総程4ヶ月の距離だ。なにしろ馬車でかっ飛ばせるような道は皆無だから、距離にしたら千キロとかそんなところだろうが……。
キャラバンのメンバーに余計な手荷物を抱えているようなやつは1人もいない。心なしかみんな表情が引き締まっている。大人の階段を上ったらしいディナクのやつも、炊事用の荷物なんかを背負って、生真面目に足下を見ている。先のことだかを考えているのかもしれない。
若いんだから足下なんて見てるなよ、と、俺は前方を見やる。なだらかな山々の間を縫って、脇に草木の茂る道が続いている。ちらほらと旅人もいるが、ほとんど俺たちに見向きもしない。目を伏せ、疑わしげに視線を投げるだけだ。
貧しい土地では人の心も荒廃しているのかもしれない。衣食たりて礼を知るというしな。
行く先はなにやら空が曇っている。雲もかなり出ているらしく、遠目にもそれが強風に靡いているのがわかる。あの山を越えたら、ジョブツ川が流れているんだろうか。そしてその先には不死者の目撃されたという廃墟、パラポネアがあるはずだ。
不死者「兆行」はどんなやつだろうか。アイラインの話を聞く限り、対話のできる相手ではないらしいが……。テニスと同じような性格だったなら、それは誤情報だろう。テニスは決まったわけではないが、たぶん不死者であって、対話は普通にできた。兆行にそれができないとは考えにくい。それとも不死者というやつは、個体によって形態とかが大きく異なるんだろうか?
俺は隊列の最後をついてくる2人のウィタ騎士を見る。厚いフードの影になって表情はうかがえない。
この先、あのうちの1人、ウーに指導で俺は長剣対策を学ぶことになる。そして、厄介なことに、難所である遺跡周辺でオッスと勝負しなければならない。
オッスのやつはたんにウィタ騎士と土着のやつらが戦った戦地でやりたいだけらしいが、迷惑な話だ。だが、避けては通れない。
乾きを感じて革袋から水を飲む。
苦みのある硬水が喉を浸して体内に落ちていった。
to be continued !! ★★ →




