act.89_裁定と条件
あーと、呪いの技を試してみたかったんだがどこか間違えちゃったかな。俺、学者だし、筋肉で戦うとか練習もしてないからな……。
まぁ……、さてどうする? 魔素を吸収する技は不死者の技だ。よりによって不死者の宿敵であるウィタ騎士の前でそれを発動させてしまったが……。このまま技を続けるか、それとも中断してもう一度無知り合いのような戦いを続けるか?
アイラインが見たいと言っているのは俺の剣術だから、あえて魔術を使う理由はないんだが、いいところもなく負けてしまうのも不甲斐ない。ダンシィとしてはひとつここで俺の特殊な技を見せて周りを黙らせたいぐらいの気持ちはある。だが、そうすると色々と台無しにしてしまいそうだ。
そうはいっても、ウィタ騎士の攻撃をここまで凌いだんだ。認められたんじゃないかな。周りからも歓声が上がってるしな。
よし十分だ。ウィタ集めはこのぐらいにして、集めたウィタで戦うことにしようか。あとは適当にごまかして……。
「あーなんだ、この武器はおかしいな! 不思議だなぁ、何が起こってるのかなぁ? ちょっと怖いぐらいだー。あんまりこの武器を強く握って集中するのはやめたほうがよさそうだなぁ、ほんとびっくりしたなぁ!」
うむ。自然な反応に聞こえたことだろう。
どうだとばかりに俺は周りを見る。
ヨアンナは自分の体から漏れていく魔素を眺め、それからその漏れ出た魔素を吸い込んでいたらしい俺を眺めて何か考え込んでいる。特に抵抗するというでもなく、この現象を見極めたい様子だ。
ソーナはジト目で俺のことを見ている。相変わらず腕を組んでいて、なんとも機嫌が悪そうだ。王都の南門衛門督ダキシャラから止められた技を俺がこの場で使ったから、そのことに対する抗議だろう。あ、あと、ウー姉さんが俺にちょっかいを出したからな、うん。そもそもソーナは事情を知っているから、ごまかすのは難しい。
ララは普段から魔素を集めて筋力を増強するといったような技を使ってないから、ひょっとしたら魔素の流れそのものが見えていないのかもしれない。苦戦する俺を見てハラハラした顔つきだ。そもそもララは、俺が周りの術者から魔素を吸い取ったとしても、気にしない気がする。
で肝心のアイラインとウーは……あ、やばいなあ……、厳しい目で俺のことを観察している。明らかに何かを見極めようとして見ている目だ。 あいつらからしたら、普段から身に纏っているウィタのオーラがどんな動きを見せているかなんて一目瞭然のはずだ。あれは不死者の技だと感じ取って、俺に対する警戒を高めていることだろう。ひょっとしたらこの場で討伐することになるかもしれない。あっ、て言うか、成敗されることになるかもしれない。
うん、もうここまで来たら戦うしかないでしょ?! 俺も力を見せつけるという仕事を完遂するまでだぜ!
いや! ちがう、焦るな。戦って勝つ意味ないし、ウーとアイラインが本気でかかってきたら勝ち目はない。周りが助けてくれるにしても、すごい迷惑だろうし、この先ずっと逃亡者になる。それじゃあ、文化人類学者にもなれないな……。
よし、ここは短気は損気を採択しよう。何しろ俺は大学准教授。ものごとは理性で進めないとな。
うむ、突然発狂したように戦い始めるなんてないわー。ここは何とか凌ぐしかないっ。
「あー、えっと、いまのはなんなんでしょうか? 僕、びっくりして戦いどころではない気がしているんですが?」
「……いまのはまさに不死者の技、ウィタスティールではないのか?」
アイラインは剣の柄に手をかけている。ウィタスティールって言うんだね。
「少年カナエはやはり、不死者に通じるものであったか」
ゆっくりとアイラインが腰を落としていく。
「あー、いえ、なんのことだかぜんぜんわかりません。えと、ほら、そんな容疑を受けながら戦う気もありませんよ?」
俺はショートソードを足下に投げる。弾みをうちながら地面に横たわる小剣を、しかしウーもアイラインも見ていない。なんだか空しい音を立てて、剣は俺から離れる。
ここで集めたウィタを周囲に解放する。焦らずにゆっくりだ。あせっちゃだめ、やさしくな!
「そ、その小剣にへんな付与魔法がついてたんじゃないのかなー? もともと荷車にあったやつとちがうから。考えてみればおかしな話よね。見覚えのない武器が、いつもの場所にしまってある時点で怪しまなきゃだけど、ついついカナエが欲しがってたから……」
ソーナが無理やり口を挟んでくる。俺とウーを囲っている人垣から2,3歩進み出て、身振り手振りで皆にアピールする。ありがとう、ありがとう。
「カナエは記憶を失っており身元は不明じゃが、ワレがこれまで隣で見てきた限り、けして邪悪な存在ではないな。隊商の奴隷のとして過ぎたことも特にない。騎士殿の疑いもわかるが、根拠のない嫌疑は命の流れを乱すであろうな」
ヨアンナが皆を見渡して言う。ついさっきまでは俺のウィタスティールに驚いていたが、もうその衝撃を振り払っている。そして俺をかばうべく、観衆に向けて無害を主張している。ヨアンナが着るライフストリーム教会の意匠を凝らしたカソックは、彼らの心理に絶大な効果を与えるだろう。
ウィタ騎士の2人にしたって、騎士と僧侶が意見を割って言い争うところなど、皆に見せたくないはずだ。いいぞ、いいぞ。
「ですが、ヨアンナ殿、いまの技は見まごう事なき不死者の技。以前より教会では、そのような邪悪な技を駆使する存在について、問答無用で討伐してきた経緯があります。ここはやはり、論ずるより行動に移るべきかと」
こいつ……。軽く接してみて穏やかな性格に感じていたけど、やはり中身は満身筋肉のウィタ騎士。俺を討伐したくて仕方ないらしい。王都の奴らと大差ないな……。俺は残念だよ、アイライン。いいやつだと思ってたのに。俺が不死者関係だと疑われた途端にこれかよ。しょせん脳筋だな。
「騎士殿の言うことは事実だ。しかし、この少年のように我々の内に入って、隊商の奴隷として粛々と働いている不死者などこれまでにいただろうか? ナレらの胸に問うてみよ。そして命の流れの言わんとするところ、ホシの意思を問うてみよ。なにも考えずに討伐することが、いますべきことでおじゃろうか?」
「むむむ……」
アイラインは剣の柄から手を離し、落としていた腰を上げる。無精髭をしごいて難しそうな顔をする。実際にはあたまの中は空洞に近いから、悩んでいる振りかもしれない。
その証拠にさっそくウーのほうへ視線を投げて、どうする? どうする? とばかりに、耳を指さしたりする。本当に情けないおっさんだ。なんでこいつが錬士でなくて教士なんだろうな……。
ウーは相変わらず俺のことを見ている。視線の厳しさがいっそう増して、これまでどこか温かみのある表情だったのが、いまは虫けらでも見ている感じだ。
あかんかな……? 頭脳であるウーがこんな態度では、見通しは悪い……
「ショウネンハ、ワタシノ震撃カキカナカッタ。ソノコトタケテモフツウテハナイ……。タカ、ソレシタイハ、フシシャとカカワリアルワケテハナイ。ムツカシイ。シカシ、ナヤムノカ、ワタシタチノ、ヤクワリテハナイノタ……」
ふむ。
実戦部隊はあくまで教義に忠実に行動するだけか。
……じゃあ、決裂かな。
「アツカリトシマショウ」
ん?
えー、預かり、ってことか?
「ヨアンナトノノアツカリテス」
「ふむ。では、この場は教会の尼僧であり、高名な範士であらるるロシャーナ・ウィンディア様の一番弟子、ヨアンナ・ハルノ殿の預かりと致そう」
「よかろう。もとよりそのつもりでおじゃる。引き受けた」
観衆がざわつく中、アイラインとヨアンナが即断して声を上げる。てか、ヨアンナ師匠、家名はハルノなんだな。これまで知らなかったなんて、弟子として情けない。もっと話を聞かないとな。
それはともかく、なんか討伐は逃れたっぽい? 急展開だなぁ……。
「預かった以上は、この後の少年の行動については教会に逐一報告していただき、また、不死者と断ぜらるるときは、とうぜん、即座に討伐対象となり、尼僧殿にその任が下る。よろしいですか?」
「異存はない。これまでもそうしてきたでおじゃるからな」
「ふむ……。では少年カナエは不死者またはその眷属と疑われるが、その行動について特筆すべき点があるため、処分については尼僧ヨアンナ殿に預けるものとする。このことは大聖堂の範士様たちに報告させていただく、よろしいですな」
「よろしい」
「それと……。穢れた技を人に晒すことを禁止させていただく。あのようなものを我々が許容していると思われては、人心の動揺に繋がる」
「無論じゃ。カナエとて、為そうとしてやったことではなかろう。じゃが、契約とはお互いに条件をのんで成立するもの。ワレらにそうした枷を嵌めるのなら、ナレどももまた、ワレの許しなくカナエに手を出すことを禁ずるでおじゃる。よもや飲めぬとは申すまいな?」
「……よかろう」
へ、かっけーな、ヨアンナ。
ヨアンナが即座に頷くのを見て、アイラインは納得したのか柄から手を離す。討伐は免れたか。なんだかちょっと、いろいろと急展開過ぎて気持ちが追いつかない。みなが決められたセリフをしゃべってるみたいだ。
とはいえ、さすがに訓練は引き受けてくれないだろう。これで対オッスに向けた長剣の稽古は無理そうだ。そうおもって投げた小剣を取りに行こうとすると……。
「よし、では模擬戦の続きを許す。始めろ」
へ? いまなんて言った? 俺は慌てて腰に下げたシャーリーを探る。
「ナニヲユタンシテイル。イクソ?」
ウーは再びウィタのオーラを高めて、長剣を高く掲げる。
……まぁ、なんだろうな、たまにこの世界の人たちの考え方がわからない。文化が違う、ってやつか……。
……
……
そこからの模擬戦は集中が途切れたこともあって、俺もウーも散発的な攻撃に留まった。
お互いに相手の攻撃パターンがわかってきて、それこそ稽古みたいに反射的な動きで防御できたことも大きいだろう。俺がウーの攻撃に対してそうした守り方をできたことには、たびたび観衆のざわめきが起きた。アイラインだけでなく、ヨアンナとソーナもいたく感心していたようだ。
とはいえ、騎士と対等に渡りあえたわけではない。
ショートソードを投げ捨てたまま拾わなかったのが大きい気がする。シャーリーは頼りになるが、ソーナからもらったショートソードのしっくり感とはぜんぜん違う。
不死者の技も使うなって、いわれたしな。俺様の能力半減どころではない。長剣による攻撃はかわせても、体術を避けきることはできなかった。
蹴りやパンチがきれいに決まることが2回あって、アイラインによって模擬戦の終了が告げられたときには、わりとぼろぼろだった。
座り込みたいところをほとんどやせ我慢で立っていると、ソーナが近づいてきて負傷の程度を診断していく。礼を言いながらも俺が注目しているのはアイラインの判断だ。
このおっさんに何かを委ねるのは不安でしかないが、この場はしょうがない。長剣対策の指導について、ウーと稽古をすることが許されるかどうか、いろいろあったが重要なのはそこだ。
アイラインはウーの側で何事か話している。ダメージの具合でも訊いてるんだろうか? でも、俺がウーにあてた攻撃なんて、かすり傷ばかりだ。武器をシャーリーに変えてからは、防戦一方だったからな。
ややあってからアイラインとウーが向き直る。
「本式でないとはいえ、ウィタ騎士相手によく戦った。冒険者カナエは錬士ウーの指導を受けるに、実力十分と我々は判断した。よって、事前の約束通り、パラポネアまでの道のり、長剣対策について指導することを許可しよう」
へぇぇ……。太っ腹だな。まさかまさかの展開だ。まぁ、何か思惑があるんだろうな。
キャラバンを追うようにしてこの街まで来たこと自体、俺を監視するためだと思うしな。
しかし、剣術の指導まで許可してくれるなんてね。俺にとっては幸運だけど、はて、ウィタ騎士になんの得があるんだか。
俺が合点のいってないことに気がついたのか、アイラインが言葉を足す。
「本来であれば不死者との関わりを疑われる状況で武芸の指導などあり得ぬが、ヨアンナ殿が監視を約束してくれたこともある。それに、騎士が約束を違えたなどと噂されても困るというものだ」
なるほどね。教会も、末端の騎士に対して案外教育が行き届いてる。あ、末端かどうか知らないが。
ともあれ、これでオッスとの勝負にいくらか勝ち目がでてきたんじゃないか?
to be continued !! ★★ →




