act.88_俺vs錬士ウー 其の2
「オマエ、ナカナカ、スハヤイ。コウケキ、アテルノ、タイヘン……」
ウーがしゃべった! なるほどな、声帯の構造が人族と違うから、しゃべるのが苦手なんだ。それで、人前ではアイラインに囁くことしかしない。しゃべれないわけじゃなかったんだな。いやぁ、ちょと感動した。こういう声なんだねー。
「ウィタ騎士と戦うのは初めてなんだ。他の誰かと戦っているのは見たことがあるんですがね。できるだけ粘って、どんな戦い方をするのか見てみたいです」
俺が言うと、ウーは一瞬だけ目を見開き、それから細めてにんまり笑う。それがなんの笑みなのかは口に出さないでいる。
いっちょ遊んでやるか、ってことなのか? でも、これでも教会に仕える騎士だもんな、揉んでやる的な考え方はしないかもしれない。戦士としての血が騒ぐ、といったところか。
ウーがにじり寄ってくる。ゆっくりではない。間断なく素早い動きだ。地面の上を滑っているようだ……。
竜族の種族的なテクニックか? あ、裸足って訳じゃないけど。
長剣を片手持ちにして俺に迫ってくる竜族の女戦士。長く撓る腕で大きく振りかぶり、俺が懐に飛び込む間を与えずに、一気に振り下ろす。身を躱した方向へ、吸い付くように軌道が曲がり、余裕を持って避けたはずがそれこそ皮一枚で逃げる。
仰け反った体勢になったところを、赤く光るウーの左手が、赤く光ってる!
「う、おおぅ!」
ほとんど本能で手のひらにウィタを展開して、ウーの拳の軌道を逸らす。
俺の左手とウーの肌とが触れている面に、火花のようにウィタの飛沫が飛ぶ。
焼いた鉄板に触れたみたいに、手のひらがかっと熱くなるが、なんとか攻撃をしのぐ。
やられてばかりではいられないと、俺は無銘のショートソードでウーの脇腹のあたりをつく。あ、意外と通る? と思った瞬間に、小剣の腹が拳で払いのけられる。
ぶ、ぶん殴って弾きやがった。
衝撃で身体ごとよろめいたところを、ふたたびムチのような腕が振るわれる。てか、あの赤く光る拳で殴られるのだけはごめんだ! とっても嫌な予感がする。
俺はそれを全力で躱す。1回転し、その勢いで篭手をねらって剣を振るう。
ガキィン!
と、硬質の響きと衝撃が俺の上半身に伝わってくる。
ぱっと、黄緑の鱗が2、3枚はねあがる。
よし、入った!
思った瞬間に、ウーの左手が頭上から叩きつけるかのように……
ドボッ!
「う! げぇぇ……」
右胸にハンマーが打ち下ろされたみたいだった。
くにゃっと膝が曲がり、思わず尻餅をつく。身体に走った衝撃が傷みとして脳に達する前に、こんどは極太のバネのような脚が俺に向かって……、ってこれじゃオッスと同じじゃねぇか!
俺は全力で腕をつき、腕力で跳躍する!
筋肉をビキビキいわせながら11才のからだが宙を舞う。背後へ反り返った顎先を、ウーのつま先が過ぎていく。
驚いた表情のウーと、離れて囲っているアイラインの顔。
だめでしょ!っとばかりに再び長剣が打ち下ろされるが、小剣でいなす。跳ね上がる返しの1撃も、再び小剣の腹で滑らせてしのぐ。
長剣をあてたまま力を込めて押し倒そうとしてくるのは、剣を頭上に担ぐみたいにして横に逸れさせる。
抜けていった長剣の遠心力で回し蹴りが迫ってくる。
俺は両手をウーの脚に当てて、宙で1回転してそれを避ける。着地と同時に後方転回、どうにかこうにか距離をとる。
「「おおー」」
いつのまにかギャラリーが集まっていて、トゥオンやオッシアンだけでなく、見たこともない町民まで歓声を上げる。
「猿みたいに身軽いわね!」
ソーナは褒めているんだか馬鹿にしているんだかわからない評価を下してくれる。
ウーは俺の小剣が当たったあたりを気にして、ちょっと視線を逸らしている。俺からも当たったところが見えているが、べつに青い血が出たりとかはしていない。鱗が剥がれただけで怪我というほどではないらしい。
竜族の鱗ってそのまま防具といえる頑丈さのようだな。
「オマエ、イマノママテモ、ツヨイ。ミタメトハ、チカウナ。ユタンテキナイ」
「ウィタ騎士様にそう言っていただけると、自信がつきます」
「オマエ、キシニナルヘキ。ソウテナケレハ、ミチニマヨウ。ヤカテハ、キョウカイノテキニナルカモシレナイ」
「あなたの教士様と同じことおっしゃいますね。でも、僕には先のことはまだわからないんです。やりたいことははっきりしていますが、まだその端緒にもつけていないから」
「ヤリタイコト? ナンタソレハ?」
ウーは小首を傾げて俺に問う。
俺は1つ咳払いをしてから、一気呵成に説明してやる。
「文化人類学ですよ。この世界の人間がどのように生きてきて、これから先どのように生きていくのか。なにを食べなにを着てどんな家に住んで、どんな習慣、文化を育んできたか。それからそうした人間がこのあとの世の中をいかにして生きていくか、そうしたことを解明し、皆で考える学問です」
ウーは息をするのにちょっと開いていた口をつぐむ。まぶたを2,3回すばやく瞬きさせてから、ゆっくり口を開く。
「オマエ、スコイコトヲカンカエテイル。リッパタナ。ワタシ、チョット、オマエノコトヲモットシリタクナッタ」
大きい口の口角をぐいんとつり上げて、ウーはにっこり笑顔になる。プライスレス……、のような気がする。しかし、だ……
「なに言ってんのよ。ちょっと」
ソーナがきりきりと目をつり上げて、俺のことを睨みつける。腕を組んで仁王像みたいにすごい目をしている。
俺、なにかしましたかね……、ウーがひとりでに変なことを言い出したんだけど……。
「訓練に集中しなさいよ。せっかく騎士様に稽古つけてもらってるんだから」
「まあまあ、ソーナよ、あまり厳しいことを言わぬほうがよかろう。カナエとて、ナレのことは大切に思っておろうに」
「な、なにいってるの、そういう話じゃないでしょ、ヨアンナ。私はただ、カナエが話が逸れるようなことをしているからそれを……」
ごにょごにょとなにか言っているが、ウーが再び長剣を構えたので俺はそっちに意識を集中する。
こんどは剣の腹を左手の腕に乗せて、飛び込んでくるらしい。ぐっと脚に力を入れて、地面を蹴り上げる。いっきに距離を詰めて、竜族の顔が目前に迫ってくる。
む、赤いウィタのオーラがウーの左手を覆っているな! だから、あの赤いのはなんだっての!
とにかく赤いオーラで殴られたくなくて、俺はウーの軸足方向へステップする。
ヒュッ
俺の鼻先にとんでもないリーチで長剣が突き入れられる。ぎりぎり届かない距離だが、反射的に首を傾けてバランスを崩してしまう。あー、なにやってんだ、と思った瞬間に、脇腹に赤い拳が……
ドンッ!
視界が一瞬真っ白になって、胴がくの字になる。口からどばっとよだれがほとばしり、ウーの肩口にびしゃびしゃかかる。
「ぅげぇぇ……」
俺の身体は手裏剣みたいに大の字になって吹っ飛ぶ。一瞬、笑顔のアイラインが見える。く、くそ……。
なんとか受け身をとって片膝をつく。長剣を振りかぶったウーが目の前にいて、剣で受け……、剣がない! どっか飛んでった!
「ヒュッ」
またしても鼻先をかすめるウーの長剣。切り返して跳ね上がってくる剣を飛び退って避ける。またこのパターンかよ!
横凪、ウーの軸足へ飛び込む! 毎回後ろには避けんよ!
すぐさま俺の眼前に岩のような膝が突き上げられ、それを掌底で払いのける。なぜかウーのおまたのあたりに身を潜めているが、くつろいでる余裕はないっ。
頭上から肘打ちが襲いかかってきて、俺は膝を突き飛ばすようにして一気にウーの脇へと移動する。
「チョコマカトッ!」
いらだつウーさん。てかけっこう滑舌いいじゃん。
で、小剣はどこ飛んでった?!
背後を狙うようにしてウーを中心に横移動しながら、俺は離してしまったショートソードを探す。
……ない、ないっ! どこだ?!
ウーの正中に徐々に捉えられて、これ以上時間を稼ぐのが……。あ、あった! くそ、ばかめ、アイラインが指先で拾い上げて何か見てる!
「よこせぇぇぇ!!」
俺は一気に跳躍してアイラインの目のまえに着地する。
「あ、すまんな。飛んできたもんだから、どんな剣かと思ってな」
はいどうぞ、って感じで、アイラインは柄の方を向けて俺にショートソードを返す。
いささか気まずそうではある。
紳士、じゃねーよ、こいつめ。さすがにいらついて睨みつけるが、相手にしている時間はない。
剣を両手で持って、ウーへ相対する。
構える俺を見て、楽しそうに笑ってやがる。そろそろ必殺の一撃できそうなんだが、いったいいつまで模擬戦やればいいのか?
「……もうよいのではないか?」
と、ヨアンナが俺の思いを察してくれたのか、アイラインに提案する。
「もうちょっとだけ見てみたい。少年が小剣でちゃんと戦えるかどうか」
「ふーむ、ではいたしかたないか」
ヨアンナ、あっさり撤退。
よくわかった。俺だって禁じ手はたくさんあるんだ。こうなったら、俺がウィタ騎士の指南についていけるだけの実力があると、見せつけてやらなければならないな! なーに、南門のダキシャラだって、俺の技を見てもそれほど驚愕したりしなかった。もうつかうなとは言ってたけどな!
俺はウーと情熱的に見つめ合いながら、体内のウィタ回路を燃え上がらせる。
ぐんぐんと魔素が集まってくるのがわかり、それがすべて俺の力として働くことを想像して、なんだか鳥肌が立ってくる。
みんなの力を俺に貸してくんろだぜ!
無駄に両腕を大の字に広げて見せたりしながら、俺は際限なくウィタを集める。あ、なんだか周りから動揺の声がする。
「こ、これは……?」
ふふふ、びびってんじゃねーよ、これからだ、これから真の恐怖を教えてやるっ!
「ワレの魔素がカナエに吸い取られてゆく……?」
ん? あれ……?
そっちの技が発動してる?
to be continued !! ★★ →




