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act.9_ムンド村の教会

ムンド村でテントの設営を許可されたのは、ぬかるんだ泥地だった。

そんな場所でも、集落の中で泊まることを許されるのが珍しいらしく、商隊のメンバーは明るい表情をしている。


料理を担当している人族のマグノラおばさんなどは、調味料などが仕入れられるかもしれないと、喜んでさえいる。足下は泥に沈んでいて、革のブーツがすっかり汚れているにもかかわらず。


俺は身体が軽いからまだましだけど、この村にいる間中、泥の中に足を突っ込んでいるのかと思うと、水虫とかいろいろ心配だ。これで好待遇なのかね。


カトーは村長に挨拶に行くとかでソーナとオッスを連れて商隊を離れたが、そのときに装飾の施された木箱をひとつもっていった。あれはたぶん村長に贈るんだろう。いわゆる貢ぎ物だ。

中身は王都で売りさばくというムースクかもしれない。ていうか大きさからして、香料のかけらだろう。

それだけの価値があるということは、これまでの付き合いや、これからのことなど、いろいろと頼むんだろうな。


まぁそれはカトーがよきに計らえば良いことだ。

俺はテントの設営や、夕食の準備を手伝ったあと、いまがチャンスだとララを探す。


ララやほかのコリー族、一部の人族の男たちは、テントから少し離れたところで、武器と防具の手入れをしていた。なんでみなが揃って手入れを始めたのかと不思議に思って訊くと、村の中に鍛冶屋があるとのことだった。鍛冶屋ってことは炉があるということだ。

武器や防具の傷みをここでいくらか直したいらしい。


こんな小規模な村にあって炉をもっているということは、かなり商売繁盛だろうな。とはいえ、薪を集めるのはさぞかし苦労するだろう。


ところで、10人近い傭兵たちが(商隊は商人が11人いて傭兵は9人だ)、みなが一斉に鍛冶屋に行くんだとしたら、それだけ戦闘の機会が多いということだろうか? 俺が見た傭兵の戦闘は、オッスとオオグチの一騎打ちだけだったが、あんな怪物との戦いが実は頻繁に発生するのだろうか。

商隊は南にあるという砂漠の町、ムンからやってきたというが、ムンはどのくらい離れているのか? 実はめちゃくちゃ遠かったりしてな。

それならば、長い移動期間に、それなりに武器防具を使うことがある、と理解できるが……


「ねぇ、ララ?」


と、俺は疑問をそのままにしておかない賢さで、さっそく質問攻めにする。


「ムンはここからだと、そうね、歩いて2ヶ月くらい離れているのよ」


ララはヘッヘッヘッと、手を止めてうれしそうに教えてくれる。俺は横にしゃがんで、地面に並べられたララの防具のうち、俺の力でも手入れできそうな小さいものを手にとって、ささくれなどを石でつぶす。


「2ヶ月か……。けっこう遠いんだね」


「そのくらい離れている方が良いのよ。農民や王都の人が、普段行けないような場所から荷物を運ぶほうが、買うときと売るときの値段が大きく違ってくるんだから。私たちみたいな商隊の生活を成立させようと思ったら、それなりに儲けないとね。カトーはよく考えているわ」


「なるほどね……。この村は農地の大きさに比べて、住んでいる人が少ないように見えるけど、お城に収める税は、農作物なの?」


「そうよ。農民は、場所によっては作物をお金に換えて収めるようにいわれているところもあるけれど、ムンドは王都に近いから、そういう面倒は課せられていない。麦と、少しの特産物、労働力が主な税ね」


「特産物って、たとえばどんなものなの?」


「ムンドはたしか、森でとれる香辛料や、季節の食べ物ね。麦とは別に、それを定期的に王都へ収めている。場所によって違うのよ。海沿いなら海産物、川沿いなら、瑪瑙や川魚、山なら鉱物や肉類。ほかにも魔法都市なら、魔術に関する研究報告を納めたりするの」


「ほ、ほ~う。魔法都市かぁ」


「魔法都市ブルラーイ。3千年の歴史がある、古い街。王都の遙か西方に位置してる」


「そっかぁ、行ってみたいなぁ」


「カナエなら、きっと行けるわ」


ララが笑顔で励ましてくれる。


「お腹空いた?」


「いや、お腹はすいてないけど、実はララにお願いしたいことがあるんだ」


なぁに? とララは首を傾げる。もふもふしたくなる笑顔だ。俺は何となく意気を削がれて言いよどんでしまう。

それをみたララは、なにか思うところがあったのか、俺の肩に手を回して、身体を寄せてくる。

なんのためらいもなく頬をすり寄せて、耳元で優しく語りかけてくる。


「あなたは記憶を失うくらいひどい目に遭って、苦労してきたんだから、これからは私のことを頼っていいのよ。私もあなたが一人で生きていけるようになるまで、できるだけのことをすると言ったでしょ? だから……、遠慮しないで言ってご覧なさい?」


俺はなんだか泣きそうになった。


この村のなんだか散然とした雰囲気、この世界のどこか殺伐とした空気、そしてこの子供の身体の無力さ、あまり考えなかったが、どこか心細く思っていたのかもしれない。


ララに出会えてほんとによかった。


糞女神やテニスちゃんは結局のところ、俺をいいように使いたいだけだ。もちろん無視はできないが、なんていうか、親身じゃない。

それに比べて、この商隊の人たちは、冷たいけれど、それなりに自分たちの生活を支えながら、俺に関わってくれる。ララなんかは自分から面倒を引き受けてくれる。

コリー族、素敵だな!


俺はいつかララとコリー族のために働こうと心に誓う。


で、誓いながら図々しくお願いする。


「俺、剣術を身につけたいんだ」


ララは笑顔のまま静止して考える。


「剣術?」


「うん、オッスが使うようなあんな長剣でなくても良いんだけど、コリー族のみんなが使ってるハチェットじゃなくて、つるぎじゃなくちゃだめなんだ」


いいながらシャーリーを抜いて、素振りをしてみせる。シャリーは相変わらずいい音で空気を切って、軽快な音を鳴らす。音だけは完璧だ。


「なにか剣でなくちゃいけない理由があるの?」


「うん。ごめん、いまは言えないんだけど、いつか、話せたら良いと思う。でも、いまは、できれば、なにも訊かないで手伝って欲しい……」


ララは優しい表情で遠くを見つめる。


他のコリー族はとっくに鍛冶屋へ向かっていて、ここには俺とララしか残っていない。いいんだろうか? ここで俺なんかと話していて。俺はますます申し訳なくなる。


「私はね、カナエは算数とかの知識を使って、会計係とかになれば良いと思ってたの。そういうのがあなたの性格には向いている気がする。でも……、カナエがそういうふうに思うのなら、私はだめとはいわないわ。あなたのやりたいようにするべきね。だから……」


ララは立ち上がって俺に手を伸ばしてくる。

俺はその手を取って、隣りに立つ。


「いいわ、あなたに戦い方を教えてあげる」


「ララ……、ありがとう!」


よし……、道筋はついた。

がんばるぞ。なんなら百傑百柱の1番に名前を刻んでやろう!


「じゃあ、さっそくその棍棒で素振りしましょう」


え? ああ。了解!

なんていうか、ララ、わりとさっぱりしてるところもあるよね!


俺はそこから、あれやこれや姿勢を正されながら、千回ぐらい? 素振りをした。てか、鍛冶屋に行かなくていいのかよ?



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



夕方になりララとの訓練、まずは体力作りだと強調されたが、から解放されて、俺は村を散策する。


外から見て思ったとおり、村の中心は村長の家と教会だった。暮れかけた日差しが、石造りの壁面を照らして、橙色に染めている。

なんだか懐かしい風景だな。プラスチック的なものがなにもない。家々のデザインも、必要最低限の形をしていて、装飾はごくわずかだ。当然だが、薄汚れている部分もある。


というか、村人の生活の程度はかなり低い気がする。頻繁に水浴びをしたりとかはできないのだろう。泥遊びをしている子供は、それ服洗ったのいつなの? っていうくらい汚れているやつもいる。衛生度はかなり低い。

これでもこの村に住んで生活する価値を、村人は感じているはずだから、王都に比べれば生きやすい何かがあるのだろう。それが、住民がすべて犯罪人で、ここで生活すること自体が刑罰にあたる、とかの可能性もあるが、いずれにしても、この人たちが見いだした生活いがいではない。


俺はなんだか畏敬の念に打たれる。


それから村の中心にある教会も覗いてみることにする。


日がますます傾いて、遠くの山が暗くなっている。夜の冷え冷えとした空気がどこからか流れ込んできて、俺は肌着にマント一枚なもんだから、鳥肌を立てながら歩く。


こんな時間に村の教会が門を開いているかな、などと心配しながら敷地に入るが、中は煌々と明かりがついている。蝋燭だとかランプを使っているらしい。ということは神父的な立場の人が常駐しているのか。


敷居をまたぎ、建屋の中へ入る。

周囲の壁際にランプが4つ、惜しげもなく点けられている。暖色で明るいんだが、ひんやりとした空気を感じて身震いした。


堂の中には人気を感じない。

しかし、足音を立てずに静かに進み、正面に安置されたオブジェクトの前に立つ、そこに跪く一人の人物に気がつく。髪を剃り、薄汚れたマントに身を包んでいる。

身を伏せて顔も隠しているから、男だか女だかわからない。コリー族でないことは確かだろう。


身長は……、と思っているうちに、俺の存在を感じたのか、身を起こし、向き直る。


女だな。

恐ろしく顔が整っている。


椿の新芽みたいにねじれて細長い耳をしていて、目は鋭くつり上がっている。

こいつ、たぶん妖精族ってやつじゃないか? 人間離れした容姿の整いかただ。顔の骨格のどこかにソーナを連想させる部分がある。


そうだ、眉毛がなくて、眉骨が高い。そして目の周りの黒ずみ。部分的に、ソーナにそっくりだ。何で気がつかなかったんだろう。


ソーナはハーフかもしれないな。この聖職者の種族と、カトーとの。


それはともかく……


「お邪魔して申し訳ございません。私は旅の商隊のもので、名前はカナエ・オオラギと申します」


俺は正直に名乗ってみる。


相手が身動きもせずにこちらを見守っているから、声が堂内にやたらと響く。はめ込みガラスの外は真っ暗になっている。


「旅の商隊でおじゃるか」


「そうでおじゃる」


なんつって。おじゃるときたか。


「そういえば、今日、村長から、ムーン砂漠からの旅団がきたと聞いたが、そなたらのことか」


「たぶんそうだね」


「ナレはしかし、あまり旅慣れたものには見えぬな」


「やっぱりわかってしまいますかね。私は旅の途中で拾われた、生まれもわからない孤児でございます。記憶があまり残っていないので、こうして美しい聖堂に誘われるまま、御業の邪魔をしてしまいました。申し訳ございません」


「ふむ。それは構わぬが……」


と、尼僧は上から下まで俺を眺めて、怪訝な表情を浮かべる。


ソーナ同様、鳥○あきらの描いた魔王みたいな顔だけど、よく見ると色っぽいな。控えめで上品なバストをしている。若いし……、美人じゃん! あのカソックを脱がしたら、つんつんの……


と、尼僧が身震いをする。


「うん? なにやら寒くなってきたかな。それはともかく、ナレは見慣れぬ風采をしておるな。いったいどこの部族の出身であろうか。黒い髪に扁平な顔、濃い茶色の瞳、骨太ではあるが、どうにも背が高くなりそうにない。珍妙な体つきでおじゃるな」


「そうでおじゃるか? 私のいた地方では、みんな似たような体つきでござった。むしろ私は背が高い方だったかな……」


「少年の身で、そのような言葉遣い。やはり、どこか隔絶した高貴な血筋の生き残りではあるまいか」


「う~ん、そうなのかな……」


俺はその設定も捨てがたく思い、曖昧な返事を知る。

だが、そうだ、思い出した、そのとおりだ! だ、なんて言った途端に、では火刑にしようと言い出すかもしれない。

そう言う警戒心って、未知の土地ではなおざりにしちゃいけないよな。発展途上国とかへ行ったときは、これ、忘れちゃいけない鉄則だぜ。


あくまで慎重に、な。


「どうも、思い出せないようでございます。あなた様のお力になれないで、申し訳ございません」


「ふ~む。まぁ、仕方あるまいな。それで、ナレはどうしたことか? 寝床でも探してるのでおじゃるか?」


「いえ、ただ、神聖なもののお力を感じたくて迷い込んだに過ぎません。お邪魔でしたら、すぐにお暇いたします」


そう言いながら俺は頭を下げて、尼僧の言葉を待つ。


「別に構わぬでおじゃるよ。ナレには神聖なものに対する敬意がうかがえる。この世を統べるおかたも、そのような振る舞いには快くお覚えになるでおじゃろう。なにか見たいものがあれば見てゆくがよい。ワレもときには話し相手が欲しく思うゆえな」


と、話し相手が欲しかったらしい尼僧はうっすらと笑顔を浮かべる。

なんとも妖艶な顔だ。


ほんとに聖職者かね。俺はきゅるりんこ!と、かわいらしく微笑み返す。



          to be continued !! ★★ →

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