act.87_俺vs錬士ウー 其の1
料理屋での簡単な食事を済ませて、俺たちはキャラバンの停泊している広場へ向かう。朝食を食べた料理屋が旅館の前、停泊している広場は旅館の後ろだ。
少し雲のかかっている空だが、通りには商人や旅人たちが足早に行き来している。みな目的意識を持っているから、真っ直ぐ前を向いて、動作がせせこましい。ヨーステンというのは奴隷の町というが、金が流れてくるぶん、周辺の商売も賑わうらしい。
俺たちはそんな彼らを横目に、ショートソードを受け取るべく荷車へ向かう。
8頭の鳥トカゲと20頭の鎧竜を世話するために、飼育係の2人は交替で付き添って寝ている。
前夜の担当はヴーイだったらしく、朝はトゥオンが見回っている。俺たちの姿に気がつくと初めは険しい視線を投げたが、ソーナやララの姿を認めて気を緩める。
「おはようございます。何かご用ですか?」
トゥオンはソーナに対して恭しく頭を下げる。まるで貴族に対しているみたいだ。いや、元貴族のソーナに対して、それなりに敬意を払う必要を感じているのだろう。もちろん、雇い主の娘っているのもあるんだろうけど。
ソーナが駄獣への付き添いをねぎらって、荷車の荷物に用があると伝える。トゥオンはすぐに了解して引き下がる。鎧竜の爪の具合を調べていたらしく、1匹の側に屈んで、脚を上げるように指示を出す。その鎧竜は躾けられていて、トゥオンが膝のあたりを2回叩くと、すっと脚を持ち上げる。たぶん俺がやっても指示を理解してくれないんだろうな。
荷車の前には傭兵が一人、番に着いていた。あまり接触してこなかったオッシアンで、俺たちに気がつくと、トゥオンと同じようにソーナに礼をする。オッシアンは金髪の長髪をしていて長身、なかなかの色男だ。使い込んだレザーメイルをまとい、武器は短槍。両足に1本ずつ、小剣を下げている。たぶん予備の武器で、両足につけているのはバランスのため、かな? こいつが何かと戦っているのは遠目にしか見たことがないが、わりと機敏で頼りになりそうだった。
ただ、無口なんだよな。それで俺はぜんぜん話したことがない。
ソーナがオッシアンを労い、幌をあげて荷車の中に入る。ごそごそと箱状のものを動かす音が聞こえ、静かになる。
しばらくしてか鞘に入った小剣を手に荷車から出てくる。ソーナが抱えているのは、俺の腕の長さほど、だいたい50センチくらいの刃渡りがあるらしい、肉厚で重そうな剣だ。
「……こんなに重かったかな……?」
ソーナは自分で手に持った剣を眺めて、首を傾げる。
「ショートソードにしては重そうでおじゃるなぁ……。刃研ぎの練習に使っていると聞いたから、そうとう肉が減っていると思ったのじゃが」
「……と、思っていたんだけど、そうでもないわね」
ソーナは言いながら剣を抜く。シャラン、と、澄んだ音が鳴り、刀身が陽の下に露わになる。
ほう、と、だれともなく声が漏れるのが聞こえる。ひょっとすると俺の声だったかもしれない。そのショートソードは刃を研ぐ練習だなんてとても信じられない、見事な刃文を呈している。刃文がでているってことは、金属の物性が刀身の中で変化しているということだ。
西洋の剣の造りをしているが、これはいったい……。
「お、おかしいわね……。こんな立派な剣じゃなかったはずなのに……。これじゃ、まるで銘の打たれた魔法剣じゃない……」
「かなりの業物に見えるの。じゃが、ちょっと重そうではある」
「そ、そうね。かなり重いわ。カナエに扱えるかな……?」
そういいながら、ソーナはいくぶん不気味そうにそのショートソードを俺のほうへ突き出す。てか、こんなきれいな剣、ただでもらっていいのかよ。
そう思いはしたが、みんな何となく俺のことを見守っているので、とりあえず受け取ってみる。そいつがソーナの手から俺の手へと渡ってくる。
……
……
うむ。たいへんよく馴染む、気がする。
なんの装飾もないが、刃はたったいま手入れをされたみたいに油がしたたっている。刃文も均一で、刃先から柄まできれいに波を打っている。鍔は棒が1本伸びているタイプで、それ自体は無骨な印象しか受けない。
陽に当てて刃文を見ると、ちょっと青みがかっている気がする。両刃ともに刃文がある。どうやってつくったんだろうな。
刃先を立てて、握った手を目のまえに伸ばす。
流れていく雲が刀身に映って緩やかに流れていく。
重心のバランス、とかは俺にはよくわからないが、剣を振ってみて身体が引っ張られるとかそういうことを言ってるんだろう。
試しに上から下へ凪いでみる。
ピッ!
なんだか電子音みたいな鋭い音がする。
ふむ。つぎにララに教えてもらった型を披露する。
ピッピピッピッ
ぴたりと身体を静止させる。残心、みたいな。自然と調子にのってしまうくらい馴染んでいる。
なぜこんなに扱いやすさを感じるのか、不思議だ。
そうかんがえると不意に上腕に鳥肌が立ってきた。
「ふむ。いっぱしの剣士のように、地面をよく捉えているのではないか?」
ヨアンナが感心した声でいう。でしょでしょ? いま、かなり安定した漸撃を連続して放てた。剣の素振り歴は浅いが、これまでの中では一番安定というか、ヨアンナのいう通り『地面を捉えて』いる気がする。
剣に十分に力を込めていると同時に、身体が芯からぶれていない。シャーリーを振っているときとは、かなり感覚が違う。
俺は気を取り直して、もう一度剣舞のようなことをやってみせる。
腰を落としてゆっくりと右から左へ視線と小剣を流す。半円を描いたくらいで身体を真っ直ぐに伸ばし、手首のスナップで小剣を頭上にあげる。またもや、ピッ、と鋭い風切り音がする。その場で高飛びをして、着地の勢いのまま片手を地面につき、剣の重さを振り子にして片手側転をする。
脚がぴんと伸びてほとんど逆立ちで静止するバランスのよさに、周りから歓声が上がる。
左、右、と、脚を順番に着地させて、元の姿勢に戻る。
ふらっと、バランスを傾けて、横に一閃。振り抜いて静止する。
「いいね。身体が自然に動く」
「……どこかでショートソードを扱ったことがあるのだろう。少年は記憶を失っていると聞いたが、武家の子息かもしれんな」
「舞のようでおじゃる。相手も無しにそれだけ自在に扱えるのなら、戦いにおいてもそれなりに動けるのではないか? まぁ、ナレは慢心が災いするかもしれぬが」
何かをする前から慢心を指摘される俺、数えで合計40才。体感で30才。
まぁヨアンナだって聞いたことはないけど、20半ばから後半だろ。体感年齢でいえばあまり変わらない。外見からいえば至極まともな忠告だが……。
「本当にこのショートソードをもらっていいの?」
真剣な顔つきで俺を見ているソーナに訊く。なんだろうか、何かを俺の中に認めている、といった感じだ。
「あげる。その武器で戦ってごらんなさい」
む。ちょっと大人を感じさせる物言いだ。ソーナにもなにか思惑があるんだろうな。いずれ教えてくれるだろうか。
「かなりいい武器みたいだけど、問題ないの?」
「私のものといってもおかしくない小剣だから、問題ない。初めからそういう話だったしね。……あなたがそれを所持することになったのも、カルマの導きというやつなんじゃないの」
「さようさよう、ウーと戦うに当たって、身の細った剣では心許ないと思っていた。それが何かの手違いか、なかなかよい武器を手にした様子、カルマの導きでなくてなんといおう。やはり少年には強い運命があるのだろう。……で、準備はできたということかな?」
「僕はいつでもいいよ。時間をおいても特になにも変わらないしね」
「殊勝な心がけだ。では、他の皆で周囲を囲うとしようか?」
「ここでやんのか……」
ずいぶん性急だな。だが、ララもヨアンナも、なぜかオッシアンも加わって、俺とウーを囲む円をつくる。人と人の隙間からは、何事かといった面持ちで鎧竜が首を伸ばして観察してくる。
ウーがマントを脱ぐ。
かなり、細身だ。防具から露出している肌には暗い黄緑の鱗がみえている。曇っていて陽が弱いから、褐色の肌に見えなくもない。が、照り返す輝きは明らかに硬質なものだ。
両手足が細く長い。しかし、無駄な肉が全くなく、どこか機械を思わせる圧倒的な力を感じる。
背中に下げていた2本の長剣を抜き、1本を地面に置く。
あくまでオッスを想定した模擬戦にしてくれるらしい。ありがたいような、恐ろしいような。
俺はぴょんぴょんとんで身体の調子を確かめる。そのたびに鎧竜に踏み荒らされた地面から微かに砂埃が立つ。ウーは屈伸したり長剣を軽く振ったりして筋肉をほぐす。
それから目で見てわかるくらいに、ウィタを練ってオーラを放ち始める。なんだか懐かしさのある景色だ。王都では別のウィタ騎士があんな雰囲気を漂わせていた。
周囲に存在する魔素の量には限りがあるわけだから、もうこの時点で不利になっている気がするが仕方がない。俺にはあんな様に空気みたいにウィタを纏うことはできない。よし、魔術を撃つぞ、って感じで集中する必要がある。そして、そうやってると剣や体術はややおろそかになってしまう。
ウーがそれをできるのは、長い時間をかけて修行したからだろう。それこそがウィタ騎士の資質というか、真価なんだろうな。で、そんなウィタ騎士と戦うのって実質的にはこれが初めてだ。腐食のガマィンとはノーカンだからな。
この模擬戦はあくまで長剣の戦い方を教えてもらうための試験だ。それでも、俺が使徒だからだろうか? ウィタ騎士と戦うことに特別さを感じている。
「……では、準備はよいか?」
公平に、なのか、合図はヨアンナが任される。
俺とウーはほとんど同時に頷く。
「では、始め!」
ウーの黄色く裂けた目をじっと見つめる。
細く長い腕で正中に剣を構えている。身体を小刻みに揺らして、急な動きに備えている。そうしているのは俺も同じだ。ま、こっちはショートドだけどな。
この剣、ほんとに具合がいいな。
まっとうな剣術なら、ウーがどこから攻めてきても受けられる気がする。そんな自身と落ち着きを感じる。
たぶんウーも、そんな俺の雰囲気を感じ取っているんだろう。長剣の角度を微妙に変えながら、右手のほうに位置をずらしていく。様子見なのかいきなり襲いかかってこない。
む、右脚が地面を……
うぉう!
ガッ!
高速で飛び込んできたウーの長剣を、俺はぎりぎりのところで受け流す。
弾いたわけでもないのにすげぇ衝撃だ!
まともに受けたら武器を吹っ飛ばされてしまうかもしれん。
とか考えた瞬間に、足下からムチのように蹴りが飛ぶ。身体を回転させてそれを避け、と、砲弾のような拳をぎりぎり顔をひねって避ける。それから……回転して一閃。後方転回を3回繰り返して、大きく避ける。
ウーが静止し舌なめずりをする。あ、スプリットタンだ。
「なかなかやるな」
感想を漏らしたのは、腕を組んで観戦しているアイラインだ。
「錬士ウーよ、手加減は無用だぞ? カナエの実力をぎりぎりまで見ることができるいい機会なんだ。ウィタを使って、どんどんいくといい」
ありがたいお話で。
ウーがにっこり笑って、ゆっくり頷く。
to be continued !! ★★ →




