act.85_カルマの導きですから
いよいよ出発の日まであと2日に迫った。
オッスに模擬戦の期日を決められて以来、俺はどう戦うかということが頭から離れない。もともとは大学准教授だった俺が、若く健康な身体を手に入れたとはいえ、戦う相手が筋肉隆々のコリー犬なんだから話は簡単ではない。それに、すでに1回、完膚無きまでに敗北しているからな。いかに俺が俺様といえど、実力の差を見誤ってはいけない。
奴隷としての仕事が終わった宵の刻、俺は旅館を抜け出して人気のない広場に出る。広場の真ん中、はちょっと目立つので、建て屋に面した暗がりで置かれた木箱の上に座る。
相変わらず満天の星空で、チキュウでも見られた天の川が見える。ただ、河は途中で分岐していて、二筋の流れになっている。このホシが存在している銀河を、そとから一望したらどんな形をしてるだろうか? すくなくとも元の銀河とは異なっているだろう。
そんなわけだから、見知った恒星の配列、星座のたぐいを見つけることはできない。
だけどまぁ、星は星、銀河は銀河であって、そこには厳然とした物理法則がある、はずだ。いまはそれを見ているだけで気持ちが落ち着く。
オッスと戦うに当たって、俺にはどれだけの武器があるだろう。
1つ目。
まずはこのシャーリー。俺は馴染んだ棍棒の柄を握る。こいつもまた俺の心に安心感を与える。異世界へ転生して、直後に手に入れたなぞの強度をした棍棒だ。かずかずの戦闘で俺を守ってくれた。ひょっとしたら、糞女神が俺にくれたものかもしれない。
2つ目。
俺には優れた感覚がある。レザーズ・エッジと戦ったときにそれは大いに役立った。いまも、こうして雑踏の途絶えた時間ではあるが、五感を張り巡らせると……、遙か遠くで鳥の鳴く声、虫の歩くかさかさ音、隣の建て屋の主人の寝息、わりと鳴り響いて聞こえる、若夫婦のなかよし音、風が街路を吹き抜ける音……。臭い、闇夜を動く何かの影。
戦いの瞬間的なチャンスに使うことは難しいかもしれないが、有用で、命を繋ぐのに役立つ。
3つ目。
予感。厳密には先に挙げた感覚に属するかもしれない。相手の微かな挙動で、そいつがどんな攻撃を繰り出すつもりなのか、寄るのか離れるのか、蹴りかパンチかそれとも武器を凪ぐのか、なんとなく理解できる。それがあるから、避けることができる。傭兵としていき用と思ったら攻撃を受けない、怪我をしないというのは必須だな。
4つ目。
ヨアンナより授けられた爆発の魔術。諸刃の剣なので最近使ってない。だが、接近戦では抜群の威力があり、シャーリーで対処できないとき、体術が有効なときは重宝する。ウィタ回路の調整もだいぶ慣れてきたから、これからますます頼りにするだろう。でも諸刃。
5つ目。
はっきり言って使いこなせていないが、他者の行使する魔術に干渉できる。ウィタを吸い取ったり、与えたり。ただし、この技は本来不死者がつかうものらしい。人前ではあまりつかえない。つかえないが、強力な奥の手だ。
6つ目。
『呪いの手』。これも不死者の技だ。俺って実は不死者なんじゃないか? 腐食のガマィンに遭遇したとき、遠くから行使した。目視はできなかったが、技を受けたやつの腕は、ぼろぼろになって回復がたいへんだったと聞く。ぜんぜん練習したことがないし、もう一度再現できるかわからない。誰かに見られる怖れのある場所では、行使もできない。不便で、未知数の技だ。
あとは……、なにかあったか?
あ、そうそう。俺はたぶん、小剣の才能がある。ひょっとしたら棍棒、っていうかメイスよりも素質がある。小剣を握ると、身体が勝手に動いてると錯覚するくらいに、繊細に、スムーズに、そして鋭く、身体を捌ける。いい武器を手に入れたら、小剣を標準装備にすべきだろうな。
これはいまの身体能力があってこそのものだ。小剣は振り回せるが、リーチが短い。長柄の武器を相手に懐へ飛び込もうと思えば、普通の体捌きでは無理がある。
この世界の住人は筋肉だが、その中にあっても俺の運動神経は優れたものがある。戦いの中で相手の必殺の攻撃を避けてみせると、だれも驚く。冒険者、兵士、盗賊そして魔獣? と戦ってきたが、引けをとったことはない。
こうして挙げてみると、なかなか多彩だ。習熟しているとはいえないが、土壇場では力を発揮する。半分は不死者の技だからして、皆の前でいつもつかえるわけではない。それでも、命を守らなければならない瞬間には、頼りになるだろう。
で、オッスとの模擬戦はどうか?
不死者の技はつかえないかもな。
そのなかで全力で行こうと思えば……、ショートソードを手に入れたい。
できれば前にジュリー様に借りたような、すぱすぱ切れる業物を。俺の所持している現金では難しいかもしれないが……。
オッスのやつは長剣とハチェットをつかう。ハチェットは投げ斧としてつかうな。そして、俺より威力のある、同じくらいの早さの体術。まだ何かもっているかもしれないが、まぁ、魔術はないらしい。
本気のオッスと戦おうと思ったら、長剣にたいする慣れみたいのが欲しい。ぶつけ本番ではどんなテクニックを織り込んでくるかわからない。
だれか長剣がつかえるやついたっけかな? カトーは使い手だが、さすがに稽古はつけてくれないだろう。ララはハチェットだけだ。
うーん……。
……
……
あ、いるじゃん。
錬士のウーのやつが長剣をつかってる。両手に1本ずつ持ってたが、まぁ……。
あいつにならキャラバンと同行したいだとかいっていたし、恩を着せられるシーンがいろいろありそうだ。その折りに頼み込めるかもな。ふーむ、なかなかいい考えだ。
そして、そして、うまいことオッスに勝ったときは、カトーに剣術を認められるというファーストミッションがようやくこなせる、はずだ。てか、カトーは俺とオッスとの模擬戦のこと、知ってるかな? まぁしらなくても、いずれは耳にするだろう。そのときに疑うか信じるかって問題もあるけどな。だけどまぁ、俺はその辺は心配していない。俺のカルマが囁いてるっってやつだ。
オッスに勝てれば、カトーは俺を目にとめ、ファーストミッションはクリア。これは信じていかないとな。
その先はまだわからない。わからないが、自分を買い取って、たぶん、キャラバンから離れる、かなぁ……。ソーナと別れるのかって、いう問題はあるけど。ま、その辺は成り行きだ。きっとうまくいくさ。
俺はちょっと心が軽くなるのを感じる。
気が乗ったので、ここ最近に見聞きした民俗や社会を紙に書き込んでいく。いつかこれらをまとめて、1冊の本にしたいものだね。
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「ほほう、剣術の指南か」
翌朝、さっそく2人のウィタ騎士に会い、昨日考えたことを頼むと、アイラインは相変わらずの無精髭をしごきながら、頭空っぽのくせに考えているそぶりをする。どうせウーが答えを出すんだろうから、俺の真剣なまなざしはウーに向けられている。当然だよな、指南だってウーに頼んでいるんだから。
「パラポネアへ行くに当たって、僕も身を守る術をもっていたいし、ウィタ騎士のお二人にはなにか深い巡り合わせを感じています。ここはお2人にお願いするのが、カルマの導きではないかと考えた次第です。いかがでしょうか?」
「カルマの導きか」
「そうです。カルマの導きです」
俺はうんうん頷いて、ウーに決断を促す。アイラインは俺の目がウーに向いていることに気がついて、ちょっと不思議そうにするが、考えがまとまらなかったみたいで、もういちど悩む仕草を再開する。
「だが、少年はウィタ騎士ではない。ウィタ騎士の技は教会で有望な信徒にのみ伝えられる、いわば秘技であるからなぁ……」
「ですが、これはカルマの導きです」
「カルマの導きか」
「はい。カルマの導きです」
あ、同席していたソーナの目から輝きが消えて、つまんなさそうに視線が余所へ向けられる。ヨアンナは朝食のサラダを食べ始める。ララは真剣なまなざしで俺を見ている。
「うまいな、このサラダ。亭主、もうひと皿用意してくれぬか」
「だが、パラポネアまでは僅か2ヶ月の行程。教えるにしてもあまりに時間が短くはないだろうか?」
「確かに短いです。ですが、僕はどんな修行にもついていくつもりですし、なにしろこれはカルマの導きです」
「カルマの導きか……」
「ヨアンナ、めずらしいわね、あなたがそれほど朝食を食べるなんて。……おいしいの?」
「ヨーステンの食事に期待はしておらなかったが、なかなかのものでおじゃるぞ? ほれ、食べてみるがいい」
「え……、じゃあ……」
ヨアンナがフォークに刺したサラダをソーナに向けて、ソーナはちょっとだけ躊躇ったあとに、あーん、する。表情の消えていた顔に笑顔が浮かび上がり、もりもりと囓る。
「なにこれ、なんの野菜かしら」
「うまいじゃろう?」
「だが、錬士ウーは双剣使い、長剣を想定した戦いにふさわしいかどうか。かえって少年に中途半端な技を身につけさせていしまうのではないか?」
「そうしたことを想定しつつ学ぶつもりなのはもちろんのことです。それでも使い物にならなければ、それこそカルマの導きであることは言うまでもありません」
「う~む。カルマのねぇ……」
「ジョブツ川のあたりでとれる水草ではないでおじゃるか? ほれ、葉の表面をうっすらと粘質の層が覆っておるじゃろう? これぞ、水中に育つ草である証拠じゃ」
「たしかにそうだわね。このぷるぷるした……」
「あなた方2人と出会った流れの、結実ともいえる話だと思っています。いかがでしょうか?」
「結実か。そのサラダははヒャスムという草で、水中で結実する珍しい草でね。ジョブツ川周辺の特産だよ。実もまた食べられるが、栽培は困難だと聞く。村々の秘伝だそうですな」
「やはりそうでおじゃるか。北ではみられない食物であるからして、おおよそ南部の特産であろうと予想しておったのじゃ」
「さすがね、ヨアンナ」
「よい勘をされてますなぁ……」
「……あー、で、どうでしょうか? 指南の件は?」
「ヒャスム草栽培のか。残念だがわたしは詳しくなくて、」
「……いや、剣術のです」
それまでじっと聞きながら俺の顔を覗き込んでいたウーが、ちょんちょん、と、アイラインの肩をつついた。細く狭められた瞳孔が、鋭くあがった目の中心から俺を見ている。
ウーはキャラバンにいる竜族のリュリュとは見た目がだいぶ違う。砂漠のトカゲみたいに、あ、いや、女性のたとえとしては不適切かもしれないが、とはいえ、そういう極彩色の爬虫類を思わせる。黄金の瞳、剛直で密生した赤い髪、黄色の肌、頬から首元へ続く透明で黄緑の鱗。
今日はフード付きマントを脱いでいて、目の粗い黄土色のカットソーを着ている。あ、その下には肌着を着てるけどな。肌もかなり硬質らしく、所々ベルトで縛っていて、そうした密着感が苦痛ではないらしい。
アイラインが耳を傾けたあとも、すぐには話し出さず、俺のほうをなおもじっと見ている。ここが肝心なところなようだ。俺は大まじめ、真剣なまなざしでウーの目を見返す。
……
……
やがてウーの口角がくっとあがり、やわらかな微笑を浮かべる。
to be continued !! ★★ →




