act.83_神木インミンスル
「その有毒樹はもはやこの地上に残っていないのでしょうか?」
「そうであればよいのだが、その樹はなかなかしぶとい生物なのだ。まだまだ至る所で繁殖している。だいたい、その樹は、ああ、名前は地方によっていろいろあるが我々はイルミンスルと呼ぶ、そいつは種子がたいへん小さい。砂浜にある砂の一粒と同じぐらいなんだ。その砂粒じみた種子が、17年に1回、星の数よりも多く結実する。そのような植物を根絶するのは難しい」
「インミンスル。神木インミンスルか……」
俺が感じ入ってそう呼ぶと、アイラインは顔をしかめる。
「あの植物を神木とは呼ばないほうがいい。人間社会の発展を妨げる存在だし、教会はその性質を邪悪なものとしている。まぁ、いまの時代においては、あの樹を崇拝するような国があったとしても、我々は攻め入ったりはしない。それでも、あの樹の性質が変わったわけではないからな」
ふむ……。
アイラインのいうこと、教会の考えも理解できないわけではない。
しかし、しかしだ。チキュウにおいては有用な植物は神格化こそされ、邪悪なものだといった、倒錯した評価を与えることはしなかった。たとえば稲、米は収量が豊富で栄養価も高く、その上保存もできるということで、その時代のニッポンに変革をもたらした。変革自体は血なまぐさい側面もあったわけだが、だからといって、米が人々の間に争いをもたらす植物だということで、その性質を邪だと評価して、拒否する、というようなことは起きなかった。
米の有用性は不変で、その運用というか、平民が米を栽培し、権力機構が収穫されたそれを富として蓄積するといった構造を人は絶えず問い直しはした。つまり、有用な米へは疑問を向けず、それを手に入れた人間社会へ疑問を投げかけた。
ライフストリーム教会はそのようにせず、人は人で不変なものであり、インミンスルという植物へ疑問を投げかけた。それから、それを邪悪なものとして伐採だか焼却だかしている。
これはおもしろいことだよな。この異世界の人型をした動物の、本質にかかわることだと思える。教会は人間をたいへん評価している。欲望を肯定しているともいえる。
それがこいつらウィタ騎士が言うカルマの実践といったところか。おもしろい、とてもおもしろいね。
「……パラポネアでインミンスルを見ることはできますか?」
「まさか。あの地のインミンスルは徹底的に焼かれた。不死者もまた、こんどの話のように、パラポネアのインミンスルが2度と繁殖しないように、苗木だか種子だかの痕跡を消しに来る。彼の地では滅びた植物について、腐った根の1本も見ることはできないはずだ」
「それでも有毒のガスが残っている? それはインミンスル由来のものですか?」
「インミンスルが放つ毒ガスは、人の神経を麻痺させ昏倒させるものだ。私は嗅いだことはないが、希薄なものは甘い匂いがするらしいな。……いま、パラポネアに漂っているのは、地中からわき出た火山性の毒ガスだよ。あの辺りは大地の力が激しいのだ。噴煙を巻き上がることさえある」
「危険な土地ですね。ララの嗅覚に頼ることになりそうだ」
「私たちコリー族には硫黄の臭いはきつすぎるわ。たぶんマスクをして通過することになるわね」
まぁ、そうか。犬の嗅覚とコリー族の嗅覚が同じではないかもしれないが、犬が硫黄なんて嗅いだらショックで悲鳴を上げるかもしれない。
「そういう臭いって、鎧竜とか鳥トカゲは大丈夫なのかな? 鎧竜なんてマスクをつけるのは無理だろう? でかすぎて」
「鎧竜は嗅覚なんてほとんどないのよ。繁殖地では、沼地で自分たちのフンにまみれて生活してるんだから。鳥トカゲは専用のマスクがあるわね。私たちのキャラバンには8頭しかいないから、それほどの苦労ではないわ」
「なるほど。だけど、パラポネアに不死者がいたとしたら、ウィタ騎士と戦闘になるんでしょう? 走って逃げるくらいのことはできるんでしょうか?」
「はっきりいって、目をつけられたら逃げるのは難しいわね……」
ララはそう言ってコップの果実酒をぺろりとなめる。うん、マナーとか、言ってもしょうがない。
「鳥トカゲもそうだけど、あの辺りは地面が舗装されていないもの。荷車や鎧竜は素早く移動することはできないし、人間だって、マスクをしているとは言え、希薄な毒ガスをずっと吸って歩くんだもの。走って移動するのは難しい」
「じゃあ、あれですね、アイラインとウーには離れて移動してもらわないといけませんね」
「え……?」
俺が言うとアイラインが悲しげに声を漏らす。てか、俺の監視も兼ねていると思っていたが、どうもそんな反応じゃないなぁ。
ウーがアイラインの耳元へ素早く口を寄せ、手のひらで口を隠しながら何か吹き込む。おっさんは手元の料理に目を落とし、なにか深い考えに沈んでいるかのような雰囲気を漂わせながら、相棒の話を聞く。一見すると渋い仕草だが、おっさんの場合は、年下の部下に知恵を授けられているだけだからな。
ヨアンナはそれを知っているからか、同じタイミングで果実酒を口に運んで見てない振りをする。ララとソーナはなんとなくおっさんの仕草に惹かれているような気もする。あとでよく教えてやらないといけないな!
「……不死者はパラポネアを訪れる人間を攻撃する。もし仮に彼の地に不死者がいたとしたら、我々が気を引いている間に離脱したらいいだろう。なに、我々とて武術の道を長く歩んできた身だ。勝ち負けはともかく、そのぐらいの時間を稼ぐこともなくやられたりはしない」
「うーん。だけど、ウィタ騎士と一緒にいたら、問答無用で敵認定される気がする。不死者は人型なんでしょう? 話をしようと思えば対話も可能だと思うんです。それが、あなた方と一緒だと、状況が悪くなりこそすれ、よくはならないような……」
アイラインは首を振ってその考えを否定する。
「不死者は遺跡を通過するキャラバンのことなど、畑に伸びる雑草のように刈ることだろう。会話ができるといっても、その行為に意味を感じるわけではない。ここはやはり、我々を用心棒と思って同行することを勧める」
本当かぁ……? テニスは不死者なんだと思うけど、対話不能な性格じゃなかったものな。そりゃあ、あいつにとって宿敵のような相手と会ったならわからないが、それでも殺し合いの前にちょっと話すぐらいはするだろう。なにも言わずに物陰から刃物振って襲いかかってくるようなイメージを当てはめることができない。
まぁ、不死者といってもそれぞれ性格もあるんだろうけど……。
俺はちょっと休憩とばかりにテーブルにならんだ料理に料理を向ける。
ソーナにお任せで注文した食事で、オードブルやサラダにパンが添えられている。フィンガーボールも用意されていて、なかなかのものだ。あ、とはいってもコースじゃないから、もう雑然と料理がならんでいるんだけどね。メインは七面鳥……、って訳でもないだろうが、鳥の丸焼き風の肉だ。
うむ。皮がぱりぱりでたいへんうまい。
俺は料理にたいしては、美食的な関心より学術的な関心のほうが強い。このヨーステンの料理屋は、このあたりじゃ高級なものらしく特産品を感じさせる食材は使ってないかもしれない。いろいろな土地から集めた、うまいものを提供しているんじゃないかな。あ、パンはここに来るまでに見た農地で育てたんだろうけどね。
その全粒粉のロールパンみたいなのを囓る。ふむ。ちょっとおもったるいけど、なかなかのものだ。まぁ普段食べているキャラバンの配給食なんて雑炊に干し肉くらいだから、それでほぼほぼ満足している俺がなにかいってもいまいち説得力がないかもしれない。
この料理に何かいえることがあるだろうか?
ヨーステンは四方の国で発生する紛争から生まれた奴隷を商っている。奴隷を売って儲けたお金で、このあまり豊とはいえない土地で生活を営んでいる。そう考えると、なんだか味が違って感じられるね。この肉のひとかけらにも、奴隷となった人の評価額のひとかけらが対価として払われている。
何とも罪深い食事かもしれない。
アイラインもウーももりもり食べている。ぜんぜんなにも考えてないな。
料理がうまかったからなのか、次第に会話は少なくなり皆が胃袋を満たした。あ、俺とヨアンナはほどほどにして粗食を貫いたけどね。
夜が更けて俺たちは料理屋をあとにする。アイラインとウーはヨーステンに到着した苦労を労るとかで、飲み屋へ繰り出すらしい。店の前で手を振ってにこやかに別れる。あいつら、今夜旅館に帰ってこなかったりして。
俺たちキャラバン組は何となく無言で帰路につく。俺とソーナがならび、少し後ろにララとヨアンナがならぶ。よく考えたら、これは俺様のハーレムかもなっ。だれとも一線は越えてないけどね。
それはともかく、パラポネアの通過はこれまで以上に危険な旅になりそうだ。
ヨーステンの浮ついた賑わいに包まれながら、俺は少し鳥肌がたつのを感じる。どちらかといえば熱いのに、おかしなことだ。なんだか、無性にシャーリーを振りたい。心の中に渦巻いている漠然とした不安を払拭したいからか?
ソーナが暗い道の先をじっと見ている。胸を張って決然とした面持ちだ。
俺は感じ入ってしばらく見つめてしまう。ソーナはたぶん俺に見られていることに気がついているが、こちらを見ないで真っ直ぐに前を見ている。
ソーナはなかなか強い。俺も見習わないとな。
そう思って俺も決然と前を見据える。厳しい視線で入り組んだ路地を睨みつける。
そうすると、なんだが見ている景色がぐらりと暗くなったのを感じる。あ、れ? 貧血かなんか?
いやちがう。
なにかが月明かりを遮ったんだ。
この感覚は王都で感じたことがある。
夜空を見上げると、空の半分が真っ黒に塗りつぶされたようになっている。夜だから子細はわからないが、塗りつぶされた範囲の縁には月明かりを照り返す壁がある。
浮遊大陸だ。
星空を侵略してすばやく塗り替えていく。前に見たときよりも大きく見える。たぶん、遙かに離れた月とこのホシとの間を遮るから、実際の大きさ以上にあたりを暗くするからだろう。
皆がその景色を眺める。通りすがりの商人、旅人たちも、無言で空を見上げる。彼らには見慣れた風景なのかもしれないが、それでもしばらく言葉を失って、この驚異に心を向ける。
……
……
うむ。このぐらいのことでびびってる場合じゃないな。
この異世界を知り尽くしたいのに、たかが不死者の1人で尻込みしていてはとてもじゃないが覚束ない。
俺は懐のシャーリーを握りしめる。そうすると気持ちが落ち着いて、気持ちが強くなる。
こいつにはいつも助けられているな!
ヨーステン到着の初日はこうして過ぎていった。
……
……
あ、ディナクのこと、完全に忘れてた。まぁうまいことやってるだろ。
to be continued !! ★★ →




