act.82_人食い植物の国
アイラインはなんということもなくただ任務だとしかいわないが、実際には決死行くらいの状況じゃないか。両者が出会ったら、周りの状況なんてとてもじゃないが気にしていられないだろう。
それにテニスがおそらくは不死者であることを考えれば、俺と同じ立場の存在、つまり使徒が兆行とやらの側にいるはずだ。ウィタ騎士がツーマンセルであるのと同じように、不死者も使徒とタッグを組む。テニスがなぜ俺を放置しているのかは詳しくないが、おそらくは俺を試すためだろう。兆行は復活してからすでに100年経っているというから、使徒もまたそれだけの経験を積んでいるかもしれない。
つまり、戦いに長けた2人の戦士が待ち受けている可能性が高い。これはアイラインに伝えておくべきことだろうか? 過去に不死者を3回討伐している以上知っていないとおかしい内容だが、いまのところ彼らの口から『使徒』の言葉は出ていない。
「不死者というのは単独で行動するものなのですか? いざパラポネアにいってみたら、相手は一人でなかったなんてことはないのですか?」
俺が言うとアイラインはじっとそれを聞いてから、すっと眼を細める。あ、地雷踏んだか?
「そう、だな。不死者には常に手足となる存在がつく。それは使徒と呼ばれている人間だ。使徒は不死者とは違い限られた命を与えられている。そのかわり、百傑百柱でもだれが使徒であるのかは知ることができない。ふたつ名が『使徒』ではないからね。そして、彼らは戦うことに限らず、回復魔術や薬品の創造、あるいは国家運営に類い希な能力を発揮する、その能力で不死者の手足となる。ある意味、不死者よりも厄介かもしれない。……彼らが単独でないということをよく知ってるね、冒険者カナエ」
「はぁ、そんな気がしただけです」
アイラインは感心したようにきらきらした眼で俺を見ているが、ここまでくると真意がどこにあるのかわからない。ウーが俺を見る目は涼やかで怜悧だ。疑っているというよりも、何かについて確信を持った目つきだ。やはりまずかったかな? だがもう取り返しはつかない。覆水盆に返らず、破ったパック返品できず。
話を変えましょう、うん。
「ところで、パラポネアは遺跡だと聞きましたが、どういった場所なんでしょうか」
俺が訊くと、ソーナやヨアンナは「「え」」と、驚いて眼を大きくする。
「なんじゃ、ナレはパラポネアについてなにも知らないのか? それも記憶喪失のせいかのう」
「はぁ、どうでしょうか。ともかく、その歴史についてなんの知識も持ち合わせていません」
てへへ、と、俺は頭をかいてみせる。俺、無害で純粋な子供ですよっ!
「で、あれば、この機会にワレの知識をナレに授けておこうか」
「おお、かつて王都においてその知識右にならぶものなしと称えられたヨアンナ殿の講釈が聞けるとは、これは幸い。ぜひお願いいたします」
アイラインがおべんちゃらを言う。その知識右にならぶものなし? ヨアンナってそんなに優れていたのかな。まぁ、あのロシャーナの一番弟子だったとかいうから、なにかしら突き抜けたところがあったんだろう。魔術や武芸でもヨアンナのそこは見えないところがあるが、知識においてはかなり有名だったということか。さすが俺の先生だ。
「パラポネアは200年前にウィタ騎士によって滅ぼされた都市国家じゃ。その国は巨大な有毒樹を神木として崇め、古い森の中に築かれていた」
「ウィタ騎士が滅ぼした……?」
「教会の負の歴史である。あの戦いを我々は常に恥じ、2度と起こしてはいけないことと、皆が理解している」
「じゃあ、本当に教会が1つの国を攻め滅ぼしたんですか?」
ヨアンナが頷く。
「隠せるものではない。ライフストリーム教会は、不死者の奸計に踊らされてパラポネアを攻め、住民を皆殺しにした。いまではその出来事を目撃したのは不死者だけとなったが、あらゆる文書がそれを伝えている」
「皆殺し……」
「さよう。およそ5千の民草が静かに暮らしていた国じゃったという。その国のものは、人間を喰うというその巨木のもとに暮らし、樹から食べ物や材木の資源をもらい、そして老いればその樹に身を捧げた。何しろ有毒の樹じゃ、老いた身を選んで喰うということはなく、旅人や知識のない幼子もまた、その樹の餌となったという。それを教会は邪悪なものと見なした。いや、邪悪と信じるように、不死者にそそのかされたと伝えられておるな」
「その不死者の名前は……?」
「晴守という、かつてはウィタ騎士の範士であった男じゃ」
「不死者晴守、いまでは百傑百柱の8位に名を刻んでいる。われらウィタ騎士の名を汚した最悪の存在だ。いずれ滅ぼさなければならぬ」
ヨアンナの言葉を継いで、アイラインがいつになく乾いた鋭い目つきを浮かべる。いまこの瞬間に晴守が現れたなら、この男は一切を視界から除外して、その男と全力で戦うだろう。そのような人知れず暗く燃える、心の芯を垣間見た気がする。
「ナレがカレ村で肺病の患者からもらったという石英のブローチがあったでおじゃろう? あれはたしか17の花弁をもつ花であったな? あれじゃ、その有毒樹とは」
「え? あのブローチに象られていた花ですか? でもラキさんの娘は、あれを安らぎと繁栄のお守りだといって僕にくれましたが……」
「そのように考える伝統も残っているということじゃな。かつてパラポネア周辺にあったという人食いの樹が、有毒で有害であったというのは、いまも変わっておらぬ教会の常識じゃ。しかし、民草のなかには、同じく伝統的にそれを神木として崇める風潮が残っておる。人の暮らしに寄り添い、多くの恵みをもたらし、また、外敵から町を守ってくれる。ワレもまた、その木はそのようなものであったろうと考えておる」
「ヨアンナ殿、そのような言葉は慎むべきことです」
アイラインに咎められ、ヨアンナは苦笑する。
「有毒樹は文明の発展を妨げる、人間を飼い慣らす樹であったことは明白です。衣食住をあまねく提供し、人はその樹に一切を委ね、なにも考えることがなくなり、ただただ怠惰に生を送っていたといいます。まさに邪悪な植物といえましょう。幸いなことに、この世界にはびこっていたその植物は、我ら教会の手でおおむね消し去ることに成功しました。ですが、いまのヨアンナ殿のような発言は、またいつか、件の巨木を崇める文明がこの地にはびこることに繋がります。まことに慎むべき思想といえましょう」
「ナレどものいうこともわかるが。所詮人の世は何か1つに染まることはない。そのような国があることもまた、人間の有様の1つじゃ。いや、もはや滅ぼされた有様ではおじゃるがな」
そういってヨアンナは不敵に笑う。ちょっと怖いな、その笑いは。
「200年後のいま、その場所はどのようになっているのですか?」
俺は不死者のいるというその場所を思い描こうと、ヨアンナに訊く。師匠は少し遠い目をする。
「ま、荒野じゃな。いずこからか吹き込む有毒な空気があらゆる窪地に淀んでおる。あたりには巨木の切り株がそこら中にあり、その間に木材のみで作られた、かつての町並みが腐り落ちている。切り株の根元には、その木が喰った人間たちの骨が隆々と積み重なっておるというな。それは住民たちの墓といえよう。ただ一人の名前も伝わらぬ、訪れる人もいない寂しい墓場じゃ。ワレはその景色をまだ見たことがないでおじゃるが」
「およそそのような景色でございます。いまのパラポネアは」
アイラインは見たことがあるらしく、ヨアンナの説明を肯定する。
しかし、毒の空気とは……、硫化水素とかそういうやばいやつかな?
「空気の汚れた土地をキャラバンは問題なく進めるのでしょうか? 鎧竜にマスクとか、とてもじゃないけど装備できないと思うのですが?」
「それについては、おそらくはこのヨーステンで毒の空気に敏感なネズミを賄うじゃろうな、カトー殿は。それをかごに入れて移動するのでおじゃる。敏感なそのネズミは、行く先に毒素が淀んでいるかどうかを悲鳴でもって知らせてくれる」
「……風が吹き荒れたようなときは?」
「それは隊長の判断によって決まるであろうな。まぁ、一蓮托生じゃ」
「つまり、その、運頼みという……?」
「なに、吸ったからといって、すぐに死んでしまうわけではない。ただ、長く吸うと、肺の機能が低下して、魔術でも治らないというがの。とはいえ、そのような心配をしても始まらぬ。廃れた交易路とはいえ、かつて多くのキャラバンが通過した道じゃ、怖れていても始まるまい」
「はぁ……」
なんだか俺は急に不安になる。敵対的な不死者と連れの使徒ががいるかもしれないうえ、毒の空気が淀んでいる廃墟だ。そこを通るしかないのだろうか。
「一応訊いておきたいのですが、他に道はないのでしょうか? つまりヨーステンからカイアクマリへいくルートとして、ですが」
「ない。陸路では唯一の道よ。ここまで来たら、海路を選ぶこともできない」
ソーナが決然とした面持ちで答える。あ、行く気満々なのね。そうか……、ではしかたがないな……。ソーナちゃんだけをそんな危険なルートへ見送るわけには行かない。というか、奴隷の俺も黙ってついていくしかないわけだが。てへ。
あ、もう一つ訊いておきたいことがあった。
「そんな廃墟で不死者兆行はなにをやっているんでしょうか?」
「おそらくは有毒樹がふたたび芽吹いていないか、見回っているのだろうな。かの巨木を滅ぼすことについては、不死者もおなじことを望んでいた。それは晴守が意図して教会を操り実行したことであるが、他の不死者も共通の行動をとっている。パラポネアに限らず、各地で有毒樹の森を焼き滅ぼした記録が残っている」
「8人確認されているという不死者が、世界中で同じようにしているということですか」
「8人というのはヨアンナ殿に聞いたことだね? うむ、その通りだよ。彼らの行動はそれぞれ紛れ込んでいる国に対応したものではあるが、有毒樹を滅ぼすという点では同じだ。すくなくとも教会が把握している範囲ではね」
ふむ……。
不死者にとってその巨木がどういう存在なのかはわからないが、この世界から滅ぼしてしまいたいと考え行動しているのは確からしい。そしてまた、いまの教会がどのように考えているかはともかく、かつては教会もそういう考えで行動していた。結果、その人食いの巨木は地上から姿を消した、あるいは消しつつある、ということだな。
まぁこれ自体はわからないでもない、衣食住すべてを供給するような植物がそこら中に生えていたら、人間は努力することを止めるかもしれない。なかには奇矯な人間もいるだろうが、というのもそういうイレギュラーは人間の特性そのものだからな、とはいえ、全体で見れば、怠惰でなにも考えない文明になっていくのかもしれない。
そのことを危惧して、巨木を打ち倒す。かなり乱暴ではあるが、筋は通っている。
人間の選択としてそのような統一された行動をとることは、チキュウではちょっと無理だろうな。巨木が有用で、そりゃあ人を食うという話だが、気をつけていれば便利に利用できるわけだから、伐採することに反対する勢力は常に存在するだろう。
それがこの世界では、もはやどこにも見られない……のか?
to be continued !! ★★ →




