act.81_不死者『兆行』
ヨアンナを呼びに行こうと宿屋の階段を上がると、途中の踊り場でソーナに会った。
ソーナは俺を見ると回れ右をして立ち去ろうとする。俺はその肩を後ろから掴んで逃がさないようにする。
「なんで逃げるの?」
最高の笑顔でソーナに訊く。
「いや……、別になにもないけど? えーっと、ただ用事を思い出して部屋に戻るところなのよね」
何となくしどろもどろで返事をする。用事があるとかいわれて部屋に戻られたら、このトラブルに巻き込むことができない。俺はソーナの眼を覗き込んで、視線を逸らそうとする彼女の真意を探ろうとする。
と、そのとき後ろからドアの開く音がして、「ソーナ! カナエとディナクがどの場所のお店に連れて行かれたか、わかるの?!」と、ララの声が響く。
たちまちソーナが赤面する。
は、はーん。
「まさか、僕の心配をして旅館から飛び出すところだったの?」
俺はにんまりしてソーナに訊く。
「な、なにいってるのよ。サイネアが連れて行く店なんてぼったくりにきまってるから、お金の無駄づかいを心配しただけよっ」
「え~? それだって、僕のお金なんだからべつにいいんじゃないのぉ?」
「うるさいわね! ……で、なんでここにいるのよ? 一緒に行ったんじゃないの?」
ソーナは顔を真っ赤にして俺に訊く。
「サイネアとタービィがどんな店に連れて行ってくれるかというのも興味深かったけど、それ以上に、ヨーステンの町をいろいろと歩いてみたくてね。だって、王都を出てこの方、これぐらい賑やかな町は初めてだもの。おかげでいろいろ見ることができたよ」
「……へ、へぇ……、そうなんだ。じゃ、一緒に行かなかったのね。そう、まぁ、よかったじゃない? それで、後ろの2人もその成果ってことなの?」
ソーナは顎をしゃくって、アイラインとウーを示す。2人は階段の登り口で興味深げに俺たちを見ている。ウーなぞは家政婦もかくやと言った態で、瞳孔を丸くして口を半開きに笑わせている。よだれまで垂らしそうな勢いだ。
「彼らはカレ村で会ったウィタ騎士だよ。男の方が教士のアイライン様、後ろの女性は錬士のウー様。村ではいろいろとお世話になってね。それが、たまたま新しく任務を受けたとかで、ヨーステンにさっき着いたばかりなんだ」
「それで同じ宿に泊まるの?」
ソーナはかなり胡散臭げに2人を見る。そりゃあそうだろう。そんな偶然はあるもんじゃない。キャラバンを追ってきたことがどういう意図か、疑って当然だ。俺だってそう感じる、真意は俺の討伐かもしれないと思っている。
「それどころか、これから一緒に食事をしようと誘われている。断ることもできなくはないけど……」
「ウィタ騎士様からの誘いなら、断るのはあまりうまいやり方ではないわね……」
「そういうわけ。で、カレ村ではヨアンナも一緒だったから、食事にもどうかといわれてね、いまから呼びに行くところなんだ。もちろんソーナも行くよね? 僕を探しに来たんだ、こうして会えたんだから、食事にでも行こうよ?」
「え? え? えーっと、その、じゃあ、断るのもなんだし一緒に行こうかなぁ……」
ソーナがもじもじとうれしそうにする。ふ……、かわいい。ちょっと垂れ目で四角くて鋭い眼なんだけど、目許を赤らめて照れながら食事を承諾する。最高! 百点!
「よし! あーっと、ララぁ? いまからウィタ騎士の2人と食事に行くんだけど、一緒に行かない?!」
「あら、カナエ、サイネアたちとは一緒に行かなかったのね?! えらいわ! じゃあ、せっかくだし、私も一緒に行こうかしら」
いいながらララは顔を引っ込めて、なにやら支度を始める。部屋着にでもなっていたんだろうな。ソーナはなんとなく憮然としているが、それはともかく、あとはヨアンナ師匠だな!
俺は2階の部屋をソーナに教えてもらって、ヨアンナの部屋のドアをノックする。すぐに返事があって、ドアを開ける。
ヨアンナはカソックを脱いで肌着に近い格好をしている。ごくごく控えめだが、レースのフリルが着いた肌着で、上品なお胸をやわらかく包んでいる。細くしなやかなトルソー、女性的な腰つき、すらっと伸びる青白い脚。
あ、なんだが、身体がぞくぞくするぜ……。
「あ、あの、いま大丈夫ですか?」
「うん? ふふ。大丈夫でおじゃる。なにか用でも?」
俺はウィタ騎士たちのことを話す。
ヨアンナはカレ村でも一緒だったし、同じ教会に属する身分だ。「それは行かねばらなぬな」と、すぐに承諾する。えへっへっ、なんだろう、この幸福感。ニッポンではあり得ないくらい美しく、それでいて敬虔な女性が、俺と一緒に時間を過ごすことを重視している。なんだか、相手に対する感謝みたいな気持ちが湧いてくるな!
よし、これでメンツは揃ったかな。ヨアンナの仕草をじっと見つめていたいが、ダンシィとはいえ紳士であらねばならぬ。焦れば事をし損じる。俺は歯をきつくかみしめて回れ右をする。
支度を始めるララとヨアンナを待って、俺はウィタ騎士にソーナを紹介する。「なかなかのウィタを纏っている」と、アイラインが感心する。回復魔術の使い手だけど、商人として身を立てるために修行中なんだ、と、ソーナのことを話す。このぐらいは話してもいいだろうとソーナを見ると、少し照れながらも、すなおに「よろしくお願いします」と頭を下げる。問題なかったみたいだな。
ララとヨアンナはすぐにやってくる。夜とはいえ乾いた暑さが残っているから2人とも軽装だ。ララなんて胸にポッチがちらちらと浮いたりして、ちょっと目のやり場に困る。だがララは俺の保護者だ、保護者なんだぜ! これもまたじろじろ見てはいけない案件だ。
ヨアンナが挨拶しララを紹介する。傭兵、コリー族、カナエの保護者。ほう、少年の保護者とは、これは重要な方だ、などとアイラインが関心を寄せる。ポッチにはまったく視線を送らない。これがポリティカルコレクトネスだっ。さすが腐ってもウィタ騎士。
俺たちは連れだって再び旅館を出る。ソーナがカトーに勧められた店があるというので、そこで夕食をとることにする。
旅館から10分ほど歩くと目的地に着いた。さっき俺が一人で歩いた道沿いだ。その料理屋は商館やなんやの事務所が建ち並ぶ一画にあって、そのあたりの商人御用達らしい。
通りに向けて戸を開いたファサードには用心棒めいたギャルソンが2人たっている。いや、容貌からいっても阿吽像みたいだ。百傑百柱に名前を刻んでいるんじゃないか?
そいつらが俺たちを見てちょっと眉をひそめる。まぁ気持ちはわからないでもない。フードをかぶった旅人風の巨人2人と、コリー族のララ、見るからにライフストリーム教会の僧であるヨアンナ、妖精族のソーナと黒髪の俺。うん、あやしい。だが、店を破壊しようと乗り込んできたメンツでもない。
いっしゅん見つめ合ったお互いであったが、ソーナが前に進み出てカトーの娘だと伝える。カトー? アヴスの元貴族でいらっしゃるオロール家の? そうでしたか、これは失礼しました、と、恭しくお辞儀をする。
ふむ、なかなか教育が行き届いているな。本当か? とか、嘘を言え! とか、余計なことをいったりしない。まぁ、ヨーステンでオロール家がどのくらい知られているとか、そういうことがいろいろ関係してるんだろ。俺にはわからない。
ともかく、そんな感じで快く迎え入れられる。
店内は20くらいのテーブルがならんでいて、観葉植物が飾られていたり、装飾の施されたランプがあったりと、高級感を演出している。ギャルソンたちも皆イケメンで、なんだか男色の趣味をもったオーナーでもいそうな雰囲気だ。客たちもまた、表を通るすり切れた旅装の人々とは異なって、商いでかなり稼いでいる若旦那風の人たちだ。おそらく、なにがしかの貿易で財を成した連中だろう。まぁひょっとしたら人身売買かもしれないが、そこは郷に入れば郷に従え、といったところだ。
客の視線が一斉に俺たちに向けられ、またすぐに逸らされる。何人かの女性客は興味を引かれたのかしばらく視線を纏わり付かせてきたが、それもなにか誰何されるようなことはない。マナーも上々といったところか。
俺たちは個室になった奥の部屋にとされる。オロール家の威厳、なかなかあるらしいね。
……
……
「それで、貴殿らはなにか任務を帯びているときいたでおじゃるが、どういったものであるのか? よければワレにも語ってはくれぬか」
「そうですなぁ……」
アイラインは首筋を反らして、ウーのほうへ耳を寄せる。ウーはヨアンナとララを改めて観察し、品定めをする。ま、いいか、って感じでアイラインの耳元でなにやら吹き込む。
「まぁいいでしょう。同じ教会に属する御身とその同胞です。信用に足るとウーもいっています……。で、我々の任務ですが、実はあなた方がカレ村を去ってすぐのことでしたが、アヴスの大聖堂より使者が到着したのです。その使者がいうには、この先のパラポネア遺跡にて不死者の姿を目撃したという、旅人の証言があがったということでした」
「不死者のう……。と、いうことは、ナレどもの任務とは不死者の討伐でおじゃるか」
「そうですな、目撃情報が確かであり、また、不死者がその地に留まっている場合は、そうなります」
「え、ちょ、ちょっとまってよ? パラポネアに不死者がいるかもしれないということは、私たちのキャラバンもそいつに遭遇するかもしれないってことじゃない?!」
黙って聞いていたソーナが、ふと気がついたのか声を上げる。まぁ、そうなるよな。あるいは両者の戦いに巻き込まれるかもしれない。俺たちのキャラバンはどちらの勢力に属しているわけでもない市井のグループではあるが、目のまえでウィタ騎士と、その不死者とやらが戦い始めたら、無事では済まないだろう。
「その可能性はありますな。いかがいたしますか? 出発を遅らせるというのも一つの選択ではありますが?」
「うーん、でも、いや……」
ソーナは考え込む。
「キャラバンをヨーステンにとどめるなんて、出費がかさむばかりよね。いつになったら出発できるとわかっているわけでもないし。難しいわね」
と、ララがソーナの悩む理由を説明する。
ウィタ騎士と不死者が戦いを始めた場合、周りにはどれくらいの被害が及ぶのだろうか? 草木が生えないくらいに荒廃する? それともどちらかが一方的に強くて、首をはねられておしまいとかか? そうした戦いの経過によって、周りの俺たちの立ち回りというのも変わってくるよな。
そうそう、教会はいままでにも何体か、不死者を葬ったか仮死状態にしたと聞いた。そのときはどうだったんだ?
「……以前伺った話ですが、教会はこれまでに3体の不死人を倒したらしいですね。そのときの戦いとはどういった模様だったんでしょうか? その内容によって、周りで騒ぎに巻き込まれるかもしれない僕たちの振る舞いも決まってくる部分が大きい」
ふーむ、と、アイラインは腕を組む。教会にとって、不死者との戦いは公開できるものではないかもしれない。あるいはそうした密かな争いそのものが、命の流れにとって妨げになる、と言う考えをもっているとか。十分にあり得る話だ。
アイラインは悩みこんで、目を閉じたり開いたりする。眼をぐるりと1回転させて、癖なのか思案を巡らす。フンフンと鼻息を荒げたりもする。……本当に悩んでるのか?
「少年には聞かせてもいいかもしれないな。我々ウィタ騎士と不死者との戦いがどのようなものであったのかを」
やや時間が過ぎてからアイラインが低い声で呟く。このときばかりはウーの入れ知恵もない。ウーはおうとも、嫌ともいわずにしずかに佇んでいる。
「我々がいままでに討伐した不死者は、3人とも、いまの百傑百柱に名を刻んでいる。すなわち、百傑百柱79位の不死者『十家』、20位の不死者『長手』、16位の不死者『兆行』がこれにあたる。十家は32年前に討伐したものであるが、すでに79位にまで力を取り戻した。あとの2人については、討伐より100年以上も経過して、すでに昔日の力を取り戻していると考えられている。パラポネアで目撃されたというのは、このうちの兆行である」
「百傑百柱の16位か……」
そんなの対処できるのか?
to be continued !! ★★ →




