act.79_都市国家ヨーステン
俺たちは4,5階はあろうという高層の建物に挟まれた道を、人波にもまれながらどうにかこうにか進んでいく。掏摸やたかりらしき奴らがたびたび寄ってきて、その都度、隊列が減速して対処している。まぁ賑やかなのはいいことだが、せっかくここまで運んできた物を盗まれるのはたまったもんじゃない。
俺もそういうけしからん奴らに気がついて、すばやくシャーリーを振るったりする。掏摸のたぐいは何気なく近づいてきたのを、突然眼前に棍棒を差し向けられると、謙った笑いを漏らして方向転換する。それから決まったように、視界からいなくなる瞬間に俺に向かってつばを吐いたり悪態をついたりする。
盗っ人猛々しいとはこのことだ。俺はそいつらに向けて石を投げたりする。あ、もちろん、怪我しない程度にだが……。
例によって、護衛する側としては町に入ってからの方がはるかに神経を使う。
宿泊する宿の裏にある広場についたのは、トールゲートをくぐってから4時間もあとのことだ。まったくもって不作法な町だな、ここは。
いつものようにララと同室が手配されている。これはなにもハスドルバルあたりがそのように宿を押さえているわけじゃなくて、ララが自発的にそうしてくれているのだ。本来なら、奴隷の俺は駄獣と一緒にそこらへんで寝ることになる。それではあまりにもかわいそうだということで、ララが同じ部屋に、自腹でベッドを用意してくれる。
俺は礼を言ってお金を払おうとするが、ララはそれを受けとらない。「私はカナエの保護者だから、当然よ」と、屈託なく笑う。
そしてまた例によって、ニッポンの社会ですり切れちまった俺の心は、申し訳なさと感謝とでララへの愛にあふれかえる。そしてサイネアのやつ、ろくでもないことを覚えさせようとして、この11才のダンシィを娼館へ案内するだなんてなんて悪いやつだと、心の中で叱咤する。
「よう! 今夜な?!」
まるでそんな俺を見透かしたかのように、宿の廊下ですれ違ったサイネアが俺の肩を叩く。フ、ハハハハ、と、後ろに続くタービィが笑う。
うむ。まぁ、なんだな。約束は約束かもしれん。一度結んだ約束を反故にしては、男の名が廃るというやつか。そしてまたいつのまにかディナクのやつが俺の後ろに付き従っていて、目が合うと挙動不審になる。「いまのって、例のやつだよな?」とか、余計なことをいう。
「例のやつって何だよ」
「なにって……、わかるだろ?」
ディナクは上目遣いに俺を見て雑なウィンクをする。なんだかすっかりなつかれてしまったようだ。
昨日まで俺のことを嫌っていて、視界の端に映るのもいやがってたやつが、ちょっと仲間内のイベントに誘ってやっただけでこれとはな。人間の世の中って、せせこましいぜ……。
しかしまぁ、あれだな。それだけうれしかったってことか。それは悪くない。俺の腹はまったく痛んでないことだし。
そういえば停留先の町で皆が同じ旅館に泊まるのって、初めてだな。
見知った顔が集まってるから、偶然すれ違ったときにあまり人に聞かれたくない話の続きとかが発生してしまう。ディナクが纏わり付いてくるのもそのせいだ。困ったものだ。
この旅館は5階建てで、上階ほど高級な部屋になっているらしい。なんでも最上階の5階は2部屋しかなくて、片方の部屋にはカトーとソーナが宿泊している。カトーのやつはこれまで贅沢を好むような様子を見せてこなかった。それがこの宿では高級スイートに泊まっている。
まぁなにか伝手でもあるんだろう。
俺はディナクを引き連れて、部屋のある2階から1階へと降りる。わりと大きい階段で、総板張りになっている。かといって高級な住宅って訳でなく、階段自体で建て屋の強度に貢献してる感じだ。現に、階段下は使用人の部屋になっていて、俺たちが軋ませながら降りてくると、ちょうどそこから中年の女が身支度を調えて出てくるところだった。
その女は疲れ具合が王都の冒険者ギルドにいたアンナ・マリアに似ているが、どこかで巨人族か洞窟族の血でも混ざったのか、肩幅が広く、丸太を担ぐというロシアの肝っ玉母ちゃんみたいだ。
俺とディナクはなんとなくその女中に道を譲って、通り過ぎてからホールを目指す。
ヨーステンに到着したのは昼過ぎで、旅館に荷物運び込む頃には日が暮れていた。だから1階のホールから見える外の景色は日暮れのもの悲しさと怪しさの混じった、ダークブルーの世界だ。
サイネアと待ち合わせをしていたわけだが、やつもタービィもまだ来ていない。受付のおっさんが胡散臭げに俺たちをみて、すぐに眼を逸らす。どうせおっさんも仕事なんてないだろうに、手元の帳簿なんか見ている振りをする。日によく焼けていて、痩せた皺とシミの覆い顔だ。
俺は誘惑に耐えかねて旅館の外に一歩踏み出す。どこに行くんだよ、と、ディナクがそれを止めようとするが、俺は素早く身を翻して、アプローチの階段まででる。
俺の身体をヨーステンの夜気が包む。
町はまだ眠る気配を感じさせない。受付のおっさんと同じく、よく日に焼けた男たち、肩の広い女たち、顔を隠してお付きを従える若い女、足下を駆け回る子供、その子供は誰も彼もずるがしこくしなやかで、生々とした気を放っている。頭上には無計画に増築した泥と煉瓦、木造の家々が通りにまで背を伸ばしている。茶色く無骨なそれらの壁面から、骨格となる木材が飛び出ていて、鳩のような鳥が2羽3羽と羽を休めている。
ランプの光を漏らす窓の奥に住人の気配がする。カーテンが引かれ、雨戸が開いていたり閉じていたり、なにか襤褸のようなゴミを投げ捨てるやつだっている。
暗い路地の入り口には気怠い顔を押した女たち、男たち、老婆が立っていたりする。そいつらを門番みたいに従えて、それぞれ麻袋にいっぱい詰まった香辛料や小麦粉、干し魚などを売る店が、通りに向けてまぶしいくらいの明かりを漏らしながら商いをしている。鳥トカゲに乗った騎士風の男は、雑踏の中をいかにも抜けづらそうにしながら、どうにかこうにか町の北の方へ進んでいく。
「活気のある町だな! ヨーステンは」
俺はそのエキゾチックともいえる景色にすっかり魅了されてしまった。
実際の話、悪い大人に従ってよくワカラン店に連れて行かれるよりも、この街の夜景をいろいろと見て回った方が楽しいんじゃないか? ディナクが彼らについていくというし、俺、行かなくてもいいじゃん。
振り返ると、ちょうどサイネアとタービィが貫頭衣のようなラフな格好をしてディナクと絡んでいる。ディナクが旅館の入り口に立った俺を指さして、やつならあそこにいる的なことを言って口を動かしている。
一斉に俺に向けられる視線を見つめ返しながら、どっちのメニューで行くか天秤にかける。
おっさん2人がにやにやしながら、どした? ってかんじで俺を眺める。ディナクはますますわからない様子でぼんやりした目を向けてくる。俺は振り返りヨーステンの雑踏を眺める。
ニカブっていうのかな、眼だけを外気に晒した女が俺を見る。たまたま通りかかっただけだが、鳥トカゲに乗った良家のお嬢様って感じだ。俺の黒髪が珍しいのか、視線を顔周りに散らして観察しながら通り過ぎる。去り際にちょっと笑いかけたみたいで、目許がやさしくほころぶ。
向かいの店の店子が俺を値踏みするようにみていて、意味もなく頷いたりする。そのおっさんの足下にアルマジロみたいな動物が、紐をつけられてうろうろしている。
だんぜん、町の散策のほうが興味深いわ。
「なぁ?! 今日は俺は遠慮しておく! 町の散歩に行くからな!」
そうサイネアたちに伝えると、ホールの暗がりから3人の意外そうな表情が垣間見える。
だがもう、俺の興味は町中へ向かっている。
さいわい部屋から出てくるときにいくらかのシルト硬貨をもってきている。出店でそれがつかえるかどうかはわからないが、たぶん大丈夫だろう。そう強気に予想して俺は通りに踏み出していく。腰にさしたシャーリーがいつにもまして心強く感じられる。
……
……
ヨーステンは先に抜けてきたドエイ川とこの先にある大河、ジョブツ川とに挟まれた扇状地だ。ジョブツ川にはおおくの伏流河川が合流していて、ヨーステンのあたりではそれらはいわゆるワジになっている。つまり、この街の周囲で地中に潜り込み、河が一端途絶えている。上流からいろいろな栄養塩を運んできた河が地面にしみこんでいくから、地表には塩分を中心に、いろいろな物質が堆積している。それらは採掘されていて、奴隷と同じく、ヨーステンの主要な貿易品になっている。
岩塩の結晶のような物は調味料としても飾りとしてもそこそこの需要があるらしく、店の青果台ってか陳列台みたいな棚に大小の物が並べられている。
そうそう、奴隷市の話だが、広場はすぐにわかったものの、さすがに夜間には開かれていない。夜間にはそこに大小の飲み屋が営業されていて、話を聞いてみるまでそこが奴隷市場だとわからなかったくらいだ。
とはいえ、奴隷商そのものは商いを続けている。通りに面したどこか頑健な建て屋にはたいてい足かせのレリーフが飾られていて、一目で奴隷を扱う店だとわかる。
それらの店の戸を開けたなら、夜間とはいえご要望の奴隷を紹介してもらえることだろう。まぁ俺自身奴隷な訳だから、奴隷に奴隷を売りつける商人はいないかもしれないが……。
明かりの漏れているそれらの店をみながら、俺はキャラバンに拾われてよかったな、と改めて感じている。
家々には共通の意匠が凝らされたレリーフが飾ってある。それはどうやら水の神で、老年のおっさんの姿をしている。肩に掲げた壺から水を垂らして、乗り物は巨大な蛇だ。
王都の太陽神とはだいぶ様子が違うが、それも当然かもしれない。ヨーステンでは太陽よりも水の方が、人々の生存に直接的な影響を及ぼすだろう。ワジというのは雨期に鉄砲水を起こすことで知られている。ここでは水は恵みであり、神の怒りでもあるだろう。
だから人々は河の流れと恵みを敬い怖れ、奉る。
およそこういう土地では禁忌とは水を汚すことだ。
異世界でもそれは同じらしい。町中に掘られた井戸には、それが神域をあらわす、蛇をあしらった4本の石柱が建てられている。井戸からの水は気まぐれな神からの恵みだということだ。
まぁ、とはいえ、人々の陽気さ、若干退廃的でもある気質はいかんともしがたい。
そんな緯度の周りであっても、恋人たちは身体を寄せ合い唇を合わせ、脚を絡め合ったりしている。まぁなんていうか情熱的ともいえるな。
それに娼館の呼び込みの多いこと、ソーナと一緒に町を廻ったりしなくてよかったと思えるほどだ。俺のようなダンシィでも、ちょっと品定めしたあとに、坊主、金もってるか? もっていたらいい思いさせてやるが? と、話しかけてくるやつがいる。脇に立つ女が妖しく笑いかけてきたりもする。
俺が芯の通った男の中の男じゃなかったら、あっさり誘惑されていたことだろう。
ひと晩繁華街を歩いただけでこの街を語ることはできないが、ま、そんな感じで、活気のある、なかなか魅力的な町だ。
それで、この町は都市国家であって、どこの王国にも属していないわけだが、防衛とかってどうなっているのか。俺は気になって町外れのほうへ脚を伸ばす。
to be continued !! ★★ →




