表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/276

act.8_初めてのお仕事、初めての集落

オオグチを退治してから2時間後。俺は鼻に布を詰めこんで、オオグチの歯を引っこ抜こうと苦戦している。


たまらなく臭い。超くさい。


おまけに手に変な粘液がついて気持ち悪い。皮膚についたらひりひりするし、これ、コモドオオトカゲのよだれみたいに有毒だよな。死体の下の植物が茶色く焼けたようになってるし。

あとでよく手を洗っておかないと……。


オオグチの歯茎の中に(てか歯茎と言うより、これも筋肉じみてるが)、骨格が垣間見える。その骨はカルシウムではないな。軽金属みたいに、強靭な材質だ。

オッスの武器がどのくらいダメージを与えているのかわからないが、鉄の刃物で切り裂ける気がしない。メイスのようなもので脳みそを破壊できれば、あるいは俺でも倒せるかもしれないが……。

脳みそ、どこに入ってるんだろうな。


知りたいが、解体作業に付き合うのはごめんだな。


俺は押しつけられたお仕事を淡々とこなして、午前中に23本のノコ歯をえぐり出した。そのころには腕の筋肉が疲れて、鑿とハンマーをつかむことも辛くなっている。

カトーはすべてのノコ歯をえぐり出すようにいったが、できそうにない。まだ100本くらいは残っているからだ。


ほんとうに悪魔じみた生き物だよな、これ。


だけどそんな俺は、弱音を吐いたりしない。なぜならば、となりにソーナちゃんがいるからだ。

カトーがこの仕事を言いつけたのは俺だけだが、ソーナちゃんは無言でやってきて、自然とお手伝いをしてくれている。


「ほんとにくさいね、こいつ」


「……くさい」


顔をしかめてソーナは頷く。


「手伝ってくれて、ありがとうね」


俺が礼を言うと、ちょっと照れている感じがする。気のせいか? 白い頬を微かに赤くして、眉毛のない顔をオオグチのほうへ向けている。恥ずかしくて目を合わせられないらしい。


しかし、なんで手伝ってくれたんだろう。

好意なのかな! かな!


いままではそんな雰囲気を感じさせなかったけど、奥手なのかね。俺は見た目は10歳、中身は29歳だから、いくらでも図々しく振る舞うことができる。

まぁ、もともと、手練手管で女学校に潜入するくらい、造作もなく達成できる俺だから、見た目通りの、10歳の頃だって、いくらでも女心をくすぐることができたんだけどな!


24本目の歯をえぐり出しながら、俺はふとソーナの手を取る。


「大丈夫? この唾液、肌によくないみたいだから、痛かったら無理をしないでね」


「うん。大丈夫」


「ソーナはさ、なんでこんな嫌な仕事を手伝ってくれるの?」


きりっ! っとキメ顔をしながら訊く。


「え、だって、お父さんが終わるまで出発しないって言うから……」


「あ、そうなんだ」


ふーん。じゃあなんで俺だけにやらせてたんだよ! カトーのやつ! 嫌がらせか? 嫌がらせなのか? 俺の将来性に危機を感じて、ここでつぶすつもりか? それとも娘の花婿候補として試しているんだろうか?

あ~そうかもしれんな。


俺はカトーの無愛想な顔を思い出しながらそんなことを考える。ソーナちゃんの小悪魔みたいな黒縁の目を鑑賞し、エネルギーを充填する。

挫けんぞっ!っと気合いを込めて鑿を打つと、ノコ歯が2本抜けた。やった、また一歩仕事が進んだ。

満面の笑みでソーナちゃんに見せようと振り向くと、こっちを見ていない。

ちくしょう。


何を見ているのかとおもって視線を追うと、丘をいくつか越えた先に煙が上がっているのが見える。火災とかそういう激しいものじゃない。あれは中央アジアで見たことがある、カマドでの炊事の煙だな。薄い色合いで、乾燥させた薪を燃やしていると判別がつく。


「あの辺りに村があるの?」


「うん。ムンドっていう村があるの。今日のうちにそこまで行く予定だったけど、オオグチがでたからここでキャンプかな……」


「目的地の王都アヴスまで、あと……8日くらいだっけ?」


「うん。ムースクっていう香料を運んでいるんだけど、アヴスでは高く売れるから、王都についたら、儲かったお金でちょっとだけお小遣いをもらえる。そのお金で、私、新しい靴を買いたいな」


「へぇ……」


ソーナの靴を見ると、もともと動物の皮を継ぎ合わせてつくったらしく、継ぎ接ぎが激しい。靴って言うより革を足に巻いて、ひもで縛ったクオリティだな。相当痛んでいる。これを気にして、自分も問題に思っていることを俺にアッピールしているんだね。

同い年くらいとはいえ、女の子だしおしゃれには気を遣いたいのだろう。かわいいよ、ソーナ。


「お小遣いか、俺はなに買おっかなぁ?」


俺が言うと、ソーナは「は?」と驚きの表情を浮かべる。


「え? あれ? ひょっとして……」


「ごめんなさい、あなたは隊商の奴隷だから、お小遣いは……」


あ、ですよね。


お互いに気まずくなって無言で手を動かしていると、背後からソーナを呼ぶ声が響いた。

振り返ると、少し年上の男子、まえから認識はしていたが、あからさまに俺を軽蔑している感じなので無視していた、が、俺から離れろとソーナに言っている。


「彼、名前なんて言うの?」


俺はこの際、あいつをロックオンしてやろうと、ソーナに訊く。


「彼はディナク」


教えてくれたあと気まずそうに立ち去っていくソーナ見届けて、俺は臭い物体に思い切り鑿を打ち込む。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



だんだんとコツをつかんで、その日のうちに80本のノコ歯をえぐった。


いまの運動神経の良い身体がなければ、つまり、チキュウに住んでいた頃の身体だったらこうはいかなかっただろう。


なんていうか、いまの身体は、こんな初めて見る謎生物であっても、じっくりみていればどこに鑿を打ち込んだら歯が抜けるか、何となくわかるのだ。


これってすごいことだよな。この謎生物の構造が、なんとなく感じられてくるというか……。


で、せっかくだから、仕事を進めながら、オオグチの生態みたいなことを感じ取ろうと意識を集中させたりもした。


オオグチの身体は紫の毛で覆われていて、一見、すきまなくふさふさしているが、口の側面にある剛毛をかき分けると、そこにエラみたいなスリットがいくつか並んでいる。スリットは膜で仕切られていて、そこから空気を吸い込むらしい。呼吸している器官だ。


チキュウの生き物を例にするなら、魚に似ている。魚よりも遙かに大容量で空気を吸い込み、それこそジェット噴射をするくらいのパワーで酸素を送るんだろう。まぁ、このでかさで俊敏な動きをしようと思えば頷ける。


そしてこいつには目がない。退化した器官もない。毛深すぎて、目があっても毛のなかに埋まってしまうだろう。たぶん、毛の振動とかで周囲を把握している。

あとは超音波とかか。そうだとするとなかなかに高等な生き物?だといえるな。

こいつが突然現れても、怯まずに先制攻撃するオッスって、まぁ、あいつも危険生物だな。

魔法世界恐るべし。


えぐり出した歯を並べてカトーにみせたが、別に褒めてはくれなかった。


「まだ歯は残ってるのか?」


とだけ訊いてきて、小さい歯がたくさんあることを伝えると、それらはもう、捨てて去るという。もともとたいした価値はないのかもしれない。ポイント、稼げなかったな。


俺は大口の歯を、気に入った1本だけ懐に忍ばせて、残りをカトーに渡した。


夜にテントの中で、80本抜いたことをララに報告したら、頭を撫でて褒めてくれた。ララ! だいすきだよ! お腹空いた!

おっぱいも触らしてくれと思ったが、つかれていたから余計なことは言わなかったんだぜ。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



翌朝、隊商はまた移動を始めた。


身体を使った仕事をしたからか目覚めのいい朝で、かつての准教授時代には感じられなかった心地よさだ。チキュウの東南アジアでフィールドワークをしていたときに、野宿をして翌朝の目覚めが爽快だったことなど一度もない。それを考えるとこれはとても不思議なことだ。

若い身体のおかげなのか、異世界の環境のせいなのか。まぁ、辛くて起きられない、なんてことだって起こりえたんだから、素直に喜んでおこうか。

俺は心地よい筋肉痛になった腕をさすりながら、シャーリーを片手に馬車に従って歩いた。


それにしてもオッスのやつ、すごかったな。俺は道々、オッスの勇姿を思い出す。

武器を打ち込む問いの迷いのなさ、力の込め具合、打ち込んでからの素早い体移動、どれをとっても男ながらほれぼれした。あいつは並大抵の戦士じゃないな。

ひょっとすると、カトーはオッスよりも強いんだろうか。


カトーを見ていると、強いというか達人という雰囲気は伝わってくる。

それに遠くでカトーとオッスが何か話しているのを見かけるとき、オッスはどうやらカトーに敬服しているらしく、態度にそれが表れている。


一流の戦士が認める男ならば、カトーも相当な腕だと言うことだ。

それが傭兵なんていう家業の敬意であれば、なおさらだ。


カトーに認められる剣術の腕というのがどのくらいのものなのか、俺はまだ計れていない。

剣術を磨くこと自体、手をつけられていない。すごすごと荷車に従って歩くしかない奴隷だもんな。


だけど、その糸口は見つけたつもりだ。もちろん、ララに頼るわけだけど、訓練をつけてもらおう。ララはハチェットを装備しているが、傭兵なら、剣術の基礎的な扱い方も知っているはずだ。うん、きっとうまくいくさ!


今日もオオグチがでたりしてな、と、なんとなく昨日の不意打ちにその点だけはネガティブになっていたが、すんなりとムンドの村に着いてしまった。


いや、それでいいんだけど。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 



樹木に覆われた山間の地で、人間の集住している土地を見つけると、そこはなんだか生き物に汚染された場所に見えるときがある。

汚そうというつもりがなくても、調理洗濯、肉類の処理、馬車の轍や、細々としたゴミの堆積が続くと、どうしても小汚く見える。

俺がこの異世界で始めてみる村、ムンドの村も、そういう小汚さが若干ある。


規模は建屋にして30軒くらいだろう。ほとんどが木造の高床式で、集落の中心にだけわずかに煉瓦造りの建屋も見受けられる。集会所か、それこそ教会といった特別な施設だ。


たぶん、ここムンドには百人かもう少し住んでいるはずだ。そのぐらいの規模なら開拓村といったところか。街とは呼べないのどかで貧しい雰囲気がある。


いちおう柵で囲われた環濠集落になっていて、堀には水こそないが、逆茂木のいくつかが据えられている。こんなものがあるということは、それなりに守らなければ襲撃を受けるということだな。


集落の外には仕切られた畑地が広がっていて、植わっているのは、前に見た謎の結実量をほこる麦だ。これだけの面積にあの謎麦を植えていれば、天気次第でかなりの収量になるだろう。

ただ、麦以外の作物が見られないので、野菜や果物、肉類は、森の中からとってくるか、他の町から買うかしているはずだ。げんに畑地の周囲は鬱蒼とした森で、あれをみると、また、オオグチが飛び出してくるような気持ちになってしまう。


村人は自分たちであの森に入って、獲物を捕ってくるんだろうか?


だとしたら、それは命がけの仕事だ。

俺なら御免被りたいが……、たぶん、いずれそれくらいできるようにならなければならない。

そんな予感がするね。


俺たちは集落の入り口で、わらわらと集まってきた村人に囲まれて検分を受ける。


笑顔で手を振っりしていると、村人の一人が驚いた顔をして近づいてくる。

俺すぐ側へやってきて、ふいに手を伸ばして、口を開けさせる。虫歯とか、風邪を引いてないかを調べたいらしい。なんともずうずうしい奴だ。俺は農民たちのことをちょっと敬遠したい気持ちになる。赤黒い指を口の中に突っ込んでくるんだもん、しょうがないだろう?


「なんてぇ白い歯だ。こいつが奴隷なのかね? なに喰ってたらこんな歯になるんだ?」


そんなことを言って他の村人を呼び寄せる。村人たちはつぎつぎに俺の口へ指をつっこんで、口の中を覗いて驚嘆する。途中からは、そんなに口の中が見たいのかと自分から素直に口内をみせてやったが、これはあまり気分の良いものじゃないな。


「なんだこいつ、歯が真っ白だな」


と、村人たちは一様に不審げな表情を浮かべたが、結局、それ以上なにもないと思ったのか、他の馬車へ移っていった。異文化っておかしなものだな。俺には到底わからないこともある。


そいつらのうちの一人がソーナの口も開かせてるのを見て、俺は背後からくそったれのジェスチャーを食らわせてやった。

カトーがたまたま近づいてきて、ソーナを調べている村人との間に割って入った。なんのつもりだと誰何するカトーにびびって、村人は卑屈な笑顔で退散する。


ざまぁみさらせ!


しばらくして俺たちはムンド村への入村を許された。

カトーの馬車を先頭に、指定された宿泊場所へぞろぞろと進んでいく。


俺たちの車列を家から出てきた村人が囲んで、指さしたりしている。

こんな街道沿いの村にいて、隊商が珍しいのかと変に思ったが、どうやらオッスやララ、コリー族がみなれないらしい。


うん、まぁ、その気持ちはよくわかる。



          to be continued !! ★★ →

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ