act.77_傭兵の社会
奴隷市の町ヨーステンまであと2日。
夕食のあと、俺はルーティンとなった剣術の訓練を受けている。最近では傭兵のサイネアとタービィ、雑役のディナクとドゥシャン、ヤルミルがその時間に集まってくる。別に俺が励んでいるのをみているというわけではなく、ディナクとドゥシャンは一緒に練習するのだ。そしてあとの傭兵は訓練メニューにあれこれと口を出して楽しそうにする。
ララの訓練は基礎をひたすら繰り返すものだから、その口出しが迷惑だとは思わない。しかし、俺の振るう木剣の筋に対して、あれこれと談義が起こると、訓練そっちのけで話が盛り上がってしまうことがある。
その日も木剣を振るう俺たちをそっちのけで、傭兵たちは剣術の訓練はどうあるべきかについて、熱く議論を交わし始めている。
「訓練っていってもな、重要なのは結局、戦いの中でどう動けるかなんだよ。だから、相手もいない状況でどれだけ太刀筋を鋭くさせても意味はないな」
「普段から鋭い動きができるようになって、ようやく人と戦うだけの武器の扱いができるのよ。そうでなければ、どれだけ才能があっても、初めの戦いでやられてしまう」
「なに、武器を振るだけならだれだってできるのさ。初めはもちろん、勝とうだなんて思わないで、周りがどう戦っているのかをみて、あとは自分の身を守るだけを考えてだな……」
「あら、でもカナエは王都で冒険者パーティを相手に1人で戦ったこともあるのよ? 武器を持って人と人が戦うことがどういうことなのかは、もうよく知っているはずよ。ねぇ、カナエ?」
「う、うん」
俺は言われた通りに太刀筋を磨きながら、生返事をする。
「ほう。じゃあ、殺しも経験済みか?」
「……はい。てか、サイネア、盗賊の砦を攻略したときに、隣で戦ってたじゃないですか」
「「おお……」」
「そういえば」
ララはちょっと心配そうに俺を見るが、サイネアやタービィは腕を組んでにやついている。殺しをして初めて傭兵の仲間入りみたいな感覚があるのかもしれない。
「殺しも経験済みてことなら、剣を振ることに迷いもねぇんだろうな。だからなのか? カナエは歳の割に筋がいい。たまに、たまにだが、傭兵としてかなり名を上げるんじゃないかって気がするときがある。たまにな」
「わかります。このあいだ盗賊の砦を攻撃したときも、それからカネヤリに遭遇したときも、カナエは立派に戦ってましたよ。私たちが状況を整えようと荷車なんかを移動しているときに、この子はもう、カネヤリに武器を振るっていた。ああいう、勇気というか迷いのなさは傭兵として重要ですよね」
「そうそう、俺が言いたいのはそういうことだよ。このままララの訓練を受けていたら、やがては百傑百柱に載るようになったりしてな」
「そこまで行きますかね?」
タービィはサイネアの評価に驚いたように問い直す。サイネアは小さく何度か頷いてみせて、わりと本気でそう考えているんだって空気を纏っている。ちょっとうれしいね、これ。
「ところで、こっちはどうなんだ?」
いいながらサイネアは輪っかにした指の間に人差し指を出入りさせる。あら、ってかんじでララが困った顔をして口を閉じ、タービィは、ガッハッハッと、豪快に笑う。
サイネアのやつ、俺を馬鹿にしているらしいな。正直そっちもかなりのものだが、現実、というかこの世界に来てからは皆無だな。てか、この身体、まだ大人になってすらいない。実は密かに俺はそれを心配していたりする。
口ではいろいろと威勢のいいことを言っているが、そして股についたかわいいやつもそれなりに反応してくれるんだが、『まだ』なんだぜ。これが年齢のせいなのか、それとも俺が使徒だから、不死者と同じように性機能がないからなのか、ちょっと疑いを持ち始めている。
もしも、もしもだ。この身体に繁殖機能がなかったとしたら、俺って生きてる意味なくね? って思ってしまうかもしれない。そのくらい性の楽しみは俺にとって大事なことだ。
たしかに人間の営みやその歴史、文化は俺を夢中にさせる。この異世界の現実ってやつも、よかれ悪しかれ、俺の意識を魅了してやまない。だがしかし、性の喜び、おうおういいながら男女が絡み合い、上り詰め、お互いに咆哮を上げてスプラッシュするあの快楽がなければ、その魅力も半減するというものだ。
「じつは、……まだなんだ」
俺はそんな気がかりもあって、ついつい正直に述べてしまう。サイネアは強い衝撃を受けたみたいによろめいてみせ、「え……」と、声を漏らし絶句する。タービィのやつも悲劇的な表情をつくって見せて、もどかしそうに両手で宙をかき回す。
「ま、まじかよ……。きいたかタービィ?」
「うん、聞いた。あの勇猛な戦士のカナエさんが、まさか、そんな……、まだだなんて」
「ひょっとして、チェリーのくせに俺たちと肩を並べて戦ってたって言うの? まじかよ、冗談きついぜ?!」
「道理でちょっと乳の香りがするとおもったら……、まさかカナエさんだったなんて」
こいつら……。ゴッザムトの兄弟みたいに人をもてあそびおって……。俺は魂の位階からいえば、おまえたちよりっもよっぽど上に上り詰めてるんだぞ。いつかそれを思い知らせてやらんといかんな。
「じゃあ、サイネアのダンナ、ヨーステンについたら通過儀礼ってやつをカナエに教えてあげないといけませんね?」
「かもしれんな。……カナエ、ソーナにお願いすることはできないのか? 本当はそれが1番いいんだが?」
サイネアが親身そうにいったあと1秒ほど停止し、それから2人で大爆笑する。
「ソ、ソーナはだめに決まっているだろう! 彼女は隊長の娘で、元貴族だぞ! 奴隷と付き合うなんてあってはいけないことだ!」
耳をそばだてながら木剣を振っていたディナクがすごい剣幕で口を挟んでくる。ええっ? って感じでサイネアとタービィが驚いてみせ、顔を見合わせてさらに爆笑する。
「ヒィ、ヒィ……。お、お前らの真剣な気持ちはよくわかった。だが、なんだな、お前らがそんなにまじめじゃ、ソーナちゃんが待ちくたびれちゃって、ちょっとその、気の毒じゃないか? ぎゃ、ひ、ふはははは!」
もう、腹抱えて笑っている。
ちくしょう、俺だってあの笑いに加わりたいのだが、なぜか、やり玉に挙がってるのは俺とディナクのやつだ。このもどかしい感覚、磨き上げたテクニックを洗いざらいぶちまけて、あいつら2人をびびらせてやりたいが……。
「いやぁ~、わかった。よくわかった。お前たちがソーナを、その、大事にしてるってな、ププ……、いや、すまん。そうかぁ、そうしたら、このサイネアさんがお前たちの面倒をみてあげないとだめかもしれんな? 人生の先輩として」
「おおっ! サイネアさん、さすが頼りになる。本当にかっこいいです」
タービィのやつはこんな性格だったのかとあっけにとられるくらい、のりのりで音頭をとる。
「でも心配ですね。ヨーステンは各国から戦争奴隷が集まってくる町。町に立ってる女は、たいてい病気を持っていると聞きます。そんな危険なところに、このか弱い2人を送り込んでいいのでしょうか?」
タービィはコリー族特有の長い顎をぱかっと開けて、首を傾げてサイネアの意見をうかがう。
「まぁな、さすがに初めての経験で、その、もげちゃうような病気はまずい。うん、損失だよな。フ、フヒ……」
「ここはひとつ、サイネアさんのとっておきの店に案内しなきゃだめかもしれませんね」
「おお、とっておきの店、な。知らないでもない」
腐って聞いていた俺もとっておきの店ときいて、ちょっと興味が湧く。こういうのはあれだよな、傭兵の通過儀礼なんだから、人間社会を研究している身としては避けて通れない道だ。何事も経験と言うし。……ベテランのサイネアの、とっておき、か。
「おいおい、カナエのやつ、顔がまじになってるぜ?!」
「ほぉう、どれどれ……」
とかいいながら、タービィが俺の顎を掴んで顔を子細に覗き込もうとする。俺はそれをふりほどきつつ、この話の流れ、それほど嫌じゃないぜ、って感じで「はは、よせよ」感を演出する。悪い先輩につられて道を踏み外すってのは、一度は経験することだからな。そのときの対応の仕方というものもまた、ヒエラルキーを決める重要な要素だ。
その証拠にみろ、ディナクのやつは話しかけて欲しそうにもじもじしているが、サイネアもタービィも気がついていない。これだよこれ。この主人公感こそが、ダンシィの実力を決める重要な要素なんだ。
「カナエ、わたしはそういうのあまりいいとは思わないの……」
ララは複雑な表情、コリーにしてはだが、を浮かべて心配そうに俺を見る。そのつぶらな眼……、ちょっと胸に痛い。こういう場面で保護者が立ち会ってるって、なかなかないんじゃないの? 少なくとも俺は未経験だ。ナニの話をしているときに、となりに両親に近い存在がいるとか、ちょっと複雑な状況だよな。
「よし、じゃあ、ヨーステンについたら、このベテラン傭兵のサイネアさんが、純真なカナエくんを大人の世界に案内してやろうか?」
「ヒュゥー、さすがサイネア先輩。かっこいいですね。惚れてしまいそうです」
「タービィ、あなたサイネアに毒されているんじゃない? ちょっと前まで、上品で素行もおかしなところがなかったのに。サイネアと付き合うようになってから、ちょっと不純よ……」
「いや、私はあくまで付き添いでして、店の中には入りません。サイネア先輩がおかしなことをしないように、見張っているようなもんですから……」
ほんとかよ。しかしあれだな、いま気がついたけど、ララとタービィってひょっとしてひょっとするのか? おなじコリー族だし、年齢もたぶん近い。初めはララはオースンと仲がいいのかとも思っていたが、2人でいるところなんてみたことがない。それは思い違いだったようだ。
それに比べて、タービィを相手に話していると、どことなく尻に敷いているというか、なにがしかの権利を所有している雰囲気、あるよな?
ララとタービィがそういう関係なのかどうかはわからないが、一般的にはどうなんだろうか。キャラバンの専属傭兵が所帯を持ったら、2人揃って引退するんだろうか? まさか旅を続けながら子を育てるなんて、商人ならともかく傭兵には難しそうだ。
まぁ、いろいろなパターンがあるだろうが、普通に考えたら、どこかの町にしばらく定着して、子供が大きくなった頃に復帰するか、帰農するかするんだろうな。
ララがそうなったとき、俺に選択権はあるんだろうか。はっきり言って、カトーに感じる恩よりもララに感じている恩の方が遙かに大きい。てか比べられるものじゃない。だからララが所帯を持つんなら、少ない稼ぎになるかもしれないが、家計の支えになるくらいはしたいな。あ、もちろん、ララがそれを望めばだが。しかし、その場合もやはり、自分自身を買い受けできていないと自由にできないだろう。ふむ……。
「じゃあ、明後日の夜な……」
言いながらサイネアとタービィはお互いの肩に手を回して立ち去っていく。なにやらひそひそ話をしているから、ただ娼館へ行くだけでは済まないだろう。俺派かなり楽しみ……、ではなく、ダンシィ的に気になる。まぁ、パイセンに任せておこうか。それよりも、だ。
「なぁ? ディナク?」
「な、なんだよ?!」
ディナクのやつはやっと話しかけてもらえた喜びか怒りで声が裏返っている。
「あのさぁ、明後日にサイネアとタービィがヨーステンの町を案内してくれるうだってさ」
「へ、へぇ……、それがどうしたんだ?」
「お前も行く?」
俺が訊くと、ディナクのやつはちょっと驚いて顔を赤面させる。俺のほうから誘ってきたことが意外だったらしい。あれだよディナク、さすがの俺だって、この状況でお前をいじって遊んだりはしないさ。お前が思っているよりも、ずっと気配りができるいいやつなんだぜ?
「案内ってことは、武器屋とかも寄るのかもしれないよな? そうそう、俺はちょうど武器を研磨して欲しかったんだ。もちろん普段は自分で手入れしているが、たまにはプロにやってもらわないとな。うん。じゃあ、俺も一緒に行こうかな!」
「ほう! そうか。じゃあ、さっきの話、ソーナには内緒な?」
「え、あ?」
ディナクは目を白黒させて、俺が味方なのか敵なのか考えがまとまらないらしい。が、ちょっと気を取り直して、はたして自分にとってなにが重要なのかあたまの中で天秤にかける気配を放つ。敵意と油断みたいのが代わる代わるやつの顔に浮かんで、みていてちょっと笑ってしまう。まぁ、こいつも年齢で言えば中学生だからな。
「わ、わかった。だが、サイネアさんと一緒にヨーステンを案内してもらう話は約束だからな! 絶対だぞ?!」
「おう。もちろんだ。男の約束だ」
俺は真顔になって、やつに手を差し出す。ふふふ、まったくの猿芝居だが、ディナクはこういうのに弱いだろう。わかる、わかるぞ。
ディナクは差し出された手をみて、また俺の顔を見る。その手を握るべきか払うべきか躊躇している。頭に血を上らせて、脳を高速で回転させる。
ややあってから、打ち払うように利き手を伸ばして、俺の手を握る。
「お、お前のこと、ちょっと誤解していたのかもしれないな!」
とか言いながらぶんぶん手を振る。
うむ。誤解じゃなくて、正鵠を射ているわけだが、まぁ、お前がそういう態度でいるんなら、俺としても悪いようにはしない。なんだな、これからは俺のことを兄と思い師と考え、礼儀正しく接することだ。そうすれば、お前のことももうちょっといいようにしてやらんでもない。
俺はふんぞり返って、ぶんぶん振られる手を握り返している。
to be continued !! ★★ →




