act.75_忘れ去られる出来事
キャラバンの補給が終わり、出発の日になった。
俺たちは規定の時間に全員が停留地に集合する。すぐに出発するかと思ったら、そうじゃあなかった。
「決闘?」
ソーナが躊躇いがちに漏らした言葉に、俺は強く反応してしまう。決闘ってことは、だれかキャラバンの人間と、村か同じくキャラバンの人間との間に、トラブルでもあったんだろうか。
そう思ってソーナにこの3日間のことを訊くが、なにもトラブルはなかったという。
「しばらく前になにか個人的なことで喧嘩して、相手の人の親族を不自由な身体にしてしまったらしいの。それ自体はよくあることなんだけど、どうしても仕返しがしたいみたいね……」
「よくある、ねぇ……」
俺は決闘相手に指定された男、オースンことオッスを見る。相変わらずの筋骨隆々としたコリー犬。いや、だからこそかえって無表情というか、武の化身じみて見えるのかもしれない。耳元から垂れたくすんだ灰色の毛に、たくさんのビーズを結びつけている。唇を怒らせて、僅かに犬歯が見えていて、それぐらい気合いが入っている様子は、俺との模擬戦では見せなかった表情だ。
全力で迎え撃つらしい。
それはつまり、相手もそれなりということだな。
俺はオッスが負けるということもあるんだと感じながらも、一方では、繰り広げられるであろう、全力の戦いを見たくて仕方がない。
「相手は、ここに来るの?」
「もう来てるわよ。先に来て待っていたみたい」
「それはまた、復讐熱心なことで……」
ソーナが顎でしゃくってみせた方を見ると、たしかにそこには筋肉の塊のような戦士風の人物が……、どこか見覚えがあるな。俺は記憶を探り、その人物をどこで見たのかすぐに思い出す。
カレ村に到着したときに、キャラバンの後をしつこくついてきたおっさんじゃないか。なるほど、あれには訳があったんだな。たまたま見つけたのか、ずっと探していたのかはともかく、俺たちのキャラバンの中に復讐すべき相手、オッスの姿を見つけたから、宿泊先などを見届けようとしてついてきたというわけだ。
なるほどなあ。何事にも理由があるものだ。
しかし……、決闘か。
もうわずかな時間の後には、あの熊みたいなおっさんか、それともオッスのどちらかが、死んで地面に横たわっているってことか。
なんとも殺伐とした話だ。
おっさんは相変わらずのにやにや笑いを浮かべて、防具を装着したりしている。武器はブロードソードだな。幅広で肉厚だ。思い切り振るったあの剣が命中したら、防具なんてほとんど意味をなさないだろう。
オッスの方は……、いつもとかわらない。両刃のロングソードと、腰にハチェットを下げている。防具はレザーが基本で、要所要所に金属プレートを下げている。プレートがあろうとなかろうと、熊のおっさんの武器が当たったら、四肢が吹き飛ぶだろう。
立合は知らない商人風の男と、カトーがやる。
「準備はいいか?」
と、商人が両者に訊く。
熊のおっさんが「おう」と応えて広場に歩み出る。オッスはロングソードを力強く握り、無言で中央に進み出る。長剣をぐるんと1回転させて、正面に構える。
周りでは俺たちのキャラバンに所属する傭兵たちはもちろんのこと、雑役に飼育係、客人までのぞき見している。ほかのキャラバンの連中や、出店の主人も商売を止めて2人を見ている。手を止めるくらいには珍しいイベントらしい。
昨日よりも冷たくなった風が俺たちの間を吹き抜けていく。熊のおっさんの縮れた毛を、オッスのビーズを揺らす。僅かに土埃が立ち、誰かが息をのむ。ソーナか、ディナクかもしれない。
俺の隣ではララが口を閉じて腕を組んでいる、ソーナが緊張した面持ちで眉間にしわを寄せている。ヨアンナが疲れたように下まぶたを上げ眼を細めている。
「……いいか? では、始めろ」
商人が上げた腕を振り下ろす。
かすれていて、どこか間抜けている。
熊のおっさんが無造作に距離を詰めていく。オッスは立ち止まって長剣を正面に構えたままだ。
おっさんがやや歩調を速めて、ほとんど駆け出す。オッスは動かない。
ガァン!
と、おっさんのブロードソードがオッスの長剣を撃つ……が、オッスの構えは揺らがない。
熊のおっさんはちょっと意表を突かれた表情で飛び退り、再び距離をとる。舌なめずりし、武器を1回転させる。深呼吸する。筋肉ダルマの身体を軽快にステップさせて、間を取り直す。
と、熊のからだが地面を滑るようにして、オッスの足下に殺到する!
はえぇな!
足下に飛び込んで剣を振るうおっさんに、オッスはさすがにやりづらそうに、受けに回る。おっさんの幅広の剣が脚を凪ごうと振るわれ、飛び退いた先には鋭い突きが放たれる。逆手に持った長剣でその軌道をずらして、オッスはさらに飛び退る。
チャンスと見たおっさんは、しつこく食い下がろうとする。剣を突き上げ、凪ぎ、貫こうとする。
あ、やばいんじゃないか? と傍目にそう感じられる瞬間が訪れる。オッスの避け方が不十分で、つぎの一撃を躱したものの、姿勢が崩れている。まさか、こんな結末で俺たちの模擬戦も終わりになるのか? 俺が思った瞬間、おっさんの動きが突然止まる。
地際に身を屈めたまま、地面に腕をついて、何かを待つように停止する。
あ、れ……? となにが起きたのかわからない観衆は、少しざわついて成り行きを見守る。
熊のおっさんは姿勢を変えずに、顔だけを上に向けてオッスを見る。ぶるぶると身を震わせ始め、膝をつく。観衆から悲鳴のような声が漏れる。
おっさんの腹にはハチェットが深々と突き刺さっている。黒い血が吹き出て、腰を膝を、乾いた地面に流れ出ていく。
痛みに耐えながら、なおもおっさんは薄笑いを浮かべている。たちまち、顔色が悪くなっていき、眼の周りに隈が浮いてくる。死相、と、俺の中で何者かが呟く。
おっさんは手にしたブロードソードで、牽制するようにオッスのいる方を凪ぐ。が、もはやそれは何かの儀式めいていて、相手を傷つけることなどできそうもない。
オッスはしばらくそんなおっさんを見ていたが、ふと、構えを解いて、無造作に距離を詰めていく。自らのほうへ向けられた武器を払い落とし、長剣を振り上げる。
一瞬の間のあと、熊の首を打ち落とした。
「むぐぅ……」
立会人の口からつぶやきが漏れる。熊のおっさんが負けるなんて、思ってもいなかったのかもしれない。たしかに、傭兵の何人かよりも太刀筋は鋭かったが……。
たったいま人を一人殺したオッスは、なんていうか、戦士として一回り重みが増して見える。ほとんど躊躇なくとどめを刺して、転がった首を見届けたあとは、ぞうきんで刃物をぬぐっている。その姿がなんとも威厳がある。まるで、熊のおっさんの命を吸い取って、カルマ共々自分のものにしたかのようだ。
立合の商人が指示をして、死体を運ばせる。
観衆は次第に散っていき、出店からは呼び込みの声が甦る。さっきまでそこに、復讐に囚われたおっさんがいたことなど、皆忘れたかのようだ。
カトーがオッスに声をかける。何でもないというようにオッスが応えて、二人してキャラバンの先頭へ向かっていく。
俺はしばらく、おっさんの残した血だまりから目が離せなかった。
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「ああいうのは旅の傭兵の文化ともいえる。しょせん、止めようのないものでおじゃる」
決闘の壮絶さを訴える俺に、ヨアンナはわりと平静だ。あのあと、おっさんの死への反応を唯一示したのは、ヨアンナだけだった。死体の運び去られた場所で、ひと言祈りの言葉を捧げる頃には、決闘の為の空間さえもはや保たれていない。
キャラバンが出立したのはそのすぐ後だった。
「オッスに躊躇はありませんでしたね。殺し慣れてる感じでした」
「それはそうじゃろうな。あのような男にしてみたら、決闘という、相手を傷つけることに許可が下りた状態で武器を振るえることなどは喜びといえるじゃろう。ナレはなぜ、あの男との模擬戦に拘る? 恨みでもあるのかえ?」
「恨み? 恨みはないですよ。それほどお互いについて、因縁のある相手っていうわけでもありません」
「では、なぜじゃ? 訊けば、盗の襲撃から隊商を守ったとき、奴隷からの解放や金子を求めないで、模擬戦を3回挑む約束をしたそうじゃな? それはなぜじゃ? ナレにとって何の意味がある?」
それは……、糞女神からの指令だから。
だが、まだそのことはいえない。それを伝えることは、どうにか手に入れた、いまの生活を、崩してしまうかもしれない。
ヨアンナにすべてを打ち明けたい気持ちと、それを抑える気持ちとが葛藤になって、少し沈黙してしまう。
何かあると悟って、ヨアンナはあえて追求はしてこない。
「いまはいえません。ですが、ただ勝ちたいからではないです」
「ふむ、で、あるか。ワレとしては、そのような戦いでナレがあっさり死んでしまったとき、1番途方に暮れるのじゃが……。とはいえ、ナレがまだ話すときではないというのなら、それは仕方がないな。いずれ聞けるものと、待っていようか」
「……すいません」
鎧竜に乗ったヨアンナの姿が、俺の前で立ち上がり、沈む。鎧竜に乗った俺のからだが、ヨアンナの視線から飛び上がっていき、頂点に達したところで沈んでいく。
「幼い頃より戦いの中で生きてきたものにとっては、相手を倒し続けることに、自らのカルマを感じるというでおじゃる。そのようでなければ、罪深く感じる心を抑えることができなくなるわけじゃ。オースンと申す男もそういう人物なのやもしれぬ。ああやって、傷を負わせた相手にたちどころにとどめを刺せるのも、そうすることが、お互いの運命だと理解しているからやもしれぬな」
ヨアンナにしてはなんとなく切れの悪い言い方だ。しかし、そうだな。オッスは戦闘狂だが、殺しを楽しんでいる風ではない。それでいて、戦い殺すこと以外になにかしている様子もない。なんともつかみ所がないというか、凄惨な人物像だ。
カトーに剣術を認めさせるのには、本当にオッスを倒すことしかないのだろうか、などと考えてしまう。いまさら変えようとも思わないが、それもなにか、型に嵌められた、誰かの作為のように思わないでもない。
……
……
カレ村をでて半日ほど歩いたとき、キャラバンは幅4メートルほどの細い川、ドエイ川に出る。
橋も渡しもいらない細い川だが、地政学的には重要な川だ。この川の北側までがブトゥーリン王国で、これより南は都市国家の領地となる。
次の町は、ドエイ川とべつの長大な河川とに挟まれたヨーステンだ。紛争の狭間で、奴隷を多く産出する町だという。
その日の朝の景色が脳裏に思い浮かび、俺はちょっと疲れた眼で前方を眺めた。
to be continued !! ★★ →




