act.74_安らぎと繁栄の花
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いったんカレ村から出てキャラバンの野営地で眠った俺たちは、翌朝になってから再び村に戻った。
今日こそは何の用事もなくて、村の様子を見たいという俺の希望にしたがって、ヨアンナとララがついてきてくれた。あ、教会の聖堂内で一日中過ごしたらしいレオナはかなりお怒りで、俺とはしばらく口をききたくないという。何度も謝ったが、この誤解を解くにはしばらく時間がかかりそうだ。……うむ。
カレ村に入村し早速向かうのは山羊のところだ。足形の1つでもとっておこうと思ってな!
山羊が見たいという俺に、ヨアンナは、またか、と、微妙な顔をする。
「そんなに山羊がめずらしいのかのう」
「いや、山羊自体は珍しくありません。蹄が3本、奇数になっていることが問題なのです」
「ふーむ。乳の味が変わるのかえ?」
「いえ……。多分そういったことはない、というか、そもそも奇蹄目の山羊と偶蹄目の山羊がいたとしたら、その祖先はかなり古い時代に別の種として枝分かれしたと考えられます。よって、乳の味が違うといえば、違うでしょうね。でも、それが問題ではないのです。山羊は一般に偶蹄目なんです」
「わかったような、わからないような話でおじゃる」
「カナエにとっては、山羊の蹄の数が重要なのね」
と、ララはにっこり笑う。うん、まぁ、そうなんだけど、なんか違う気もする。
「私がいたところでは、偶蹄目というのはいったん海に入ったほ乳類とされています。つまり、かつてはイルカや鯨などの仲間だった種族ということです」
「山羊がでおじゃるか? 鯨の仲間であったと? それはまた、奇妙な話でおじゃるな」
うーん、伝わったような伝わっていないような。まぁ、しかたがないか。
「……ともかく、奇蹄目の山羊というのは、そのくらい奇跡のような存在だといいたいのです。それが、保護もされずに、この小さな村で放し飼いにされている。ひょっとして、この世界の山羊は、みな奇蹄目なんでしょうか?」
「山羊の蹄をくわしく見たことがないわね……。絞めるときに、見たことがあるようなないような気がするけど、覚えてないわ」
そうだろうなぁ……。俺だって魚を食べるときに、歯の数を数えたりしないし、ひれの長さだって普通は気にしない。これはしかたないな。
だが俺はこれだけは訊いておこうと、思い出したことがある。
ひっつかんでいた山羊の脚を下ろすと、そいつはちょっと慌てたようにしながら他の仲間のところへ戻っていく。
口を開こうとした瞬間に、昨日薬草を鑑定し煎じてくれた婆さんが扉口から姿を現す。
「なんだ、誰か来ているかと思ったら、騎士様のお知り合いの方かね。そんなところで話していないで、中に入りなさいよ」
そう言って手招きする。
俺たちは目配せをしてから、好意に甘えることにする。
家の中は、昨日とは違って薬品臭がない。昨日は何かの薬を調合しているときだったのかもしれない。
「涼しくなってきたとはいえ、まだまだ日射しは強いからね。あんた方お若い人は、お日様に当たるのが好きかもしれないけれど、年寄りには応えるて。話でもしようと思ったら、家の中でゆっくりと、ねぇ」
「お邪魔します。お仕事の邪魔にならなかったですか?」
「ないない、ないもんよ。あのな、昨日そちらの人が持ち帰ったポリフィラじゃが、とても薬効が強くてな、さっそくラキの娘さんにもっていってやったんじゃよ。それが、飲んだ途端に身体が元気になったようだといってな。そりゃあ、さすがにちょっと身体を休ませて、薬が行き渡るのを待たねばならんはずじゃが、それはもう喜んでおったのじゃ」
「……それはなによりです。ウィタ騎士殿のお導きもあったので、病から解放されるのだとしたら、それもその親子のカルマなのでしょう」
ほう、と、ヨアンナが俺を見る。ララはいつも通りにこにこしている。
「かもしれぬな。ま、そうはいっても、大変感謝しておった。それで、あんた方に、なにか進呈したいといっておったんじゃ。なに、そう金の張るものじゃなかろう。貧しい家だて」
「あー、それはかえって心苦しいですね。断った方が、いいのかな?」
「受け取っておきなせ。気持ちの問題じゃ」
ふむ……。
俺たちは建屋内で1番広い、いまらしく空間に通される。部屋の3方はなぞの薬品が詰まった棚だが、外へ向かって解放された1方は濡れ縁みたいになっている。そこへ思い思いに腰かけて、お茶を用意するという婆さんを待つ。
それで……
「前から不思議に思っていたんですが、この世界には人間と呼ばれる種がたくさんいますよね? つまり、人族だけでなく、コリー族、妖精族、竜族、あったことはないけど、ほかにも洞窟族、小人族、巨人族なんてのがいると聞きました」
「ふむ、その通りじゃ。この辺りでは巨人族はあまり見かけぬし、洞窟族というのは、日の光を厭うで、そうそう会うことはないでおじゃるがな」
「ええ。気になるのは、それらの種族は、どうやって出会ったんでしょうか? すべての種族が、なにかの動物を祖先にして、同時代に知恵を獲得した? そんなことはちょっと考えられないし、文明が発展する前にそんな出会いがあったとしたら、おそらくはどちらかが滅びるまで争うような、不幸な出会いになるのではないでしょうか」
「だから、それぞれの人間が同時に知恵を身につけたとは思えない、ということじゃな」
「そうです」
よし、ヨアンナにはちゃんと伝わった。
その人の目には英知の光りが宿っていて、半ば俺を見つめて、半ばは深い学識の底を廻っている。
「ナレの疑問はもっともじゃ。ワレもまた、ことなる種族が原初的な文明で出会ったならば、そのようになると思う。……教会は、それぞれの人間種の起源を問題にはしていない。よってこれは、ワレの個人的な考えじゃが、おそらくはすでにこの世界からいなくなった、大元となる種族がいたのじゃろうと思う」
ふむ。
「その種族がどのようなものであったかは皆目わからぬ。じゃが、この世界の原初は、その種族の元で、それぞれの人間種が平等に存在していた。そして、何かを契機にして、その種族は消え去り、あとにはいま存在しているような、知恵を持った人間種が残された。初めは同じ町に住んでいたのやもしれぬが、ある種族は地底に去り、ある種族は深い森の中を住処に変えていった」
なるほど。
「そして長い年月が過ぎ、お互いの存在を知ったままそれぞれの種族は文明を築いた。なかには再び同じ町に住むようになり、上下関係などが生まれた不幸な時代もあったじゃろうが、最終的には、いまのような混沌とした状況が生まれた、ワレはこう考えておるし、いくつかの事柄については、それが事実であると証拠も残っておる」
婆さんが盆にお茶を載せて戻ってくる。俺たちは何となく恐縮してそれを受け取る。
「なにやら難しい話をされていなさるね」
「カナエがそのようなことが気になると申すでのう。薬師殿には申し訳ない」
「いやいや、私もかつてはそのようなことをよく考えたものじゃよ」
婆さんは正座して茶をすする。
「私はね、やはり妖精族が他の種を作ったんじゃと思うよ。妖精族は、あんた方はほんとうに賢い種族じゃ。ほかの人間種とは異なる深みがあるよ」
「ですが、そうすると、いにしえの帝国は、妖精族の国だったという、そういうことでしょうか?」
「そこはむずかしいところじゃね。賢く気高い妖精族が、広大な魔法王国を築いていながら、そこに使役するための人間やコリー族を作り、あまつさえ自らの国を滅ぼすようななにかをしたことになるわね。そのような愚かなことをするとは、思えない。なにか理由があるんじゃろうね。わしのような無学な者には、そこはわからん」
「カナエはどう思うのじゃ? ナレの考えは?」
「うんむ。正直言って、僕は、そんな罪深く、愚かなことをするのは人族しかいないと思う。とはいえ、このホシの文明の程度からいって、人族といえど、多の種族を知性化するなんてことはできなかったはずだ。たとえ魔術の文明が高度に発展していてもね。それに……」
「それに?」
「不死人との関わりというのが、どの考えをとったときも、はっきりしない。不死人とは本当に不思議な存在だよ。子をなせないなんて生物は、それ自体矛盾だ」
「不死人か。たしかに、彼らはよくわからぬな。教会は彼らと対立しているが、彼らについて学ぶこと自体を禁じておる。それでも、僅かずつ、彼らについてわかってきておることがある」
ほほう?
「不死人は、死を免れておるが、死なぬわけではない」
は?
「彼らは死ぬ。そして、甦る。死んだあと、だいたい60年経つと、再びこの世に姿を現すのじゃ」
俺は闇から現れ、闇に消えるようにして去って行ったテニスのことを思い出す。あれが姿を現した夜のことを考えれば、たしかに、不死人とはそうしたものかもしれない。
「教会はこれまでに3体の不死人を殺した。その3体はいずれも、いまの世に存在しておって、どこかで命の流れを乱しておるのでおじゃる。彼らの不死性とはそうしたものなのじゃ」
「それは、記憶もまた保ったままなのでしょうか?」
「どうじゃろうのう?」
ヨアンナは首をひねる。顎に手をあて思索に耽る。
「あるいはナレとこのまま旅を続ければ、ワレにも真実の一端がつかめるのではないか? ワレにはそのように思えるが」
かもしれない。だが、その話題は微妙だね。ララは首を傾げてへっへっといわせているが、婆さんは何の話かと俺たちをうかがっている。ヨアンナも話しすぎたと思ったのか、それ以上話題を継がなかった。
「そうじゃそうじゃ、薬のお礼の話じゃったな。ラキの家は、ほれ、あの北の物見櫓の下にある、庭先に野菜を植えている家じゃ」
指し示された方を見ると、30メートルほど離れたあたりに、物見櫓の上で暇そうにあたりを眺めている見張りの姿が見えている。俺たちは長居をした礼をいって、婆さんの家を立つ。
ラキの家では数限りない感謝の言葉をもらった。
聞けば、腎を患ってから6ヶ月にもなり、そのあいだ薬草を採取できるような身軽な人間が村にやってこなかったそうだ。それが薬湯を飲んでひと晩で快癒したという。ポリフィラ草、とんでもないな。
礼の後に15才だというラキの娘がおずおずと俺に差し出したものがある。それは純潔、じゃなくて、お守りだった。
大穴の縁でたまにとれるという石英の結晶、それを針と鑿で加工した、立体的なブローチだ。
植物の花だろう。17の花弁がある、不思議な花だ。
「これは何の花なんですか?」
と、俺が訊くと、すでに滅びたという、伝説上の花で、安らぎと繁栄の象徴なのだという。
この家から宝石のようなブローチを受け取るのは心苦しかったが、ヨアンナも受け取っておくものじゃ、と助言するので、俺はそれをもらうことにした。
17弁の花、か。
俺とヨアンナとララは夕暮れてきたカレ村に出る。
大穴には、どこからか帰ってきたらしい鳥の群が、次々と吸い込まれていく。穴の中が塒なんだな。日が陰ると、穴な不安になるくらいでかい。暗く、深く、洞であるのに、存在感に満ちている。
……
……
洞……洞か。
俺はもう一度大穴を見渡す。
樹の、洞か……。いや、あまりにも巨大すぎる。だが、しかし……。この台地の縁は、木の幹を思わせはしないか?
この穴を洞にした、巨大な樹。その樹が腐り落ちた後に、根が伸ばしていた、地下の水脈がむき出しになった……。
安らぎと繁栄の花、か。
俺はもらった石英のブローチを、指先でいつまでもいじくっていた。
to be continued !! ★★ →




