act.73_薬草ポリフィラ
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早速とってきた薬草を見て、受付のジェームズは疑わしげにためつすがめつ鑑定をした。
どこをどうみても正真正銘の薬草だ。ちょと不快ではあるが、このさきジェームズともう一度会うことがあるだろうか? いや、ない。だから俺は寛大な心で、その長い長い鑑定の時間を我慢する。
ウィタ騎士の2人はカネヤリの死体の処理に大穴に留まったから、冒険者ギルドないにはジェームズを除けば俺とヨアンナしかいない。ヨアンナは涼しい顔で、壁に貼られた依頼の票を眺めたりしている。
「……本物、のようだな。あるいは、本物にしか見えないくらいに本物によく似ている」
「本物です」
「確かに一見そのように見える。俺の鑑定眼をもってしても、お前のいうように、本物の薬草に見える。ある次元においては本物と言えるかもしれんな」
「……本物です」
「だが、これが本物であるかどうかは結局のところ、薬にして患者に飲ませてみないとわからないな。よって、これから裏の婆さんの家に行って、薬にしてもらおうか。それを患者に飲ませて、薬効が認められれば、それはつまり、この薬草が本物だったってことだ。逆説的にな」
「いいけど、天日干しにして乾燥させるとかだったら、その時間はないよ」
「心配するな、こいつは新鮮であれば新鮮であるほど薬効が高いんだ。あ、本物だったらな。だから、すぐに調剤できる婆さんのところへ持っていった方がいいのさ」
ふむ。ジェームズにしてはよく知ってるな。
「いいんだな? よし。じゃあ、さっそく婆さんのところへ行くか」
ジェームズは重い腰を上げて、てか、すげぇデブだな。荒れ地イモ食べてるんじゃないか?
まぁ、ともかく、俺たちは3人で、調剤ができるという婆さんの家へ行く。向かった先はカレ村の標準的な民家だ。木材を骨組みにして土を塗り固めている。大きさは12畳一間くらいで、ちょっと和風を感じさせる衝立をつかって部屋を仕切っている。家の入り口にドアはついているが、枠との間は隙間だらけだ。室内を密閉するような意味は全くなく、これも衝立と同じように目隠しをしているだけだな。
それでもあまり貧しさは感じられない。
家の前には鉢植えがあり、それはたぶん薬草とかじゃなくて、単純に観賞用の植物じゃないかな。ちいさな青い花を咲かせて、ぴんぴんと花茎を伸ばしている。
軒先には山羊に似た家畜が繋がれている。山羊に似たっていうが、なにが違うって、こいつは奇蹄目だ。なんだそんなもんと思うかもしれないが、これは決定的にチキュウのヤギとは違う。チキュウでは奇蹄目の有蹄類は馬とサイとバクしか残っていない。かつては奇蹄目のいろんなけものが栄えたというが、それらは滅亡して、いまは偶蹄目の時代になっている。
あ、奇蹄目ってのはその名の通り、足の指が奇数の四足歩行動物だ。偶数は、いわなくてもわかるよな。
で、あるからして、この奇蹄目の山羊はチキュウには決していない種類の動物だ。そいつが俺の前でぼろぼろフンを垂れながら、なおも周りに生えた雑草を食んでいる。すげぇ、異世界スゲェよ。これ連れ帰ったら大発見じゃ済まない。
「奇蹄目じゃねぇか……」
っていいながら俺が山羊に近づき、撫でたり脚を上げたりしているのを見て、ジェームズもヨアンナも困惑している。
「ナレは時々奇妙に見えるでおじゃる」
そう言いながらヨアンナは俺の瞳の色を確認する。え、それって狂ってないかどうかってこと? 傷つくなぁ……。だが、これはしかたない。異世界標準で生きているヨアンナには、この奇跡のような山羊について、価値を感じることはできないだろう。ああ、この感動を誰かと分かり合えたらいいのに……。
「こんの山羊がっ、すごい奇跡だって、君たちにはさぁ、わからないだろうなぁ……」
俺がそう言いながら山羊をなで回していると。家の裏手からもう1匹山羊が出てくる。
……
……
ひゃあ! 奇蹄目だ! 2頭もいる!
2匹目の後ろからさらに3頭の山羊が出てくる。まさか、まさか、まさか……!
「ひゃあ! 奇蹄目だぁ~!」
俺は山羊たちの足下にころがって、そいつらの蹄を確認していく。
ジェームズが憐れみを込めてそれを見ている。
「こいつ、壊れちゃってんのか?」
「いや……、たぶん、こやつの故郷では珍しいのじゃろう」
「山羊が?」
「うむ。山羊が。……カナエ、気が済んだじゃろう。そろそろ行くぞ?」
おう……、名残惜しいが、さすがにこうもしていられないな。
俺は渋々立ち上がる。
「この山羊たちには名前があるんですか?」
ジェームズは半笑いになる。
「え? ジョンとかボブとかそういうことか?」
はっはっはっ、おもしろいね。
戸口に立って呼びかけると、薄暗い室内からしわがれた女性の声が応える。薬品の臭い、だなこれは。風通しが悪くて、嗅いだことのない複雑な臭いが建屋の中に籠もっている。すっちゃいけない気がして、俺は一歩後ずさりする。しかし、ジェームスのやつはまったく躊躇しないでずかずかと中へ入っていく。さすが、神経の死んでいる男だな。
「なぁ婆さん。ポリフィラの新鮮な株がとれたんだ。さっそくだが、鑑定を含めて下ごしらえして煎じてくれないかね」
「ほぉ、ポリフィラかね。ひさしぶりじゃね」
いいながら腰の曲がった老齢の女性が出てくる。若い頃はさぞかしって感じさせる、白い肌とぱっちりした眼をしている。腰に加えて足も不自由らしく、ゆっくりと板の間を降りてくる。ジェームズが俺から受け取った薬草を取り出して、婆さんの眼前にもってくる。よろめきながらそれを受け取って、婆さんは子細に観察をする。うんうん頷いているから、まぁ、間違いないだろう。
「ポリフィラを欲しがっていたのは、ラキの娘だったね」
「あー、そうだったかな。うん、ラキの娘さんだった気がする」
ジェームズが答えるのを聞きながら、俺はその薬草がポリフィラという名前だとようやく知る。自分で受けた仕事じゃないと、こうも適当になれるんだな。まぁ、いいことじゃないだろうが。
せっかく名前が出たんだ、と、俺は思いつく限りのことを訊いてみようと思い立つ。
「ポリフィラはどのような病気に効くんですか?」
「ほう? 知らないで採取してきたのかえ?」
「すいません。ウィタ騎士との取り決めで、村の足しになる仕事を1件こなすという話でしたので、詳しくないのです」
「ふぅん。ウィタ騎士がね……。ポリフィラはね、腎の病に利くのさ。腎は血の中の毒を漉して、小便として排出する。じゃが歳をとってくるとこの、毒を漉しとる機能が悪くなる。そうして、毒が身体に回って、いろいろな不都合、つまり症状が出てくる。ポリフィラにはそいつを改善する効果がある」
ま、まじかよ……。
そんな薬効、チキュウのどんな薬品でも達成できなかった効果じゃねーか。チキュウなら、腎臓病は基本的に治らない。症状を遅らせるか、あるいは移植するか、どちらも難しければ人工透析だ。
やべぇな……、異世界の薬学。
この草を煎じて飲むだけで腎臓病が改善するなんて……。
「……やはり相当貴重なものなんでしょうか?」
「ふむ。近隣でいえば、この大穴以外では採取できぬ。じゃが、これひと株で、薬効をもった煎汁が千杯はつくれる。そのぐらい薬としての力が強いのじゃ。もちろん、この村の外において奴隷や平民が薬を手に入れるのは難しいじゃろうな。じゃが、貴族であれば手に入らんこともない。まぁ、価値でいえばそんなところじゃの」
へぇ……。わりと貴重だが、決して手に入らないというわけじゃない、ってところかな。
「本物のようじゃな。ラキもすぐにでも欲しいじゃろうから、さっそく煎じるぞよ」
婆さんはポリフィラを受け取って、板の間の奥へ消えていく。
あー、これで依頼は完了、なのかな? そもそもだれが依頼主なんだろうか。
ジェームズが振り返る。
気怠そうに俺たちを見る。
「……どうした?」
「あ、いや。これで依頼は完了か? 僕たちは依頼主を知らない」
「依頼? ああ、ポリフィラの採取か。そういえば依頼だったな」
おう。そこからか。
「依頼主はラキの娘だが、この村じゃあ、冒険者ギルド職員の俺が金銭の授受も代行する。今回についていえば、まぁ婆さんが本物だというからには本物だろうな。患者が飲む前に任務完了と認めてやろう。手続きをするから、もう一度ギルドまで来てくれ」
なんか、そういうの代行しちゃうと、いろいろ恣意的にできちゃったりできそうだが、まぁいいんだぜ。どうせ、ジェームズにはもう会うことはほとんどないからな! 特定冒険者ギルドと戦うなんてとんでもない話になりそうだし!
それにしても、奇蹄目の山羊といい、腎臓病の特効薬といい、なんとも驚きの事実が、この小さい村に存在しているもんだ。やはり、地球の基準で物事を考えていると、いろいろとついて行けないところが出てくるだろう。
身の振りには常に注意しなきゃならない。
……
……
掘っ立て小屋のギルド前にはアイラインとウーが待っていた。
俺たちに気がついて、手を振ってくる。2人とも戻っているということは、あの巨大なカネヤリの死体について、村人とのあいだで話し合いがついたということだろう。
「その様子だと、無事依頼をこなせたようだな」
と、アイラインが安心したようにいう。
「これで少年が任務をこなせなかったとしたら、君の不穏なカルマについて、我々は大聖堂の範士様たちに報告しなければならなかった。いや、本当によかった」
「報告……。そんな必要があったんですか?」
「必要というか、そういう直感だな、ウィタ騎士としての。君のカルマが、この世界によからぬ流れをもたらすものであれば、カレ村の一人の病人が求める薬草についても、いい結果は得られなかったはずだ。私がいうのはそういうことだ」
「よかったのう、いい結果が出て」
ヨアンナが言葉を継いで、俺を労る。
こういう点では意地悪さはヨアンナも一緒だ。そもそもが俺がどういう存在だか見極めるというのは、彼女も変わらない。
「まぁ、いい結果が出て、僕に対する疑いが晴れてよかったです。これで僕も無罪放免ですかね」
「ふむ。これ以上は無粋というものだな。我々カレ村のウィタ騎士は、カナエとヨアンナ殿を受け入れよう」
「それはありがたい」「おう」
俺たちは一応礼をして、2人の判断に答える。
よく考えたらだいぶ理不尽な話ではあるが、ライフストリーム教会というのは話を聞けば聞くほど巨大な組織のようだから、下手に出ておいて間違いない。長いものにはぐるんぐるんに巻かれて、その状態で上を目指す。これだぜ、賢い出世の術とは。
ジェームスについて中に入り、いくつかの事務処理をする。印をもらい、達成報酬を受け取る。
「以上だ。なにかあるか?」
ジェームズが事務処理を終えて俺たちに訊く。正直いろいろあるが、アンタッチャブルな気がして聞きづらい。
「あー、この村に冒険者は何人ぐらいいるんだ?」
「ゼロだ」
あ、そうなの。
「かつて登録した冒険者ならいっぱいいるんだが、みなキャラバンのメンバーとしてすぐに出ていくからな。村自体はこの規模だ、冒険者としてとうろくするまえに、近所づきあいでできることはやっちまうのさ。で、俺のところに残るのは、普通の人間にはこなせない依頼だ」
じゃあ、あの崖での薬草採取だって、普通の人間には出来ないって、こいつ知ってたんだなぁ。さすがジェームス。冒険者殺しだぜ。ただのひと言も忠告なかったもんな。年季が違う。
外に出るともう陽が沈み始めている。
アイラインとウーが所在なげに待っていたが、宿泊している家をそれぞれ紹介して、「なにかあれば声をかけてくれ」と言い残して去って行く。
二人を見送って、ようやく俺たちは入村以来の慌ただしさから解放された気分になる。
「何とも忙しい1日でしたが、いろいろと、うまく転がったようでよかったですね」
「そうでおじゃるな。……じゃが、ナレは1つ忘れていることがある」
「え?」
ヨアンナは、あの眉間にしわを寄せて、僅かに口角を上げる笑い方で俺を覗き込む。
「もう一人おったじゃろうが。村に入ったのは、ワレとナレだけではなかろう!」
あ、やべえ。俺は思い出して目をひん剥く。
レオナのことすっかり忘れてたぜ!
to be continued !! ★★ →




