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俺様!准教授の異世界フィールドワーク!基底文化は食人植物文化圏!?  作者: 山県としあき
ミスリルオーアロード編
74/276

act.72_大穴の底で

何しろ現場が目と鼻の先にある。俺たちは特に相談することもなく、大穴の縁へやってくる。

あ、レオナのやつはスプラッシュ像を前にじっと祈りを捧げるばかりだから、この際教会で待っていてもらうことにした。無理に祈りを妨げるのは気が進まないからな。


それで、大穴は全周を木製の柵で囲っているから、円周上に3カ所設けた門を通る必要があった。

冒険者ギルドから時計回りにしばし歩き、門の前まで来る。ウィタ騎士2人が依頼の件を話すと、警備の者は了解して門を開ける。


そして……

俺たちは大穴の縁に立つ。


風が吹き上がり、水気の籠もった臭いが鼻腔をくすぐった。


風化して丸みを帯びた穴の縁から、荒れた岩肌へと模様が変わる。ごつごつと尖った岩の隙間には名前の知らない草花が咲き誇り、小さな鳥、小動物が見えている。木の実をかじり、俺たちをちょっと見てからまた口を動かす。茶にグレーの斑をもった鳥が、興が乗ったのか住処から飛び立っていく。羽が日の光を照り返し、黒く大きく開いた穴の中をゆっくりと旋回していく。


人間はその大穴の壁面に木材や金属を使って道を作っている。なんども改修がされたと一目でわかる年季のいったものだ。朽ちかけている箇所、草木に覆われている箇所、いまにも腐り落ちそう箇所すらある。それでも、この人が通るためのつづら折りになった道は、限られた村の予算と、日銭を稼ぐためにかかせないインフラであることの合間にあって、どうにかこうにか維持されているのだろう。


重いかごを背負った村人たちが、列になり車座になり、途中休憩を挟みながらも、絶え間なく行き来している。

話に聞いていた通り、穴の底から持ち帰るのは、清水と魚らしい。どちらも運ぶには重いものだ。なかには子供の人足もいて、背負った荷物に振り回されながら、どうにかこうに急峻な道を登ってきている。


そんな営みが、台地に穿たれた深い穴の隅で営々と続いているのだろう。放棄された道や、どうやってたどり着くのかわからない小祠、墓地らしき横穴までが見受けられる。


この大穴の縁で生まれ、大穴からの恵みで子を育て、大穴の縁にまた眠る。この場所で人間たちは、そういう人生を肯定して生きてきたんだな。

俺は期せずして深い感動を感じる。鳥の翼が燦めく一筋の光りにまで、深い意味を感じて無言になってしまう。


「なんとも壮大なものじゃな。ここで、人は生まれ死んでいくというのか」


同じことを感じていたらしいヨアンナが、呻くように声を漏らす。


アイラインとウーは底の方をちょっと覗き込むが、見慣れた景色らしく、お上りさんの俺たちを横目に含み笑いを漏らして先へ進む。


穴底へと繋がる階段の入り口は、10メートル四方くらいの踊り場になっている。半ば岩石でできていて、半ば木材でできている。金属で補強されていて、枠や杭が至る所に施されている。踊り場には空の桶はもちろん、持ち帰った水や魚がより外周側に積み上がっている。おそらく養殖用の餌に使うんだろう、デンプン質のなにかを荒く粉砕してペースト状にしたものを満載した桶もある。あれはなにでできているのか、と、ウーに訊くと、ウーはアイラインに耳打ちして、アイラインが荒れ地イモだと答える。食感が悪すぎて人間は食べないが、魚の餌にはちょうどいいんだという。


「ほら、あそこにも植わっている」


と、アイラインが指さす。その方向をみると、サツマイモの株によく似た地際を覆う植物が茂っている。そこで栽培しているのではなく、飛来した種がたまたまひと株根付いたものらしい。


「どこかで大規模に栽培してるんですか?」


俺が訊くと、ウーが頷く。そしてまたアイラインに耳打ちして、アイラインが知った顔で答える。


「カレ村周辺で耕作地を毎年変えながら、栽培されている。面積あたりの収穫量は多いが、それだけ土地の栄養を奪うから、連作すると収量がぐっと落ちるのだ。人間が食えない作物だから略奪されることはほとんどない。まぁ、それでも盗まれたりしたらことだし、我々が見回っているがね」


「家畜の餌にはならないんですか? 山羊とか豚とか……」


「家畜はいやがるそうだ。無理に食わせても太らないと聞いた。私も囓ってみたことはあるが、あれは特定の魚のためにあるとしか思えない味だったな」


そう言ってアイラインが笑う。


「この村でいろいろと活動されているようですね。ここへ来られてから長いのですか?」


「うむ。教会付きのウィタ騎士として赴任してから8年になる。私の前にも前任者がいて、その方は錬士とともに12年活動された。で、あるからして、私もあと4年はいることになるだろうな」


「12年ですか……。アイライン様は王都の出身ですか?」


「いや、私はもう少し北のサイデンクルだ。マウナス山の麓だな」


サイデンクル、ね。知らない町だ。マウナス山自体は、王都アヴスからかなり北へ行ったところにあると聞いたことがあったな。その麓ってことはかなり遠いんだろう。

そういえばどことなく鼻が長く、手足が短い、いわゆるイヌイット形の体型をしているかもしれない。背後からアイラインの背中を見ながらそんなことを考える。


「少年はどこの出身だ? なぜキャラバンに参加することになった?」


俺は記憶を失っていること、奴隷として形式上、カトーにつかえていることを説明する。それほど深刻に思ったこともないし、むしろ幸運に恵まれてこうしているわけだから、俺の口調は軽かった。

しかし、ふとみるとアイラインが目を伏せて口元に手をあてている。


「ウ、ヴン……」


隠して目許をぬぐう。ウーが後ろから背中をさすってやって、顔を覗き込んだりする。

泣き上戸なのか、このおっさん。娘ぐらいの部下に慰められているが……。


……


……


しばらく壁面の階段を下った。


頂上の村から下へ進むに従って暑くなるのか寒くなるのかちょっとわからないところであったが、実際には肌寒くなっている。

下りの階段は思った以上に大腿の筋肉をつかうから、体温の上昇と相俟って体感的にはちょうどいい。


「少年に仕事を課すことが俺は嫌になった」


アイラインが悩ましげに呟く。


「はぁ。でもまぁ、冒険者ギルドの依頼でもありますからね」


何となく俺は慰め役みたいになっている。


「苦労した子供に、さらに苦役を課すなどと、ウィタ騎士のすることではなかった。私は道を誤ったのだろうか」


などと供述する四十路の男。


「いや、でも、僕自身それほど深刻に思ってませんよ。まぁ、頭越しに話が決まったことには多少の不満はありますがね。そうはいっても、僕は奴隷ですから」


「ウ、ヴン……。奴隷、か。少年のような聡明な者が、そのような過酷な運命に翻弄されるとは。ライフストリームの課したカルマとは、少年をどこへ導こうというのだろうな。わたしにはわからない」


「はぁ、でもまぁ、いろいろな町に行けて、感謝しているくらいなんですよ。僕は町々の人がどんな生活を営んでいるかとか見聞きするのが好きなもんですから」


「なんと学際的な……。少年はいずれは偉大な学者になるかもしれないね。……なおさら、なおさら、このような些事に君を巻き込むことが間違っている気がしてきたよ」


「はぁ、でもまぁ……」


俺が慰めの言葉を言いかけたとき、ふっと、アイラインの視線が俺の背後、大穴の上空に向けられる。そっちには、ヨアンナが、いや、後ろをついてくるヨアンナよりもさらに後方を見ている。

向き直ると、アイラインの眼がきりきりとつり上がり、眉間に深い皺が刻まれる。流れるような仕草で背中に下げていた大剣を抜いて、右手で構え、左手で僅かに支える。ここまでほとんど瞬間的な出来事だ。


あ、殺される? と、俺は完全に隙を突かれていて、呆然とそれを眺める。俺とアイラインの間にいたウーが、同じく両手にロングソードを抜いて振り返る。フードが剥がれ頭部がむき出しになる。平滑な肌、暗い黄緑の鱗。竜族だったか。


「少年、伏せろ」


俺はなにも考えずにそれに従う。

その瞬間だった。


ィィキキキキイイイイインン!


と、空気を切り裂く砲弾のような音が俺の耳に届く!


ドッバッ!


穴の側面に衝突するような角度で飛んできたそいつは、大きく羽を広げて無理やり急停止する。

ぎざぎざになった銀の羽が、真昼の光りを乱反射する。俺の頬を突風が吹きすさぶ。俺はそいつに見覚えがある。鶴嘴みたいな頭部、金釘じみた鋭い爪、数千だかの羽を一斉に広げ、大きく息を吸う。カネヤリだ。


ギョギョギョォォォアア!


「少年、あそこの岩壁に求める薬草がある。こちらは気にせずとってきなさい」


アイラインが指さした方を見る。カネヤリの羽ばたく横手に、断崖絶壁があって、その僅かな岩の隙間から真っ赤な七輪の花が咲いている。ああ、あれね……。


「……ハ! ゴウオオオォォォ!」


気合いをいれてアイラインが階段を駆け上っていく。ちょうどカネヤリの背に飛び乗れるあたりまで場所を変える、のか? カネヤリは片面6つの眼でアイラインのおっさんを見る、そして、背に乗られないように少しポジションを変えて、穴のより深くへ位置を変える。うん、その位置ならおっさんには届かないね。


「ホオオオォォォ! ハァ!」


アイラインは気合いを入れなおして階段を駆け下りてくる。そうだよな。あそこじゃ高すぎる。近づいてきたおっさんをみて、カネヤリはちょっと高度を上げ直す。


「ハァ、ハァ……。ヒョォォォォォアアアアア!」


おっさん、再び階段を駆け上って、カネヤリがそれをちらっと見る。


……もう、もう止めてやれよ。おっさん、失神しちゃうじゃん……!


まぁ、いっか。ウーのやつが状況を変えようとなにか考え込んでるし、ヨアンナも何かあれば魔術でも放つだろう。あ、いまはおっさんを見て笑いを堪えているが。


俺は岩壁の花を見る。あれか。たしかに、身軽さの特技でもないと、手を伸ばせそうもないところに生えている。村人にあれを採取してこいってのは、難しいだろう。


この異世界の身体と神の恩恵を受けている俺には、ぜんぜん問題ない。できるという直感がまったく揺らがない。

俺はだいたいのルートを決めてから手近な出っ張りに手をかける。腕を思い切り引き寄せて、身長分だけ高い位置にある出っ張りにつかまる。僅かな隙間に指を突っ込み、じりじりと横へ移動していく……。


すぐに花の咲いている脇へとたどり着いた。後ろからはなにか羽音とおっさんの叫び声が交互に聞こえてくるが、大きな状況の変化は感じられない。放っておいてもいいな。

俺はその花をじっくり見る。古典園芸植物みたいに、丈が短く茎が太い。崖の僅かな隙間で何年もかけて大きくなったのだろう。力強く、美しく、気高くさえある。


だが、ごめんな。お前を薬にして、まだ生きてやりたいことのある人間がいるんだよ。


俺はそいつの株元をそっと掴み、根ごと引っこ抜く。真っ黄色で細長い根がぞりぞりと岩から剥がれ落ちる。

立派な株だ。これでいいだろう。辺りを見渡すと、まだ同じ植物が点在しているのが見える。さすがの俺もとうていたどり着けそうもない場所にも生えているから、こいつが絶滅することもまだ当分先だろうと、俺は算段する。

ローブの中、肌着の間に挟み込んで、来た道を引き返していく。


……


……


皆を残してきたところには、首を打ち落とされたカネヤリと、切り傷だらけのウィタ騎士2人が待っていた。

どうやら大きな怪我もなく怪物を討伐できたらしい。

できればどんな戦い方をしたのか見たかったが、まぁ、いいだろう。当初の目的は果たしたしな。


「無事ですか? おかげで薬草を採取できました」


「うむ。このとおり、鋭い羽で何度か引っかかれたが、私もウーも大丈夫だ。少年が任務を果たせたことをうれしく思うぞ」


どうやって倒したかは、後でヨアンナに訊くことにするか。俺は2人に頷いて、礼を言う。アイラインもウーも満足そうに頷き返す。

カネヤリの首はどこに行ったんだろうかと下を見下ろすと、穴の底まで落ちたらしくて、暗い底の方で村人が集まってわいわいやっている。だれも怪我しなかったろうな?


その拍子に穴の底がどうなっているのか、全体の景色が一望できた。

穴の底はほとんど一面の川面だ。そこに格子を組んで、養殖場を作っている。ネットで囲ってるんだろうな。緩やかな流れなんだろうが、なかなか厳しい環境に見える。

格子の上を村人がロープをたぐりながら器用に移動していく。ほんとに、実に器用に身体を翻らせる。突然落下してきた怪物の頭に驚いているが、もう、仕事を再開している人もいる。


たくましい、な。ほんとに、人間というものは逞しい。



          to be continued !! ★★ →

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