act.71_カレ村のウィタ騎士
「ほ。ウィタ騎士も王都辺境まで来るとなかなか作法というものを守れないでおじゃるか。相手を誰何するのであれば、まずは自分から名乗るものじゃがのう」
「……これは失礼しました。私はウィタ騎士の教士アイライン、後ろにおりますのは弟子の錬士ウーです。お見知りおきを」
「ふむ」
ヨアンナは一応の形式を認めて、警戒を解く。
「ワレはライフストリーム教会の尼僧、ヨアンナと申す。ムンド村にて教会につかえておったが、お導きがあり、ほれ、こやつらのキャラバンに随身しておる。今日は旅の途中に立ち寄ったこの地で、教会の神父に挨拶をしてゆこうと思ったのじゃが、あいにく留守のようじゃな」
「ヨアンナ殿、でありますか……」
教士アイラインと名乗ったウィタ騎士は何か心当たりがあるのか、首をひねって、考え込む。ジョリジョリした無精髭をしごきながら記憶を探るがなかなか思い出せない。
しばらくすると、後ろに立った錬士ウーが、アイラインの肩をちょいちょいとつついて、振り返った師匠の耳元に何事か呟く。
「おお、そうであったな。ヨアンナ殿といえば、範士ロシャーナ殿の一番弟子と名高かったお方。よもやこんなところでお会いできるとは。これも命の流れのお導きというものでございましょうなぁ」
そういってアイラインは胸に手をあてスプラッシュ像に膝を折る。向き直って、再び俺たちに関心を向けてくる。
「して、その少年の所属するキャラバンに、教会を辞して同道するほどの価値を認めるとは、これはどういうことなのでしょうか? 我々のような田舎の遊軍騎士にも、なかなか興味がそそられます。もしよろしければ、お話下されませんか?」
むむ。これはどこまで話したものかな。ヨアンナがうまいこといなしてくれればいいが。俺はアイラインの舌鋒に警戒を始める。なにを知りたいのかわからないが、話していいことばかりではない。
「そうじゃの……」
ヨアンナはもったいをつけて考え込んでみせる。
すると、再びウーがアイラインの肩をちょいちょいつついてから耳打ちする。
「うむうむ。そのようだな。……そもそも我々があなた方に関心を寄せるのは、その少年のまとうウィタに、なにやら胸騒ぎがするからなのです。これは、まず申し伝えておかなければならなかった。尼僧殿が同道しているということで、それほどの警戒は必要ないのかもしれませんが、だまって過ぎるというのも、与えられた役目に顔向けが立たぬというもの、それはご了承いただきたい」
「うむ。立派な心がけじゃ」
ヨアンナは感心した態でしげしげとアイラインを見つめる。眉を僅かに寄せて、口は笑顔になっている。ちょっと怖いが、顔が整ってるからひやりとする美しさだ。うん、ずっと見ていたい。
「じつはのう、ナレどもの懸念ももっともなことで、ワレもまた、この少年の道行きになにやら見通せぬものを感じておる。そこで、本人の同意も得て、こうしてしばらく、どのように命をあつかうか、見届けようとしておるのじゃ。このことは我が師、範士ロシャーナ・ウィンディアも了解しているのでおじゃる。よって、ナレどもにはワレの道行きを見守り、助けることを期待するでおじゃる。いかがかな?」
「ほう、範士殿もご承知の件でありましたか……」
アイラインはどこまで信じているのかわからない、無表情に近い顔で何度か頷く。
これはまぁ、方便ではあるな。ロシャーナはたしかに俺のことを見逃したが、べつに教会として、存在を認めるなり要注意としてマークする指示を出したわけではない。結果として、ロシャーナとヨアンナの元師弟で俺に関わっているが、それは偶然だ。
だから、ここでアイラインがこのことを教会に問い合わせるといったことをいいだすと、厄介になるんじゃないか?
まぁ、カレ村から王都アヴスまでは割と遠いけどな……。
「で、あれば、なにも問題ありませんな」
アイラインがいうと、「え?」って感じで、ヨアンナとウーが驚く。
「わかっていただけましたか」
と、ヨアンナは急いで笑顔を作り、ウーはアイラインの肩を激しくつつく。アイラインが振り返り、ウーが耳打ちする。てか、この師匠さん大丈夫なのか?
「ウ、ヴン。……いや、そうはいっても、尼僧殿の言葉とはいえ、村の安全は我々の責務。なにやら証のようなものが欲しいですな。少年が命の流れに障りにならぬと信じられるような」
ウーが後ろでうんうん頷く。ひと言もしゃべらないが、いろいろと苦労してそうな弟子だ。ウーはフードを目深にかぶったままだが、耳打ちするたびに顔の作りがちらちら見える。黄色の二重で、ちょっとニッポン人を感じさせる。それでも転生者だと思わせない要素があって、髪が赤く、頬にはわずかに鱗がある。傭兵のリュリュよりはずっと人間寄りだが、それでも、マントを脱いだらどうか。
「証でおじゃるか。やぶさかではないが、なにか心当たりでもあるでおじゃるか?」
「ふむ。では、この聖堂の窓ふき……」
ウーが激しく肩をつつく。
「ではなく、あー、カレ村の冒険者ギルドの依頼を1件、こなしていただこうか。手助けはできぬが、同行して、あなた方の性質を見極めさせていただく、というのはどうでしょうかな?」
ウーは首を傾げて、肩をつついていた手を止める。しばし勘案してから、手を引っ込める。
アイラインが、よっしゃって感じで笑顔になる。俄然勢いを得て身を乗り出す。
「どうでしょうな? 村にとっても、あなた方にとっても悪い話ではないと思いますが?」
「異存はないでおじゃる。ただ、キャラバンは補給のために立ち寄っただけでおじゃる。3日後には出立するので、依頼をこなせる時間は限られておる。あまり大がかりな話は受けられぬでおじゃるが、それでもよろしいか?」
アイラインはウーを振り返って顔色をうかがう。もう思考放棄したみたいに丸投げだ。どっちが師匠かわからんな、これじゃ……。あれだ、頬から側頭部に傷を受けたときに、脳も損傷したのかもな!
ややあって、ウーが頷く。ゴーサインだ。
アイラインは向き直って大仰に頷く。胸を張って見せたりする。いや、全部見えてるから。いまさら威厳感じないから。
このおっさん、顔は渋くて、傷跡とかあって無骨な印象受けるんだけど。スゲェ残念なおっさんだ。
「と、いうことなわけだが、少年は冒険者ギルドへ入ったことがあるかね?」
ようやく俺に話しかけてくる。俺について話していたようなもんなのに、ひとことも声かけてこないんだもんな。こいつらって、基本、失礼だよな。
「僕は冒険者登録をしています。パーティも組んでいて、王都では依頼を受けていました」
いいながら俺は懐の冒険者カードを取り出して、アイラインに見せる。「ほほぅ」って感じで、アイラインがそれを眺め、指で触り感触とかを確かめている。「俺も1枚欲しいな?」って、後ろを振り返り、ウーに睨まれる。
「ウ、ヴン。……善は急げと昔の人はいった。早速ではあるが、これから冒険者ギルドへ行きませんか? なにも用事がなければ、ですが」
「ワレはかまわぬ。カナエはどうじゃ?」
俺に否も応もない。
俺たちは連れだって教会を出る。
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カレ村の冒険者ギルドは、仮設もいいところだった。
掘っ立て小屋に机が一つあって、壁面は依頼の札だらけだ。バイトらしき青年が油で汚れた椅子に座り頬杖をついている。俺たちが小屋に入ると、物憂げに顔を少し上げるが、すぐに関心がなさそうに天井の隅を睨みつける。つられてそっちを見ると、巣を張った蜘蛛が羽虫を捕らえている場面だった。
建屋の中に便所がなくて、小屋の外に壁で囲われた場所がある。あれがたぶんそうなんだろう。
ともかく、そんな場所だ。
「ジェームズ、もうすこし仕事に精を出せ」
アイラインが職員に声をかける。
ジェームズはウィタ騎士の2人に気がついて、ちょっとだけ居住まいを正す。
「……いま、ちょうど、蜘蛛が虫を捕まえたとこなんスよ。あいつ、3日ぶりの食事だな……」
アイラインもジェームズの見ている方向へ視線を向ける。蜘蛛が忙しそうに羽虫を糸で巻いている。器用なもんだよな……。確かにじっと見てしまうな。
「3日ぶりか。あやつも生きるために必死だということだな……」
アイラインは感心してじっと見る。心の琴線に触れたらしく、手を握りしめたりしている。
ウーがちょっと躊躇ってから、かるく肩をつつく。
あ、それどーなんだろうな、って俺は思う。せっかく俺とアイラインとジェームズが、生き物の生の営みに感心していたところなのに。
女ってこういうところあるよね。男が感動している場面で、仕事に意識を向けさせようとするっていうか。
アイラインもそう思ったのか知らないが、ちょっと戸惑ったように悲しげにする。ウーが首を振ると、仕方がなさそうにジェームズへ向き合う。
「この少年なんだが、王都で登録している冒険者でね。訳あって、明後日までにこなせる仕事を1件請け負いたい。金銭についてはこだわらない。よい依頼はないだろうか」
「明後日っすか? 明後日ねえ……」
ジェームズは面倒くさそうに紙の束を取り出してめくり始める。てか、それ全部、こなせてない依頼かよ。ぜんぜん機能してないんじゃないか、ここ。他に冒険者らしき姿もないし……。
俺はなんだか心配になってしまう。この冒険者ギルドがつぶれたら、ジェームズはどうやって生活していくんだろうか。
……それともあれか、特定冒険者ギルドってかんじで、ここの職員は既得権益で生涯雇用が保障されてるのかな? うん、なんか、そういう感じがする。
薄汚れた服と乱れた髪、不摂生でむくんだ身体をしているジェームズを見ながら、俺は答えにたどり着いた気がする。
「これなんかどうっすかね。魔獣ファイナルアークデーモン『ギガントアルガス』の討伐」
「よし、それにしよう」
いや、ちょっと待て。アイラインが振り向いて頷く。
だめだ。よせ。嫌な予感がする。
ウーが俺をちょっと見てからアイラインの肩をつつく。
「だめか? しょうがねぇな……」
かなり残念そうだな。言葉尻が野卑になってる。だが、明らかに無理そうだろ。ちょっと考えたらわかるだろ……。
「だめ? なんでだよ、めんどくせぇな……。じゃあ、これは? ゲルミナントの迷宮40階層から古代王朝の至宝『ケッセイルスの錫杖』を持ち帰る。報酬は5千万シルト。いいねぇ、一生遊んで暮らせる」
「よし、すぐ行こう」
アイラインは剣の柄を握って、俺たちを真剣な顔で見渡す。
……もうお前いいよ。一人で行け。よくその年まで生きてきたよな。
てか、ここに所属していた冒険者は、全員、ジェームズに殺されたんじゃねぇのか? そうやって仕事がなくなるように仕向けてるとか。おそろしいな、特定冒険者ギルドは。
「少し荷が重いようじゃな。どれ、ワレが選んでみようかのう」
黙って聞いていたヨアンナが、ジェームズに断ってから、依頼の束を受け取る。ぺらぺらとめくり、これはと思ったやつについては、子細を眺めたりしている。そうそう、初めからヨアンナに任せておけばよかったんだ。アイラインを前に出すから余計な事態になる。
子細を確認する依頼が3件目になったとき、ヨアンナは「ふむ」と、頷いて、その用紙を俺たちのほうへ広げてみせる。
「これはどうでおじゃるか? 『大穴壁面での薬草採取』。報酬は千シルトじゃが、村民の健康にかかせないものじゃしな。なに、2日もあればそれなりに採取できるであろう」
「よし、それにしよう」
アイラインが振り向いてウーの顔色をうかがう。弟子は、それそれ、ってかんじで何度も頷く。
さすが先生、1発合格だぜ!
to be continued !! ★★ →




