act.70_カレ村とその周辺
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「おう! お若い隊商さんたち! いい女の子紹介するよ?! まぁ、見ていかないか? 見るだけでも保養になるぞ? なぁに、きにいったら買っていってもらってもいいんだ?! どうだ? ウーナンダの若い女だ!」
「パンがあるぞ? このあたりじゃそうそう買えない、王都で売ってるのと同じ質のやわらかいパンだ! どうだ?! 1斤から安くしておくぞ?!」
「水だ! これがなきゃ、交易なんてままならんだろう? カレを抜けると、しばらくオアシスはない。どうだ、1樽、8百シルトからだ! 樽は別料金だが、安くしておくぞ!」
「タ鉄を買うぞ! 鉱石でもいい! 値段は交渉だ!」
「若い男の奴隷が必要だ! 丈夫で、我慢強いやつを高値で買うぞ! 容姿は気にしない! 数がいる!」
「おーい! プラムがあるぞ! みずみずしい、甘いプラムだ! 旅のお供にどうだ?!」
「女-! 女だ! 女を抱けるぞ! すぐに会えるぞ!」
「同道する客人を募集だ! ヨーステンまで行くんだが、安全を保証するぞ! 2食付きで1人たったの5千シルトでどうだ! 交渉も受け付けるぞ!」
……
……
「この辺りは治安が悪いから、掏摸に気をつけなさいね」
喧噪の中、ララが耳元で忠告してくれる。
さもありなん、ってところだ。滞留する場所まで、露天と謎の客引きたちがカオスに群れていて、俺たちの駄獣に近づいてくるやつも一握りでは済まない。何のようもないから、近づいてくるやつはすぐさま追い払え、と、事前にいわれていたが……。シャーリーで通せんぼして制止しても、舐められているのか、へらへらしながらついてくるやつが絶え間ない。
1番しつこいのは、さっきから荷車のすこし前、駄獣の列の1番後ろあたりをつかず離れずついてくるおっさんだ。40才ぐらいだろうか、生え際が後退していて、ちょっと御髪が薄い。のそり、のそり、って感じで、大儀そうに歩いているが、何度振り返ってもそいつの姿が消えることがない。
俺と目が合うこともある。合うと、これまた胡散臭い笑い方をして、にへらにへらする。明らかに何か思惑があるよな。
ララに目配せして、顎で後ろをさしてみる。ララはさっと後ろを振り返り、なにかな? ってかんじで、口をつぐむ。向き直り、きょとんとして何かを考えているが、とくべつ問題には思わなかったみたいだ。
「何かしらね」
っていうだけで、追い払うこともない。
まぁ、いちいち強硬な姿勢で対応していたら、それこそ進行の妨げだ。俺もなるべく気にしないようにして進むが、おっさんが姿を消すことはない。こういう場所だ、ちょっと不自由な人が俺たちみたいなのに興味を持つことだってあるのかもな。
ようやくおっさんの姿が見えなくなったのは、キャラバンが滞留する場所にたどり着いた頃だった。
……
……
物資の補給をするため、俺たちは3日間カレ村の周辺に留まることになった。
ソーナはカトーに同行して売買に付き合う。ララ、オッス、サイネアは2人の護衛としてついていく。ヨアンナはカレ村のライフストリーム教会へ挨拶に行くというので、俺もそれに付き合うことにする。信者だというレオナも、一緒に行くといってきた。
俺たちは3人徒歩でキャラバンを離れる。
「このキャラバン集合地がカレ村と呼ばれてるんですか?」
「むろん、カレ村の本拠は別にあるぞよ。ここはあくまで交易の分岐点として人が集まっているに過ぎぬでおじゃる。カレ村は、ほれ、あの小高い丘の上じゃ」
ヨアンナが人混みの上を指さすと、たしかに一段上がった丘があり、木製の簡易的な柵が巡らされている。古代の環濠集落みたいな外観だ。集合地の喧噪に比べて、丘の上は何とも静かそう、というか、ひっそりとしているな。
「この辺りは浸食の激しい土地でな。ちょうどあの丘の上には、陥没した大穴があるのじゃ。カレ村はその穴の底から水を汲んできて、キャラバンに売っている。魚なんぞもとれるらしいな」
「なるほど。グレートカッティングから、このあたりはカルスト地形だったんですね?!」
「カルスト……? ナレの国の言葉か? ワレはその言葉の意味合いをわからぬが、岩石が骨のような物質を含み、ゆっくりと水に溶ける性質を持っているという意味であれば、その通りでおじゃる。方々に洞窟があってな、土地は貧しいが、石灰を産出しておる。石灰というものは、鉄を精製するときや、ガラスを作るのに使われておるのじゃ」
そういうことか。
で、あれば、たしかに、ブトゥーリン王国にとって、グレートカッティングを抜けた先にあるこの土地は、どうしても抑えておかなければ行けない場所だ。鉄は国家というしな。それを手に入れるには複雑なプロセスがあるが、要になる鉱物がこの辺りでとれているということだ。あ、鉄鉱石がどこでとれるかっていうのもあるけどな!
そう言われて周りを見渡すと、あちこちにぼた山みたいな盛り上がりが見える。キャラバンの集団から少し離れたところだが、皆の背後にところどころ積まれているから、タープの合間から垣間見えている。どこかで露天掘りをしてるんだろう。それで、力のある男の奴隷とかも集めているというわけだ……。連れて行かれる奴らには、なかなか過酷な運命が待ってそうだな……。
ヨアンナはカレ村のある丘を登っていく。この道は王都のウァセルフ大聖堂があったところと似ている。まぁ、周囲の脅威から特定の場所を守ろうとしたら、自然と丘の上に村を作ることになるんだろう。チキュウのニッポンでも、稲作が広まって、保存可能な食料が角村に備蓄されるようになると、自然と環濠集落が形成された。集団で襲ってくる連中も、必然的に生まれたということだ。
「カレ村周辺には、この集落を襲ってくるような盗賊が多いんですかね……」
「ほう、なかなかよい洞察力をしておるな。じゃが、カレ村が盗賊に苦しんだのは過去のことでおじゃる。いまの時代は、ほれ、交易の重要な拠点になっておるから、この集団に襲いかかるというのはなかなか無謀なことじゃ、盗賊の大きな集団というものはないじゃろうな」
はぁ~。ヨアンナ先生、ほれぼれとする知嚢。俺の疑問に次々と答えてくれる。さすが先生だ。こういう人が同道してくれて、俺は幸せだ。できれれば異世界にきた初めから、一緒にいたかった。道道の疑問のいっさいに、先生が知見を示してくれただろう。
俺は先生の教えを、忘れないように紙に書き留める。
しばらく前から見知ったことをどんどん紙に書いていくことにしている。それから、景色、というか、土地々に人々の生活の有様、結果として形成されている、集落の外観。耳にした現地人の言葉、習俗。食べ物。
まぁ、まだ、ムンド村とカレ村の分だけなんだけどな。あ、あと、盗賊砦跡な。
「ナレはなにをそんなに必死に書き留めているのでおじゃるか? なにやら、読み取れぬ言語で書かれているようじゃが。ナレの国の言葉か」
俺が必死に筆を動かしていると、ヨアンナが覗き込んで不思議そうにする。
うむ。まぁ、俺は会話と文字の読解はできるわけだが、唯一書くことができないんだよね。そりゃあ、読めるんだから、ゆっくりとなら書けるんだが、遅筆過ぎてストレスが半端ない。書くことに意識が引っ張られて、考えがまとまらなくなるしな。
で、ニッポンの文字を使っている。
これには問題を感じているが、いまは仕方ない。
「ええ、こうして文字を書いていると、いろいろと思い出すところもあるのです。あ、書いているのは、先生から教えてもらったことや、目のまえの景色、習俗などです。自分の考えも少しは書きます」
「ほう。ナレはそれをどうするつもりじゃ? 他国にでも売るのか?」
「他国に売る? あ、諜報の資料みたいな意味としてですか。いうや、そんなつもりはまったくありません。ただ、僕は、人間がその土地々でどのように生きているか、生きてきたかを解き明かして、多くの人に伝えるようなものを書きたいのです」
「ほ」
ヨアンナは感心したようなあきれたような言葉を漏らす。いや、このお方の性格からいって、感心してくれたんだな。ヨアンナならきっとわかってくれる。文化人類学の価値ってものを!
「それは立派な仕事じゃな。ふむ……」
さすがだぜ! ヨアンナ先生!
何度も頷いて、ヨアンナは思索に沈む。俺たちは急な坂道をどんどん歩いて行く。
……
……
丘の上にたどり着く。堀に設けられた跳ね橋の前で、若干の所持品検査を受けてから、入村を許される。通常、俺のようなどこぞのものともわからない不審人物は入れないが、ヨアンナがライフストリーム教会の法衣を着ているから通過を許された。シャーリーを所持して入ることも認められた。これが刃物だったら無理だったかもな。現にレオナのやつはあらゆる刃物を取り上げられて、村を出るときまで門番のところで預かるという。
てか、レオナのやつ、ナイフ6本に、鉈1本もってやがった。ぜんぶで10キロくらいあるんじゃないか?
ヨアンナのに聞いていた通り、カレ村の集落はその中心が陥没した大穴だ。どこまで続いているのかっていうくらい、深くでかい穴で、その縁に住居と教会と、何棟かの物見櫓が建っている。
陥没の大きさは、直径でいうなら100メートルくらいだな。丘が200メートル四方くらいだから、噴火口のように思い切りえぐれている感じだ。もちろんいびつな形をしていて、この数値はかなりおおざっぱな話だ。
穴の内側には、何度も折り返して続く道が建設されている。岩壁を削っている箇所もあれば、石材や木材で補強されているところもある。その道を村人が、いまも大勢、上り下りしている。上がってくるやつは天秤棒と木桶を肩に担いでいる。木桶の中には魚を載せている。
あれがカレ村の収入源だな。いま上ってくるのは魚をいれた桶ばかりだが、水を入れて上ってくることもあるんだろう。つまり、穴の底は河か湖になっている。まぁ、河だろうな。いわゆる伏流になっているんだろう。
近づいて覗き込もうとするが、穴を囲った柵までいっても、底は見通せない。すくなくとも30メートルより深い。
「穴の底は河ですか?」
「うむ。やや硬い水だというが、清流でおじゃる。カレ村の宝じゃな」
「清流。では、魚は養殖ですか?」
「そのとおりじゃ。そのような商いを考えついたのが、村長の一族だそうじゃ。ま、逞しいことであるな」
「まったく。人というのは逞しい生き物です」
黙って聞いてばかりだったレオナが、なに言ってるんだ? って感じで俺たちを見る。そりゃ、村人は刃物を持って戦ったことは少ないかもしれないけど、生きる強さの話をしてるんだぜ、レオナさん。
村の教会に着く。
カレ村のライフストリーム教会聖堂はムンド村のものとよく似ている。おそらく々様式で、同じ集団、建築家が造ったのだろう。煉瓦と若干のコンクリート状のもので造られている。コンクリートといっても、土壁に毛が生えたようなものだが、まぁ、一応硬質になっているから、なにか化学反応を利用している。俺にはよくわからない。
扉口から中に入る。
側廊に2、3の信者が座っていて、モニュメントに向かって頭を垂れている。モニュメントは意匠の違いこそあれ、例の、スプラッシュ像だ。ヨアンナが身廊をゆっくりとすすみ、像の前に立つ。
膝を折り、両手を右斜めに伸ばして指先を石畳につける。頭を下げる。
「とこしえの命の流れに祝福を」
おきまりの礼句を唱え、黙祷する。
俺とレオナは側廊の椅子に他の信者たちと同じように腰掛ける。レオナは手を合わせて、モニュメントに祈りを捧げる。同じく、「とこしえの命の流れに祝福を」と、礼句を唱える。
なんていうか、なかなか考えさせられる。
盗賊の砦攻略では、ナイフをばんばん投げて、年少の彼らを次々と屠った彼女だ。それがいまは、真剣な表情でモニュメントを前に祈っている。巨大な命の流れ、別の次元で見ればそういうものがあるという思想なんだろうけど、その前で、命の流れに祈りを捧げる。死出の旅に送り込んだ魂にたいして、祝福を与えているんだろうか。お前らはそういうカルマだったんだという、そんな立場から。
こういうとき、学者はみなもどかしさを感じる。レオナに、なにに祈っているのか、殺した連中に祈ってるのか、と訊くことは、俺でもちょっと罪深さを感じる。学者ならだれでもだ。それはレオナの信心を土足で踏みにじる行為だ。
解き明かしたい欲求と、その場所を汚したくない感情、二つがせめぎ合う。
結局俺はなにも訊かなかった。
レオナになにか話を訊くとしても、もっとお互いをよく知ってからだな。
ヨアンナが祈りを終えて、俺の元へやってくる。
「どうやら神父は留守のようじゃな。だれもおらん」
そういいながら側まで来て、ふと、身廊の椅子に座った他の信者に目を向ける。
聖堂に入ってきたときに座っていたのとは違う、別の信者が後列の隅に座っている。気配を殺していたのか、まったく気がつかなかったが、目深にローブをかぶったその姿に、俺は既視感を覚える。
2人組で、なにか胸騒ぎのする気配を放っている。
2人が顔を上げる。精悍な、男女だ。一目で戦士だとわかる。
あれは、ウィタ騎士だな。知らない顔だが、あいつら、気配だけはみな同じだ。
俺たちと目を合わせて、2人は静かに立ち上がる。ちょっと用を思いついた、そんな感じで近づいてくる。
2人とも180くらいで、おそらく前を進んでくるのが男、後ろが女。
ヨアンナの前で止まり、男がフードをのける。短髪で頬から側頭部に傷のある、無骨な中年だ。
「わが教会の尼僧殿と見受けられる。願わくばこれも何かの縁、身元を話していただけないでしょうか?」
乾いた低い声が聖堂に響く。
to be continued !! ★★ →




